2017年
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2017年
11月8日(水)
昨日は96歳の人の家に行って診療した。肺炎で入院して退院したのだが、起き上がることは出来なく寝たままの状態での義歯の調整だった。
初日は年齢も年齢だったので心配していたが、今日は元気を取り戻し 凄いなあと思った。
東京オリンピックを観たいとも話していた。

11月6日(月)
昨日はレミと河原に行った。台風の後で大分砂が入っていてこれはまずいかなっと思った。
レミがお勤めをして戻ると心配どおり 車は埋もれてしまい動かなくなった。
タオルとか石とかを置いて4駆にして動かしていたらもっと潜ってしまった。そこで、何人かいる人に声をかけたら3人の方が押してくれた。素敵な女性もいた。そのときLOWに入れて静かに動かすことを教えてもらった。車を置いて行こうかなっとも思った。感謝。

高知への旅2
飛行機は定刻30分遅れで飛び立った。機内は快適だった。龍馬空港につき、早速空港内の司に寄り早速生ビールと鰹を食べた。鰹の酒盗も。相棒は初めて食べると言っていた。
それから タクシーでホテルに。ホテルは内装を変えていた。それからライブハウス パラダイム。羽田空港で携帯の電話の画面が固まってしまいこちらから掛けれなくなっていた。
運転手さんもパラダイムを全く知らない。それで、運転手さんが会社に電話してくれ着くことが出来た。運転手さんはとても優しい方が多かった。続く


10月31日(火)
明日から11月です。10月に入り台風が2回も来て雨ばかりの10月後半だった。
10月22日から友だちと松山、高知に行く旅を2ヶ月前から計画していた。
しかし台風の影響で22日は飛行機が飛ばないことを知って 行きは松山から高知に変更
そして24日の飛行機に変更した。24日は高知のパラダイムというライブハウスで私のLIVEがあるため24日に高知に入った。友だちとは羽田空港で待ち合わせ。私は自宅から車で羽田空港に向かった。睡眠時間が短かったので懸念したが 案の定関越を降りるときには
ふらふらになってしまった。ナビでは5号線(首都高)を案内していたが練馬で一般道に降り
コンビニで目覚めのドリンク、ガムを購入してのんびりといった。これは正解で首都高に入ってしまうと渋滞の案内もでていたが。トイレもそうだがどうにもならなくなる。羽田近くのサンパーキングで車を止めバスに乗り(10分)羽田空港に着いた。ANAの出発カウンターでチケットを交換してもらうために長い列に並んだ。まだ時間に余裕があったのでのんびり待っていたら私がギタースーツケースなどを持っていたため、案内係の人が空いている所に案内してくれ
スムーズに手続きが取れた。そして2階に行き朝食を食べた。中華だったが、酷いこと。家内に玄米のおにぎりを作ってもらっていたので、そのおにぎりをラーメンの具を
オカズにして食べた。玄米のおにぎりは本当に美味しい。
そして搭乗口に入り、1時間熟睡した。それから友だちがバタバタやってきた。チケット交換に沢山の人がいて大変だったと言っていた。私は搭乗口の待合室にいて2階にcigarett&coffeという看板を見つけ中に入った・ワオーっと声が出た。そこはテーブルで煙草が吸えるのである。羽田空港が出来てからあると聞いた。ヒエーである。
友だちもそこに来てぶつぶつ言っていた。んーこれからの旅を象徴することなんだなっと思った。続く


10月20日(金)
9月終わりから旅行が続いている。上高地 蔵王とても素晴らしい所に行けたと思う。
梓川の流れ。蔵王の素晴らしい山並み所にお釜の地球が見せるエネルギー。
大阪まで車で行くには、8時間かかる。運転の疲労では4時間が限界だ。蔵王への旅は
運転してくれた修ちゃんの巧みな技術に感心した。
以前は喧嘩をしたりいろいろありましたが、幼馴染はいいものですね。


氣について関心を持って長い月日が流れたが、実際手からの氣を感じたのは紅葉の
中津川渓谷だった。あの日のことは今でも覚えている。今回の蔵王山の紅葉(少し早かった)
お釜の火口は私の中に確実に入った。やはり自然界から頂くのである。いや私の中に流すのである。
生き物すべてが同じなのだ。



10月11日(水)
この二日間蒸し暑い。天気予報を見ると 南の高気圧が東北南部までせり出しその上に
秋雨前線 その上は寒気の高気圧。当たり前だよね。こんな感じじゃ。虫が異常発生
でっかい金蠅も。手のところを何かに噛まれたけど腫れが大きくなり痒い。秋の虫は毒がある。
抗がん剤 真綿を締め付けるように臓器を壊していく。死因で多臓器不全とあるが
実感する。私は抗がん剤が合ってるなんて言って 何を言ってるんだろうと思った。
しかしでは、これで行けば癌は治るって強くも言えない。免疫アップこれは本当だ。
家族のエゴこれもキーポイント。助かって欲しいと願うのは家族として当然だ。しかし治療方針も沢山の知識を持つことが大切。


私が掛かった鬱も休養がいちばん大切なのに 治りたい一心で精神科 心療内科の薬を
飲む危険さ!!自殺は病死この言葉は事実だと思う。


10月7日「土)
雨の日は、足に神経痛のような痛みが走る。かなり痛い。天真堂の先生が 私は低気圧が来ると崩れるといつも話していたが、今日も特別に痛みがある。
この足のトラブルは今年の4月頃からだが長い。痛飲した朝、トイレに行こうとして右足の感覚がまったくなくなりホテルで転倒した。それから痛風の痛みが頻繁に起き自分の体に何が起きているのか 考えた。結局痛風やら足のトラブルがどこから来るのか調べるために 血液検査をしてもらうことにした。一回目の値は、糖尿病、中性脂肪の値が高く 2週間前から糖を断つ、玄米中心の食生活にしていた。ゆえ2回めの検査で中性脂肪も3分の1に下がり糖の値も一桁になった。しかし医者は薬を増やした。それは足のトラブルを話すとそれは糖尿病からきていると決めつけていたからだ。そして自分で高崎の五十嵐先生のところに行き、漢方を処方してもらった。
家内も同時に糖の値が高く夫婦で食生活を直し続けている。
来週川越の帯津先生のところに行く予定だ。


10月6日(金」
トンボ公園活動という哲学について        鳥塚和弘

哲学と聞くと難しいことなのかとか思いがちだが
行動を伴う道標を持つ学問ということになると考える。
トンボ公園の始めの構想は 新井さんのこれからの
日本の自然 昆虫 生き物に対しどう保護をし そして
共生していくかを寄居町を舞台に行動していくことを
新井さんを中心に 個々の人たちが進めていったと思う。

一時期は末野から始まり風布 金尾 折原 男衾と広がり
私も素敵な仲間と汗を流した。25年の時を経て 男衾一つになったが
幹事の高齢化により活動のエネルギーが下がってきたため仕方が
ないとも思う。

先日トンボサミット参加したが大変面白かった。
旧知の仲間との旅だから楽しい時間が造られるのは当然だったし
東北大震災後の名取市で行われたのは、意義があると思う。
空前絶後の大震災から6年。私も初めて常磐道で浪江町 大熊町を
高速道路から見ることでき そして仙台空港周囲の震災後の状況を見た。
あっという間に人々の生活が 無くなり 語り部の人の話も忘れないでほしい
ということだった。一緒に暮らした家族があの津波に奪われたのである。

人の植林をしたり小さな生き物が戻ってくるように 人間しか出来ない行動を
することは、人間本来の哲学というものでは ないだろうか。
地球温暖化という自然に対する愚かな行為を 今始めないと怖さもある。

希望 そして今行動することを大切にしたいと思う。


10月2日(月)
半年以上更新しなかった。每日FBに色々書いていることもあるので、しかしこのHPに
書くことは好きだし 夜中に誰かと話をしたい、メールを送りたいの要求は昂じてくる。
每日が楽しい。昨日は家内と藍というお蕎麦屋に行き うまい蕎麦を堪能した。地ビールを飲みおつまみは山葵、チーズ、鴨ロース、自家製豆腐。そして蕎麦は茨木産の蕎麦粉と
もう一つはど忘れしてしまったが新そばの香りが鼻に入り 食感も良かった。
それから市内に入り水よしへ。お肉も新鮮だったが野菜焼きの野菜が抜群に旨かった。
痛風持ちの私には、禁止のホルモンだったが。日本酒も藍で飲んだ四季桜こうなると杯がすすむ。


上高地に行ってから内面の風が収まりそれとともに自然の空気が心地よく感じ穏やかだ。
冷え性という痛みに伴う症状に 悩まされている每日だが対処もそこそこ出来るようになった
気もするがまあ付き合うしかない。
H病院での薬の乱用にはほとほと参った。検査の数値が高いからってあんなに薬を出されては遠のく。自分の体は自分で労り擦り揉んで、、、。

以前にも書いたが 今私の回りにいる人が、程よい距離でいる。友だちもたくさんいる。
家族もいろいろあるが、出来ないことは出来ないし。



3月28日(火)
還暦に。
去年の4月からの同級生の還暦イベントに参加して 私も今日
ようやく還暦に。ようやくイベントも幕を下ろすことができます。
一人深夜レコードを聴いています。
一昨日のライブにR&Bをもっと唄いたかった。オーティスを。


老人なのか どうか皆目わからないのが、本音ですが 馬鹿なことを
考えているのも本当だし。



AMAZING GRACEがMANISH BOYで小坂忠さん歌っている。いいなあ、
小坂忠さん、細野晴臣さん しみじみいいと思う。先駆者だし素敵だし
やっぱり本物だし。皆さんもうすぐ古希。いいですね~。


迷惑掛けないようにかな、ま、いいか。


1月22日(日)
今年初めての、日々思うことの更新です。
今年も宜しくお願いします。earthOffroadも充実していきたいと思います。
知り合いの子が北軽井沢のキャンプ場に泊まりますっと話してきた。キャンプ場、北軽井沢?
とにかく驚いてしまった。バンガロに家族で泊るという。
最近椎名誠氏の不眠の本を読み返していた。私が今まで一番嫌な想い出の夜は秩父のキャンプ場に泊まったバンガロである。仲の良い友と自転車のグループに参加したキャンプである。もう20年まえのこと。キャンプファイアーでそこそこ楽しかったのだが、なんとなく雰囲気が悪く別に盛り上がりもなく、連れて行った子供も騒ぐのみで疲れていた。そこ私の心の中に
冷たい嫌な風が吹いてきた。お、やな気分だなっと思った。それからにバンガロに入って家族で寝るのだが 物凄い不安感に包まれ一睡も出来なかった。無防備のバンガロ、家内といる
嫉妬のような思い。私にとって初めての不安感だった。それ以来、家族を連れて私の仲間とのキャンプは嫌いになった。精神の崩壊の始まりだった。その頃は、血圧の薬を病院の薬とともに自分で漢方薬エキスを飲んでいた。すなわちそれら薬達が牙を剥いてきた気がする。


鬱病病棟を書こうと思っています。難しいテーマですが、私のオリジナルな話ですので。


2016年
11月15日(火)
おっともう2ヶ月くらい更新していない。
FBやツイッターに每日書いているものだから、置き去りにしてしまった。
今日は、臼井ミトンのLIVEだ。とても楽しみにしているのだが、日帰りで帰ることが出来ないためホテルを予約したいのだが、事情があり予約ができない。今CDでミトンを聴いている。
なんて、センスがいいのだろう。心地よさ、温もりさえ感じる音作り。
大した若者が出てきたと思う。
先日、写真家の遥ちゃんの新築披露パーティにお邪魔した。姉の自由里ちゃんに送り迎えしてもらい楽ちんな一日だった。ただ、内心は二人の両親、兄弟たちに会うので、全く知らない世界に飛び込む気分だった。(これは、大切なこと)集まった人たちの鼻がとても長く、大きく私と別な世界の人達に見えてしまった。美男美女である。手料理も沢山作り、豪華な料理
唄も5曲くらい歌った。弾き語りで。
ふと見ると全員写真やら動画やら撮影していた。
プライベートなので、極秘や。「笑い


2016年9月26日(月)
法事が終わった。最近親戚で法事に関して、思わぬこと それは、法事に呼ばれなくなったことが多くなっていた。それはそれぞれの家の事情であり、仕方ないと思うこともあるが、しかし寂しい気持ちになった。それゆえ、出来る限りの親戚を誘い連絡した。数名の方の欠席があったが、家内の本家の欠席は、寂しい限りだった。11月の義母の一周忌には、我々は呼ばれないだろう。  その家の事情?面倒くさい。


トンボの会の事務局、驚くことばかり。常識では考えられない。これもお休みをする。


曖昧さを追求することは大変だが、よく考えるということはやっていきたい。


2016年 9月24日(土)
明日は父33回忌母7回忌法要だ。家内が準備をしてくれ助かる。
明日は、晴れ間も見えるらしい。この頃の曇り空で気分が滅入る。
秋空がみたいものだ。
10月11日の講習会。スタッフはやはり育たない。
とにかく奥が深いから。


最近、めんどくさい人とはお付き合いをしたくない。面倒くさい人 素直でない。
私の意見に素直に従えというのではない。本来素直でない人のことだ。生まれたときから幼少時に出来上がってしまっているのだから、無理なんだ。
そういう人とは、争うエネルギー使う前に、立ち去ることが大事。行方をくらましてもいい。


うつ病の時代、最近思い出すことが多くなってきた。記憶が薬に寄って曖昧になっていて思い出すことが出来なかった。何前の出来事なんて、人があのときはと言ってくれて、辻褄があう。薬はとにかく断薬!!私はこの2年半何も飲んでいない。ゆえ清々しい。


バンド、LoveBone復活に向け動き出す。Gはもちろん梁。あとは、これからゆっくり探す。
本牧の昔のお店JKが名前を変え「こびとさん」むむの名前だが、マスターはJKの時お世話になった久保さん。温かいオファーを貰った。樋口健在のときだから、ちんけな演奏はできない。


2016年 9月21日(水)
今、BBKINGを聴いている。この人のBluesは全然違う。
バンドもリハ後楽しく飲めるメンツは本当に面白い。
LIVEもやりたいけど、無理してまでやる必要もない。気軽に集まり音を出す。じっくり録音をした音を聞きながら少しづつ手直しする。各自のパートは各自で直す。本人が一番わかっているのだから。


恋がまた始まった。なんて言うとまただなんていう人がいるだろうけど、秘めた恋、いいではないか。
歌舞伎役者が浮気をして大騒ぎ。女房まで出てきて記者会見。厚顔だな。こんな女嫌だな。
亭主は何を考えているのか、いい年して。


2016年9月18日(日)
オフロードがEARTH OFFROADとして再出発して1年が経つ。
HP、フライヤーを作りその間にCDを発売した。忙しいような のんびりしているような
進み方だが、自分で納得しながらのことなので、いいと思っている。
スタッフにはその時その時で恵まれている。今、自由里ちゃんというガラス拭き職人の女性が
いろいろと手伝ってくれている。彼女の持つ気は清々しく素晴らしい。
二人の可愛い子供を育て、ガラスの作品を注文も多いのだろう、頑張って川越の工房で勤しんでいる。私のCDも彼女のデザインだ。そして妹さんの遥さんもプロの写真家として、これから大きく羽ばたこうとしている。その彼女に私のCDの写真を撮影してもらった。とても良いと思う。60近くになってのCDだが、写真を私はとても気に入っている。
唄は、上手く唄うのではなく、語るように唄うことに、私は思っている。
一番大事なのは大きな声を出せること。ゆえ、つぶやくように唄うのが心に染み込むのだ。
声のことを突き詰めていくと日本語とか英語の呪縛から離れる事ができる。。

釣りがとても好きだ。川釣りから始まり湖での釣り、、フライ、ルアー、ヘラブナそして今年は
海釣りにも幅を広げた。海も面白い。魚のいる量が違う。こませ釣りが主流だが、投げ釣りなど釣り方も沢山ある。横浜で海釣り公園を、孫の晴翔と楽しんだ。カタクチイワシを30匹位釣り上げた。今度は大島で釣る計画している。楽しいものだ。ただ、危険が伴うことを忘れては
いけない。


2016ね9月
昨夜は、カラオケを同級生と楽しんだ。今年還暦を迎えた我々。
水天宮祭の奉納花火、10月の中学の同窓会と大きな行事が続く。
每日FBに投稿している。ご覧頂きたい。


2016年6月29日(水)
糸がもつれる。そっと解していく。釣りをしていて
いつも思う。音楽もいい出会いがあり、それにつられるように展開が始まる。
いろんな若い人に出会う。こらこらと言いたくなることもあるが、滅多なことには
口出さない。本人がわからないと話にならないし面倒くさい。
体調はいい。関節をやわらくすることは、本当に健康の決め手だ。


CDを出してよかった。形になって出せた。私を知ってもらうきっかけになる。


2016年  4月19日(火)
一つの道が導かれたように広がりました。
祖先の優しい光の導きでもあるのでしょう。
知り合いが 大切な仲間に変わり 私に新たな息吹きを
くれてます。SHAREすることしかない。私一人が登っていくのではなく
私の切り開く道が 皆さんのお手伝いになればと思っています。

是大神咒



2016年 3月4日(金)
いやはや、久しぶりの更新です。FBが面白くて そっちばっかり行ってました。
皆さん、お元気でしょうか?私は元気です。薬害の後遺症が 少し残っていますが
每日を楽しく過ごしています。CDの制作が始まり11ヶ月最後のミクスダウンにかかっています。この工程も楽しいですが、ちんぷんかんぷんのところもあり、寺ちゃんに任せています。


訪問歯科治療、少しずつ患者さんが増えています。このぺーすがいいですね。かなり作業は難しいことが多く、急いで出来るものではなく、集中して進めています。
私が専門に始めてから何人の方がお亡くなりになりました。終末医療でもあるのですから仕方が無いですが、唐突にお亡くなりになります。終の棲家として施設がありなんとも言えない。自宅に戻ることなく・・・・。一人一人のかたに輝くような青春があり、いろいろなことを乗り越えた人生の先輩でもあり 安らかに眠られることを祈るだけです。


2015年new
11月30日(月)
前回から1ヶ月以上も経ってしまった。10月は、OffRoadをEarth Offroadに変更し
大きい一歩を踏み込んだ。そこに行けたのも「堀野自由里」という女性に再会し彼女に加わってもらったことが大きい。素晴らしい才能を持った女性だ。多摩美術大学卒業後、富山のガラス専門学校を出て吹きガラスの職人だ。まだ、子育ての最中だけど、時間を上手く調整しながら汗を流して吹いている。吹きガラスの滑らかさ、舌との感触は素晴らしい。今後大いに有名になると思う。そんな彼女が、アルバイトとして私の仕事を手伝ってくれている。


義母が亡くなった。91歳。家族子供達を経った1週間煩わせて息を引き取った。本当にお世話に私はなった。ここ2,3年旅行に一緒に行ったが、もっと連れて行きたかった。合掌。


10月23日(金)
秋は物哀しい。夕方になると 急に冷え込む気温が そう感じさせるのか。
今年の猛暑。その記憶を忘れさせてしまう今日このごろの冷え込み。私はとっても暑がりだ。
朝の散歩も2枚くらいだが、ダウンジャケットを着ている人を見かけることもある。 寄居の
自然の中で、感じいる季節の変化。寄居に住み幸せだと思う。


訪問診療をしていて憤ることがある。患者さんの自宅を訪れた時、様々なことを感じる。
その中で、国の福祉に関する制度の薄さに憤るが、それよりも感じるのは、訪問診療の医師の存在だ。往診はする。訪問診療の医師にはならない。ということ。そして、訪問診療を中心とした医療を行っている病院の医師の形態。怖いくらいの経営をしている。私が訪問歯科でその病院を訪れた時、異様な世界に驚いた。病院の周りは、幾つかのグループホームが点在しさながら・・・・・。病院に入院した人たちが、自宅に帰ることはない。


病院が利潤を求めるのは、当然だ。多くの医師、看護師、専門技師、職員を抱えているのだから。そして軒並み、中規模の病院は潰れてしまった。街の医院と大病院との連帯連携を国は目指している。。
リハビリ病院として名前を変えている病院が、自宅に帰る際、主治医がかかりつけの医院と
連絡を取り合い、その医師のもとでの患者さんの管理が出来るようになればいいと思う。一人の患者さんに幾人もの医者が関わると、薬の重複など生死のことに深く関わることがあり、是正されると思う。
私が見ている中型病院は、介護施設病院と名前を変えているところもあるが、私の見たところでは、患者さん本人のためになっているのかと首を傾げることもある。薄い関係だからだ
私の歯科医という職業は、患者さんは私の先生という意識が、強い。私が父の跡をついだ時は、4,5軒しかなかった歯科医院も3倍位に増えている。それは、競争することは、大切だからいいのだが、それでも私の先生と言ってくれる人が大勢いる。
開業医の医師の先生に、全てを任していますという関係が必要だと思う。そして高齢化により
医院に通えない人たちが、漏れないようになればいいと願う。


10月21日(水)
昨日の高崎での食事は楽しかった。友達夫婦との語らいが、楽しさを倍増したのもあるが、
リアルに成長している高崎という街に、惚れ込んでいる。東京に行くより,ゾクゾクとした興奮もある。北関東で際立っている都市である。東京は、私のような田舎者には、探る手立てが
ない東京に比べいいのは、山が見えるということ。この要素は、非常に大きい。


異域の土地、高野山を訪れたことは、私のこころを大きく揺さぶった。密教。生々しい曼荼羅の図。即身成仏。弘法大師が放ったこの事。幸せな気持ちにもなれた。自分の内面が膨らんだような気がした。若いころ買い集めた仏教書も紐解き始めた。地をはうように理解できるように。空と海だけが見える場所で修行をした空海。本当に壮大な人物だ。高野山に登る幸せ。これからもなんども登ろうとおもう。


ミュージシャンとして、少しずつ大きくなっていく感もする。10月12月の森林公園での舞台は
大きくときめく。


9月7日(月)
昨夜、桃を食べた後、急にムカついてきて吐き出してしまった。その後、吐き続け胃液まではきつくした。しばらく休んだ後、強烈なめまいに襲われ 閉口。
気、水 血のバランスが崩れてしまったと思う。めまいは、前庭小脳野異常だと解説している。対処は、薬しかないみたいだ。私は、極力薬は飲まないので、まず自然に症状に向き合わないで、症状に任せることにした。漂う感じ。しかし、考えれば、左耳をオカシクしてからこのめまいは始まっている。耳,鼻の空洞に膿が溜まっている。粘着性の鼻水が溜まっている。こんなことは、なかった。水分のとり過ぎなのだろう。汗を掻くことを怠けた生活だな。今現在症状はゆっくり収まってきている。疲れたなあ。しかしいろんなことが体に起きる。これをしているから大丈夫という過信はだめだな。


9月5日(土)
久しぶりのHPだ。FBに書き込んでいるので、どうもこちらは遅くなってしまう。
でも、このHPが私の原点だ。
この一ヶ月、沢山の人に出会い、広がった。まず、レコーディングなのだが、8月の
始めから始まり ホンキートンクでのリズム隊の音入完了。ギターの秀ちゃんも完了。
これから、サックス、ピアノ、コーラスを入れ、最後に私の歌で終了。
いい経験だし、、寺ちゃんのミキシングを見るといろんなことが出来るのが分かる。
トラック数の少ない昔に比べ、今はなんだって出来る気がする。一発録りではないもの
これも面白い。流通もamazonで買えるようにリアルが、頑張ってくれている。


体調は いい。毎朝の新体・時空体操 それにちょっとした違和感があると気功を
している。薬に代役するものの重要性を、しみじみ感じている。若く、溌溂と生きる。


8月は楽しい集まりもたくさんあった。旅行も高知、富士といろいろと出かけた。
健康であってのこと。


7月28日(火)
手塚治虫の「ブッダ」を読んでいる。何回目か。今回は、身に沁みて読んでいる。
7月は、ゴルフを2回。ライブは、2回。旅行は、沢渡温泉、新潟笹川流れ。どちらも、良かった。

酷暑です。鉄筋の家なので、、暑さが、篭もる。後、一ヶ月は続くとのこと。
孫とプールにいきだしたが、水は、実に気持ちがいい。しかし、海はべたべたして疲れてしまう。それとamazonにインスタントビデオで映画を、沢山見ている。「神様は、バリにいる」面白かった。相変わらず、深夜ゴソゴソ動いている。家でのこと。楽しくって。


自分の内面(心の底)が、変わってきている。興味があった薄っぺらなことが、消えていっている。10月の高野山、楽しみだ。


7月4日(土)
一日一日を楽しんでいます。まるほん旅館、鴨川、石和と旅をしました。これからも
新潟笹川流れに志村くん、晴翔と行きます。すごい楽しみです。8月は、高知ですね。
体調は、日々何かあります。自分を掘り下げ維持していってます。医者には掛かりません。
何もわかっていないので。
朝の体操、瞑想で淡々とやっています。


6月17日(水)
今日は、私にとって特別な日だ。20年前に「WEST ROAD Blues Bandを日比谷野音で観よう」というコンセプトで、日比谷野音でコンサートをプロデュースした日だ。
梅雨空もこの日は、晴れ 朝、ホトケさんに「晴れたな、大したもんや」と言われた。
WRBBも今は伸ちゃんは、いない。そして、ポスターを作ってくれた樋口もいない。


高田渡氏を聞いている。やっぱりこの人は、全然違う。


6月4日(木)
昨日の逆走事件。大勢の人たちに話した。存在をあるがままに受け入れること。逆走した車のナンバーを記憶に残しておけばよかった。運転手は まったく状況を把握していなかったのか、わからないが、逆走した車は 次の信号機で右折した。間違えたと気づいていたら、本人も相当怖かっただろう。
私は、仕事で多くの認知症と言われている人たちと接している。施設に入居している人たちは、もちろん自動車の運転は出来ないが、自宅いる人は、運転が出来る環境にいる。
家族も細心の注意で見守っているが、話では、運転をじっさいにしている認知症の人も多いと聞く。自分の免許更新で 警察の方と話していたが、本人が何もないと申請してしまえば、
更新は、出来てしまうと話されていた。認知症の年齢は 最近では50代でも始まる。
認知症にならない対策として、私は私が創った新体・時空体操をお薦めしたい。
脳という未解な世界。この体操は、積極的に 働きかける。


5月26日(火)
大相撲が、終わった。照の富士の圧勝であった。この人のパワーはとてつもない。今年中に横綱になるだろう。逸の城との違いは、場馴れしていること(強心臓)、未完成だが、四つ相撲に自信を持っている。足の運びも素晴らしい。これで、4人のモンゴル出身の横綱の誕生だ。
この4人を超える力士は、日本人の力士では、現れないだろう。幼児期の生活が、全然違う。


私は、17年前、モンゴルに行ったが、ウランバートルの風景、他の都市の風景を しっかり覚えている。雨季,乾季と分かれているようで、樹木というものは、殆ど見なかった。ロシア軍の残した大砲など、戦場であった。低所得の人が、とにかく多く、マンホールから子供達が何人も住んでいて、地上に出れば、私達にお金をせがんだ。ただ、目はキラキラしていた。
子供の逞しさが 全然違う。最近上野あたりで飲むことが多いのだが、上野駅前の喫茶店に入ると多くのアジアの人に会う。ほとんど国を当てることができるが、日本時以外の若者の身体は鍛えられている。特に韓国の若者は、素晴らしい。一対一の喧嘩になったら、まず勝てないだろう。兵役の義務があるのだから、心の鍛え方も違う。戦争は、殺すか殺されるかだから。では、日本人は何をするか、武道をやればいいと思う。古来の武道から、柔道剣道でも。
経済成長の豊かな日本人。私の息子が、カンボジアにボランテアで歯科治療に行っているが「日本は豊かだと」実感している。30代でそれを体感出来るのは、いいと思う。


5月21日(木)
早く寝てしまったので、早く起きてしまった。2時半 外は 雷。大気が不安定。昼間は蒸し暑かった。去年の夏は、蒸し暑くても 雷は少なかった。今年も、暑いだろう。そこで、通販で
龍馬の新風という扇風機を買った。ちょっと高かったけど、イオン風が吹いてきて、なかなか良い。また、ソーラにしているので、2階の部屋の温度が、少し低くなった。電気代も本当に助かる。家内の発案。大したもんだ。
私は、名刺を持っていない。肩書が沢山ありすぎて、作れない。哲学者というものいいな。哲学者は行動する人のことだから。


ストレス、これを真剣に考えないといけない。笑顔で考えることも大切。


5月20日(水)
★6月16日@高円寺JIROKICHI ブルーズ・ザ・ブッチャー アナログレコード"blues.the-butcher-590213" リリース記念ライブ! アルバム&シングル先行発売! 記念レコードバ



時代はアナログレコード。私も今、レコーディング中ですが、アナログレコードいいな。

5月19日(火)
BBKINGが亡くなってしまった。ホトケさんのツイッターにBBのサインが書いてあるジャケットが載せられている。私は長くバンドをしているが、BBの曲は、演奏していない。BBの曲は、一曲一曲が、完成されていて構成も難しい。特に唄はレベルがいち億光年だ。Gospelのにおいぷんぷん出し、感情豊かで歌っているし、とても若い頃は、聴くだけだった。人柄もDVDだけを見ても、感じられる。いいも悪いもだ。白人に大いに、実力で認めさしたと思う。
永遠なれ、BB.

おにっこまつり、楽しかった。いろいろあったが、スタッフの人達の輝きは、ちょっと違う。
シャープで綺麗で笑顔がいい。来年も、関わっていきたい。


5月12日(火)
久しぶりの更新。FBの方に、ほぼ毎日更新している。しかも 携帯紛失騒ぎで、3つのFBを
持ってしまった。・・‥友達から一本にしてよと言われたが、どうしようもない。何故なら、それぞれにそのFBしか繋がらない友人がいるからだ。一本でも200名を超えると、こまめな対応が出来ない。300なんて、とんでもない。私には出来ない。コテツちゃんは1000人を超えているが、ライブの宣伝には、便利だろう。私も自分のライブを、載せるが全く当てにならなかった。直接電話したほうが、よっぽど結果は良かった。顔が見える商売、声を聞くだけでも、確かになる。
昔のバンド仲間の樋口くんの死。発病は5年前。私が闘病生活を送っていた頃だ。リョウ君たちも私を気遣い、連絡は寄越さなかった。5年で症状は、悪化し帰らぬ人になってしまった。
彼には、SOULのスピリットを教えてもらった。私はブルーズばかり演奏していた頃だったので、彼の話は、新鮮だったが私の歌には反映しなかった。でも、今はしっかり理解できるし
感謝している。黒っぽい歌い方なんて、すぐに出来るものではない。熟成しなければならない。今 、彼と演奏できればと思うが、叶わないことになってしまった。私は今の新しいバンド
「Woods&Dogs」を楽しみながらやっていきたい。そういえば、彼とは余りプライベートの会話はしなかったなあ。LoveBoneは、封印する。今のメンバーがベストだから。


4月25日(土)
服田洋一郎さん、通称はっちゃんが亡くなった。一昨年から闘病生活を送っていたのだが、
本当に残念なことになってしまった。下北沢スパーマーケットで、ライブを見たのが初めてだったが、強烈な個性丸出しの存在だった。胸にピストルを忍ばせているような人のイメージがある。狂気を忍ばせているという感じか。大好きなギターリストヴォーカルだった。無念。
今日は、房さんのホンキートンクでのライブ。再会を喜ぶけど、話は はっちゃんになるのかな?


4月24日(金)
昨日は、朝からテンションがトップに上がってしまった。いつものように、レミを連れ、鉢形城跡に行った。車からレミを降ろし、散歩を開始。しばらくしたら猛烈な腹の痛み。思わずリードを離してしまった。するするとレミが離れていった。私しは痛みにうずくまり、・・・。レミは、消えてしまった。それから、探しだしたのだが、四方八方に広がっているので、何処に行ったか皆目わからない。1時間探したのだ、全くわからない。知り合いの人に出会ったので、事情を話し、もし見かけたら電話をして頂くようにお願いした。出かける用事があったので、急いで家に戻り、友だちを迎えに、それから目的地に出発だったのだが、携帯を忘れたと私が言ったら、家内が戻った方がいいというので、家に帰った。家内が家に入った時電話があり、「レミが居た。掴まえているといる。今、兄がそちらに向かっていると」話したそうだ。すぐにその人は来たのだが、車には、レミが居ない。弟が捕まえている。一緒に行きましょうと。その人について行き、レミのところへ。なんとレミは噛まれるのが怖いのだろうか、篠に綱が縛られその人は、足で必死に篠を踏んでいた。レミも情けない声を出したが不安そうだった。それでお礼ともう一度お礼に来ることを言い、車に載せた。レミは、私に寄り添っていた。
探している時の私の気持ちは、諦め半分と帰ってくるとの期待と半々だった。しかし、こういう展開とは思わなかったが。ふうう。レミと今日も鉢形城跡に行った。


4月19日(日)
ああ、のんびりした。ま、私の日常ものんびりしているのだが。まるほん旅館
の湯は本当に良い。友は6回くらい入った。私は 足の腫れももあるので、3回。初めは、熱く感じたがなんといい気分に。指先がじんじんした。
宿の部屋の前の桜は、満開。そこに多数のメジロが。沢山のメジロを見るのは、初めて。群れで行動しているんだあ。時間は早朝、夕方の10分くらい。また、来ているのかもしれない。
のんびり。友は、のんびりしたっと何回も言う。忙しい会社勤めなのだろうな。でも彼は、一年後は、定年。少しの労働時間で生活するそうな。来年は、我々も、還暦。定年突入。
みんな、のんびりすればいい。私も歯科医院の一線を引いたので、本当に楽になった。
訪問歯科の仕事が 始まったけど。全然歯科医院の仕事よりペースが違う。楽しい。


4月18日(土)
昨日は、スタッフの送別会。楽しかった。出産のためお休みするのだが、退職でなく、休職にするように 伝える。女性に働いてもらうには、出産、子育ては考慮してあげなくては、ならない。良いスタッフこそ、考えていかなければ。
ハイドライトのライブ、寺ちゃんが音響をばっちりしてくれたので、気持よく演奏できた。
サブちゃんも、さすがプロの気概。いいヤツやな。レコーディングがメンバーが決まる前に、リアルと曲を編曲している。彼は超忙しい時間を割いて、私の家のスタジオに来てくれる。
ありがたい。


最近、木村充揮氏に惚れ込んでいる。めちゃくちゃ歌が上手い、ハートがある。
渋谷毅さん、ジロマスが惚れ込んだけある。最高やな!!!!


4月15日(水)
久しぶりに、晴れ間が覗いている。気持ちがいい。昨夜は本当に強い雨だった。用事で、伊勢崎に出かけたのだが、帰りの高速道路は80キロ以上出すと、視界が悪くなった。
先週は、新しいバンドで横浜に出かけたが、私自身古い仲間であるからか、気持ちがゆったり出来る音が出せた。オリジナルのサウンドを作っていけそうな気がする。
今日は、ハイドライトで久しぶりのライブ。リアル、サブ片山との演奏だ。スリルな感じがする。
寄居で本邦初公開だ。FUNK,PUNKの音が出る感じがする。是非、いらっしゃってください。


自分の身体を知り尽くしたい。鍼、気功をやっていると、身体に走る気がいろんな風に走り回るのを感じるが、6感を自分の身体で、味わいたい。
研修会は、まずまず。初めてなので、内容はどんどん変えていきたい。歯科医が、訪問診療で患者さんを治療した時(義歯が多いが)噛めなくて、もう来ないでくれなんて言われないように指導していきたい。


4月6日(月)
今週は、訪問診療の研修会が始まる。なかなか少ない人数でしか、指導できないので入りにくいかもしれませんが、連絡ください。鳥塚歯科医院の受付でも大丈夫です。


昨日は、新潟から帰ってきた、自由里ちゃんと二人のかわいいお子さんで、東秩父に行った。先週も行ったのですが、千本桜まつりが昨日だったので、3人をお連れした。
いやあ、素晴らしかった。山を這い上がるように、桜が咲いている。寄居町の知り合いの方は、いらっしゃらなかった。ヤマメの唐揚げ、味噌おでん、うどんも堪能した。風は冷たかったが、桜の下、実に気持ちが良かった。そして大内沢の桃源郷に行った。桜、桃の花、黄色い花、白モクレンが咲き乱れ、昂揚した。東秩父は本当に良い。桜の下で
地元の患者さんに会い、蒟蒻をお土産に頂いた。とてもいい笑顔の人です。90才になるといいます。家で食べたら、絶品でした。自由里ちゃんも、驚いたようです。
本当にいい春の一日でした。


4月3日(金)
最近、余り夢は見ないのだが、今朝は辛くなる夢をみた。ま、ライブが少なくなると見る夢なのだ。忙しすぎるとのんびりいたいと願っているが、時間を気にするほど暇であると、これは、
病気になる。自分で自分の世界を、チェンジし、チャンスにチャレンジすことが、大切。
厳しい方の道を選択することも、大切。今を大切にし、今
にスパートを掛ける。自分を解放し、新鮮な空気を取り入れていく。ほとんどのことを、面白がってやる。ユーモアとともに。


最近、オリジナルを作ろうと決めている。とにかく,詩が大事だ。人に何を伝えたいのか、
たくさんの詩が、降ってくるだろう。日本の歌謡曲のいち時代を作られた阿久悠さんは、本当jに凄い。その歌手の資質を見抜き、ものすごい世界を創っている。松本隆さんもいいな。
演歌の川内さんも凄い。皆凄くなってしまが、、売れるということは、それだけで、レベルが違う。また、この話は、ゆっくりと。


4月2日(水)
一昨日から、川崎から晴翔飛が来ている。昨日ママが帰った。ママも乗り越えたのだろう。私の家に楽しみに来ている。今は介護の国家試験も受かり、仕事も頑張っている。息子も頑張っているので何より。しかし、朝から孫が3人で私の部屋にお入り飛び回っている。この孫達に元気にしてもらったのだから、静かに見守っている。
昨日は、ハルトと釣り堀に出かけた。川本に出かけたのだが、休みで他のところを104で教えてもらって向かった。しかし、そこは廃園になっていて、熊谷のバッテイングセンターに、行った。私も、一緒に打ってみたが、速くて手が出なかった。ハルトは野球をやっているので、一生懸命食らいついて打った。まあ、楽しかったが。
孫と接するとき、私は遠慮はしない。どんどん叱るしどんどん褒める。友達感覚だ。


3月30日(月)
土曜日のさち庵でのGWANさんライブ、大変に盛り上がった。主催者側として、いろいろありましたが、今後の教訓として活かしていきます。
翌日、GWANさん、家内と東秩父似向けドライブをした。途中、寄居の満開の江戸彼岸桜をたっぷり堪能した。思ったより、人が少なく桜の下でのんびりした。GWANさんは、15年ぶりと仰言っていた。志村くんたちと来たことを、思い出す。GWANさん60代、私達43才。いやあ、若かった。名残惜しいけど、江戸彼岸にお別れをし、東秩父に向かった。15分位走ると東秩父大内沢に着いた。桃の花を堪能した。曇り空だった、気持ちが良い所。太鼓の演奏を見たり、うどんを頂いたり楽しい時間だった。帰り際、患者さんにお会いした。先生寄って行ってと言われたが、一方通行の道なので、寄らずじまいだった。下に降りる途中、桃源郷の世界に、出会えた。桃の花の香りに包まれた。なんとも言えないピンクの花。幸せな気分になった。
それから、東秩父の道の駅に寄り、おみやげを買い、小川の駅前のレトロな喫茶店で、美味しいコーヒーを頂いた。GWANさんと色んな話をした。駅まで楽しい時間もここまで。駅で再会を約束した。今度は、秋ですね。


3月27日(金)
今日は、暖かかった。桃の花が東秩父では咲いただろうか。日曜日にGWANさんと行く予定です。明日のライブお客さんがどうなることやら。返事が本当に少ない。一人ひとりに書かないとまずいな。
先日のリアルたちとの打ち合わせで、CD制作が具体的になってきた。リアルも自分のCDを出しているので、いろいろ知っていて勉強になる。流通も私の願っている方向に、なりそうだ。

GWANさんは、詩人。そのたぐいの人はいるが、私は田村隆一氏に匹敵する詩人だと思う。
詩の雑誌に乗っている人が詩人とは、限らない。研ぎ澄まされた神経と行動を伴う人が、
詩人だ。詩人は、時代に時には、直立する。


3月24日(火)
朝の太極拳は続いている。先週から、一人だ。朝の空気は、益々春めいてきた。梅の花も散り始め桜も蕾は膨らんできた。昨日は、江戸彼岸桜を訪問診療中に拝めたが、5分くらい。週末には満開になるだろう。いつみても、惚れ惚れするほど素晴らしい桜だ。


今週土曜日のGWANさんのライブ、待ち遠しい。まだ、チケットはありますので、連絡ください。
その日病気で治ってきたみやちゃんも2曲参加する。パーカーッション、なかなかいい味だ。
そして、ホンキーブラザースも10年ぶりに演奏する。私も、日本語の歌をゆったり演奏する。
楽器の中で、ヴァイオリの音色は、繊細で、心に響く。まあちゃんのヴァイオリン、聴いてください。GWANさん、本物の詩人です。
昨日、朋友と10年ぶりに話をした。楽しかった。今度、温泉に、行こうと話をした。来月高校時代の友と沢渡「まるほん旅館」に行く。何人かを誘ったが、都合がつかなかった。高校を卒業して40年。そして再会。いいいものだな。


3月18日(水)
自分の病気も、薬でめちゃくちゃになっていると、自分で判断するのは、とても難しい。
側に、本気になって治そうとしている愛する人がいると、救われる。私の時に、常に側に居た家内。良くなることの状態にも、セーブしてくれた。暗闇の世界から、光が差し込み、自分に巻かれていた鎖が、切れて行った時、私はとにかく、体中に太陽の光を、温もりを入れたかった。大きく身体をのばしたかった。百会から肛門まで、気を貫通させたかった。


今、友が6年前の病気の原因だった状況を説明しだしている。これが、話せれば友の病気は治る。実際、病院に行った時、医師がカンセリングしていれば、6年もの歳月は無かったのかもしれない。医師はその時の患者さんの体に起きている現象のみを取られ、大量の薬を投与し始める。内科医でも平気で、脳に作用する薬を処方する。私は、そのカウンセリングをする医師になりたい。東上線で毎週のように、飛び込み自殺の人がいる。私は、病院に行かないからそのようなことになったのかと思ったら、医者に掛かった人が飛び込むらしい。自殺は、正常な神経で行う行為ではない。薬により自らのコントロールを失ったときに、起こると思う。
うつ病、総合失調症、多くの本がそれに関して巷に溢れている。インターネットの世界は、薬で傷めつけられた人たちの呻きが、ダイレクトに載せられている。私がよく観察すると、皆 治る座標軸から離れている。私が、施設に訪問している時、ある人が「先生 人間やめたくなった」と言っていた。その人は、自分の身体のことを熟知していて、この薬を飲むとこうおかしくなると私に話した。私としては、薬が少なくなるといいですねとしか答えられなかった。また、主治医によく相談しなさいとしか言えない。
最近、薬について、私だったら飲まない薬というコメントを載せた週刊誌があった。いやはや何とも。患者さんに処方されている薬ばかりだ。
載せる週刊誌も週刊誌だが、コメントした医師の厚顔には閉口する。弱い立場の患者さんが読んだら混乱するだろう。週刊誌としては、警鈴なのだろうか。


3月17日(火)
まだ見ぬ人に 戀いをして ライブをそんな気持ちでやっています。
梅が、ようやく満開になっている今 夏、秋のライブが、決まっていきます。自分が 病に倒れることもあるかもしれませんが、ライブに行けなかったことは、一度もありません。
主催したライブが、私の出来事で 代役の方がやっていただいたことは、2度あります。
今年も8月の高知、秋の関西方面のライブが決まりました。ものすごくワクワクします。
そんなことが、出来る自分は、幸せだと思います。いつもその日はずっと先だなあと思うのですが、あっという間にたどり着きます。そして、その時はまたもっと先を思っていますので、
いつも通過点なのです。


3月16日(月)
梅が満開になり 昨日は親友のみやちゃん、従兄弟の典史夫婦、家内と梅見酒。みやちゃんは、6年余り体調を崩していたが、ほぼ回復。私と似たような病気だったのでお互い励ましながらの長い時間だった。二人にしかわからないことだが。


茨城県龍ケ崎のライブは、非常に盛り上がり楽しかった。大学卒業後30年ぶりに会った秋山くん。良い奴だった。音楽も地元の音楽仲間と漂うように交流し、彼の今のバンドは、全員プロ。ピアノのみやちゃん(女性)は、渋谷、横浜、宇都宮と活動している女性ピアニスト。感がよく私のブルースミュージックの感じをすぐ、掴んでくれた。ベースの日下部ちゃん、ウッドベースのタッチも流石で、このバンドのリーダーなので、曲の仕切り方も、実に気持ちよかった。修ちゃん(秋山君)もいい感じのステック裁き。上手くなっていた。大学の頃は、そんなに聴いたことはなかったけど、いいドラマーになっていた。30年仕事をやりながら、本気で音楽やっていたんだろうな。打ち上げでも、盛り上がり、みやちゃんは、女性ながら日本酒の常温を頼み、ぐびぐび。修ちゃんは18本は熱燗を飲んだろう、へべれけになっていた。大学の友、もっちゃんも、栃木から来てくれて、楽しそうだった。酒は、楽しい酒は、いいものだなあ。
お客さんからも「今度はいつ来てくれる?」と言われ、色々調整し訪れたいと思う。
龍ケ崎 最高!!


3月10日(水)
来週からCDを制作するにあたって、何処で売るのかが、重要になる。単なる自主制作には
終わらせてくない。大手の流通販売にも載せたい。具体的には、amazonで購入するようにしたい。私のアイドルである永井ホトケ隆氏もp-vineという会社で制作され、販売もされている。しかしこのレーベルは、インディーズに属されている。
ここで、インディーズとはなにか、に触れてみたい。以下参照となる文章を載せます。


インディーズの訳語は「独立派」ということにでもなるので、いわゆる 大手のレコード会社に属さない、自分たちで勝手にCDをつくり、自分たちで勝手にレコード屋さんに持ち込んだり、小さなライブハウスや路上でライブをしてCDを売ったりするような歌い手を言うのだと思います。
 日本でこれが、認知されたのは、「イカすロック天国」とかいうアマチュアロックバンドの演奏コンテスト番組(TBSで放映、司会は三宅某と相原勇紀だったけ?)からだったと思います。
 しかし、こうしたインディーズの人たちも、自分たちの音楽をより多くの人に聞いてもらいたい、やはり、セールスと演奏は別々にしたい、それでなければ、練習時間が十分とれない、食っていけない、という生活上の悩みから(大概そうなります)、実力あるグループとして大手CD会社に認めてもらいたい、と考え、それが満たされた時には、メジャーデビューということになるのでしょう。
 インディーズはどこで演奏しているのか、ということですが、それは至るところです、ということになるのでしょう。でも、そういう自分たちを、大道芸人、というよりは、インディーズと横文字で言った方が、かっこいいですよね。
 ちなみに、最後の最後まで、幸運なことにインディーズで済ませる実力あるグループもこれからは出てくるかも知れません。
 しかし、自分たちのグループがインディーズの魂を失っていない、として活動するグループもあるでしょうから、本人の自己申告に任せるのが一番かも知れませんね。


大手レーヴェル、SONYとか東芝EMÏとかであるが、私自身TVでの音楽は、全く観ないし聞くこともない。ただ、CMで、広告される曲、コンサートなどは、たまに気を引かれるが。
お亡くなりなったフォークの巨匠 高田渡氏の「渡」というCDは、三浦光紀氏がEXECUTIVEプロデユーサーが、全体のプロデュースをしているが、この人は渡さんのデヴューアルバムも作った人だ。三浦さんの所属している会社は、メジャーなのか、分からない。ただ、このCDがどこで売られ宣伝されたのか、私は、CD屋さんにはまずないと踏んで、amazonで購入した。しかし渡さんほどの経歴の長いミュージシャンには、たくさんのファンが付いているので、売れたと思う。しかし、数万枚売れたかは、疑問である。
こう考えていくと、自分で手売りは、大切dし、大手レーベルにも持ち込むのも大事だ。
そして、ライブも精力的に行い、その場でもファンを獲得し、売りさばく・・・。

久保田麻琴氏がイングランドで、コンサートをしていることは、
聞いていた。実際久保田氏のCDは、イングランドで売れていたと聞いている。世界にその広がる道筋があったみたいだ。音楽は世界共通だ。


ま、ぼちぼちとやっていくだけだ。


3月9日(月)
先週の金、土、日と東京で遊んだ。訪問診療の仕事は、月曜日から水曜日にかけて集中しており、時間が空いたので、ウズウズする虫が起きだし、東京に出かけた。
吉祥寺で20年ぶりに、井の頭公園に行った。寒い風がふいており、公園のベンチで、写真を取りながら座っていた。ここは、本当に何も変わっていなかった。枯れ葉の音、子どもたちの声、鴨の声。夕焼けが、マンションの隣に沈む。空気、匂い 一杯吸った。木の下で 太極拳をした。友達と待ち合わせで 改装した いせや公園店に入った。変わりように言葉を失うのだが、これはこれでよし と思わなければならない。味、店員は、以前のようだったが。
友達の彼女と痛飲した。隣に座っていた若い男の子に、色んな話をした。楽しかった。
そして、カラオケに行き、さんざん歌った。


吉祥寺第一ホテルで、翌日はのんびり過ごし、上野に向かった。ナビがあるので、何処へでも行ける。途中、山の上ホテルで、ランチを食べ(美味かった)湯島に。湯島のホテルにチェックインして湯島天神に行き、梅を愛でる。タクシーで上野駅へ。アメ横に入り、ズボンを(パンツ)を買う。なかなか無く、ここは、と思ったお店に入ると店員が居なかった。しかしすぐ「はあい」と大きな黒人の彼が嬉しそうに話かけてくる。こういうパンツが欲しいと言ったら、「はあい、これだよ」と品物を出してくる。カードで支払いをというと、「現金がいい。カードだめ。今日家賃払う?」と言い出し半額でいいというので支払うと、私の財布を覗き、「おお、もう2千円」
ダメだというと、お徂徠のジャケットを出してきて、「これは3分の1カード大丈夫」と言い出す。ま、陽気なんだか、必死なのか顔色が分からないので、ほうほうの体で、店を出る。
そして病院時代の仲間と落ち合い、焼き鳥「大統領」に行く。ものすごく混んでいたが、早い回転で、席に座れる。美味かった。桜ユッケ 馬のユッケに感動。魚は、鯵のなめろう、なまこ、みんな美味しかった。そして、湯島のおでん屋に。中尾彬氏の通うお店。  感動であった。、







3月6日(金)
早寝早起きの習慣は、長い。太極拳を始めてからは益々早起きになった。大体2時半には起きている。太極拳の公園に行くまでがの時間に、いろんなことが出来る。殆ど家では、お酒を飲まなくなったので、より気持がいい状態だ。お酒は、一生分の飲む量は決まっていると言われるが、私もそう思う。私が若い頃と同じように飲んでいたら、体は、確実に壊れていただろう。薬との併用の時間も多かったので、肝臓は相当の負担をしていたはずだ。幸いにも遺伝なのだろうか肝臓は、強いみたいだ。肝臓を補うウコン、黄連解毒湯も、さんざん飲んだけど。
それよりギターを弾いたり、歌う時間が奪われてしまう。それが、嫌だ。もったいない。

今週の週末は、仲の良い友と東京で遊ぶ。吉祥寺、湯島。吉祥寺は、雑誌なので、一番住みやすい街と掲載されていたので、読んでみたが、私はここに書かれていない吉祥寺を知っている。40年以上付き合っている。染み染みいい街だと思う。湯島は・・・。


3月3日(火)
14日にオファーしてくれた秋山君に20曲ばかりの当日の曲を送った。どうなるのかなっと思っていたが万全の準備をしておきます。との返事が来た。嬉しかった。彼も地元で相当頑張っているのが分かり、続けている姿に感動。ミュージシャンは現場で鍛えられ、向上する。
毎日が忙しく、時間がとれてきたからまた始めるという話は、私にはない。



GWANさんのライブ。3月28日(土)、さち庵でやります。もう、うきうき。GWANさんは、素晴らしいシンガーソングライターで詩人です。私が、日本で一番好きな人です。
チケットは今日から、前売り開始です。私の方に、連絡してください。
電話:090-3474-7438 kazutori@proof.ocn.ne.jpまで。


3月2日(月)
梅もほころび始めた。連日の寒気で、ゆっくりと咲いている。梅は これがいい。ぱっと咲く桜より好む。桜が先まで、一月。ゆっくり愛でたい。


山の上ホテルに、何年かぶりにゆっくりした。午後2時のチェックインから翌日12時のチェックアウトまで、途中の外出はしたけど、ホテル館内をたっぷり楽しんだ。天ぷらはカウンターで、上げている人の目の前に座り、季節の食材をたっぷり味わった。蛤、絶品。タラの芽、蕗。むむむだ。
ランチのハヤシライス。ご飯をお代わりしてしまった。パーラーでのcoffee。後味がとってもいいストロングコーフィー。。そして、バーノンノンのマッカラム12年。最後は、ブランディ。骨休みができた。一人がいい。


CDが出来上がった。お世話になっている人に、郵送している。今回は、去年の
jirokichiのライブ。そして今年のさち庵でのライブ。気に入っている。4月にスタジオで本格的な録音をしていく。プロデュースは、リアル。録音、音響は寺部君 寺ちゃんだ。曲目と演奏者を考えている。コテツちゃんにもお願いしたいと考えている。


2月27日(金)

住所:〒369-1202 埼玉県大里郡寄居町桜沢1095-5 医療法人恒歯会・鳥塚歯科医院
            電話:048-581-1300 携帯090-3474-7438(理事長)


2月25日(水)
先日録音したCDを、じっくり聴いている。1月以上の日にちが過ぎた。聴きながら、自分はもうここにはいないという思いがする。でも、きちんと関わってくれた寺ちゃん、リアルに感謝。次のステップも見えてくる。自分の歌への精進そして、更なる場。チャレンジ。
昨日は、3つの施設を回った。施設に入り泣いていたおばあちゃんも落ち着いていた。ほっとする。悲しみは、海に流せ、過去の人生のいやな事も。


太極拳に来ている子も、もうすぐ1月になる。よく続いている。最近は、裸足になっている。
とにかく3ヶ月と言っているので、覚悟しているようだ。心の掃除で、いつも私に怒られているけど。

別れこそ人生。ありがとう。


2月24日(火)
昨日ライブCDが出来上がった。ミキシングは寺ちゃん。さち庵で、音響をしてくれた人だ。
昨日は、リアルと寺ちゃんで、美味い酒を飲んだ。ハイドライトにも行って、4月にライブ決定これくらいのペースがちょうどいいあんばい。そして、4月からはじめてのCDの製作に入る。プロデューサーは、リアル。。デレクターは、寺ちゃん。Love Boneに関わったミュージシャン全員に声をかける。楽しみだ。


ブランド品を若い子は、よく知っている。確かに、肌触りも違うし洋服はいいなっと思う。
しかし、母の施設で、お見舞いに来た人が、昔はいい服を着てたのにと嘆いていた。
ものすごくムカついた。大きなお世話である。そのとき母は、入院をしていたので、病院のパジャマを着ていた。言葉も喋れないし意思表示も出来なかった。 清潔なパジャマは良く似合っていた。脳梗塞という病気は、一変してしまう。だが、その人の言葉を母は、分かっていたと思う。
面会謝絶が正解だったと思ってしまった。次から次へとショッピングする彼女。いい加減にしなさいよ。お金を貯めて、旅にでも。強請るんではないよ。


2月22日(日)
今週末は、外に出るのが億劫になり、家に居た。家に居ても孫3人が遊びに来ていて、賑やかな時間だった。大学のときの友から電話があり、「3月14日に、茨城に来て、歌ってほしい」とのことだった。交通費、夕飯、宿泊代はこちらで持つとのことだっら。即座に、了解したが、
当然ギターは持っていくが、さて彼のバンドとどういう風にやるかなっと考えた。ジャズを演奏するバンドみたいなので、ジャズを数曲仕入れていこうと思った。ジャズはもともと歌いたかったが、この時を逃さず自分のスタイルを作ろうと思う。3月はいろいろ忙しいな。
渋谷のテンプレート、横浜のサムズバーも正式に演奏が決まった。


2月19日(木)
今日の冷え込みは格段と厳しかった。外に置いていた車が凍結。窓が開かなかった。
しかし、太極拳を行う公園は、風がないためか、暖かく感じた。


2月15日(日)
10日間も間があいてしまった。FBには、ほぼ毎日載せているが。今朝のシーナさんの訃報には、驚いた。シーナさんのFBでコンサートを休みがちだと読んだ記憶がある。
しかし末期がんと戦っていたとは。ステージに立っていたとは。
鮎川さんに抱かれながら、息を引き取ったと。35年のロケッツの曲をかけながら。合掌。


毎日を混沌とした中で、暮らしている。訪問診療をし、ライブをし、毎日、夜中リハーサルをしたり
それが、面白い。しかし訪問診療を町の人が知らないのには、がっかりする。他の歯科医が診療の中心に、この仕事を置いていないので仕方がない。また行政も。まるで裏の世界のようだ。近々若手の塾も開校する。育てることも大切なゆえ。今週から、資料作りも始まる。
私の天命だと思う。


ライブも絞ってやるようになった。一つ一つのライブを、充実させたいため。来ていただいたお客さんに満足いただけるためにも。音楽をシェアーーしたい。楽しく真剣に。


2月5日(木)
今日も、朝の太極拳に星君は、来ている。昨日は、倫理法人会のモーニングセミナーに出席した。彼にとって目から鱗が落ちたみたいだ。男の子を指導するのは、大変やりやすい。
女性は、分からない。そうとしか、言えない。
日曜日のライブ、楽しみだ。場所もいいし、5週年を迎えたお店もいい。
りょう、ともちゃんの世界に私が入っていく形。6,7曲演奏します。・是非、渋谷道玄坂
「テラプレーン」にいらっしゃって、ください。19時半演奏開始です。¥1000.
家内が体調を崩し、ずっと看病をした。今日は元気に、東京に出かけた。御花の会で。


今日は、雪の予想だが、今 小雨が降っている。


2月2日〔月〕
毎朝、太極拳指導を行っている。ある子が、精神的にくじけたらしく強い男になりたいと、参加している。こういう男の子が増えている。
朝6時に来ているが、冷え込む季節 どうなるかな・・。私は、裸足である。
土曜日は、30年続いている西部病院〔私が大学卒後、勤めた病院〕の友と新年会があった。
テクニシャンの皆だが元気にがんばっている。大笑い、大騒ぎもそのまま。リーダーの大内さんの再婚祝いも兼ねて。大宮に集まったのだが、集まる場所は30年前から通っている加賀屋。相変わらず、旨い。焼き鳥のかしらは、最高。串カツもいいんだな。5時から11時まで何軒かお店をはしごして、お開き。私は、新都心のリブレに泊まる。このホテルいいんだな。大内さんが予約を取ってくれたのだが、感じがいいし、値段もリーズナブル朝食もバイキングだが、充実している。ここで楽天野球の2軍の選手にも会うし、なでしこジャパンにも会う。
皆、身体がさほど大きくない。野球選手は、みなイケメン。
大宮の氷川神社、初参り。節分の豆を買う。
家に帰り、初そば打ち。10割蕎麦なので繋ぎが少し甘かった。でも孫が美味しいといってくれる。気力がいるな。


1月28日(水)
PCが直り、気が楽になった。私は、PCが好きでありいろんな情報やら音楽もPCからの利用で毎日を暮らしている。You Tubeなど、新鮮な刺激を私に与えてくれ、歌の検索にも助かっている。歌詞も意味も助かっている。便利だ。便利すぎて怖い感じもするが。
毎日が充実しているためか、何をしたのか、忘れてしまう。25日の日曜日、バンド仲間の樋口君が筋無力症という病気に罹り言葉、動作の動きなどをうしなっていると去年聞いたのだが私自身病気のため 行けなかった。しかし克服した今、リョウ君、ともちゃん、並木と樋口の家に行くことができた。リョウにある程度の病状の話を聞いていたのだが、お会いしてこの病気の残酷さを垣間見ることができた。徐々に進行していくこの病気、西洋医学では、まだまだ未知の部分が多く有効の処置が出来ていない。ただ、私の東洋医学からは、複雑にとられることなく、まず、脳の分泌の障害と捕らえる。脳の指令で、手足すべて動いているのであるから、脳への刺激を与えることを、主とする術式だと考えた。特に、後頭部への刺激を有用であると考える。すばらしいご家族にその旨を少しお話した。光療法もいいと思う。私で出来ることはしてあげたい。


1月24日(土)
昨日は、星君と4時間リハをした。星君が一週間前、ライブの後、転倒し右手の小指の付け根を骨折してしまったので、来週の水曜日の演奏は、どうかなと思ったが、彼がどうしても演奏したいというので、左手と足のみでやることを確認した。6分弱の中に2曲を何とか構成しリハを終わりにした。
その後は、太極拳を教えたり、気功体操を教えたりした。最近思うのだが40才の下辺りの人たちは、女の子のほうが断然強い。結婚率は益々下がっているが、男の子の弱さを見ると、結婚という枠には、はまりたくないのも当然だろう。話していても歴然とわかる。目の力も弱いし、体力だって衰えている。心底鍛えなおさなければならないと思う。男塾でも、開きたいと思う。
プロフィルも大幅に変えましたので、どうぞ ご覧ください。OFFROADの世界の中の気の世界も補筆しましたので、宜しくお願いします。


1月22日(木)
久しぶりのHPの更新だ。PCのハードデスクが壊れてしまい、更新がままならなくなってしまったからだ。書き込んでもなかなか文章が、画面上に表すことが出来なく、嫌気が差していた。しかし小川町の五十嵐さんに出会い、修理がスムーズに終わりPCのストレスから解放され気も上昇してきた。。これからは、新しいホームページビルダーの中で、私のこの大切なHPを更新していきたいと思う。
FBも楽しいのだが、ここが、私の礎である。
病気から、復活してほぼ1年になろうとしている。2年半もの伏せていた。去年の2月ごろから、歯科医院の仕事を再開したのだが。病気は辛いものだった。しかし、それを克服したとき、私の身体そして気力は、生まれ変わったように充実してきた。気力は行動とともに、蘇ってきた。訪問診療という天から授かったような仕事は、私の30年にわたる歯科医としての集大成としての目標になり、いっそうの努力をすることの決意ができた。しみじみこの仕事に就いて、感謝の気持ちを持てるようにもなり、日々父母に喜んで報告する自分がいる。
そして子供も歯科医になり、それぞれが、責任を持って仕事に就いていることは幸せだ。
後進に道を譲り、新たな訪問診療という舞台に立つことが出き、一日一日を、働けることは、幸せだ。周りの人に多大なる心配をおかけしたが、私が一歩一歩歩む姿を見せていくだけだと思っている。


11月12日(水)
昨日は、私の不注意で迷惑をかけてしまった。気配りも、あることに固執シテいると、ミスを
犯す。先日、中学、高校と一緒だった友と小山市で、夕飯を共にした。彼は、大企業の部長さんで、有意義な話をしてくれた。嫌いだなと思った人でも、いい所を見つけて褒める。これが、上に立つ人には、大切と言っていた。確かに、苦手と思う人のいい所を見つけ、褒めることは自分を変えるチャンスだ。褒めることを、見つけれれる人は、幸せだ。



11月11日(火)
昨日は、新しいiphone6を購入した。この手の物は余り好んでやらないが、今回は、新しい機種に、挑戦しようと思い立った。しかし、直ぐにメールアドレス受信を設定したいのだが、頓挫、、、。
先週の土曜日にギターの井上大地君に会うため、吉祥寺に出掛けた。待ち合わせ場所は、何と伊勢やだ。少し早めに着いたのだが、大地も来ており再会を喜び、お店に入った。諸事情で建て直しをしているが、、、相変わらず個性の強い、定員のお兄ちゃん達。焼き鳥は小ぶりになったが、きれいに下ごしらえをしており、タレも上手く、満足した。
その後、、大地が演奏する曼荼羅へ。ここも変わっていなかった。狭いお店だが、瓦を装飾に使っており いい雰囲気。演奏はマーチスタイルのバンド(ニューオリンズ)。10人近い編成。実に楽しそうだ。


若い人たちが、楽しんで演奏する姿は、こっちも気持ち良くなる。彼らは実力もある。大地は吾妻光良氏の一番弟子だが、親分のスイギンズバッパーズに、近い雰囲気を、持っているバンドに喜んで参加しているのだな。


リハを見た後、40年ぶりのお店「かっぱ」に。非常に満足して・・・・。吉祥寺はやっぱり、いいね。


11月10日(月)
何とか修正できそうだ。いろいろあって楽しい。しかし、パソコンのストレスは
・・・。一つの勉強と考えている。FBに沢山書いていますので、そちらも宜しくです。


11月23日(日曜日) ビートルズが愛したR&Bで演奏します。
井上大地、松本照夫ちゃんとの演奏、ご期待下さい。


10月5日(日)
トンボ公園の会報に寄稿しました。

JohnLennonの日本の文化に対する造詣は、凄い。Beatlesの解散前に小野洋子に出会い、日本文化を知ることになるのだが、俳句、歌舞伎、書など自ら進んで日本文化を体験した。木村東介さん(羽黒洞店主)の話。

1972年のころ日本に滞在し私のお店にやってきた。・・そのうちに芭蕉の有名な俳句「古池や蛙飛びこむ水の音」の短柵を見つけると、目の色が変わってきたんですね。「How Much?」と聞くから「200万円」と答えると、「OK」と言う。こういう類の物は他に有るかと聞くから、良寛や一茶の短柵を見せると、見るものすべて「OK」「OK」と言うんだねえ。俳句の心がわかるのかなあ?と私は疑っておったのですが、その芭蕉を買った時からすぐ抱いて持ってるのですね、大事そうにこう抱いて・・・。常に抱いて離さないんですね。おかしいなあとおもったのですがねえ。それを見ていて・・・・。そしてこう言うんですよ。「私がこれを買って海外に、持って行くことを、どうか嘆かないでくれ。私はこの芭蕉の句のために、ロンドンに帰ったら日本の家を建て、日本の茶席をつくり、日本の庭をつくり、日本の茶を飲み、そして床の間にこの掛け軸を掛けて、日本人の心になってこの芭蕉を朝・・夕見て楽しむから、どうか同じ日本人に売ったと思って嘆かないでくれ」・・その後木村さんはJohnを歌舞伎座に連れて行き、ふっとJohnの顔をみると、ほほにとめどもなく涙が流れ出ていたそうです。それを小野洋子が一生懸命ふいていたそうです。

Johnの感性は素晴らしい。この感性がJohnの解散後の初めてのアルバム「ジョンの魂」なのです。言葉を削ぎ落とし、メロデーもシンプルです。

そして40年たって聞いても、新鮮です。



10月2日(木)
日曜日に、知り合いの人から、旦那さんが亡くなったことを聞いた。海への入水自殺だった。
自殺、人間だけが、動物の中で行う行為だ。残された人たちは、何も残さないことがあるので、自分を責めてしまう。鬱病で、病院に通っている人達が薬により訳が分からなくなり、発作的に自殺してしまう事も、多い。
昨夜のNHKの番組で、破産した老後の人達を放送していたが、どこもかも行き詰まりで観ている人達も気が重くなったが、ある老人は死にたいが、自殺の気持ちがなく、どこかで少しの希望も持っていた。私も施設の訪問診療で閉塞された空間の中に、入居者の人達の、笑い声を聞くことがある。そのときは、安心する。観るけど、喋る言葉はない。
しかし、お金は 絡むように人生を破綻させる。


9月30日(火)
御嶽山の噴火。自然の猛威だ。犠牲者は今後、火山灰の除去などの作業が進むともっと増えるだろう。地震にしろ日本は世界有数の火山国だ。東北大震災におけるプレートのずれ。
地球における人間の役目は、終焉なのだろうか。今回の気象庁の予知について言われているが限界だと思う。地球につて、謎だらけだから。解明したなんて、半分もみたないと思う。
火山の恩恵の温泉。太陽と月。陰と陽。五行の哲学からしか分からないのだと思う。


しなやかに咲くコスモス。風の中でしかないのかな。


9月24日(水)
どうも、こちらの更新は、遅れてしまう。FBに毎日写真を添付して寄稿している。
是非、お読みください。


9月10日(水)
facebookには毎日書いている。最近写真を、始めたので楽しくて仕方がない。
ただ、最近の風潮で、人にカメラを向けることが、出来ないので、空や寄居の山を撮影している。興味のある方は、fbへ。
プラセンタの素晴らしさに、驚いている。インターネットで販売が出来ないので、直に連絡を頂いた方に、郵送や届けている。それもまた、詳しい説明が出来るので、信頼を得ている。


9月1日(月)
昨日は、24時間テレビに付き合うように観た。内容は、日常、知らないことが多い人たちを、知ることが出来、それはよかったのだが、繰り返し報道されるため、疲れてしまったのも正直あった。最後の最後で離れたが、後はタレントの到着だけだったのでそれは、PCで確認した。
先ほどメールで福島の原発以後出されているPC上での新聞が届いた。
それは、

8月24日に行われた、福島県県民健康調査検討委員会にて、25年度の甲状腺エコー検査の結果が発表され、悪性疑いも含めた甲状腺がん(悪性)と診断された子どもは、103人になり、手術を終えて、甲状腺がんと確定した子どもは57人という結果になりました。
http://goo.gl/C4PGyC(OurPlanetTVより)


このような内容だった。え、である。テレビでは、全く報道されない。新聞でも報道されない事実。この内容も、確かな信憑性をとっていないが、衝撃的な内容である。子ども全国ネット通信 No.12 2014.8.31 HP】http://kodomozenkoku.com/である。
こんな数の子供たちが 
癌に犯されているとは!!



8月30日(土)
木曜日は、家内と共に草刈りをした。私は、畑を受け持ち万能鍬で、ざっくざっくと草を根こそぎ耕した。小雨が降り涼しかったが、汗が噴き出した。畑の土を踏みしめると やわらかく気持がいい。日曜日に仕上げをする予定。


この映画を、興奮しながら観た。黒人の女性の唄へ愛情、そして彼女たちに降臨する神々。
唄はシェアーという彼女たち。是非、観てください。


8月27日(水)


           8月24日(日) btb at 高崎
高崎ジャーマーズでのbtbです。しっかりとした演奏、耳へのええ感じの音が身体じゅうに広がり、踊っていました。ホトケさんとも演奏前に久しぶりにしっとりと話しこみました。
コテツちゃんは、相変わらず元気です。演奏終了後、ホトケさんコテツちゃんホリケンたちとカラオケに行き、大爆笑。あっというまに午前様になり帰りました。こんなブレナイ演奏!!
ホトケさんは別格です。


8月24日(日)
円覚寺のチケットから:どうにもならないもの
お釈迦様は、一番信頼していた 自分の弟子、舎利ハツと目連を自分より先に亡くしています。お釈迦様でも、あらゆる人の病気や災難を全部救うことはできません。どうにもならないことを見据えて、そこに涙を流して受け止めて いくところから 本当の宗教が始まるのです。
いくら修行をしたとしても、人間には どうにもならないものが、残るんです。
どうにもならないことを抱えて生きているからこそ、人の苦しみを「ああ、なるほどあなたもそうか」と、わが苦しみとして受け止め、寄り添う慈悲のはたきが、でてくるのです。


8月23日(土)
水曜日のライブはお客さんもそこそこ来ていただき、またお酒も沢山飲んで頂きありがとうございました。前日にHideに機材を運び込み、当日はたっちゃんがパーカッションで参加してくれ、音に幅が出ました。二人のグルーブも出てきたし、面白いです。それにお客さんの反応もよく盛り上がりました。またMINAちゃんも一曲歌ってくれ、彼女の資質も確かに感じました。
これからもゲストとして唄ってもらいたいと思っています。ヴォーカルはまずは、声量です。
声が出ないのでは、始まりません。彼女はしっかりとした声が出ます。そして音感も確かです。耳が良いことが大切です。こんな伯父さんに負けないようなパワーを持ち続けて下さい。



本当に久しぶりのまったりとした午後
愛犬レミ
8月20日(水)
8月も半ばを過ぎた。残暑が厳しい。コンビニから出るとき、みんな「暑いイ」と言葉か漏れる。夕方になると少し落ち着くが。
今日から、訪問診療が、始まる。今日は施設だが5人の患者さんが、待っている。私もお会いするのが、楽しみだ。今日も昼間は、厳しい暑さだろう。


そして、今日は月一のライブだ。茂樹を呼んでいるのだが、都内の仕事を受け持っているので
ぎりぎりになるようだ。しかし、私の最も信頼するドラマーたっちゃんが来てくれる。パーカッションでの参加だ。それに最近寄居町でライブをやっている「MINA」ちゃんが来てくれて一曲
Duetしてくれる。彼女は娘の同級生だ。寄居町で音楽が広がって行けばと思っている。


8月18日(月)
FACEBOOKはヒトとの繋がりを、確実に具現化してくれる。「今頃、どうしているかなぁ」「仕事も上手く行ってるかなぁ」とか想いを寄せた時に、手繰り寄せてくれる。長い間、音信普通だった高校時代の友も二人の糸が手繰り寄せられた。そして昨日は、ある人の友達を見ていて、彼がFACEBOOKをやっていることが分かり、早速友達のリクエストをした。すると数時間後彼から承認の返事が来て、私は彼に承認のお礼のメッセージを送った。すると彼から次の様なメッセージが届いた。
「トリズカ先生、なつかしです。書いている心を本当に分かっていますよ。
心から感謝しています。会いたいです。ぜひモンゴルへ訪問してくださいよ。」
Doogii


とても嬉しかった。目頭が熱くなった。モンゴルに住む君。素直で私には持ってないものを沢山持っていた。近い将来、モンゴルに行くと決めた。


8月15日(金)
夏休みの前半は、家内と北軽井沢に行ってきた。北軽井沢は通常の軽井沢とは大分離れていて、浅間山の麓にある。軽井沢の通りからは30分くらい車で離れている。気温も3度くらい違っていて高い所にある場所だ。5月頃予約をしたのだが、、直前まで確認が出来ずやきもきした。家内はすっかり諦めていた。泊るホテル、ヴィラ北軽井沢Lウイングは、お盆シーズでは安い値段だったので、予約したのだ。それが、前日に確認できた。
車で二人で向かった。久しぶりの旅行だった。私が健康を害していたので、本当に、何かぶりの旅行だ。殆ど私が運転した。軽井沢の「志まの」と言うお蕎麦屋さんで余りにも美味しい御つまみを頼んだので日本酒を飲んだ時は家内に運転をお願したが。道中はFACE BOOKに書いています。帰りに佐久市により念願の鯉料理を堪能した。鯉の塩焼き、あらい、鯉丼ハヤのから揚げ・・どれも絶品だった。お店の人に「こんなに旨いのですか?」と聞いてしまった。お店の人も「佐久の鯉は旨いのですよ」と自信を持っていらしゃった。佐久市の「三河屋」さんです。
無事帰り、御盆棚にいらっしゃるご先祖様にお線香をあげた。


8月11日(月)
昨日は、本当によく降った。夕方ころになると風も強まり台風の様相になった。その中を
孫を連れて、農協にカブトムシを買いに行った。初めの農協では、一匹もいなかった。この天気では中々出てこないと言うことだった。仕方がないので、金魚を買ってあげたのだが、それが何と錦鯉の子供だった。これからどのくらい成長するのだろうか?頭の中でいろりろ考えてしまい疲れてしまった。カブトムシは2軒目の農協で無事に買うことが出来、晴翔のいいお土産になった。クワガタも買えたのだが、怖がり持って行かないと言う。


孫とアマゾンのインスタントビデオで「アナと雪の女王」を観た。いやあ、面白かった。目の表情が凄い。これからも、どんどん利用したいね。


8月9日(土)

台風が四国を襲う。あのよさこい祭りも今日からのはずだ。明日からは大丈夫だろうが・・・。
昨日もいろいろと行動した。相棒と一緒に熊谷を走り回った。相棒の視線は,目まぐるしく動く、そして発見する。熊谷郊外で、美味しいケーキ屋さんを発見!!物凄く美味しかった。え、何?この疑問を体中湧きださせ、見つけて行く相棒。ニコニコしている。え、え、お金が・・。


昨日の早朝、孫を連れ、カブトムシを見つけに、寄居の山に行った。楽しかったが、成果は0.
今日は、暗いうちにリベンジすると言っているが。クヌギを見つけないと。

◇カブトムシの捕まえ方

▽長袖長ズボン姿で、懐中電灯を持つ

▽昼間に下見、採取は夜に

▽樹液の出るクヌギの木を見つけよう

▽バナナを使ったワナを仕掛ける

▽細いクヌギの木を揺すってみる




8月8日(金)
昨日の鎌倉江の島の旅をFACE BOCKにアップしました。
https://www.facebook.com/profile.php?id=100002479200763


最高に、楽しい旅行であった。旅行は相棒がいいのに限る。男性であっても女性であっても。
圏央道が、東名高速に繋がり、2時間で江の島についてしまった。便利過ぎてあっけにとられた。鎌倉が近くになったのだ。


8月6日(水)
昨日は暑かったが、午前午後と訪問診療で駈け廻った。午前中の診療で、患者さんの奥さんにアイスをいただいたのだが、みる間に溶けてしまった。脳梗塞を起こすと、麻痺をした側の温度の低下が起きる。この違和感は私も経験した。中にはこんな暑い日も、毛布にくるまって寝ていらっしゃる。分かるんだよな・・。俺もそうだったから。俺に起きた様々な症状。どうしてこうも、消えたんだろう。自分自身の解明は毎日検証している。


キリンは、20分しか眠らないと言うCMがあるが、調べるとそういうことが分かって来て面白かった。キリンは横になって寝ているのが20分くらいで、後は立ってぼっとしているのだ。
サバンナで生きる知恵なのだ。ライオンなどの襲撃で気配を感じるとぱっと起き駈けだす。
http://matome.naver.jp/odai/2136033455911400001

ちなみに、コアラは20時間、ライオン15時間(狩りはめったにないのでエネルギーを消耗しないように寝ている)ヒト(幼児)16時間、犬は12~15時間
ネコ13時間、牛4時間(4分くらいの眠りを6~10回繰り返す)馬2~3時間 だそうだ。
ヒトの8時間は定説ではなく4時間~5時間だという説もある。
犬もよく寝る。ただ、横になっているのは8時間くらいかな。立って寝ているのだそうだ。
寝ながら吠える・・・。下の写真は我が家で飼っていた花子。とても、いい子だった。


8月5日(火)
デジカメをヤフオクで買った。1万円で落札できた。5万はする物だ。大切に使いこのblogでもアップしたい。夜半SamCookを聴いている。躍動感あふれるライブだ。昨日から本格的にギターを弾いている。10月にKOTEZちゃんと演奏するからだ。DUOの深さを噛みしめている。

大分前、伸ちゃんとホトケさんがさち庵で演奏して頂いたとき、伸ちゃんのPLAYに、引き込まれた。ホトケサンが伸ちゃんがアメリカに行かなかったことは、残念とおっしゃていたが私もそう思う。ライブの主催者として身近に接したがギターを手にした時、豹変した。大きなタンスに引き出しが一杯あった。キラキラ光るフレーズが空を舞う。音が生きていた。もっともっと観たい人だった。
バンドをやっていて、大切なのは、上手い人の演奏を沢山観ることだと思う。ステップアップは
上手い人と演奏することに尽きる。

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8月4日(月)
昨日は、秩父ミューズパーク野外音楽堂でのコンサートに参加した。我がバンドLoveBoneでの演奏は久しぶりであり私も嬉しかった。LoveBoneは強烈なリズム隊を要している。
ソル亭が言うには、北関東で特出したバンドと言われてるそうだ。二人が醸し出すビート、グルーブに私は身体で受け止めながら、唄う。確かに二人のビートはプロにも負けない。
コンサートに参加したバンドは、多かったがどのバンドも個性豊かなバンドが参加した。
その中で秀逸なバンドは、ご存知荒川団、そして楽団やきとり。ビートがはっきりしていて嬉しくなってしまった。これからもお互い長くやっていきましょう。


8月2日(土)
昨日は、熊谷に用が合って出掛けたが、日中暑かった。先週は陽ざしの強さに閉口したが、
今回続く暑さは、蒸し暑い。夏だから仕方がないが、35度を越えると堪らないね。
夜は、秩父ミューズパークの演奏のリハがあった。スタジオに、行く前は雷雨が、強かった。
しかし、大気は余り下がらない。夕立の後の静けさは、ないのか。


松本照夫ちゃん、大地とのバンド名は、Joyです。宜しくお願いします。
ツアーもしたいね。


7月31日(木)
11月のJIROKICHIのDsが松本照夫ちゃんに決まりました。天下一品のシャッフルを堪能して下さい。私は、正木五朗ちゃん、照夫ちゃんとバンドで音が出せて幸せです。


それに私のホームバンドLOVE BONEの門平達哉も最高なるドラマーです。


今日は、朝から散歩、草刈りをし汗が、流れ出ました。久しぶりの休みです。こういう日は、いいですね。この3日間は、夏休み状態です。8月は許されるのなら、多めの夏休みを取りたいと思います。


7月30日(水)
リベンジ!!オフロードの内装がほぼ出来上がった。少しずつ購入し、手直ししたのだが、いいペースだったようだ。スタッフも準備期間から本場mmと少しの入れ替えがあったが、揃った。大きいのはHPの管理を任せられたことである。優秀な人である。近々先日行った勉強会の内容がアップされる。テープお越しからだが、たいしたものである。2時間の内容だから。
どうぞ、のぞいて下さい。http://offroad.drtori.jp/です。


前回の日々思うことに書いたが、フェイスブック、、ツイッターに毎日書いている。。近々写真も載せようと思う。この日々思うことも写真のアップを、トライしたことがあったが、失敗してしまった。写真は魅力的ですね。
今日で歯科医院の中の診療は、娘と変わる。金曜日からは、訪問診療専門になる。昨日も1年間苦しんだ人の義歯を直した。大変喜ばれたが、基本に基ずいただけである。義歯は新しい義歯でも3カ月で変わる。始めから噛めない義歯も沢山見受けられるが。


7月25日(金)
ツイッター、フェイスブックと書き込んでいたら、こちらの書き込みが疎かになってしまった。
そちらに訪れて欲しいのだが、やっていない人も多く・・・。タイムリーですので、是非!!


20日21日と大学の友と地元の旅行をした。皆が私の体調を心配してこちらに来てくれたのだが私も地元の多くの新しい発見があり、楽しかった。宿泊したセラヴィーは、昔から遊んだ長瀞ペンションがセラヴィーになって、私は10年ぶりに宿泊した。何もないホテルもあるが、セラヴィーは宿泊する人の気持ちを見事に掬い取ってくれるホテルに変身していた。オーナーとはプライヴェートでもお付き合いをしているが、彼女のまなざしが柔らかく深い慈悲深いものに、なっていた。露天風呂、部屋の風呂、洗面所もさりげなく置かれている小物を手に取ってみれば 分かる。彼女が経験や見識による厳選された物たちなのだ。言いかえれば、彼女の心が入ったものなのである。
くつろうことは、私生活から解き放つために、旅行に人は行くのだが、その心に彼女の世界が寄り添うのである。彼女の良さを知っている私は改めて惚れ直す。そして彼女の子供がスタッフとしてもてなしてくれたことは、喜びだった。


仕事が始まってからは、訪問診療が多くなり、忙しく働いた。


7月18日(金)
大変面白い2日間だった。水曜日は、地元での定期的ライブの幕開けだ。HideLightで2時間唄いまくった。レギュラーの木戸君が体調を崩し、急きょ参加できなくなり、私の引き語りで
ライブは行われた。曲だけは大まかに決め、ファイルにストックし、後はステージの流れで曲順は決めて行った。少ないお客さんだったが、遠く入間からご夫婦で、見られ嬉しかった。
また、子供のころから可愛がったゆうちゃんが友達と来てくれ、始めて聴くような気持だったのか目をぱちくりしていた。唄を唄ったという気持ちになれた。


木曜日は初めての企画。より良い介護のための勉強会を開いた。質疑応答もあったが、私が1時間半喋り、口腔内とは?というテーマで東洋医学の世界も触れた。皆さん現場で苦労なされており、私の話も吸収してくれたと思う。東洋医学研究所のホームページに載せたいと思います。


7月15日(火)
昨夜はよく寝た。しかし夜中にオフロードのホームページが公開されたので、ちょっと頑張りすぎてしまった。反省。是非、みなさん 末長くお願いします。
今日は午前中は訪問診療で3か所を飛び回った。どの家庭も冷房が入ってなかった。それはそれでいい。高齢者の方々には。冷房は下げすぎる。窓を開け、風邪を入れるのが基本だ。
我が家は鉄筋コンクリートなので、熱を吸収してしまい、夜になっても籠った熱が下がらない。
床の絨毯に水をまいている。訪問診療の移動の時、炎天下で交通整理している人達を見かけるが言葉を失ってしまう。服の中に空冷剤を入れているのだろうか?


万能酵母くんの素晴らしさを、健康ショップオフロードで、広めて行きたい。私の生活は、酵母くんなしでは、考えられない。


7月14日(月)
今週はハイドライトのライブ、介護の勉強会がある。どちらも主催だ。
ライブに唄う曲を 決めている。予定していた木戸君が 怪しくなっているので。たった一人の
ライブになりそう。前を向いて行くしかない。


先週はよく遊んだ。東京、横浜。横浜の有隣堂がパチンコ屋になっていた。何なのそれ?梁と久しぶりに音を合わせる。本当に上手い。ともちゃんの唄も最高。
リハを終わってから、食事。勝烈庵のソース最高だっだ。梁に教わる。楽しい時間だった。


7月10日(木)
今日は、休日。起きるたびに、今日の患者さんは・・と考えてしまう。それも楽しいのだが、8月からは院内は佳代子夫婦に任せて、私は訪問診療専門になる。新しいステージへのチャレンジだ。元気になり娘は逆に心配してしまい、申しわけなく思っている。落ちている時の姿を見せていたから。早く気持ちをニュートラルにして欲しい。いつものお父さんだから。
今夜は湿気も落ち着き、気持が和む。先日靖国神社に参拝に行った。まず食堂で腹ごしらえ。レトロな食堂。靖国うどんを食べた。山菜うどんのようであり、お肉も少し、油揚げの甘さが良かった。レトロだけどとても綺麗。それから参拝。奥の方ではテレビでみたみた風景。
警備の人の目が、真っ赤か。気を入れて目でにらみ過ぎているからかな。大変だ。歴史の重み。静かに捉えて行きたい。


今日は、お茶の水のi’mに行く。鍼灸治療院だ。会いたい人が、一杯いて幸せだ。



7月9日(水)
いやあ、蒸します。インターネットで寄居の湿度を調べると現在98%。どひゃあです。この夏も熱帯夜が続くのでしょうか。対策として扇風機を多用することがいいと思います。
1、扇風機で家のこもった熱を追い出す。。もちろん窓を開けて。
2、ハープを多用する。薬局で売っています。それを身体に塗ったりする。時には薄めて飲む。
3、クーラーを小まめに使う。
4、茣蓙のシートを敷く。
そのほかにも、いろいろあると思います。寝る前のコーラーなどビールも止める。汗がべとつきます。


加川良さん、西岡恭蔵さん日本で優れたシンガーソングライターです。私は、ステージで二人の唄は多く唄います。伝道師のつもりです。


7月8日(火)
台風が日本全土に近づいている。数十年に一度の大きさ。最大瞬間風速が70㎞。しっかりとした場所に避難しかない。我々も愛する人のために動かなければならない。動物も含めて。


鍼治療とヨモギ風呂のお陰で、体調が頗る良くなってきた。木曜日にお茶の水のアイムで針治療を受ける。先生に会うのが楽しみだ。ヨモギ風呂は、一日3回入っている。肌もすべすべになる。古来の植物を精査すると身体にいい生薬が出来るのではないかと思っている。私も
開発して行きたい。沢渡温泉の近くに薬王いんという施設がある。近々行きたいと思っている。


朝、夜と西岡恭蔵さんの唄を聴いている。歌詞の深さ、メロディーの可憐さこの人唯一の世界だ。聴けば聴くほど幸せな気分になる。先日のライブで私も恭蔵さんの曲を、唄った。



7月7日(月)
今日は七夕。モンゴルの夜空で観てみたい。思い出すなあ・・あの夜空。ミルキーウエイの素晴らしさ。人工衛星まで鮮明に観えたもの。あああ。また行こう、モンゴルへ。
先週は事務所の初仕事があった。神田小川町のジッパーホールでミュージックフェスティバルに参加した。カラオケで若い人が衣装を纏い、熱演していた。その中で一人私は弾き語りをした。「偶成」「悲しい日々」「GloriaHareruy}の3曲を唄った。気持が良かった。歓声があり
主催者はこういうことを私に要求していたんだな。ギター一本でもっと大きな舞台で唄いたいと心底』思った。100人以上の人が集まった。CDを早く作りたい。
金曜日から身体が火照り、苦しんでいた。オフロードのスタッフに筋肉を解して貰ったりしていたが、汗もどんどん出るし皮膚はびりびりするし大変だった。土曜日に患者さんからヨモギの葉っぱを頂き、診療の後、風呂に入れ、身体の火照りを取ろうと思った。ユニヨモギをつかう時間が短かったから、効能は少ししか感じなかった。
そして山の上ホテルにチェックインしてホテルの近くの鍼灸院を紹介してもらい、出掛けた。私の主治医田端先生が病気でお仕事を休まれていたので苦渋の選択だった。初めて他の人の鍼治療を受けた。26歳の若い女性だったが、テクニックも素晴らしかった。診断は下半身が冷えているとのこと。確かに私自身、気が落ち切っていないと思っていた。私の太鼓腹も気をお腹の下丹田に集めれば、へっ込むと彼女は言った。うむうむうむ・・・・。20年以上前に、気功術者 村上先生に「鳥塚先生のお腹は、丹田に集まって小さくなる」と言われたことを思い出した。彼女が言うには「お腹は、ほとんど水分」・・・。足、腕お尻、腿は毎日の散歩で引き締まった。お腹だけは、ゴルフをやっても引っ込まなかった。彼女に教えてもらった腹式呼吸でシェーップアップをしよう。またライブには勤務医時代の仲間が来てくれ、打ち上げも楽しかった。本当に、彼らとはよく遊んだ。今年また、温泉に行くことが決まった。私が幹事で伊香保に行くことになっている。


今朝は山の上ホテルの和定食を食べた。相変わらずのスタイルで堪能した。ビールの小瓶が異常に旨かった。天麩羅のお店で頂くのだが、冷蔵庫はなく氷で生ものは冷やされていた。
山の上ホテルは去年の火災で別館を閉館していた。私はそこまでしなくてもと思ったが、ホテルは火災を起こしたのも我々のミス。ゆえに本館のみを残し、より良いサービスの向上を目指したみたいだ。受け付け、ルームサービス、レストラン・・・すべて生まれ変わったことなのだ。
創始者吉田さんも選んだ方向性は、満足していると思う。天国で応援していることだろう。




7月3日(木)
訪問診療は、楽しい。今日は、神川まで行ってきた。途中に美味しい中華やさんがあり、行きに注文をして、帰りに受け取ることをしている。薄いようでヴォリュームがあり、カツのみの素朴な味に、私もファンになったようだ。


街は、その住む人たちによって、造られている。訪問診療によって、私は、街の話に身を持って感じている。


7月2日(水)
大分すっきりしてきた。薬の副作用で身体に残っているものが、大分排出したよう。
畑の草むしりをやると物凄い汗がでる。土を弄るのは実に楽しい。スイカ、南瓜も少しずつ大きくなっている。
オフロードの事業展開を素晴らしい仲間が、力を注いでいる。



6月30日(月)
新しいオフロードの立ち上げで、いろいろな情報を取り込むのでかなり皆さんにはご迷惑を
おかけしました。東洋医学研究所・オフロードの新しいHPは、今月半ばごろ出来上がります。
今月はいろいろありました。まずは、GWANさんとのライブです。当日は晴れ,私も久しぶりの
ライブに胸が高まりました。この日、波木さんと久しぶりの再会があり、また波木さんのお弟子さん木戸君とも出会いがありました。リハーサルの時,波木さんが「木戸君はとてもいいよ」と言い実際音を合わせた時彼の音に電撃が走りました。私が波木さんに「波木さんはいつ吹くの?」と尋ねたら「今日は、木戸君をメインにやって」と言われました。波木さんは、お父さんが,病気で倒れ、お父さんの文の仕事を引きうけていて、にっちもさっちもいかない状態との事。
それで、木戸君を紹介してくれたのでした。本番は、偶成、悲しい日々、JerusGuy,mojo
天国への扉,Dark End Of The Street,捨てきれっこないさ、スローバラードを演奏しました。木戸君のハーモニカ、コーラスばっちりでした。この日はGWANさんがあくまでもメインであり、そのため曲の選曲は当日のリハーサルまで悩みました。私の場合,World Musicを目指しています。世界中どこでも愛される曲を私自身オリジナルとしても創って行きたいと思います。


GWANさんのライブは暖かく言葉が生きていて、すっかり酔いしれました。素晴らしかったです。打ち上げもちょっとしたハプニングがあり、楽しかったです。私は打ち上げの時、力を使いはて、眠くて仕方がなかった。GWANさんは、私の家で泊って頂いたのですが、お相手が出来なかったです。翌日の別れが寂しかった。でもちかぢかお呼びしたいと思っています。私がこんな気持ちになったのは、初めてです。そのくらい素晴らしいライブでした。


和倉温泉:中学校の同窓会旅行で行ったのですが、素晴らしかった。年一回の同窓会旅行ですが、この2年行けなくて、久しぶりの皆との再会です。大いに笑い楽しかった。とくに石川県で仕事をしている水野君との再会は強烈でした。私のことを「鳥塚は高利貸しか?」と言い放ちむっときましたが、彼の顔はいくつもの修羅場を潜り抜けた顔であり、存在感もあり、喋る言葉も棘があり、皆も唖然とすることもありました。でも彼は名残惜しかったのか、翌日も我々に
付き合ってくれ、楽しかったですナ。
多田屋という旅館に泊まったのですが、大浴場の温泉に酔いしれました。湯もよし景色も七尾湾がその浴場から広がり、素晴らしかったです。ただ部屋の戻るのが大変で、水野君と迷いました。そして夕食、朝食とも美味しく頂きました。特に能登のコシヒカリは絶品でした。うまいって言って3杯食べましたが、4杯目で皆がそれ以上食べてはだめだよっと止められました。
宴会もカラオケあり、それとスペシャルゲスト、ネギーシ・ガガの登場で皆はあっけにとられました。小学校のころからの付き合いであるタカちゃんの芸はここまで行ったかと、感服しました。いやはや楽しい旅行でした。


薬を止め3カ月になろうとしていますが、副作用の残りのような症状が出ましたが、日が経つに従い消えて行っています。光、温度の過敏症状に苛まれましたが、アーデンモアの津吉さん青木さんに助けられました。感謝で一杯です。人の出会いの素晴らしさを堪能しています。悪い方向には行かないものです。信じればいい方向に向かいます。
それと歯科医師会への復帰は嬉しかったです。先輩の先生方の気づかいには(私への)頭が下がりました。後輩の先生方もみんな喜んでくれました。それと倫理法人会にも復帰しました。こんな6月だったです。


6月3日(火)
先週から今週にかけての暑さは、大変だった。日曜日寄居ccでのプレは、プレーしてる時は
暑さは余り感じなかったが、後半のプレーから身を焦がす太陽だった。5月末の太陽はこんなに厳しいのかと自問自答した。夜になると身体が体幹部から熱を放たれたようになり水風呂に入り患部にワセリンと酵母くんを塗り込んだりした。今朝はアーデンモアに電話をし支持を仰いだ。
昼休みを終えるころ暑さも一段落した。ゴルフの際の日焼け止めは、熱を籠らせる働きがある。皆さんも注意してください。


5月27日(火)
夕飯の時、お酒を飲んでしまうと 眠くなってしまう。お酒は百薬の長であり 薬を止めた私は
しみじみその長を感じている。何て素晴らしいのだろうか、鎮静作用、睡眠作用もあり、これほどいいものはない。日によってお酒のメニューを変えるが、日本酒は旨すぎる。


田端先生が病気のため仕事を中断している。ご入院されたが、私は長年の打ちこんだ気力を今は休めていると思っている。回復を心から待ち望んでいる。


5月26日(月)
TOPページに東洋医学拳東洋医学研究所を載せましたが、アドレスが間違えていました。
申しわけありません。アドレスhttp://offroad.zxfo.comです。
家の中で自分用とオフロード用に二台のpcを使っている。それぞれの部屋別に、置いてある。いずれも公開しているのだから、きちんと整理しないといけない。
毎朝の散歩は、いつも新しい発見がある。それが実に楽しい。お天気のように。愛犬レミは、毎日行動が同じだが、ちょっと意外なコースに行くと興奮が凄い。

5月21日(水)
TOPページに書きましたが、東洋医学研究所がoffroadある人の御協力でリニューアルしました。是非訪れてください。アドレス:http://offroad.zxfo.comです。


5月13日(火)
先週木曜日に行った骨破田の藤を観に行った。お寺の中にあるのですが、
、一歩踏み入れると、幻想的な世界に入ります。見ごとの藤です。日本最大級です。
藤には沢山の熊ん蜂が、蜜を求め それをかき分けて藤の下に、入ります。一緒に行った人は怖がっていました。蜂は蜜を求めているだけで、人には何の関心も占めません。
いやあ、気持のいい所でした。時間を見て、岡部のプールに、行っています。
日曜日は本当に久しぶりのトン公園自然館の当番をしました。来館者が、会員になって頂き
ました。27年続いています。トンボ公園の仲間はすばらしいです。初夏香りで一杯です。


5月8日(木)
今年のGWは、満喫した。渓流釣り、銀座の散歩 渋谷の現実、ゴルフ、孫の生れて1っか月の参拝(熊谷の髙木神社)  楽しかった。


4月28日(月)
毎日、家にある倉庫の掃除をしています。窓やドアーを拭いたりオフロードにあったものすべてが収まっているので大変です。今日は、私が開業の時お祝いで頂いた伯父「飯島正男」の絵を磨きました。素晴らしい色です。黄色の色が、やさしさを醸し出しています。朝から清々しい気持になりました。


4月23日(水)
今日は、訪問診療を午前中で終わり、埼玉医大へ。新しい先生になり、少し緊張したが、会ったとたん、この人は素晴らしいと直感した。薬のことを精通していた。お陰で4分の1になった。毎朝3時か4時に起きている。。愛犬と遊び庭を掃除し木々や草花に水を挙げている。
そして一人で太極拳をしている。清々しい気持になる。感謝で一杯になる。
PCのメンテナンスを行い、奥村さんが誠心誠意やっていただいた。PCがいい環境になった。
これも、気持が、すっきりする。ギターそして唄のリハビリをする。GWANさんのライブを6月14日(土)に行う。私も波木さん(harp)そして打楽器をそる亭にお願いしている。


4月21日(月)
昨日は、本当に久しぶりにマウンテンバイク(自転車)に乗った。1回転んだりしたが、風が寒くて、それなりの支度が必要だと、思った。友達の野沢君がメインテナンスをしてくれたおかげです。感謝~。それから、家内と孫で、八木橋に行った。孫のパジャマと私のズボン、絵の道具、時計修理・・・・それから、パイプの葉・・・・などを買うために出掛けた。
熊谷市営駐車場から歩いたのだが、5才のねねかは、行きも帰りも、くもなく歩いた。幼稚園で裸足で歩いている賜物だと感じた。時計は、知り合いの佐藤さんに直して貰った。職人です。感心しきり~隣の靴屋さんで2800円の靴が買えた。セールで安い買い物が出来た。ウオーキングのために。そうそう八木橋のレストランが大変面白い。中華を食べたのだが、美味しかった。それと美味しい肉屋さんによって買い物をした。お客さんの車は、遠方が多く驚いた。
麦を食べて育った豚です。





4月20日(日)
昨日は親友のみやちゃんと午後を過ごした。お昼に小兵衛に行き、天麩羅蕎麦を食べた。
二人とも余りにも上手いので絶句した。お客さんの車のナンバーは遠方が多く、習志野や大宮、松本のナンバーがあった。地元の人はどうして来ないのだろうか・・・・
それにしてもみやちゃんと沢山笑った。大正池にも行き、山の香りを一杯擦った。寄居はいいところです。健康ショップオフロードが近々再リニュウアルし、再開します。しばし、お待ちを!


4月18日(金)
毎日、部屋の掃除に追われている。PCも2台ありえらいこっちゃです。それぞれ特徴があり、アドレスが違いチェックが大変です。


昨日は、スタッフとショートコースと温泉という大人の秘密の隠れ家に行きました。砂だらけのグリーンで手を焼きましたが、全部歩いたので、気持が良かったです。家内も一緒でしたので、私の具合を心配してくれました。何しろ2年間、寝てばかりいましたから。アイアンは固いなあとつくずく思いました。疲労は左の脇腹が少し残っていますが、大丈夫です。メインテナンスをしっかりしましたから。


最近レコードを聴いています。アナログはいいです。加川良さんの唄が身に沁みます。

4月14日(月)
PCが入院していましたので、しばらくお休みしていました。何でもメインテナスは、大切ですね。毎朝散歩しています。昨日はハプニングがありました。愛犬といつも一緒ですが、ゴミを拾っている時、縄を離してしまいました。脱兎のごとく走りさってしまい、ありゃりゃと思いました。
しばらくするとこっちを向いて名前を読んだら元に戻りました。それと散歩はいろんな出会いがあります。私は、毎日ワクワクしています。気持がいいので。ただ、犬の世話をしているようなものですが・・


4月10日(木)
夜中凄い体験をしました。霧も晴れんんここ数日2,3時間しか眠れず今日も空腹なのに、漢方薬なら大丈夫だろうと思い黄連解毒湯を2袋飲み寝ました。しばらくしたらじりじりと音がして一気に駆け上がる様な暗い雲が頭の中に充満し、雷までどかあんとなる始末もうどうにもなりません。口呼吸(腹式呼吸)してもその状態は治まりません。気が狂うと言う気もしましたが
黄連解毒湯が本気になって今まで私が飲んだ薬のエキスを解毒しようとしたのです。身体も
張り裂かれる気もしました。家内に伝えてもわからないだろうとも思い一人深夜部屋に閉じこもりました。携帯でそういえば知っている女の子がこの経験をしたことを思い出し、時間も彼女は、まだ寝てないと思い携帯メールで伝えました、解脱症状が出ている。どうしたらいい?
彼女はいつも冷静で「大丈夫、頑張って、そのうち消えるから・・・」彼女とのやりとりで気分は少し落ち着きましたが1時間くらい大地震のように私を揺さぶりました。くたくたになりました。
家内を呼び側にいてくれるだけでいいからとお願いし、家内の寝顔を見ながらほっとしてきたら静かになり、私もぐったりしました。2時間熟睡してきたらまた大きな暗黒の世界がやってきてこれもきつい、家内が孫が泣いているので行くといって部屋から出て行きました。私も孫優先ですから一人お経を上げたり、栞を読んだりして耐えました。6時に孫が起き出し朝食を食べているので、それをぼおっと見ていて頭の中は静かになりました。食べ物は咽喉に入りません。散歩に行く気力も癒えてしまい、部屋に戻りました。すると2時間くらいしたらまた大きな暗雲が頭に充満し、もうだめだ。明日の仕事が出来なくなる。主治医のところに行こうと思い
電話をし何とか予約を取り、友達の浅見先生に電話をし「こういう状態が続くのだけど、話をしたら「そこまで行ったなら専門の先生に行きなさい」と言われ「予約をとったんだ」「それがいい」愛車に乗り愛車が音を消すように走ってくれ、いろいろありましたが途中事故などもなくスムーズに病院に入りました。受け付けで、「どのくらい待ちますか?」と聞いたら緊急の先生が
「まあだ来ていないので、1時間くらい掛ります」「仕方がないですね。と弱気になりました。するとまた大きな暗雲が立ちあがりだしました。イライラ感も出てまた多くの病院ですから悪い人ばかりです。叫ぶことが出来ません。そのイライラ感に増長したように、雷が鳴り響きました。水を求めたり、気分転換に外に出て大変な舞台だなあとしみじみ思いました。病院側も少し
順番をあげてくれました。しかし、大きな雷や雹は、収まりません。丹田を意識したりしたのですが、、化学的な薬品は凶器です。昔、白隠さんが医学のない時代この病気(禅病)と言われています。自分の力で静まさせたのだから、悟りを説くわけだと思いました。そんな状態で順番が来て入りました。一気に静かに話しました。随分若い先生だなと思いましたが薬を止めた時の状態の薬に戻します。と言われました。頓服もお願いしました。薬局で薬を貰いさっそく家内の指示で飲み暗雲は少しずつきえていきました。耳鳴りは変わらないですけど。部屋に戻りぐったりしました。黄連解毒湯はお腹の中に収まりました。1回めは、焼きつくような、炎のような暴れ方をしましたが。本当に解毒してくれたのですね。
今後は医者の指示に従い飲みます。濃厚な一日でした。今これを書きながら入っている黄連を見ています。異様に静かです。皆さんも漢方薬を処方されたら飲み方を医師に聞いてください。自分でかってに飲んだりしないでください。どの街の薬局にも置いてありますから、薬剤師さんに処方を聞いてください。



4月8日(火)
朝の散歩を、今週から始めました。少しずつ 身体の声を聴きながら。毎日が充実してきたような氣がします。57年間の自分を顧みながら。酷使した私の身体を、労わりながら。
足元を照らすことの大切さを、感じながら。ゆっくりゆっくりと。

歯科医の大切な先輩が、先月お亡くなりました。悲しいです。前日はゴルフの練習場に、一緒にした友達も悲しんでいます。人を笑わすことが、大好きでみんなも一杯笑いました。ゴルフも旅行もしました。その儚さ、天はどうしたものか・・・。家族葬だったので、お線香は挙げられませんでしたので一人家で祈りました。身体には人一倍気を使っていたのに。合掌。


4月6日(日)
今日は、2年ぶりにトンボの会に出席しました。新しい自然館が、今日からOPENしたからです。暖かい仲間に久しぶりに会え、和みました。沢山笑いました。明るくなければね。
散歩も少しずつ続いています。夜明け前ですが、じつに気持がいいものです。あるがままに。



4月4日(金)
昨日は、リハビリがてら孫たちと東京駅まで、晴翔を送るために 出掛けました。重い荷物係を兼ねて。東京駅で、晴翔のママと落ち合いました。ママの陽子ちゃんも元気で、ひなたも久しぶりの再会が出来ました。息子も歯科医院(川崎)の院長になり、何とか息子家族も上手くやっているようで、家内とほっとしています。夫婦愛和を、そっと伝えました。
家内の器は、本当に大きく 私の知らないところで、愛情を注いでいることも分かりました。ありがたいです。

乗り越えること、薬から離れることの闘いは、過酷で辛いものがあります。しかし、一歩づつ
前進出来ていると思います。明るい心も大切ですから、努力します。もちろん力を抜いて、丹田に気を集めたいと思います。


4月3日(木)
もう書きこんで3カ月が経ちました。辛い冬でした。桜の花に揺り起こされたように、目が覚めつつあります。川崎から孫の晴翔が一人で遊びに来て、私をゆっくり起こしてくれたようです。
3月21日に娘が三人めの女の子を、産み 家の中は賑やかです。私もゆっくりと遊んでいます。病気を克服出来そうな気もしますが、余りにも長いスランプでしたので、身体も新しいシュウズを履き、歩くことから始めます。ハンバートハンバートの唄が、胸に沁みます。



1月3日(金)
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。いろいろなことがあるでしょうけど、ゆっくりやっていきます。


2013年    
12月2日(月)
本当に久しぶりの書き込みです。あっというまに年末、病気とともに生活しています。
ドメインの更新を怠りnot foundになって焦りました。。またぼちぼち書いて行きます。




3月11日(月)
梅の花が、香しい。もう3月。このblogもなかなか書けないでいる。病気の話ばかりになりそうだし一人でいる時間に慣れ、耐えている日々だが、「ときめく」淡い気持を持ち続け、やり直しをして、毎日を過ごしたいと思っている。


2013年 1月7日(月)
昨年の義父の逝去のため新年の挨拶は遠慮しました。何て言ったらいいのだろう。今年も宜しくお願いしますとは、言っていいのだろう。本当に久しぶりのブログ。去年最後のブログに50肩の事が書いてあるが50肩のほうは大分回復した。ただ今度は、右肩の方が違和感が出てきている。今はいろんな意味で辛抱だと思っている。そのうちに転機がくるだろう。家も50年近くになり壁も綻びその修理を先月から行っている。職人たちが、頑張っている。部屋から眺めている。


2012年
10月19日(金)
寒くなった。この日記も久しぶり。最近「高田渡」氏に嵌っている。50肩の痛みはかなりなものだ。身体がぼろぼろ・・・。少しずつ少しずつ。


7月7日(土)
この1っか月体調が悪かった。膝の痛み、50肩の痛みなど。身体はこころとリンクしていると
医師に言われたがそのようだ。知り合いの方もお亡くなりになり来月からは法事も沢山ある。
私自身何度も健康を崩し、治しまた崩している。50も半ばを過ぎると治りにくくなってくるのものだ。大ごとにならないように、最後の警告と受け止めて行かなければならないだろう。
膝は痛風から来ていることもあるようだが、減量からのほうが大きいだろう。食を変えなければならない。心の掃除も大切だ。


正木五朗ちゃんが上田正樹さん とホンキートンクにやってきた。五郎ちゃんから、「体調はどうや?」と電話を頂き恐縮のあまりだった。リハーサルもする時間もなかったと思うが、素晴らしい演奏だった。五郎ちゃんはホンキートンクが大好きな場でキー坊から話が出た時、大阪から直接来たらしい。私の家に泊まる予定だったが、その晩東京に戻り翌日の新幹線で帰って行った。大阪が中心でいいからもっと多くのライブをして欲しい。


5月29日(火)
日曜日に家内と皆野町の「ホンキートンク」に久しぶりに出掛けた。皆に会え楽しかった。友部正人氏は高校時代からのファンである。もう40年。まあちゃんも頑張って続けている。随分ここでは遊ばせていただいる。ホトケさんのライブもここが始まりだったし色んな想い出がある。


5月19日(日)
日差しがとても強い。朝晩は気をつけないと風邪をひいてしまう。頭の上に釜を被せたような
嫌な気分が少なくなった。大学の時の親友と久しぶりに会いたい。昨夜は咽喉が痛くて熱が出るかと思ったら、酵母くんを垂らすと朝には治っていた。今度は「はつらつ元気」という雑誌に、私の話が掲載される。


5月15日(火)
調子が戻ってきたかと思うのだが、まだ波がある。梅雨空のような日は、しっくりいかない。
日曜日に友達に会ったのだが、彼は、定年後職につけず、生活が苦しそうだった。


5月13日(日)
久しぶりに昼間出かける気持が沸いてきて、約束の友達に会いに行った。待ち合わせ時間まで、時間があったので一人喫茶店で(独・・・)メールをしながらこれも久しぶりに美味しい珈琲を飲んだなあと思った。先日の病院の検査で数値がほぼ正常に戻った。運動しないで痩せたのだから酒はやはり飲みすぎたなあと振り返る。ただ左足を何となくズッテ歩いている。寝てばかりいたからなあ。軽い脳梗塞かな・・・。


私のHPの表紙にWILD DUCKSが載せているが、このバンドでは私がお願いして、おこがましくもバンマスでやったのだが、いやあ五朗ちゃんジュリアンさんの二人には100万光年も吹っ飛ばされた。
特に五朗ちゃんは野獣そのもの(それしか表現できない)さんざん叱られたし かつメンバーのギャラも大変だった。しかし正面から意見を言ってくる五郎ちゃんには感謝しきれない。
そうはこんな経験は出来ないし、高知での堀田での演奏後、まあまあやなとほめられた。五郎ちゃんにとって認めるのはOtisReddingだしJBだしネビルだしクンチョウさん、キー坊だし・・。この5月LOWLOWSは各地で演奏したけど来週土曜日は堀田で演奏する。高知の人達近県の人達是非堪能して欲しい。クンチョウさんも、素晴らしい。青ちゃんも出るし関東なら行くのにな。またオープニングを務めるバンドのマーボーの歌を是非聴いて欲しい。BOB MALEYの演奏一人で唄うレセプションソングは本当にいい。鳥肌が立つ。勘助の異常のノリも必見。(ジュリアンさんの息子さん)ああああ、高知に行きたいな。また働いてお金を貯めて「木馬」で唄いたい。
堀田は、やっぱまだまだ敷居が高いかな。そろそろ寝ようとしよう。



5月2日(水)
冷たい雨が降っている。ここ数年は高知に連休は出掛けていたなあ。今年はカレンダー通りに仕事をしている。明日からは何をしようかな?今日は比較的に頭の中がもやもやしているのがとれている。毎日続けばいいのだが・・。



4月23日(月)
いろいろ書きたいことがあったが、書けない日々だった。数年前脳梗塞を起こしそれからの私の感情は躁の傾向でありいろいろなことをした。今は鬱の傾向になり苦しい。眠ってばかりいる。眠りに逃げている。去年腹直筋を断裂し、その後忙しい日々に追われ、自分の限界を感じある会を休んだ。それから崩れるように気力がなくなり、眠れなくなってしまった。医者に言われたことは、「減量をし身体を治すことだ」と言われている。お酒も飲まない。しかし膝を悪くしたので運動が出来ない。如何ともしがたい。娘たちに仕事は助けてもらっている事も、不甲斐なさに感じ気持が切り替えられない。無理は禁物なのに無理をしていた自分を反省をしている。脳梗塞の再発がなかったのは、救いである。田端鍼灸師の先生に今度脳梗塞を起こしたら酷い症状だよとも言われてしまった。何かぎりぎりのところで助かっているみたいだ。


お世話になった義父の葬儀には出席できたが、大往生のためか賑やかな葬儀だった。義父も晩年は筋肉が落ち辛かったと思う。89歳でも寂しい。


4月2日(月)
一錠の薬で身体とくに脳はいろんな変化をもたらす。鬱病は主作用代わりに副作用がものすごく強い薬だ。精神科ではわずかな時間に話をして、この薬とこの薬と処方する。以前にも書いたが鬱病には原因があり、それを薬だけで回復を目指すのではなく、何が原因で起きたのか、例えば仕事のストレス、家族とのストレス、経済的に破綻するストレスなど個人個人全く違う。その道しるべを時間を掛けて聞き出し方向性を示していくことが、大切なのだが今の精神科の現場では、患者さんの訴える気分に薬を出している。眠れないなどはよくあることだが、安易に処方されるため依存症まで行ってしまう。結局は自分で見つけて行くしかない。私の耳鳴り、目眩などはその副作用であると思う。元気がないな、頑張っていないなと思われる隣人、部下、家族がいたら一緒に精神科に行き、今の状態を客観的に伝えるのも大切な事だと思う。
鬱は必ず治る。何度でも治る。この何度でもと言うのも大切な事だ。癌の転移のように再発が
起こることが非常に多いからだ。双極と言う言葉のように躁の状態の時にも、身近な人達は
病院に連れて行くことも必要だ。本人は徹夜しても大丈夫とか大きなお金の使い方をしても大丈夫・・・中島らも氏が著書に書いている。この場合酒と薬との関係が深く書かれている。


誰かの言葉ではっとしてやり直すことも出来る時も多い。先日、友達がもう数年薬を飲んでいると言った。あれほどおシャレだった友が髪はぼさぼさで無精ひげをはやしていた。
病理的に薬を飲むのなら話は別だが、躁鬱病は病理学的にはまだまだ分からないことが多い。気分障害と言う言葉も出ているが、一錠の薬で苦しむには限界がある。怖さも計り知れない。


3月24日(土)
久しぶりです。最近ようやく音楽を聴く心境になりました。演奏はいやはやギターも弾いてないとえらいこっちゃです。薬もいつのまにか増える。つくづく自分の弱さにほとほとです。今夜は
清志朗を聞いている。やっぱりいいな。チャボの「いいことばかりありゃしない」拓郎の「がんばらなくてもいいでしょう」これもいい。RobertJohnsonの「Loveinvain」胸が痛くなる。
今日も目眩が酷かった。そんな時、耳鳴りがジンジン凄い。医者に話せば薬がどんどん増えて行く。根本はやはり心の整理だな。泣きたくても泣けも出来ない。溜まったものを吐き出さないと。それと歩かないといけないな。膝も痛いからプールから始めようと思う。


3月10日(土)
耳鳴りが強くて閉口している。昨日、訪問診療に行くはずだったが、めまいも強くなりそうだったので娘に行ってもらった。気持が身体をひっぱてくれるのかと思うが、めげずに明るくやることは続けたいと思う。テレビでは震災後1年を特集しているが、現実はまだまだで重い現実に
心が痛む。冷たい雨が降り続いている。


3月8日(木)
月日はどんどん走っている。私の場合は時間が止まっている。敬愛する商工会長のblogを読み常に新しいこと共に充実なるスタッフを育てているのを知り、猛省した。病気になり10年。歯科界は大きな転機を迎えている。この間の期間、訪問診療をこれからの歯科界の中心になるよう位置づけ改めて努力していきたい。先日県からの依頼である人のところに出掛けたが、枕元で実際可能なのかと疑問に感じてしまった。スタッフが足りないこと、治療にその患者さんが耐えられるのかとも悩んでしまった。義歯をつくることも実際診療所とはかなり違う。認知症と言われている人の義歯も反応が緻密で驚いたことがある。私でなければ出来ないことを
もう一度自分に問い若い人の手助けをしていきたい。石巻に何度も足を運ぶホトケさん。60代で活躍されている方々はぶれない。行徳先生が『獣にはきのうがよかったもあすはなんとかなるだろうもない。獣にあるのは「今」と「ここ」だけだ。 だから、迷わない。不安もない。』
『「今」「ここ」に徹することによってのみ、生は鮮やかになる。創造(感性)の欠けた分析ほど
危険なものはない。』


3月5日(月)
今日は父の命日。もう27年が過ぎた。朝から冷たい雨が降っている。先週は激しい嘔吐とめまいが起きたが一日で止んでくれた。体調の波が大きく自信がもてない。酵母くんも注文が入りだしたがオフロードは酵母くんの販売だけではない。場の空気を高め薬だけでなく,楽しい場に高めて行くことが大切なのだが。私自身この7年病気との闘いと言っても過言でではない。
今、深い負の中に居る。じっと上向きになるようにと努めている。病気は薬だけでなく心の掃除をしなければ、ならないと改めて思う。


2月27日(月)
先週まで血圧が下がらず閉口した。めまいも激しくふらふらしてしまった。そこで主治医である
田端先生に首の治療をすることが大切と言われ、施術をしてもらったところ血圧も安定気味になり耳鳴りも酷かったのも落ち着いてきた。症状がひどいと前向きに捉える事が本当に出来ない。


2月7日(火)
何度も奥村さんに足を運んでもらい、ようやくホームページも復旧した。いろんな事があったようでまたなかったようで・・・・・。今日は暖かい日だった。きのういなくなった愛犬が突然戻ってきた。他所の方に可愛がられたと思う。元気になっていた。数か月飼われた方には、申しわけない気がする。この犬は鳴くことが出来ない。たまによっぽどの時だけは鳴くので、飼いやすかったのでは。特に孫がことさら喜んだ。離しがいは今度は気をつけないと放浪の癖があるみたいだ。
体調も先週は血圧が上がり横柄した。200を超すと中々下がらない。減量はわずかだが成功しているが・・。春が待ち遠しい。


1月20日(金)
脳梗塞は2度3度と繰り返す。坂上二郎さんも繰り返し亡くなられた。私も今の身体は、再発のことはないが再度注意をしなければならないと思っている。仕事も第一線を引いたのも
この仕事の細かさ緊張感が自分には負荷を掛けている。忙しくすることは、いいのであろうか。様々会もお休みさせていただいている。忸怩たる思いも強いがお許し願いたい。
母も2度目の脳梗塞で5年の辛い生活を送った。遺伝は怖い。


1月16日(月)
pcは奥村さんに手直しをして頂き回復できた。今日は東京の病院と地元の病院の2軒を回った。忙しい一日だった。身体がもう少し変わらないといけない。禁酒して3カ月。一粒一粒の米や野菜に感謝をこめて食べて行きたい。


1月14日(土)
PCが今一操作が鈍っている。そのうち壊れそうだ。


1月3日
謹賀新年
朝起きると家内、孫たちがスキーに出掛けた後だった。一人さびしく寝正月。


2011年
12月29日(木)
昨日で仕事も終わり若いスタッフでの忘年会をした。私がしゃしゃり出ても仕方がない。若いスタッフが和気あいあいとすればいい。
忘年会参加も昨日だけ。友達もいろいろあったみたいだし、今年は山あり谷あり。小康状態で
スカッとしないがそれも受け入れなければ。お世話になった先生の奥様が亡くなられた。
今年は本当に多い。患者さんもだ。合掌。


12月26日(月)
いろいろな事があった一年も今週で終わる。後半は入院2回と身体がぼろぼろになった。
いた仕方がない。でも寂しい半年だったことには変わらない。


12月11日(日)
充電って何だろう?確かに疲れた身体を休めるには静かな環境を作りのんびりすることが大切なのは分かるが心の充電が難しい。毎日そんなことを考えている。絶望をしたわけではないのだからやっかいなのだ。諦めるしかないことも世の中には存在し、自分の都合だけではいかないことがある。狂え、それが人生と団鬼六氏が言った言葉が胸に刺さる。


高崎でのb、t、bの演奏はとても良かった。KOTEZちゃんもより深く掘り下げたBluesを演奏したしこのライブの数が続けていられること自体、ファンも多いし実力も優れている。ホトケさんのギターは音がクリアーでとても好きだ。フレーズフレーズが生きている。あと少しのツアーどの会場もDanccinngで盛り上がるだろう。


百会堂の治療で膝は大分回復した。テーピングで無理をしないように施術してもらっているが、とてもいい具合だ。


12月4日(日)
昨日の雨が嘘のように晴れ渡っている。連日喪中のはがきが届いている。今年はいつもより
多い気がする。実際法事の回数も多い。中々気持が出掛けるようになれなく、家内に行って貰っている。


12月1日(木)
今日は、夜は久しぶりにbtbを観に高崎に行く。寒く感じられ日だが、ホリケンが居ない中どうなるのか少し心配。ホトケさん僅かな移動日を入れほぼ26日連日演奏している。凄いというしかない。近くの街に来た時は是非出掛けてください。


11月27日(日)
少しずつエネルギーが貯まっているような気がする。今日も家内は、お花の稽古で千葉まで行っている。静かな一日だった。夕飯は一人で作りぼっとしながら食べている。


11月25日(金)
寒い朝だ。今まで3時間くらいの睡眠時間で来ていたが、やはり無理だったのだろう。
昨日は脳のMRでの診断。新しい梗塞もなく以前の個所も薄くなったとのこと。
今日から仕事もぼちぼちと始まる。しかし飲みに出かけなくなった。家でも飲まない。
来週は師走。忘年会やらクリスマスかあ。ため息が出るなあ。


11月21日(月)
今日は、寒い。東京の病院に出掛けたが多くの人たちが、冬支度だった。薬が少し減った。
主治医が「お酒は飲んでいないでしょう」と聞く。間が開いて「飲んでいない」と答える。
主治医が言うのには「酒を飲み過ぎ肝機能腎機能も衰えてしまった」そして後2か月くらい入院して生活のリズムを正したほうが、いいのではという意見だった。私はストレスを貯め込んでしまうので退院して自らの生活を正すと決めた。もちろん晩酌は止めたし今は制限の中での仕事と膝の治療に通っている生活。早く膝を治したい。体重も徐々に減っている。また、自分なりに出来ることが始まったら元気になるだろう。とにかくこの1年半の忙しさは楽しかったけど異常だった。高知の友達からメールが来るけど、暫くは行けないだろう。楽しかったなあ。
唄うことを忘れないようにしないと。先週たっちゃんが遊びに来てくれて「トリさんは唄える人なのだからまたやりましょう」と言ってくれた。嬉しかった。友達、後輩、、、、先輩?


11月18日(金)
元気が出ない。仕事もゆっくりとしているのに、返って疲れてしまっている。朝起きると寝覚めも悪く、もうだめかな考えたりしている。時間が過ぎるのが重く居場所がなくなってしまう。
午後の治療院に行くのも億劫だ。いやはやこんなことでは、行けないのだが・・・・


11月15日(火)
退院して3週間が過ぎた。入院中指摘されたことは極力守っている。それと相当に悪かった
両膝も殆ど毎日通っている成果も出ていて散歩にも、出られるような気がするが、今はプールでリハビリをしようと考えている。仕事も来週より忙しくなりそうだから、長い夏休みを貰ったようである。訪問施設も増え頑張らなければ。しかし娘夫婦が居てくれて助かっている。婿とは余り喋らないが、丁寧な応対と無理をしない治療に安心をしている。中々ね。
6月に腹筋を断裂して4カ月。実際体調が悪くなって2カ月。元気に飛び回っていた時は、いったいどうやって動いていたのか忘れてしまう。禁酒の時間は、夜の時間がとにかく長い。テレビも殆ど見ないから、、、。しかし百会堂の先生の治療は、東洋医学を少しかじった私でも
よく分からないが確実に治っている。時間がある時ゆっくりお話が聞きたい。


11月14日(月)
走り続け全てのエネルギーが終わった時、バタリと倒れる。循環していないのも無理をして走っているからだ。永遠に続くエネルギーはものではない。物には限りがある。身体にも。未練を断ち切り自分を変えなくてはいけない。馬鹿は死ぬまで走る。俺もその一人。しかし身体が参ってしまった。身体に引きずられこころも一緒にばててしまった。


仙台の伯父が亡くなった時、魂が現れた。白い物だったが左側にくっきりと。霊魂はいる。
何も怖くない。肉体は朽ちても、魂は存在する。


11月10日(木)
コンピューターの環境がGoogleに変わって新しい世界で楽しんでいるようだ。いつから、どうやってと聞かれても全く分からないけど。突然になってしまった。検索しても動画があり、画像があり内容も豊富だ。


「治るよ」今膝の治療でほぼ毎日通っている先生が、新患の患者さんに話していた。素晴らしい言葉だ。術者が「治るよ」と言われて治療を受けることこそ安心をするし、希望が持てる。
私も歯科医師として早く現場に立ちこの言葉で包みながら治していきたい。その人は7月に
クーラーを直接当て冷え込み坐骨神経痛になったらしく相当キツイ神経痛に、参ってしまい
整形外科では、暖めて薬の観の処方で改善が見られなかったようだ。いやはや、素晴らしい技術を持った先生だ。寡黙で一人一人の治療の集中力は気配で凄いと思うだけ。私の膝も「まず、痩せて」と言うことが、殆どだ。その事には、全く触れず一日一日の症状に合わせて治して頂いている。「治るよ」と言われれば希望が出て治るのも近い。まして、日々の成果があるのだから。


11月8日(火)
膝が痛く動けない状態に、ほとほと参っている。5月のゴルフの時、痛めたのだが放置してしまったせいか、治りが遅い。これが精神面にも悪循環している。
昨日仙台の伯父が亡くなった。駆けつけたいところだが、どうにも ならない。
伯父の冥福を祈ります。悲しい思いだ。



11月6日(日)
昨日は、東京の病院へ。4時間待ち10分の診察。1時間掛けて帰り百会堂へ。疲れがとれる。昨日の雨も今は上がっている。雨は嫌だね。先程同級生に誕生日のメー送ったのですが、
ご健勝とご健康を祈りますと書いてしまった。ご健勝もご健康の意味である。だぶってしまった。
眠りが変だ。とても気になる。まだ、朦朧としている。


11月3日(木)
今日は、七五三。孫の晴翔のお祝いで家内の運転で川崎の稲毛神社に行ってきた。大変な賑わいでした。どうも歩いていると数年前の脳梗塞の後遺症と同じ感覚になる。先日脳外科クリニックで診察してい貰ったばかりなので、今起きているとかは心配ないがどうも様子が似ている。無理はしないことだな。膝は相当に時間が掛るだろう。早くプールに行かなければ。
それにしても稲毛神社古い格式のある神社である。母の一周忌を終え初めて鳥居をくぐった。今までは神社に参拝するのは止めていた。一年たち母も浄土にたどり着いたことなので、
喪が明けたと考えた。本殿の額に、稲毛神社という書かれている。書いた人は小泉純一郎さんだった。


最近、布団と一体になって眠ると言う感覚がない。眠剤を飲み始めてからだ。以前は散々動き回った挙句ばたんと寝ていた。3時間くらいでも熟睡感はあったような気がする。しかし、これも短すぎ疲労が重なったような気がする。ただ今は布団から浮遊して言る感がする。
熟睡感は余りない。中間型睡眠薬「ベンザリン」 やはり止めたいものだ。


11月1日(火)
今日は、萩原朔太郎が生まれた日だ。1886年生まれだから生誕125年になる。朔太郎氏が生誕100年祭の時前橋でイベントがあった。その時ホールでのイベントで宇野千代さん萩原新吉さんをおみかけして嬉しかったことを思い出した。もう25年前の出来ことである。朔太郎の詩は
前橋と言う都市に根付いた朔太郎自身の慟哭であり朔太郎自身のものだけである。それを
自らの言葉で表現した言いかえると生理学的に分析し表現したものと考える。代表作「竹」は
人間の神経組織が浮かび上がる表現である。天才ですね。


今日から自宅やら岩崎公園で、太極拳を始めます。身体がどうしようもない。新鮮な気を入れ
新鮮な組織を作らないと。


10月29日(土)
今週は毎日男衾にある「百会堂」という鍼灸整骨院に通っている。この先生の治療は、私の主治医田端先生と同じ「脈診」を中心に治療をして下さる。私の気の停滞をズバズバと言い放ち治療をして下さる。とにかく、今の私は上半身に気が滞っていて下半身に下りていないと。経過はこの一週間でかなり良くなったと思う。膝も動くには痛みが取れた。つくづく今の私の身体は心とともに最悪だ。


秋深し今日は江南のおにっこクラブ(お店)でハロウインのお祭りがある。出店のお店が凄い。この地域で食材などを気配っている優れもののお店が集まる・お味噌、卵も15%引き。孫はポニーに乗るのを楽しみにしている。このお店は、何年になるのだろう。当初はまだ商売をしているという感じではなかったように、見受けられた。この夏寄った時料理は、美味しいし品物も充実しているのに驚いた。今では月一で行く。と言うのも循環器センターの真向かいにあるのだ。またちかくの公園も孫が堪能できるだけでなく、高齢者も運動が出来る遊戯が置いてある。好きな場所だ。


10月27日(木)
風邪を引いてしまったようで、大急ぎで服をはおったりビタミンを取ったり、ただ夕方になると
熱も下がり楽になりました。このblogを見て心配させていて申しわけないです。
日々回復しています。今週の土曜日にはLowLowsがホッタキャラリーにてライブがあります。高知の方是非、高知が誇る、日本が誇るバンドを観てください。5月に私のバンド生活の頂点を迎え本当に張り切り過ぎたと思います。しかし五朗ちゃんに唄、リズムで怒られたことは勲章です。真剣にぶつかり合った日々でした。エネルギーのうねりを全身に浴びました。幸せです。8月によさこい祭りでのんびり飲んだこともいい思い出です。高知にはまた来年行きます。
個人で演奏に行きます。


10月25日(火)
退院はしたもののまだまだという状態です。病院生活の時間がまず日常とかなり違います。


10月23日(日)
昨夜、退院してきました。ふうう、暫くは足が地に着くようにならないと。
ご心配をお掛けしました。


10月18日(火)
眉間に皺を寄せて何かをやっても仕方がないのでは。真剣であるからこそ笑顔。そんなものなのかも。


10月17日(月)
最近眠れないので 弱い睡眠導入剤を飲む。病院の先生の話では、アルコールを飲んで眠るより身体にとっては随分いいと話す。アルコールは量が増えることにより鬱を呼ぶという。
確かに酔うために酒は飲んでいたのは事実である。それもなまじ飲めるほうだから、眠くなるまで飲むことはいつもあった。酒だけで飲むことはなく、美味しい摘みということになれば太るのは当然である。しかし睡眠導入剤を飲んで眠ると、今まで見たことの夢を観る。
若いころ酒を飲み、随分いろんなことをしたがそんなことを観たりする。楽しいのである。なまじトイレで起きてしまうと、あ、続きが何て思ったりしてしまう。先程は山陰本線に,しがない
バンドのツアー(一人)をしていてそこに京唄子さんが出たり犯罪に巻き込まれたりとめちゃくちゃな夢を観た。何でおおとり啓介京唄子さんが出来てくるのか皆目分からない。そのとき消し忘れたPCからビリーーホリデイが小さく流れていた。ビリーホリデイーと京唄子…京唄子山陰本線・・面白かった。


さて3時間後、次はバックミュージックにBeatlesを掛けて・・タケノコご飯を食べにテレビの撮影しながら走るのである。私がいろいろ講釈をしながら走る走る。一軒目は・・たき方がべちゃべちゃで味は良かったががその炊き方かたの講釈。そしてまたまた走り2軒目は これもお店ではなく普通の家に飛び込むである。今度は真竹 モウソウ竹の解釈あ・時期によって違うのに・・。一緒の若いレポーターを詰りながら。とにかく一緒の連中が無知なのである。
そして次は 突如タケノコを刺身として食べる・・そこでおトイレ。 どうも昨日法事で舞茸ご飯を食べたから観たのか・・ふむふむ。また楽しい夢を観たらまた書きます。


リンクに、トンボ公園の仲間、遠藤さんがやていらっしゃる「デイサービス寄りあいのお店くるみ」を載せた。高齢者を尊重し とてもあたたかいくるみである老後お世話になりたいと思う施設である。またくるみと併設されキッチンそら豆ヘルシーで手が込んでいて大変健康にもよく素材も素晴らしい。どうぞご賞味あれ。。よりあいの家くるみクリックしてください。



10月16日(日)
今日は、母の一周忌。施主としてしかっり出来るかわからないが、来てくれる人たたちに誠意を持って応対したいと思う。残された家族としてこの一年は、早くもありいろいろな事もあった。特に寂しいのは母の叔父叔母達が側に居ないため出席できないことがある。一年本当に何かあるか分からない。言葉より行動 大切な事だと改めて感じ入る。
ホトケさんから入院したことを知り心配のメール頂く。感謝しきれない。水の如く交わり見守ってくれている。先輩とはそういうものと谷沢先生も仰っている。


今、東洋医学の素晴らしい技術を持った先生に出会い治療をしてもらっている。



10月14日(金)
久しぶりの帰宅。今回はこちらで治療をうけられるか そして両膝の治療のため戻ってきた。
入院生活は何とも寂しいもの。2週間にも及んだでいるが元気は取り戻している。
それと母の一周忌に出席するため。


10月7日(金)
高血圧症のため 入院


9月28日(水)
この日々思うことも更新が出来なかった。ある方から楽しみにしているので、どうなされましたか?と聞かれた。何て言ったらいいのか完治したと思った病気が再発をし とにもかくにも格闘していますと答えた。弱いものである、脆いものである。



9月10日(土)
本当に何カ月ぶりなのか 土曜日の午後、家に居た。静かな気持になれた。何を急いでやっていたのだろうか 友達の喫茶店のマスターに「身体は一つなんだから」と言われ、私の忙しさに注意をして頂いた。身に沁みた。今日は家でDVDの映画をじっくり観た。「アリスのレストラン」 「旅情」何度も観ていたが、映画を堪能した。多くの方が私の体調を心配してくれている。感謝しかない。仕事も流れがないと、疲れが溜まる。自分のリズムに流れを取り戻したい。
今日は、庭には、月が秋の情感で浮かんでいた。虫の音も 大きく鳴いていた。秋も近い。


アリスのレストラン:現代の吟遊詩人アーロの、ほろ苦いユーモアをたたえた彷徨。製作は「バイ・バイ・バーディー」のヒラード・エルキンズ、監督は「俺たちに明日はない」のアーサー・ペン。アーロ・ガスリーのヒット曲Alice's Restaurant Massacreを原案として、アーサー・ペンとベナブル・ハーンドンが脚本を執筆。撮影は67年カンヌ映画祭でTVコマーシャル賞を獲得したマイク・ネッビア、音楽はアーロ・ガスリー、編集はデデ・アレンがそれぞれ担当。出演は、アメリカのフォーク歌手アーロ・ガスリー、テレビ・舞台で活躍、映画初出演のパット・クイン、ほかにティナ・チェン、ジェームズ・ブロデリック、マイケル・マクラナザン、キャサリン・ダブニー、ジェフ・アウトローなど。デラックスカラー、ビスタサイズ。1969年作品。




9月9日(金)
頭の芯がきーんと痛んでいる。眼の奥が冴えるような微弱な温度になっている。蒸し暑かった。今日は34度明日は35度になると言う。あるがままに。


大好きなホトケさんが 静かに燃えている。btbは、来月5日には4枚目のCDが発売される。
何て安定した動きだろう。長い間、ファンとして常に見ていたが このバンドになって、いろいろな事があったがブレルこともなく一歩一歩、歩まれている。12月には、高崎にも来ると言う。
とにかくお元気だ。


9月8日(木)
気が滞っている。今の私だ。その滞りが病となっている。漢方薬では まずその滞りを動かす
「休意」を飲んでいる。そしてその滞りが動いた時に 寫す薬に変えて行く。それに大切なのは食だ。気をしゃす時に 香辛料を使う。大葉でもいい。しかし風邪が治るように直ぐにというわけにはいかないだろう。自分の身体で勉強してくのが東洋医学だ。


鍼灸の先生は とにもかくにも脈診を整えることが大切と教えて頂いた。東洋医学における診断の最も重要な診断だ。奥が深い。しかし勉強していきたい。そして思考の停滞は肝の衰えだ。肝の養生をし補気して行くことが大切だ。


9月6日(火)
凄まじいほどの自然の猛威。静かだった山間の村が押し流された。深夜轟音とともに水嵩が
増してくる恐怖は、想像を絶する。被害を被りお亡くなりになった方々のご冥福を祈ります。


高崎の漢方医の先生に、漢方薬を処方され飲みだしている。漢方薬と言っても副作用がある。しかし病院で処方された薬の副作用に比べれば軽い。でも辛い。脳が動かなくなることの恐ろしさは重々知っている。体験している。3年も苦しんだこともある。ただ、今の私は勉強している東洋医学を深く根ざすことへの道だと信じている。東洋医学は、机上の論理、研究の論理ではない。五行と言う哲学を基に直感で分かる医学だ。大きな行動。静かな行動。揺れ動きながら生きて行く。大きな行動の時は それなりの成果も一杯ある。普段会うことのできない人たちに会えたり 行動を共にすることも出来る。ただ世界の違う世界に身を置き過ぎると
破滅する。その過ぎる分を調整するのが、静かな行動だと思う。真理を学ぶ時なのかもしれない。昨日まで元気一杯に接した人に、まるで別人みたいに触れることもある。かっと目を見開き掴むのか静かな思考で掴むことなのか、両者は対にあるのだと思う。



9月5日(月)
久しぶりに 岩崎公園。朝の4時半。何て清々しいのか。いつもの時間に散歩している人達がいる。今を 生きる。動く時はすばやく動き 動かざる時は 無にして眠る。そして、気を吐きだすこと。


9月4日(日)
禅病。明治以前の精神疾患はこの名前が付けられていた。白隠禅師の掛った病気が禅病と言われている。「頭痛、胸痛がはなはだしく、肺と心臓が焼け焦がれるようで両手両足は氷雪のように凍え、耳はガンガンなり続け、何事に対しても臆病になり、神経過敏に、かつ恐怖に駆られ心身困憊し、夜は眠ることも出来ず、夢と現(うつつ)の境を行き交い・・・・」と大変な症状に苛まれていた。そこで白隠禅師が伝えたのが「内観の秘法」と「軟ソの法」です。
この方法は、禅師が書かれた「遠羅天釜(おらてがま)」「夜船閑話(やせんかんな)」に。


怪我がようやく癒え 身体をもう一度作り直しやらないといけない。自分が招いた病気は まず自分の生活を見直し 変えて行かなければと思っています。


9月3日(土)
頭が重い。去年から様々に起きた出来事を 振り返ってみたりしている。力まずやるしかない。台風が齎す重い雲。この雲の上には青空が広がっている。


8月31日(水)
長いなあと感じた8月も今日で終わりだ。体調はいいのだけど久しぶりに脳の芯が重くなり
不快な症状が続いている。その中で、昨日は叔父の葬儀の親族代表挨拶をした。雛型に乗っ取り叔父の私の思いも入れた。叔父は、教育者としてこの地域に貢献し働いた。不慮の病気で17年頑張られたが、肉体は辛かったけど魂は輝いていた。享受しがたい病気だったと思うが 生きることの舞台は 人それぞれの舞台である。父の兄弟に可愛がられた私の務めは 沢山あるようだ。


予測と直感。虚空の世界に接し磨く世界である。


8月29日(月)
伯父が 亡くなった。脳梗塞で倒れ17年に渡る生活。重い障害を抱えても、気高に頑張った叔父。叔母とともに病気の後、多くの場所に旅行に行き、自ら小雑誌を作り日々の日常を綴った。生きる悲しみ、そして喜びも交差するように訪れたことだろう。ご苦労様でした。ありがとうございました。私の父、母達とゆっくり語り合って下さい。今はゆっくりお休みください。


8月28日(日)
昨日載せた開高健氏の話は、いつも私にとって確認しなければならないことだ。物事を生み出すエネルギー、そして沈黙。この両者は繰り返し引き起こる。自己改革。地球創生も膨大の時間の中でこのことが繰り返し起こされた。そして生命が誕生し人類が現れた。人の一生は 瞬きほどの時間の中で終わる。サムシング・グレート、この地球で人が役目として与えられたもの。
対立ではなく調和をして この瑞々しい天体を活き活きとさせる行動をとらなければならない。長い歴史の中、育まれた日本。日本人としての誇りを持つことが 世界の不安な現状を模範を持って生き抜くこと大切だと思う。倫理法人会で掲げる「日本創生」、千年の一度の天災を受けた日本。日本人として 勇気を持って生きることをしっかり肝に銘じていきたい。


8月27日(土)
作家、開高健は、平成元年12月9日に食道癌で病死した。享年58歳の若さであった。エネルギッシュな行動や言動から、その早逝は意外な感もあるが、それだけ病的な命を超えるようなエネルギーであったとも言える。開高は、内因性の躁うつ病であったと考えられる。10代後半より58歳で死亡するまでの何度かのはっきりしたうつ病相と、5度の軽躁状態の時期があった。軽躁期には世界中を飛び回り、釣りをし、食し、飲み、放浪し、「もっと遠く!」「もっと広く!」「オーパ」「最後の晩餐」などの豊饒な文学に結実していった。「もっと遠く!」といった題名自体に、あり余るエネルギーが端的に表現されている。うつ病の体験をもとに「流亡記」「あかでみあ・めらんこりあ」「夏の闇」などの傑作小説が生まれている。

 開高健の小説は「うつ病文学」といっても良い。うつ病の世界は人間精神の一つの極北である。うつ病を体験することで人間性の深淵を見ることができる。これが「うつの力」である。日本の小説家はうつ病の体験者が多い。うつ病を体験することで悲哀に満ちた人生を情感豊かに表現することが可能である。

 開高健の小説の基本構造は、躁うつ的両極の感情を基本とした人間感情のアンビバレンスがモチーフとなっている。その手法は、19歳の時に書かれた最初の短編小説集「印象採集」にすでに顕著にあらわれている。些細なことから一つの秩序が崩れ、壮麗が醜悪に、倨倣が卑屈に、自恃が無恥に突然変貌するという構成で一貫している。「事物の二律背反性に対する抜き難い願望」という、躁うつに対する苦悩が述べられるが、その絶望の淵から「北の極から南の極へたえず揺れ動く人間の不安と矛盾を描く」という強い作家魂にもなっている。躁とうつという一見相反する自己を、矛盾としてでなく、統一した一つの自己としてとらえようとした。そうすることで、躁うつを正当なものとし、結果的に「どん底のどん底からコトバをつかんで浮揚してくる」といった作家活動における治療的側面があった。最終的には、躁もうつも相反して対峙するものではなく、めぐるもの「輪廻」としてとらえられ、さらには「空」といった東洋的境地が示現されている。

躁うつ病者は海と旅を愛する

 開高健は、大平洋を見渡せる湘南海岸に居を構えた。海を愛し、釣りを愛し、広大な大地を愛した。自殺したヘミングウェイと似ている。開高は「賢者は海を愛し、聖者は山を愛す」と述べている。これはちょうど「躁うつ者は海を愛し、統合失調者は山を愛す」と病跡学的には置き換えることもできる。

神奈川県の文学風土

 開高健は湘南の風土から文学を創造していったが、神奈川県には文学を生み出す特有な風土がある。神奈川県で代表的な作家が生まれ住んだ地域は、横浜、鎌倉、小田原、湘南、川崎、相模の6地域である。隣り合った6地域でありながら、その自然環境と文化的伝統には大きな違いがある。その違った風土で育った作家の表現形態は6つの地域それぞれに独特で、同じ地域の作家の表現形態は互いに交流がないにもかかわらず著しく類似したものがある。他都道府県で生まれ育った作家が神奈川県に移り住む場合も少なくなく、その際も不思議と類似の表現形態をとる地域に定着する。開高健も大阪で生まれ湘南の地に定着した。それは風土のかもし出す空間の存在の証しでもある。

国民的作家を生む横浜の風土

 横浜は明治以後にできた新しい都市であるが、その明治時代に何人かの作家が生まれ育っている。大仏次郎、獅子文六、吉川英治、長谷川伸、白井喬二等である。大仏と吉川はある時期、南太田小学校という同じ小学校で一緒に学んでいる。これらの名前が端的に示すように、横浜は国民的作家と呼ばれるような大衆小説家を生む風土である。大仏、獅子はハイカラな、吉川、長谷川は庶民的な大衆作家であり、それは横浜の風土の持つ二面性でもある。後に住んだ作家にも山本周五郎や五木寛之などの国民的作家がおり、横浜は国民的大衆作家が創作しやすい風土ということができる。

芸術至上主義的作家を生む小田原の風土

 小田原は鎌倉と並ぶ歴史ある地方都市である。小田原の風土の背景には、海、山に恵まれた豊かな自然と、鎌倉時代から続く城下町としての長い文化的伝統がある。東に曽我の丘陵、西に箱根の山々、その山間から流れ出る清洌な酒匂川と早川、それらの川が注ぐ小田原海岸と相模湾。それらの豊かで美しい自然が人間的感性を育んできた。歴史的には、とくに文化文政時代の藩主であった大久保忠真は老中の要職までのぼり、藩校集成館を創設し、大いに学問文芸を奨励し、多数の文化人を排出する伝統を作った。しかし、明治維新になって小田原藩は幕府方にあったため冷遇され、豊かな文化的感性に大きな心的外傷を与えた。それが、明治になって小田原独特の作家を生む風土的背景となった。明治元年に、北村透谷が小田原市唐人町で生まれたのは象徴的である。透谷は、深い精神性と浪漫性に満ちた著作の数々を著し、近代日本文学の扉を開いた。辻村伊作は、山と高山植物にかけた純粋な詩魂を珠玉の紀行文として残した。福田正夫、井上康文らは、詩誌「民衆」を創刊し、民衆詩運動の担い手となった。昭和には牧野信一。尾崎一雄、川崎長大郎、北原武夫らが出、芸術至上主義的私小説の境地を開いていった。横浜が国民的大衆小説を生んだ風土であるのに対し、小田原は芸術至上主義的私小説を生む風土と言うことができる。東京とは一線を画した、孤高の情熱を持った作家たちを輩出していった。中で、北村透谷と牧野信一は若くして自死している。北村は感情障害圏、牧野は分裂病圏の作家であったと考えられる。このような視点で、ほかの4地域も眺めることができる。作家たちが同じ作家になりながらも、生育した風土によってその表現形態、手法がある必然性をもって異なってくることは興味深い事実である。精神性や創造性には時代と風土が大きく関与している。

ケ セラ セラ<こころの季刊誌>
VOL.50 2007 AUTUMN



昨日は伯父の容態が急変したとの報告を,仕事を開始した時受け、ばたばたと時間が過ぎた。家内が病院に行き数時間後持ちなおしたとの連絡になった。この夏自宅で過ごした伯父の身体は相当に大変だったと思う。私が訪問診療でお邪魔した時も明らかにお痩せになっていた。伯父は心底強い人である。私は側に居て思う。仕事がピークの時病魔に襲われ、精神的には本当に辛い日々を過ごしている。その中で、生きがいを見つけ毎月小雑誌を作って配られている。再度復帰して 新しい小雑誌が作られることを祈っている。


最近、私の役目が観えたような気がする。身体とともに気力を持たなければ。


しかし日本の首相交代劇は。テレビを観るのも嫌になる。醜い。


8月24日(水)
月曜日の疲れがすっかりこころとからだに入ってしまったようだ。眠れても時間はわずかで、そして頭もずきずき痛くなったりして困ってしまっている。腹部の怪我もときどきちくちくと痛むようになってしまった。こんな状態だと、持ち物まで調子が悪くなってしまう。携帯がどこにいても今まで何ともなかったのに、圏外になり通話も受信も出来ない。悪い時は悪い時なりに過ごさなければ。その中で、帯津先生の簡化外丹功に出会う。流れているのだろう。止まることもない。川はまるで流れていないように見える時もある。大雨が降れば暴れる。
水は流れる。雲は動いて止まらない。6月の怪我は実は表面だけは治っても、深部はまだまだだったと思い知らされる。


帯津先生は、何人もも癌患者さんの死に立ち会い、明るくとは決して言えなかったという。敬いを持って接することこれが大切だ。大声でから元気の明るさの人は、遠慮したい。敬いを持った人。自分自身が医師として心がけなければならない。いい場に居たい。


8月23日(火)
昨日は、何日分の濃度を詰め込んだような一日だった。朝の2時に目を覚め、3時半に家を出て、さいたま市に4時半に着いてしまった。私の感覚では 大宮は2時間~2時間半の予測をしたのだが。しかし早く着くことはいいことで、次回からの時間が読めるし、約束のお相手に
失礼な事が起きない。何処かの公園の駐車場で仮眠をしようかと思ったが、かなり強い雨が降っていてそれにまだ陽が昇らないのでコンビニの駐車場で仮眠したりした。そして会場が分からないので 車をパーキングに入れ雨の中を会場探し。行ったり来たりしてるうちに時間になる。会場はいやはやこんな所にあったのかと言う場所だった。傘を差して行ったのだが、 びしょ濡れになってしまった。会長さんの携帯電話を控えておくことも大切だ。与野倫理法人会は事務局が専任の方がやっているので、9時以降でないと連絡は取れない。当単会も次年度は事務局が出来るので 講師の方には事務長の携帯もしくは会長の携帯をあらかじめきちんと伝えておくことが 大切だ。 そして役員朝礼も参加し あっと言う間に時間は過ぎた。前回の狭山市の時、実際の体操をと言われたので 手の導引体操を話したりした。今回のテーマも「病気よ、ありがとう」だったが、母のことを急に思い出し母のことを少し喋らせてもらった。母の仕事ぶりはすさまじく幼少のころから母の食事はいつも台所に立って
食べ物を押し流していた母の後ろ姿だ。一緒に食事をした記憶がない。本当に働きものだった。そんな思い出が急に湧き上がってくる。不思議なものだ。


それから朝食会場が一杯でかなり待つということなので 失礼をして今回は家路に向かった。家に帰り少し仮眠をし仕事をしたのだが。息子も一生懸命働いているなっと思うことが改めて感じられるのも 私の留守をしっかり守ってくれているからである。考えてみれば病気の時 
千葉から通ってくれて私の代わりに頑張ってくれた娘夫婦を改めて思うことが出来たのも倫理法人会の用事を一生懸命私なりにやっているから思えるのである。「継承」これはどの会社も大切なこと。私は私なりに継承が出来つつあるのだということを、知ることが出来たのも喜びであった。何か分かったような気がする。


自分に余裕がなくこんなに頑張ったのにと、自分を褒め 他人に求めるのは間違いである。
自分が変わった時、人が変わる。本当にそうである。午後の仕事も訪問診療でなく診療室で夕方まで掛ったが、脳がもう限界と思った時 最後の患者さんが難症例の義歯の方だったが「先生大変上手く入れてくれてありがとう」と言われた時 そんなもんだなと一日の流れに感心した次第である。 そして夕食の時家内のほっとした顔を観ると 今日一日を心配していたんだなと思えるのも いいものである。


8月22日(月)
日曜日は 悪夢を観ているような一日だった。頭の芯が割れるように痛く また気分も酷く落ち込んでしまった。何だったのか・・。脳梗塞、鬱病の再発かと考えてしまった。この病気は再発がいつでも考えられるゆえ いつ起きても仕方がない。しかし最近の生活ではそんな影が
再度襲うことは考えられなかった。6月の末に起きた怪我より約2カ月。傷も癒えこれから運動をし減量をと考えていた。ただ先週は、倫理法人会への参加をしていた時、傷口が痛み 定期検査ではまだ無理をしないようにと言われたばかりだった。そして今日はさいたま市の与野法人会で、講師を依頼され散々行き方を悩み結局早朝に、会場に向かうことにした。
モーニングセミナーに出席後とんぼ帰りをしての仕事は きつい。家内が患者さんの予約をずらしてくれた。また昨日の様子で家内が心配して一緒に付いてくれるとも言ってくれ、頭が下がる思いだった。苦難と言うほどでもないが、家内の気持は そんな私にとって何とも言えない光である。最近は倫理法人会の私の動きも協力してくれ オフロードの仕事も理解をしてくれるようになった。夫婦愛和は生活の礎であり仕事の礎でもある。そのことが心底分かった気がする。では、行ってきます。。


8月20日(土)
昨日は高知から鱧が送られ、家内と湯通しをして梅肉のたれで食べた。とても繊細な味で 始めは酢味噌で食べたが鱧の味が消えてしまい、急きょ新潟の乾物屋で買った梅肉を薄めた味がピタリとあったようである。天麩羅にしてうす塩もいいのかもしれない。


先日知り合いから「いろいろサプリメントなどを飲んだり太極拳を指導したりしているのに、病気をして」と言われ悲しくなった。身近にいる人ゆえ悔しかった。
今回の入院は病気ではなく筋肉の断裂である。私の目指すものは「薬に頼らない健康」そして「立心安命」。何回も入院したりして愚かな自分がようやく掴んだもの。机上のものではない。日々の生活の中で、活かし自らの芯、考え方をを磨いていくことである。
振り返れば若いころ父親の職業が自分の職業なのかと疑問を持った生活は、自業自得だったがシンドイ生活であった。そのころ無理をしていたのも自覚していた。私は、30歳になるまで生きられるだろうかと常に思っていた。それが家業を継ぐために、家に戻りこの仕事を忙しい時間の中で過ごすうちに、そんな不安も消えていた。そして夜はトンボ公園の会。ふるさと懇話会などをやっきになってやっているうちに倒れ、医療人としての責任も重く圧し掛かり 真の健康な人間になるのには、どうしたらいいのかという考えが芽生え今の形に行きついたのだろうと思う。幸いにも今回の入院で、他に悪いところもなく さ、頑張ろうと思った矢先ある会に戻った時、異常な疲れが生まれ頭がほとほと疲れてしまった。人間関係におけるストレス!


今、再度この会は休み事にし、急いで登らなくて良かったと思っている。そんなもんなのである。今年の後半は旧友たちと膝を暖める機会が多そうだ。ゆっくりしたいと思う。いい場に身を置くことは 大切だ。


8月19日(金)
今朝は久しぶりに「ぐっすり寝たなあ」と言う感覚で起きた。慢性睡眠不足のような日々。入院してから、朝まで起きているような生活だった。脳を休めるのは、やはり睡眠だなあ。
家内と二人で昨日はいろいろな振り込みなどをした。私はお金の管理は全く疎く、家内のてきぱき動く姿にはいつも感心する。子供たちも一人前になったのも、家内のやりくりが的確だったこと。家内が自分のために何かを買うと言うこともなく、質素な生活を心がけたことのお陰に尽きる。感謝してもしきれない。


8月18日(木)
久しぶりに 睡眠不足や他の人との摩擦で、脳が疲れてしまった。いやはや嫌な気分だ。
二日酔いが残っているような睡眠不足を引きずっているような気分。最近20日前後に起きる。身体もようやく癒え 気が萎んでしまっては。そこで 今日は入念に太極拳を含む気功をした。あせが流れるように噴出した。「本当にそろそろ整理をしないと・・」


私の敬愛する帯津先生の「達者でポックリ」のための12か条
1、できるだけ歩く
2、気功を身につける
3、旬のもの、地場のものを食べる
4、好きなものを少し食べる
5、酒をたしなむ
6、早寝早起き
7、いつも希望とときめきを
8、生きるかなしみ(旅情)をかみしめる
9.この世は品性を磨くための道場と心得る
10、折に触れ死を想う
11、わが弱点をサプリメントで補う
12、いい場に身を置く


8月16日(火)
自分の取り巻く状況を どう整理して行くのか、模索している。会う人達の多さに自分でも目眩がするほどだが、そんなに力んでいるわけでもない。あるがままである。仕事を中心に 悔いのないよう動くだけである。50代を終えるまで「夢」を持って行きぬき、また状況を観て「夢」を追う。そして死ぬ間際にその時のエネルギーを集約して、彼岸に行きつくのみである。


寿命はあると思う。100歳までと生きられればいいが、家族に迷惑かけないで生きられる保障など何もないと思う。健康、健康と気ばかり使いそれが返ってストレスになっている人の多いこと。考えすぎなのである。諦めることは一杯ある。手からこぼれ落ちることも一杯ある。
ただ、今を精一杯生きた結果である。最近お酒もかなり量が落ちた。身体が欲しないからだ。
咽喉が渇いた時、冷たいお水ほど勝るものはない。酔うことも普段から、酒なしで夢に酔っていればいいのである。表情は緩み柔らかくなる。気難しく考えない。



8月14日(日)
いやはや暑い。朝が特に。日中は風が吹いて来て 何となく過ごしやすくなっているかな。
こんなもんなのか、そんなもんなのかと納得している。お盆も家内が一生懸命取り計らってくれるので 留守番してと言われれば留守番してゴロゴロ寝ている。
周りの親戚、訪れる人もなく静かな家族だけのお盆だ。今週は倫理法人会への復帰1っか月半振りだ。来週には大宮で講師依頼も来ている。何とか間に合ったかな?倫理法人会では、普段会えない人たちと会えることが、嬉しい。自分の世界も広がる。頑張って行きたい。
それでは清々しい唄をハンバートハンバート+加川良


8月13日(土)
高知に息子、孫と行ってきました。高知の暑さは海風が吹き 関東のうだる様な暑さとは違います。太陽の力は強いですが。いろんなハプニングがあり慌ただしかったですが、よさこい祭りで踊れたし五朗ちゃん青ちゃんにも会えたし楽しかった。家族旅行ですから孫達が楽しくなければと海でも泳ぎました。昨日は13時の飛行機に乗り家に17時に着いたのですから、早いものです。家に送った貝を娘家族と食べ、不思議な感覚を持ちました。次回はライブでお邪魔します。



8月9日(火)
昨日今日と癌と闘っている患者さんが私のところにやってきた。昨日は 私に会うなり「先生会いたかったよ」と言われ私も患者さんの身体を心配していたので「いらっしゃい」と話し診療室に案内した。1年もの乳癌を原発とした癌と闘っている。抗がん剤のためか、吐いたり髪の毛が抜けたりと凄まじい副作用が患者さんを攻撃した。多くの辛い症状が襲っているのだろう。しかしこの患者さんは、常に前向きで明るい。痛みも苦しさも全て享受している。担当している医師たちも「私も癌になったら貴方のようになりたい」と話すそうである。持っているパワーが凄い。あるがままの人間の心を受け止めている姿。脾臓に転移した癌は消えたそうである。最近は医師も「もう何年かの生存。助かっても何パーセント」と平気に口に出す。この患者さんはその言葉を受け入れても他人事のように家族や他人にも話すのだろう。もう、だめだと思ったら本当にだめになってしまうのだろう。新しい義歯を作るまで その人とどっぷりお付き合いをしたいと思う。学びたいと思う。


パニック症候群と言われる病気はやっかいだ。労わっていれば本人も気持が休まる。同情されることは居心地がいいのだろう。しかしそんなことでは病気は治りもしないし、いつまでもぐるぐる回って深みに入って行く。真面目さが余計に悪化させている。
そこで荒療治をする。核心を突く。そして考えを止まらせる。変えることはしない。この病気は他人の言葉を聞き入れないのが多い。そしてヒステリーの如く怒りだす。そのエネルギーを持つ時がカンセリングの勝負の時だと思う。家族の人達は、本当に手を焼いていると思う。家族を傷つけていることも分かっていない。逆に私のことを、何故分かってくれないと思い続けている。そのことを理解していない。薬をまた安易に飲んでしまっては治るまで大変な時間を必要になってしまう。自分を怒りで曝け出した時が出発点だと思う。なりふり構わず頑張ることが、裸になることが第一歩だと思う。


話が変わるがコロッケと言う芸人はプロだと思う。デビューのころから知っていたが本当に研鑽して上手くなった。努力も見せることなくどんどんと幅広い人を、巻き込んでいる。
2010年のコロッケの芸是非観てください。明日より「高知よさこい祭り」に行く。息子家族とともに。この暑い日差しの中で朝の10時から夜の11時まで踊る人達。2日間丸々である。着いた瞬間来て良かったといつも思う。友達もたくさん待っている。


8月7日(日)
久しぶりにカラオケに行きました。唄ったのは演歌ばっかり。気持がいい。俺は音楽が好き。とことん好きです。日常で好きな唄がない時落ち込んでいます。今は一杯あります。私がバンドとして唄うのは 演奏するのはBlues、Soulが多いですが 一人で唄うときは演歌、フォーク何でも・・・。魂のある唄は何でも好きです。
観てください。河島英五酒と涙と男と女 いいですね。


ようやく目が覚め休日をのんびり過ごしている。今日は、ミューズパークでのコンサートだったが、体調が もう一つなので辞退した。あの会場は、風が吹かず蒸し風呂状態になるので、持たないだろうと思ってしまった。海辺の会場でのライブをしたいな。高原でもいいなと寝ながら考えている。昼ごろの地震、そして今は夕立・・。オンパレードだな。天変地異これで火山での炎が上がれば、それこそ終期末。。心配してもしょうがない。


中国は道教からの観点でみないと分からなくなってしまう。過去半世紀で、国が4回変わったこともある。タフだと思う。憂いていると飲み込まれてしまう気がする。タオの思想が脈々と
流れている。


今週は孫たちと高知「よさこい祭り」五朗ちゃんとも連絡を取り落ち合う。


8月5日(金)
水曜の午後から新潟の長岡の花火を観にいきました。凄い人で40万人とも聞きました。我が町の水天宮がお休みになったので無性に花火を観たいと思ったのかな?花火師の渾身の気合で「天地人」という花火は素晴らしいものでした。沢山の会社が出資しての花火で、こういうのもいいですね。芸術の世界に連れて行ってくれます。個々の会社だと限界がありますもの。新潟の市内にホテルを取ってありましたから、帰りは長岡駅まで30分歩きました。いやはや。新幹線も一杯でした。しかしホーム一杯のお客さんが見事に収まったのは驚きました。


翌日は新潟市の海水浴場に行きました。大きな浮輪に乗りぷかりぷかり漂いました。気持がいいですね。日本海は静かです。まして、ここ関谷浜海岸は 綺麗で穏やかでとても良かった。去年まで茨城県の海に行きましたが、太平洋は波が高くて大変でした・孫の晴翔は海に入ることさえ出来なかった。孫全員と旅行も本当に楽しみになりました。来年は孫全員旅行に行きたい。新潟市内は大きな神社が沢山ありどれも荘厳な気を放っていました。暑い日は回るのは大変ですので秋にでもまた来たいと思います。車で3時間です。久しぶりに家内も楽しかったようです。母が亡くなり初めての旅行でしたゆえ。母のことも沢山語りました。本当に、母と家内は仲が良かったですから。母のことを親身に面倒見てくれて感謝です。


8月2日(火)
今日は、2週間ぶりに病院に行く。CT,血液検査、レントゲンで経過を観る。殆ど痛みは消えたがまだ、息苦しさと身体の倦怠感が残っている。完全に元に戻ることはないのだろう。多くの会に出席する方向になっている。主治医は「無理をしては駄目」とまた言うのだろうか・・・。


12時前に静岡の駿河湾を震源とする地震があった。孫の居る川崎は震度4だ。起きてしまっただろうか。心配だ。トラウマになる感覚は、人それぞれだ。こんなことで、なんて言ってはいけない。ボランティアに行く若者もいる半面、何もできなくなってしまった若者もいると聞く。


仕事が出来ること それを良しとする。


7月31日(日)
雨も峠を越しようやく降りやんだ。早朝の地震に、また驚いたが震源地のことを思いテレビをつけた。やはり東北だった。伯父は元気に過ごしていらっしゃるだろうか。
東北の温泉で枯れたりまた増量になったりと異変が続いているそうだ。温泉が観光地として唯一なところは 新たに掘り当てると言う。まだ時期早々の気がする。


今度の怪我で、随分自分の身体を見つめ直した。結局分からないというか結論は出ないということだ。自分の信念に従い 明るい家族が礎だとつくづく思う。そして当たり前のことをしていない自分に反省する。最も行き過ぎる行為が私にとって一番いけない。自戒。


7月30日(土)
雨が小康状態になっている。新潟、福島の人達はさぞ怖い夜を過ごしたと思う。自宅が川でどうなってしまうかと考えながらのひと夜は、さぞお疲れだっただろう。しかしまた、来週は台風がまた来る。気を引き締めないと。


SOD食品のことは義理の兄からこう聞いた。「活性酸素が、多くの病気を引き起こす。それを抗酸化の状態にするSODは効果的である。いかにSODを体内に取り入れるかということが重要ですね」兄は内科医であり、よく勉強なさる人だから、SODのことは知っていた。
SODのことを知るのなら、ます土佐清水病院のHPを訪れて欲しい。そこから枝葉に分かれて多くの取扱店が出てくる。


7月29日(金)
天災が、ここまで容赦なく続くとは。今現在、暗闇の中、雨が降り続き電気も止まり、川の増水の音だけがあの静かな只見町を襲っている。どれほど怖いだろうか・・。国がヘリコプターを飛ばし助けることを伝えられたらとも思うが、その音さえかき消されてしまう。


私が浪人生活が終わり大学、結婚と立て続けにいろんなことを背負い、大学1年の夏休み一人で只見川の近くの民宿に泊まったことがある。囲炉裏のある民宿でその民宿の息子さんとお酒を酌み交わした想い出。また 寄居に帰り地元の友達と只見、柳ずと旅をして奥会津の自然を堪能したことの想い出


今日は孫の晴翔が日帰りで遊びに来たが、テレビのテッロプ(災害放送)の音に敏感に反応し「地震?」と怖そうな眼をしていた。3月11日川崎にいた晴翔は本当に怖かったのだろう。天災で身内がばらばらなところに居ることは、本当に不安だ。しかし今を生きるしかないのだから、天命を仰ぐしかない。


7月28日(木)
高知への旅は多くの友人に会うことでもあるが、この地でいろいろと根付いているものに出会うことがある。もちろん高知の友人達も知らないことも多く、私から教えることもある。
一つは歯磨き粉に高知で泊った城西館で出会った。藍水とプロポリスで作られた歯磨き粉で
私の歯科医院でも販売しているが1年たって臨床結果はいい。歯肉炎予防、歯周炎予防、虫歯の予防そして歯を白くする、口の中を浄化すると効能書きで謳われている。実際その通りの結果を齎している。当歯科医院で説明を受け購入していただくといいのですが、けんこう専科で直接購入されてみてもいい。そしてそのHPのSOD研究なさっている丹羽先生のサプリメントは今後人類に大きな成果を齎すのではと思っている。活性酵素とSODは、活性酵素によって傷つけられたDNAが発癌作用に向うのをSODにより食い止め修復すると言われている。20年の実績の下に製品も改良化され現在に至っている。活性酵素は酵母くんも抑える作用を持っている。丹羽先生の名前を知ったのはミュージシャン山口富士夫氏がこのSDOのサプリメントを飲んで復活したと読んだからだ。現在「富士夫氏は積極的なライブを行っている。
そして丹羽先生は土佐清水市で開業なされている現役のお医者さんだ。
そして放射能により活性酵素が増えることに対しても、SDOは効果があると先生は言及されている。


7月27日(水)
ようやく断裂したお腹の筋肉も治ったようです。いやはや私の太鼓腹では、治りが遅かったのでしょうか。昨夜もなんでそんなに大きいのっと言われ めげました。筋肉より脂肪が厚いとも言われ、妙に納得してしまいました。その人は最近お痩せになり、素晴らしいプロポーションです。よく女性の方は、太っていないのに太ももを痩せたい、二の腕をやせたいと私から言えばこんがる事を言います。私の太鼓腹は自分でもうんざりです。そして腹筋運動したらこの
怪我、くさりますね。コンビニに行くとやたらスリムなお腹、夏本番スリムなお腹で彼女を魅了しようなんて雑誌が目につきます。そんな本を一冊手にして運動したらこの怪我。とほほです。


脳を活性化させる食べ物は、チーズです。良く病気の物を食べよと言います。チーズが何故脳なのか・・私も人体を解剖しましたが、チーズは脳なのです。


HPのアクセスは、毎日更新することだと管理人から言われ、そうか、じゃあ頑張るとこの日々思うことを書いています。ホトケさんのライブもっとたくさんの方が足を運んでください。変わります。


私の会社オフロードでのサイトも訪れてくれる人も多くなりましたが、素晴らしい酵母くんが今一注文が少ないです。遠くニュージーランドの人からも注文がありましたが。ヨモギ、タンポポという素材を使った酵母くん是非使っていただければと思っています。
健康ショップ オフロード歯科医として私の身体を通していいものを置いています。しかしオフロード東洋医学を学ぶ場です。是非東洋医学講座、導引体操、太極拳を実感してください。
ちゃんちゃん宣伝ですみません。


7月26日(火)
ようやく痛みが薄れてきた。この状態だと中々スーツを着ることは不可能であり、会に出席することは難しかった。行動して自室に戻り穏やかな時間を過ごすことの大切さも分かった気がする。行動しっぱなしと言うこともあり得るが、体力は付いて行かない。休むこと。やはり眠ることだ。


午前中は診療室の仕事と施設での訪問診療を。久しぶりの施設での仕事は、楽しかった。
患者さんも私の怪我を心配してくれ待っていてくれた。ありがたい。その中で施設をデイサービスで利用しているおじいちゃんが私が休んでいる時、一人で四国松山まで行ったらしい。
驚きである。足腰は少し弱っているが元気そのもので 羽田まで電車を乗り継いで行ったことも驚く。四国は空気がきれいだったと話してくれた。老人の方のそれぞれの人生。


7月24日(日)
孫にせがまれ小川町の七夕を観に出掛けた。最近酵母くんを置いてくれる小川町の観光協会や金子農園のレストランなど小川町には縁がある。こじんまりとしながらも街全体が一つになったとてもいいお祭りだった。昨夜の花火はその七夕からも見えたという。我が町寄居に比べると人との交流が無理がなく、参加しやすいと家内と話した。露天商も多く孫も大喜びだった。


生井ストレス科学研究所の存在を知った。私が常々思っている「うつ病」には薬でなくカンセリングできちんと原因を解明をし対処する。そのことを30年も続けていらっしゃる生井先生の話はとても分かりやすく嬉しくなった。
精神科心療内科ともカウンセリングの効果は分かっているのだが、その事による保険点数がなくどの病院でも殆ど患者さんに行っていない。ゆえに患者さんの現象に合わせて、薬を処方するだけである。「うつ病」の原理をもう一度正し医師は患者さんをきちんと治すべきだと思う。3年も通っても治らない。もっと酷くなる。。そしていつも再発してしまう。こんな現状であるから自殺者が後を絶たないのである。自殺は正常でないゆえ起こる。それは、薬と言う化け物で精神をずたずたにコントロールされるからである。悲劇だとも思う。そして生井先生がこうも話された。「日本人は戦後背骨の軸を抜かれてしまった。それはGHQによる天皇制という日本人が古来から持っている精神を抜かれたことである。天災が起こっても秩序を保っているというのもその残りである」宗教、哲学を模索しているが、大切なのは背骨の軸、精神の軸を
持つことであると私も思う。親を敬うこと。子供を大切にすること。この当たり前のことも 狂ってきている。戦後の道徳教育の貧困さ、教育者も襟を正しもう一度再建して欲しい。日本創生
本当に医療現場でも常々思うことである。
生井ストレス研究所先生の話をご覧ください。生井先生の話も。生井先生の話


7月22日(金)
いやあ涼しいくらい。孫の音々佳もプールに入っても、すぐに出てしまいました。背中の緊張感がとれ出し呼吸も楽になりました。今回の痛みん原因だった腹直筋の痛みもようやく和らいできました。昨夜は、涼しかったのでクーラーをしないで眠れたのが良かったのかも。前日と7度も違うと涼しいから寒いに変わるくらい体温のセンサーは揺れ動きます。でも明日からは35度の世界。上手に暮らしていきたいと思います。


7月21日(木)
どうしてこんなに疲れるのだろうか?息が切れる。悲しいくらい動けない。田端先生に、「背骨が酷い。特にお腹に開口しているツボの周囲が曲がっている」と言われている。ほぼ毎日通っている。お腹の緊張が強く(筋肉)お腹側にに関与している呼吸、食事の筋肉のバランスが崩れそれが身体全体に影響しているみたい。それを背中のツボで治すのが鍼治療の素晴らしいところだ。先生のところには、何人も紹介したなぁ。今でも通っているのは義母さんのみみたい。今日も治療を受けに行く。


ハンバートハンバートのCDを購入。とてもCDがカバーから歌詞まで凝っていて今の時代にここまで丁寧に作られたCDはないと思う。付いているDVDもとても良い。二人とも才能があるな。ハンバートハンバート「おなじ話」どうぞ!!


7月19日(火)雨
とても仲が良いRに「トリちゃんは音楽は趣味?」と聞かれた。確かに現実には生業にしていることもなく、ただ私の好きな音楽は、生業になるほど生活は出来ない。
ブームと言うものがあった時、この世界はいろんな人が関わり世に出て行った。しかし今も続けている人は本当に僅かだ。私も唄い出して40年になる。沢山の人達を知ることも出来、これは私にとっての財産だ。現実、偉大なるドラマー五朗ちゃんも音楽一筋では食べていけない。
WildDucksも五朗ちゃんの一つの切っ掛けになればと思い精を出している。有名になることって何だろう。魂を売ってまで、つまらない業界にいることもない。個人で開拓し憂うことなく、信頼するミュージシャンと音を出すことが私にとって喜びであり、自分も成長し続けると思っている。


自分の生業にしている仕事も、個人で動き新たな世界を開拓しようと努力している。会に入ってみんなで手をつないで行こうなんて甘いことは、何もない。30年近く仕事に携わっているが、新技術という目新しいものはない。それより、基礎医学を反復して学び 人間とは何ぞやということを探求し、一人一人の患者さんから学ぶこと。それが悠久なる人類の歴史に残るのと思っている。


オフロードのライブは、8月はお休みです。9月9日(金)コテツちゃんがメインゲストで Bluesをたっぷりやります。どうぞ来て下さい。


7月18日(月)曇り
久しぶりに早起きが役に立った。なでしこジャパンの生放送を観ることができた。凄い運動量。肝に据わったプレー、あっぱれだ。とんでもない出来事なのだろうと思う。何かに導かれたように 彼女たちは、はつらつとしていた。司令塔、澤選手、いやはや全てを見通していた。


孫たちと東秩父の釣り堀に。虹鱒を沢山釣り上げて、孫たちはご満悦だった。しかし魚を焼いて食べたのだが、暑いのなんの。ぼ~としてしまった。このお店は若い夫婦が頑張って切り盛りしている。若いママはとても感じが良い。楽しんでやってください。私は東秩父の風景が大好きだ。春には桃源郷もみれたし患者さんが経営しているこんにゃくもとても美味しかった。


のんびりとした休日植木等さんのメロディーをいいもんだね。


7月17日(日)
今日は、日曜日。家内は御華の教室で東京に。彼女も講師として忙しく動いている。中々自分の教室を持てないでいたのだけれど、カルチャーセンターからの要請で講師になり順調に生徒さんも増え頑張っている。


日曜日にはこの二人ハンバートハンバート素晴らしいDUOですね。


7月16日(土)
本当に 暑い日が続く。背中に注射針を入れられ(それも無麻酔で5センチ)さすがにメゲマス。痛いのは数秒ですが・・・・・。その痛みの為なのか元気もなくなる。症状は治まってきたけど。何の治療でも痛いのは、やはり堪らない。昔「ヒョウソウ」で足の親指の爪と皮膚に間に注射をされた時瞬間に医師を蹴り飛ばしたことがある。反射だった。それよりにも、ましな気がするが・・。仕事はきちんとやっている。来週は往診も多くなる。楽しい。


YouTubeを楽しんでいる。投稿者をクリックするとその人が投稿した作品が、ノンストップで
観られる。ツービートも久しぶりに見た。たけしの切れることといったら。凄い!!
今日は何となく懐かしい唄を友部正人氏後ろに写っているのは坂本龍一氏と友部氏の奥さんゆみさん。あの頃友部氏は坂本龍一氏とライブをやっていました。



7月15日(金)
昨日は、お休み。ゆっくり治療に専念した。午前中は私の主治医田端先生のところで鍼灸治療。先生に背骨を触られるといつもより広範囲に痛点があり、ここから痛めた腹筋の治療を
していただいた。この鍼治療で内臓を治すのが、東洋医学の奥深い世界だ。私も経絡を勉強しているが、5臓6腑は全て背中に開口する。そのことは大変に重要なことだ。整形外科に腹筋の治療をしてもらうと、痛み止めと湿布で終わってしまうことが多い。東洋医学では鍼灸が治療法にとって最高位になるが、腹筋の痛みを背中側のツボで治していく。これはツボとツボに走る経絡を使うのである。その技術は、鍼灸師一人一人の差があるが、4000年の歴史のある東洋医学は5行という哲学を礎に、人間の身体を探求し治療として確立されている。
そして即座にまずお腹の張った感じが消え、息苦しい症状も消えた。ただ今回は、発症した時から時間が経っているので、続けて治療を受けるように先生に言われた。
そして先生の医院に行く前に循環器センターのお世話になったk医師から直接電話があり直ぐ来て溜まった血を抜きましょうと言われた。私としては、このまま田端先生にお世話になると思っていたがk医師の誠意に、心が動き田端先生の治療後病院に向かった。3日前に撮ったレントゲンをk医師は真剣に読影し待っててくれエコーの検査の後背中側から200ccの血液を抜いていくれた。痛さは、採血くらいの痛さ?であるが、針が長いのでその針が溜まった血液にまで到達する感は冷たい感覚であった。取られた血液は新鮮の色はしておらず、かなり前から身体の中に貯まったものであった。


東洋医学の専門医でもある伊藤先生は、帯津先生のところでお亡くなりになったが伊藤先生は「現代医学を鵜呑みに信じるな。ただ医者は信じろ」と言われた。私はいつも窮地になった時救っていただく田端先生そして今回の循環器センターの鍵山先生も信頼する医師であることを、思った。私のこれからの勉強のためにも大いに刺激された。感謝でいっぱいである。


7月14日(木)
連日暑い日が続く。みなさんも大丈夫でしょうか?私は、思っていなかった病気になり静養していますが、、、仕事は順調にやっています。そして元気です。今までいろいろ病気はしましたが元気なのです。でも静養しています。検査の数値は思ったいいのですが、身体の反応が他のところに行っているので。昨日もYouTubeを楽しんでいます。落語いやはや充実しています。その中で 柳家小三治師匠は いやぁいいですね。思わずDVD買ってしまいました。プロフェッショナル「仕事の流儀」
「笑わせるのではなく自分が笑う。40歳後半よりリュウマチになりその病気と闘い今がある。私は素人の落語好きから始まったが、この病気で、人の痛み人の有難さを知った」と話している。また師匠の小さん師匠が「おまえの話は、面白くねえ」と言われ メゲルことなく面白い話を追及して行く姿は、真に落語が好きだということがぶれないでプロになって行く過程なのだろう。世の中いろんな人がいる。いろんな言葉に出会うだろう。いくらこの言葉はいいんだと話しても伝わることは少ない。リーダー、親は背中で話すしかないと思うこのごろです。


7月12日(火)
詩人として敬愛する金子光晴先生を深いところで読めるようになったかなと思う。高校卒業くらいでは、金子光晴先生の全貌を捉えることなんてできない。あの時代、先生のブームがあった。エロ爺さんとなんて言われていた。先生の女性問題も取り上げられていた。また、雑誌「面白半分」と言うものがあり先生も編集長を担当していたりしていた。しかしその頃も私なりに先生のスケールの大きさは感じていた。そして今の自分を受け入れてくれるのではないかと言う思いもあった。ぐぁらん堂に通い詰め高田渡氏林亭の人達も先生の詩に曲を付けて唄っていてそれが大好きな曲だった。「69」「猿股の唄」などまた開高健氏田村隆一氏の対談のに、何かを感じ取っていたように思える。金子光晴先生の全貌を今ひも解くことは私にとって本当に大切だと思う。いや今最も読みたい作品になっている。本というのは衝動買いで集め しばらくはほったらかし、ある日が来ると急に読みだすことがある。何かを感じて買うことも大切だと思う。しかし若い世代は、本を読まない。こんな面白いことはないのに。


その金子先生の東京大震災のエッセイを読んだ。リアルで眼を開き書かれていてそれもさらに明治時代からの日本人の変貌も痛切に批判している。明治の時代の庶民としての日本人。
このように私の芯に入ってくるのも先生が詩人として貫かれた言葉であるからだ。痛みも肌触りも私は好きだ。個人主義、群がる日本人を先生の目で感性で捉えている。詩人は非生産的な職業で先生も親から貰った財産を放蕩をし尽くし失った。失うものも何一つないほどだ。
これから毎日楽しんで読んで行きたい。


7月10日(日)
体力が本当に落ちてしまった。息が切れるこれは誠に鬱陶しい。口呼吸でふうふう言っている。わき腹が痛むのだから、肺も少し傷ついたのだろうか。肺のレントゲンでは何もなかったと言われた。昨日は市街地のお祭りに孫と家内で行った。露天の「ようよう」でもと思ったからだ。
家内が車を走らせたのだが、お店は一軒もなかった。静かなお祭りだった。今日に御神輿は担がれ賑わうのだな。また行かなければ・・。


今日はオフロードでpart5のライブです。出演者のまこっちゃんも昨日上海から帰ってきました。18:30pmからです。お時間のある方いらっしゃってください。
今日のYouTubeはステージで寝た高田渡氏です


7月9日(土)
友部正人氏この人の名前を知っているかたも多いだろう。私より7歳上の友部氏は今もって若い人にも受け居られ活躍している。今はニューヨークにも長期にわたり住んでいる。乾いた
ササクレタ声。友部氏のHPを見て思わずあの頃を振り返った。


順調に回復している。内出血も殆ど無くなった。自分の汚血が流れて行ったようだ。高崎の五十嵐先生も2,3カ月後にはすっきりしますよ。18年前村上先生に「鳥塚君の身体は一度お腹に全て集まり(気血)それが抜けて行くよ」と言われたことも思い出す。


最近、昔一緒に居た大学の友やオフロードの前の開設の頃携わった人からツイッターやらで
連絡が入ってくる。。とても嬉しい。みんなその頃の自分に精一杯生きていた。自然に自分の巣作りに頑張ったのだろう。そしてまた大切な事を思い出し始めようとしている。
私の小学校中学校の同窓生は、本当に仲が良い。先月一泊旅行をしたばかりなのに、今月
高原へのハイキングの計画をして広く呼び掛けている。いいものだと思う。


明日、日曜日はオフロードライブ5です。スタッフも張り切ってくれるので続けられている。
今回は、最近蕎麦でも有名な小兵衛のマスターが初登場。それにまこっちゃん、私です。気軽に来て下さい。


7月8日(金)
昨日はセカンドオピニオンを求め小川日赤に。駐車場が混んでいてどんどん遠くに停めることになり、そして病院に戻り3階まで歩いたら、息はぜいぜい。他の人に救急で来ているように思われたのでは。。1週間の入院で足が弱ったことを考えなかった。今朝は散歩を開始したいと思う。


私を東洋医学の世界に導いてくれた伊藤真愚先生が、埼玉県の川越市のこの人も私が敬愛する帯津先生の病院で亡くなったことを、帯津先生の本で知る。伊藤先生は亡くなる二日前から家族に「私はあと二日で死ぬ。話したい人がいるので病室に呼んで欲しい」といわれ弟子たち友人が集まり最後の会話をしたという。そいて昴を唄いながら明るく息を引き取ったと言う。楽に死にゆくには、1週間前から絶食するとのことを伊藤先生は常々書かれている。
伊藤先生はオフロードにもいらっしゃた岡林龍之先生の主催する会でもお会いしたことがある。善光寺での宿坊だった。懐かしい想い出だ。私が出会った素晴らしい人たちが何かの縁で
繋がっている。全てが、光り輝かされますように。


オフロードで東洋医学講座を行っているが、教科書は鍼灸学校の教科書、そして日常の東洋医学としては伊藤先生の著書を使わさせていただいている。日ごろからの養生を知りたい方にはとっても良い本だと思う。来週から講座は開始する。


オフロードのほうに最近直接足を運び、健康相談受けた方が、昨日はお友達といらっしゃった。飛び込みでも歓迎です。本当に困っているかた是非いらしゃってください。私がお会いする時間は、スタッフと調整してください。


7月6日(水)
タンポポの根は昔から日本人の側にいた薬草である。健胃、利尿、解熱、発汗近年ではC型肝炎に用いられている。また母乳を促すのにも使われてきた。ヨモギは胆汁分泌促進、食欲増進、止血、冷えによる腹痛、胸焼け、下痢、便秘、鼻血の止まらないとき、血尿、高血圧、神経痛、クロロフィル(葉緑素)殺菌作用、免疫のインターフェロン増強作用。やカルシウムが豊富に含まれている。 私の会社で取り扱っている酵母くんは、この二つが主成分でありこのことを思い出し毎日2本の酵母くんのお水を飲んだ。すると循環器では数カ月掛ると言われた内出血が二晩で綺麗に治った。驚くばかりだった。発症した筋肉の裂傷はまだ痛いがかなり和らいできた。自分の身体に大きな治癒への方向性を見出してくれた酵母くんに感謝しきれない。


7月5日(火)
昨日から、ぼちぼちと仕事が始まりました。内出血の状態を診るとうんざりしますが左側の内出血は大分治癒してきました。しかし今度は右のほうにも内出血が現れうんざりしています。出血があると貧血気味になります。疲れやすい身体になります。どんどんこなした仕事もペースを落としやっていくしかありません。それにしても痛み止めはぼ~としますね。脳が痛みにたいして薬によりブロックされるのですから当然なのでしょう。
私の友人が複雑骨折をして入院してしまいました。明日手術をするか決めるそうです。
病気でなく事故も注意し、生活の赤信号として反省をしなければと肝に銘じました。気持を明るくしてやっていこうと思います。しかし友人も私も痛みこれはもう耐えるしかないですね。


7月3日(日)
いったい自分は夜型なのか朝型なのか分からなくなっている。病院でも考えていた。というか夜は殆ど本を読んだりした。10日以上お酒を飲むのは止めているがこれは身体のことを思うと当然でもある。お酒を飲み眠ると呼吸も苦しくなることがある。無呼吸症候群ではそうなる。今はない。そして、のんびりしているが、来週からは仕事もぼちぼち復帰し普段のペースに戻るけど、ちょっと時間があると眠っている生活が始まる。一つ気になっているのは朝の太極拳の時間を定まらなくなったことだ。誰か来ればそれは約束事として行くのだが誰も来なくなれば自分の時間で行く。本当にたまに来る人がいてたまたま私がいないと止めたのというけどその人を待っているわけでもない。煉功はもっと厳しいものだし孤独のものだ。病院に入院中でも4時に庭で一人煉功した。循環器の周囲の林は素晴らしかった。続けることは必然だ。今回の入院で血液検査、心電図など小まめにしてもらい以前より
結果は頗る良かった。と言うことは1年続けた煉功は自分に大きな成果を齎したということだろう。そして腹の血腫は、過度の腹式呼吸が原因だったのだと思う。これはバンドの演奏時に
かなりの力が腹に入ったと思う。主治医も血液検査から考えて全く原因が分からないと言うことだった。私としては腹式呼吸での内圧の掛け過ぎだと考えている。分かれば対処すればいいだけだ。家に帰りYouTubeサーフィン。やっぱり北島三郎氏凄いな。


7月2日(土)
主治医の先生に暫くは仕事はだめだよっと言われた。その時は家に帰ったら仕事をするんだと思ったのだが、家に帰ったら身体が動かない。とにかく眠くて仕方がない。こんなふうになるんだと思っている。1週間の病院生活も日常のことではないということだったのだろう。「突発性
腹直筋血腫」見慣れない名前だ。掛る人はわずかだそうだ。いやはやなんとも。


岡林信康氏の唄う大好きな曲君に捧げるLove Song


7月1日(金)
この日記も一週間ご無沙汰でした。先週の金曜日から熊谷市の県立循環器・呼吸器センター
入院していました。突発性血管腫と言う病名で。  いやはや。
24日の朝べッドで腹筋をした直後大きな咳をしました。その時左側肋骨の下に「びりびり」と電気が走り余りの痛さに 息も出来ない状態になりました。しかし患者さんが待っているので
何とか白衣を着て仕事場に出ましたが声も出ない痛さ。座ることも出来ずアシスタントの力を借りて患者さんの診察を終え自宅に戻り湿布をしたりして何とか耐えていました。痛み止めは極力飲まないようにしたのですが、夕方にまた咳をしてしまい 余りにもひどい痛さにのたうちまい家内の車で近くの病院に。そこではレントゲンを撮り骨の状態を診ましたがひびとか骨折とかは分からないと言われ歯科医院の痛み止めを飲んでくださいとのこと。思わず「とにかくこの痛みをとってくれ。座薬でも点滴でもいいから」と話したのですが、らちが明かず家に戻りました。疲れ果てたのですが、家内に他の救急病院に連絡をしてもらい循環器呼吸器センターで診てもらうことができ、女のドクターが手際よくCT、そして造影剤をいれてもう一度CTを撮り左側に大きな血腫があることが分かり即入院、痛みは点滴で落してくれ和らいできました。ドクターからぶつけたことが有るかと聞かれましたが覚えもなくしいて言えば5月のツアーのときか過度の腹筋しか思い出すことは出来なかった。そして入院して二日後左側のお腹に大きな内出血が広がり始め主治医も看護師も驚きました。私もいったいどこからこのような出血があるのかただ驚くばかりでした。そして治療は止血剤の点滴痛み止めの服用と安静でした。血液検査でヘモグロビンの値が低くなってしまい貧血が疑われました。すなわち何処からか出血しているということです。3日間の止血剤の点滴でヘモグロビンの値は戻り始め、家でも安静と止血剤の服用ということで退院になった次第です。CTでみた血腫は出血が止まれば自然治癒するとのことです。 いやはや。



6月23日(木)
本当に暑くなった。昨日は湿度がなかったので過ごしやすい感じだったが、熱中症で650人ほどの人が入院していると報道している。畑などで炎天下作業することは大変危険だ。早朝か夕方に行うしかない。畑で作業している人は殆ど高齢者の方々ばかり。熱が籠り代謝されない。先日も寒のことを書いたが熱は陰陽では陽であり熱邪となると 牙をむく。こまめの水分と塩分も必要。とにかく日陰で休むことそして首にタオルを巻くのも良いと思う。


ボブ・ディランの2010年パフォーマンスです。クリックしてお楽しみください。
黄色い涙、私の原点です。


今日は校医をしている高校の歯科検診だった。少子化の影響で私の担当している高校も合併の形で存続し新たな高校として3年前から変わった。検診を受ける生徒の目は昔に比べ
活き活きとしていると思った。しかしこれは、高校と言うのは受験で入るものなので、元々そういう子が受験をして入ったわけである。校長(高校の友達だった)と話すととにかくそういう子が、3年間で退学特に自主退学しない環境が大切なのだと思う。校長も3年を過ぎ今が勝負と話していた。高校を辞めないことことは、基本ラインで大切だと切に思う。

6月22日(水)
水曜日の朝は、早起きの私が少しうつらうつらする時間に出掛けなければならないので、一日がしんどくなる。水曜日に訪問診療は入ってないのでいいのだが、これが訪問診療が入ると移動の時にうとうとしてしまうだろう。昨日は午前、午後に渡って5件の訪問診療をした。暑さの中でびっしょりとなっての仕事。やりがいがある仕事だが以前はこんな状況で血圧が上がったことを思い出す。身体も変わったとしみじみ思う。患者さんの掛け替えのない笑顔。
そのためにやっているようなものだ。


何とか最後の手段で、携帯を分解しデーターを取りだすということをした。1週間掛ったが無事取り戻すことが出来た。。いろいろ手助けしてくれたホトケさんコテツちゃん斎藤君ありがとうございました。450件もの電話帳だった。ほっとしました。これからは小まめにバックアップしなければ。


6月21日(火)
鼾を掻くと旅行で同部屋の人がいるとつい尻ごみになってしまうことが多いと思う。そこで鼻腔を広げるもので画期的なものに出会った。鼻の穴に入れる空洞のゴムだけですが、違和感もほとんどなく仕事中でも着けられます。鼻腔を50%広げるそうです。「O2アップ」です。
是非お試しください。


旅行で用事があり一人電車で戻った時 その寒さに驚いた。高崎の街を良く歩いた身体が
凍り付くようだった。通勤でこんな寒い冷房車を利用している人は、本当に大変ですね。
高校時代は冷房車はなく上の窓を全開にして、通学したことを思い出す。夏は乾燥がないので鼻腔口腔の粘膜が潤っていることにより風邪は流行しないが、これだけ温度差がある冷房は身体に「寒」が入りこんでしまう。夏風邪は当然に引き起こされる。そんな時は、運動をして汗をどんどん出して寒を追い出したほうがいい。オフロードのスタッフもデスクワークが多いので寒が入りこみやすくなっているので、道場でどんどん体操をすることを指導している。自らの力で守るしかない。


BobDylanの曲を毎朝聴いています。堪らないです。FoeverYoung土曜日のライブに唄います。その日本語の訳を


常に神に祝福されんことを
お前の意思が真実たらんことを
常に他者のためにあり
他者にも施されんことを
星に架け橋を架け
一歩一歩進まんことを
お前がいつまでも
いつまでも いつまでも
若々しく あらんことを

  
長じては正しくあらんことを
正義の人たらんことを
常に真理にもとづき
己の周りを照らさんことを
常に勇敢にして
まっすぐかつ強くあらんことを
お前がいつまでも
いつまでも いつまでも
若々しく あらんことを

  
手は常に勤勉たらんことを
足は常に敏捷たらんことを
常に強い志をもって
変動に立ち向かわんことを
お前の心が常に明るく
お前の歌が歌い継がれ
お前がいつまでも
  いつまでも いつまでも
  若々しく あらんことを


6月19日(日)20日(月)
膝の痛みが続く。本当に鬱鬱と言う気分になる。思うように動けないからだ。それに上半身が
重くなったことを後悔してしまう。上半身下半身のバランスがとれてないし動きが緩慢になってしまうので運動量もかなり落ちてしまう。野菜を中心の食生活に切り替えて生活を正さねば。


和倉会の旅行もみんなより早く戻った。前夜の宴会も座る宴会のため膝が痛く参ってしまった。盛り上げてと言われても、膝が痛いのがが先行してしまい、どう盛り上げるのか分からなく困ってしまった。膝が痛いと しかめっ面になってしまう。みんなも心配をするし申しわけない気分になってしまった。でも本当にこの場に来られた女性陣の方々のこの会を愛する気持ちに敬意を表したい。送り出した旦那さまにも。来年は万全の体調で参加したい。


帰りに高碕の漢方医の先生のところにより、今の症状を相談した。始めに先生が「ずっと顔色は以前より良くなりましたね」と言われた。以前は赤ら顔だったという。それは肉を食べすぎ心(しん)が悲鳴を上げていた顔色だったと言う。もちろん今より痩せていたが食べ物は何でも食べていたように思う。その時指摘されてから「青汁」「ノニ」を飲むようになった。今も続いている。しかし最近「ノニ」を飲んでいなかった。「ノニ」は素晴らしい効用がある。ここでは書かないが是非オフロードでも売っていますので飲んで頂きたい。この薬局では、癌は1、アガリスク2、青汁3、ノニを飲んでもらう。それと食生活は砂糖と肉を食べないことを勧めている。
今まで何人もの末期癌の患者さんが助かっていると言う



さて膝はまず軟骨の損傷もあるので、漢方薬を処方された。それと痩せるために代謝を良くする漢方薬。もちろん減量もしっかり言われた。野菜中心の生活をすること、それは野菜スープなどでを用い満腹感を作ること。絶食などをすると満腹感を捉える脳が狂ってしまい逆にリバンドを起こすともいわれた。自らの身体の点検それに伴う養生。私が普段学んでいることの実践編だ。面白くやらなければ。


この1週間何かもやもやしたような気分だった。この旅行を乗り越え霧が晴れてきたように思える。もう一か所は行けなかったが。行動したことによる爽快感はある。気のあった仲間と遊ぶのは、やはりいい。


6月16日(木))
四面楚歌こんな状況になった時、これこそ生きることを学べる時だと思えるようになりたい。
やすりで擦られるような痛みもあるだろう。怖じけることもあるだろう。しかし自分で解決しなければならいことなのだ。絶壁から飛び降りる覚悟、死を覚悟するかもしれない。
先祖を思い豁然と立ち、腹に決め進む。一国の宰相もそんな人物ならその国は生き残る。


周囲の人でも、肝心な時に逃げ 最悪な状況に陥っている人が多い。薬漬にもなっている。
薬とは本来自分で自分の身体の声を聴き、生活を改め明朗になれば要らないものだ。
意志は医師を越える。私は仕事で人間の噛むことに携わっている。これは、喜びを与えそして喜びを貰う。いい仕事に就いているとつくづく思う。精進して行きたい。


東洋医学は仙人が齎した医学である。「5行」を哲学として軸として出来上がったものだ。それを勉強していくと人間であって人間でない感覚になっていく。そこに純粋倫理の縦軸を入れることを死ぬまで学んでいきたい。純粋倫理は素直さ。相手を思う感性だ。終わりはない。魂は空間を飛び永遠であるが故。


6月15日(水)
何故か息苦しい。本当に息が止まることは恐ろしい。仏陀も厳しい修行の中で呼吸を止める
修行がとっても辛かったようだ。浅い呼吸。低温度。ストレスは癌の重要な要素だ。
昨日は25度でも寒さを感じた。湿度が低く過ごしやすかったが。体調の管理は気をつけなければ。


イブニングセミナー、モーニングセミナーの津々木先生の講和は、身を捨て毎日の仕事に徹しているお姿であり、純粋倫理を体験している人間の強さに心を洗われた思いだった。またダンディの吉橋さんのスピーチも素晴らしかった。純粋倫理で勉強する仲間は、事務長として今以上に、語り合い深めて行くように配慮をしたい。


お酒を飲んだとしても3時間で起きる。私は今まで目覚まし時計を使ったことがない。


6月14日(火)
今日は狭山市の倫理法人会に講和者として招かれ行ってきた。朝の4時に家を出て、川越インターから15分くらいで会場の新狭山ホテルに着いた。それから役員朝礼を一緒に行い
無事講和者としての役目を果たした。生来遅刻と言うことが大嫌いなので、早め早めに目的地に着いてしまう。ただ今日も役員朝礼に参加出来たのも良いことである。顔を知っている方も居たが若い女性のキャリアウーマンの方も5人くらいいらしゃった。なんか非常に可笑しかったのか皆さんよくお笑いになった。30分ずっと笑っている方もいた。病気の話が多かったが
笑っていただければこちらとしても本望だなと思って。常々笑いはいい。朝に笑えることが出来るのなら行ってみたくなるかも。ま、たまたまだが。


8時半に家に戻り少し横になり仕事をした。訪問診療も午前中に行ってきた。自分でも元気だなと思う。薬を飲まなくなってから1年を過ぎた。10年間悩まされていた不快な症状もまったく出ていない。薬を飲んでいる時は大変だった。昔の自分なら狭山市に行ってから仕事なんて到底無理であったと思う。もちろん薬を止めた後自ら進んで健康には取り組んでいる。


6月13日(月)
土曜日のオフロードライブの前、携帯から電話した時汗が携帯に入ってしまったためか、全く
機能しなくなってしまった。DOCOMOショップに行こうと思ったけど伊奈町に行くため道中で立ち寄ろうと思った。しかし17号を走っても走ってもdocomoショップはない。北本駅の周辺桶川駅の周辺も廻ったが一軒もない。そうこうするうちに目的の会場に着いてしまった。まだ時間があるのでその周囲を探しコンビニで教えてもらいようやくたどり着いた。いやはや。
さ、修理をしてもらうかなと軽く考えていたが・・・データーは全く取りすことが不能になり買い替えを勧められてしまった。いろんな人にすぐにも連絡をする必要があったので、新しい携帯を購入した。しかしデーターがない。どこにも掛けられない。どうか、お知り合いの皆さま 番号アドレスは変わっていませんので、私の携帯に掛けて下さい。メールをください。


朝礼コンクール急遽、行田の大野建設の応援団をすることになり、3分の練習で本番に臨んだ。地区長が100円ショップでいろいろグッズを買ってきて私はめでたいという鯛の絵柄のネクタイをし、地区長はでかい蝶ネクタイ。それが似合うこと。エールを送るだけなのだが、リーダーの田中会長がまじにいつもの声で音頭をとったため、私は爆笑してしまった。最後はきび団子を(手ぬぐい)を賄賂ですと渡したりハチャメチャだった。結果は聞いていないがその後の大野建設の朝礼は一番感動した。細かい動作、内容が群を抜いているように私には思えた。
しかし60歳50歳の大人。そして本庄の武藤前県会長。ばか騒ぎである。大変面白かった。こんなバカ騒ぎはストレス解消になるな。いいものだと思う。これで北部はまとまるね。、


6月12日(日)
今日も始まる。雨上がりなのかこれから降るのか、いろいろ出かける。予定表を持っているが、大きな用事などは、こなさなければならないが突然と入ることのほうが多く、っその大きな用事に結び付ような感じで動き回る。これが、楽しい。時空の中で遊んでいるようなのである。
ぼっとすることは、大切。瞑想をすることをお勧めします。オフロードでは、道場で指導します。


昨日は、久しぶりにたっちゃんと演奏した。たっちゃんのパーカッションは気持がいい。唄のメリハリに微妙に反応してくれ曲にテイストを付けてくれる。いい味付け。中々いない。場数も必要だし耳がとにかく良くなければならない。もう20年です。
これからは、二人でいろんなところに演奏に行きたい。


朝、8時より導引体操で岩崎公園。終わったら伊奈の会館で行われる朝礼コンクールの見学。そして佐野市のダイニングBar-KENに btb(blues butcher)を観に行く。コテツちゃんホトケサンに会えると思うだけで嬉しい。


6月11日(土)
昨日から今朝にかけて雨が強く降った。これが、梅雨の雨なのだろうか。東北のほう齎さないことを祈るのみです。先日躑躅を観に出掛けたが、昨日は近くのフォーレストに薔薇を観に出掛けた。とても香しい匂いで見事に咲いていた。整備していた人に聞くと、今は一番花が終わり40日後に2番花が咲くそうだ。一瞬この場所が、花園なのかと分からなくなるほど薔薇が咲き誇っていた。


倫理法人会の役員会で新年度の人事で、事務長になることを言われ、受けた。ボランティアの会では今までふるさと懇話会、あらかわめっせ、寄居町にトンボ公園を作る会に事務局長として携わったが、大変勉強なったので倫理法人会も勉強して行きたいと思う。明朗の会に向け会長を支え会員の意欲もお手伝いできるようにしたいと思っている。
「今日は最良の一日(いちじつ)、今は無二の好機」


今日のオフロードライブ私の最も信頼するDrたっちゃんと演奏します。是非、来て下さい。

6月10日(金)
歯科医師会から連絡があり長年の功労賞を頂くことになった。1歳半3歳児検診など歯科医師として行政に20年以上行ったことによる功労賞である。学校検診も寄居高校も20年になる。
そんなことを家内に話したら「え、あなたが・・・」私のこの頃の仕事が何なのか分かっていないようだ。とにもかくにも歯科医師が基本ベース。この仕事は天職と思っている。


倫理法人会は9月が新年度。今日も6時半から役員会。役員会は、多くの幹事さんに集まっていただきたい。昨日館林でも倫理法人会モーニングセミナー会場と書かれたビルがあった。酒販をしているビルであった。今度北部での事務所が出来ると言う。専任のプロの事務員がいることは大変良いことだと思う。情報が零れることなく会員の皆さんに伝わると思う。


やしきたかじん氏何て唄がうまいのだろう。感心する。「めっちゃ好きやねん」大阪弁の生きた素晴らしい歌を一生懸命覚えている。YouTubeは玉手箱だ。アンパンマンから茨木のり子まで。動画がないこともあるが GOOGLEはきめ細かく載せている。WILD DUCKSも準備中です。


6月9日(木)
今日は、歯科医の親友と館林に行った。私が躑躅(つつじ)を観に行こうと誘ったのだが、えらいこっちゃ躑躅は1か月前に終わり何ともみじめな萎んだ躑躅を観るだけだった。私が家に咲いている皐月を勘違いしたからである。情けない。しかし友は「この躑躅が丘の木は凄いね」
と言ってくれたので改めて観ると2メートル以上もあり、驚いた。キリマンジャロと名付けられた木は躑躅という概念を変えてくれる。4月半ば~5月半ばが、見所です。多々良沼。城沼。
以前ヘラブナで行った場所だ。とくに多々良沼は8月に行ったのだが、2年前かな。その日は
館林が日本で一番暑い日で、いやはや死ぬかと思った。ヘラは桟橋で釣ることもあり、桟橋は
金属で出来ていて、卵やきになる状態だった。
館林のうどんも美味しかった。そして県立館林美術館、モダンで素晴らしかった。群馬の美術館は凄い。


太極拳も皆さん寝坊すると言って中々集まらなくなったが一昨日今日と吉澤さんが来た。体操太極拳とやっている最中おしゃべりをして楽しい。こんな体操がいいのです。楽しい一日の始まり。体操をしましょう。


6月7日(火)
波動電解水生成機・エクセリーナⅡ私の家はこの水を愛用しています。そしてSHOPオフロードでもこのエクセリーナを置いてあります。会員の方もスタッフもペットボトルをいくつも持ち入れて帰ります。まず、今までの浄水器に比べ段違いに水が美味しくなりました。料理、お茶、コーヒーもまろやかになり毎日美味しくお水を使っています。スタッフの話だと便秘にも良いようです。水は健康の基本になります。当たり前のように蛇口を捻ればお水は出ます。今度の震災でもこのライフラインがまだ届いていない。贅沢かも知れませんが、是非私がお勧めしたい商品です。SHOPオフロードは私が作った健康SHOPのお店です。私自身が長年使って良いものだけをご紹介しています。クレジットカード決済も出来るようにしました。プロポリスと
藍水の歯磨き粉も優れものです。 、宜しくお願いします。


オフロードでは原則として毎月第2土曜日にオフロードライブを行っています。生音だけのライブです。私自身ガンガン演奏するバンドも良いですが、アコースティックも大好きです。
今まで荒川団のならじん、まこっちゃん、そしてGWANさんとお呼びしました。今月は私がオンリーワンで唄い演奏します。可愛いゲストもいます。そして私が伴奏しますから是非唄ってくださればと思っています。お出で下さい。7月は第二日曜日になります。小兵衛星のマスター
福島氏が唄います。


倫理法人会の新年度の役員を話しあうために、新三役で寄居町の中にある「山崎屋」さんで
わいわいと食事をしながら過ごしました。鮎の甘露煮に思わず箸が止まりました。旨い!!。
鮎飯もまろやかで美味しかった。そしてご家族でなさっていて雰囲気もいいですね。皆さん仲良くやっていられるので、心も和みました。お昼もやっています。是非、お出かけください。若亭主もにこやかに料理を作り運んでくださいました。彼は、先日の町会議員の選挙で見事当選した人です。自分の食場にきちんと出て働いている姿も好感を持ちました。寄居の好きなお店の一つになりました。減量中だが・・・。


6月6日(月)
昨日は、3時に起き面白い映画をTVを観た。たまに 深夜に出会う、映画に。そんなことをしながら5時にTさんを乗せて川越へ。倫理法人会の役員会に出席。新しい人事、そして各地区の新しい動き。楽しかった。家に戻り孫を連れて美里のラーメン屋さんに。今年の正月に入ってから何度も行く。本当に旨い。味噌ラーメン絶品、餃子も。昨日は、冷やし中華を今年初めて食べたが旨い。孫もラーメンを2歳なのに半分は食べた。寄居からR254を本庄に向かい高橋製菓店を過ぎると左側にあります。寄居の知り合いも通っています。11時から11時まで営業しています。本当に働いていますね。その後、本庄の公園に。ここは、幼児広場、
4歳から上の広場と別れていて子供たちの笑い声が、溢れています。大きな芝生の広場もあります。音々佳もあっちへ行ったり楽しそうでした。
私もいろいろ動いていましたが、膝が痛いのもそうですが、1年前より大分体重が・・・。減量!やるしかないですね。20キロの減量も何回もしてますので、また挑戦です。


6月5日(日)
感性に直に跳び込む手段として「音楽」は最たるものと思う。心に飛び込む音楽。これは人間の叡智が作った素晴らしいものの一つだ。私自身、音楽で人生が豊かになったし勇気づけられた。
ホトケサンが今月11日に石巻でライブをする。Bluesファンの人達、いやそれ以上ホトケさん達が演奏する「氣」は多くの人達の心に届くだろう。全身を打つだろう。私も人生が一変したのはWEST ROADBBだった。私もまだ出会えない人たちに私の音楽を届けたい。今の音楽の根底にあるBlues Soulを。日本語のオリジナルも。


今日は朝の5時に伊佐沼の会場に向かう。吉澤会長の代理としてだが、倫理法人会の役員会に久しぶりに出席する。5時半くらいから大きな声が飛び交う。皆さん本当に元気だ。
純粋倫理を噛みしめて人生を頑張りたい。私は ソクラテス、プラトンと並ぶ哲学だと思っている。哲学は実践を伴わないとただの紙上でのこと。哲学を血を滲む思いで生み出した偉人が
日本にはいる。私も数人出会っている。宗教なら一人の偉人だけになる。哲学は多くの偉人が同列になり自分を鼓舞することが出来る。難しいが簡単なのだと思う。役員会には、素晴らしい人たちが集まる。



6月4日(土)
先ほど地震があった。家が、みしみしと唸った。携帯に緊急地震速報がはいった直後だった。
気持が悪い。これから大きく揺れるのかと身構えてしまう。被災地では震度5弱、辛いだろうな。子供たちは怖かっただろう。トラウマになって3・11の記憶がぶり返すかもしれないが、あの日ほど大きな地震はないと安心させることが大切か。


昨日、会社に行ったら部屋の温度が高くその中で スタッフがトレーナーを着ていた。暖房までは点けていなかったが。こんなに暑いのにどうしたんだと聞くと寒いんですと言う。昨日の
寒さが寒邪として入りこんでいているのだろう。そんな時はお風呂にゆっくり入り寒邪をだすんだよと話した。一昨日と比べ10度も高くなっている。しかし寒邪が残っているので体温と気温の調整が出来ない。概して女性のほうが寒を取り込み冷え症になっている。毎朝の散歩で
足の裏を鍛えたほうがいい。それと手の導引体操も大切だ。手のセンサーが高まると温度を適切に感じられることになる。


来週のオフロードライブは私が一人で唄う。引き語りで。陽水からBluesという題で。是非、来て下さい。唄はジャンルを超えて唄っていきたい。オリジナルもぼちぼち。


6月3日(金)
今の部屋の温度が23度。昨日の昼間は14度。これほどの温度差があると身体の調整機能は、大きな動きになる。汗を掻いたり寒くなったりの繰り返し。私の場合、一度の温度差を、まともに受け、他の人が寒いと感じている時に一度でも高くなっていると汗を掻き怪訝な顔をされる。平常の体温が一度上がった事は暑さには、強くなった。例えば24度からの上下の温度差は、3度くらいでスタッフを観ていると寒いと言って一枚上着を着る。しかし21度である。
真冬の1度ではないゆえ・・・。分かりますか?人はこの温度の揺らぎに、負け風邪を引く。


感性とは相手の立場を感じることだと思う。動物の本能だけでは、ない。喜怒哀楽をフルに稼働させ、難局を乗り切る。妖怪のように動く鳩山氏。今の政界の化け物の最たる人だ。


人は認められることが大切だ。最近日常の出来事でつくづく思う。


6月2日(木)
膝が今一つの状態。以前もゴルフで痛めその時はテーピングをしてゴルフをしたものだ。今は
とてもそんなことは出来ない。ゴルフは、仲間には申しわけないけどキャンセルをしゆっくりすることにした。膝は何か脳に繋がっているようで、気分が悪くなる。動きたいのに動けないからかな。関節はそこに負荷がかかるとどんな関節も痛む。その関節も軟骨が存在する。その軟骨が減ることまでなると大変だ。大きな注射で水を抜くんだよと女の子に聞かされた。
ま、その前に関節を伴う筋肉が痛むのが最初だ。私の専門分野の顎関節はシーネをかませ噛み合わせを少し上げ筋肉の緊張を取る。膝の場合は、立っているのだから足の裏の筋肉を伸ばす運動は大切と信頼する接骨医の先生に聞いた。しかしこの雨が続くとどうしても治りが悪い。焦らずリハビリをすることが大切と過激な運動は休むことだろう。整形外科に行けば、
薬と湿布薬だろうが、私は、薬を飲まなくなってから湿布薬も肌が荒れて真っ赤になってしまう。


天の声。人事も突然の転勤など自分には納得できない事もある。しかし 全体を観ると仕方がないと思える事も多い。人が気付く時素直に受け入れない時 その時が大切。


6月1日(水)
今日から6月。一年の折り返しの月だ。天変地異と言う言葉そのものが当てはまることがあった。地球の軸も少し傾いたと言う。明日の事は分からない。ドラッガーは言う。「日本と言う国は世界最強の国難処理民族である」
「天下のこと万変(激変・動乱)といえども、吾がこれに応じて生き残れる所以は喜怒哀楽(感性)の四者を出でず」(王陽明) 「感性こそ盲目社会(一寸先は真っ暗闇)を生き抜く最強の力であり、人間に希望と勇気を与える最高の力である。」行徳哲男


今日施設の訪問診療で良く着いていた青年が、帰ってきましたというので何所へ行っていたのと聞くと「石巻です」と言っていた。その後は、忙しくなったので、聞かなかった。施設の仕事も真面目に取り組んでいる青年で、すっきりした表情はいつも感じられた。こんな若者がいるんだなと嬉しくなった。


今日は娘が産後の体力をつけたいと言うので夕飯を作った。とんかつがメインだったが、今日は今までで一番いい感じのとんかつが出来た。肉は 最近見つけたお肉屋さん「木村屋」さんのロース。ここのお肉は新鮮でとても美味しい。レバーもぷりぷりしていて、美味しい。
場所は深谷市です。それに鯵の干物。もずく。湯豆腐。野菜スープ。手作りのお新香。
大谷豆腐の豆腐は美味い。


5月31日(火)
大変な降り方だった。5月にこんなに降ったことはなかったのでは。福井では1年分の降水量。被災地での災害が酷くならないことを祈ります。
昨夜のTV番組、私が大好きな「鶴瓶の家族に乾杯」が石巻での舞台ですごくリアルに被災地の方々の心情が胸に沁みた。鶴瓶氏は各地の人の胸の中に、すっと入れる人である。
私が観るTVは、映画かNHKのニュースくらいである。民放は家に居て、ほとんど観ない。ただこの番組だけは観たくなる。鶴瓶氏の人を和ませる会話、人たちの笑顔 いいなあ。被災地の方々の押し殺していた感情が、ふと糸が解けるように出てくる。それが溢れてくる。家族を失った人、みんなそうなんだから自分の事は押し殺し共に手を差し出して生きているのではないだろうか。それが、鶴瓶氏の穏やかな顔、柔らかい語り口で・・・。いい番組だ。


先週は仕事をしてだんだん疲れが溜まった週だった。その前の週のツアーが、殆ど演奏、打ち上げで寝るのが3時過ぎだった。そして3時間で起きて歯科医院の仕事をしたのだから、、
心にこの週は何としてもやり遂げると決めた。だが、身体は付いて行かなかったのか?いや
まだ、どこかで無理をしていたのだろう。今週になって、昨日今日とよく寝る。 反省すべき事は沢山ある。売れると言うことも努力なのだ。

JIROKICHIには、本当にご迷惑を掛けてしまった。動員に関してはリベンジをしてお返ししたい。新しい沢山の出会いがあったのだから。特に若い大地の考え方は勉強になった。
マスコミとの関係も大切な要素だ。JIROKICHIの演奏後松本照夫ちゃん藤井裕さんたちが
終わっちゃたのかと来てくれたのには笑ってしまったが。


5月30日(月)
最近PCの音楽をアトランダムにして聴いている。そのまま寝てしまうこともある。さっきもある音楽の時起きた。その曲は、清志朗の「スローバラード」だった。本当に名曲だな。作詩作曲
凄い才能だった。また、高田渡氏も突然かかり存在感のある唄にも改めて驚く。みんな死んでしまった。


今週からオフロードの仕事も活を入れて頑張りたい。本当にいろんなことに対応できるようにスタッフをタフにしていきたい。十分対応できるものを、皆は持っているので。歯科医院も水曜日金曜日の午後訪問診療。毎日午後は訪問診療が出来るように広めて行きたい。


今日は五朗ちゃんが三軒茶屋で「ソウルシーカーズ」でライブです。観てみたいバンドです。
メンバーは●SOUL SEEKERS MEMBEG: 幾見雅博 Ba: 岡沢章P: 中西康晴 Drs: 正木五朗 Per: Ken KengSax: 渡辺ファイア 凄いね!!
場所は三軒茶屋Grapefruit Moon
http://www.grapefruit-moon.com/


5月29日(日)
酵母くんが身近に使っていただき嬉しく思います。その酵母くんに原発の放射能の問い合わせが来ました。その人は、自ら放射能に対し深く調べ実際、放射能が出ている日には、外出も控えています。その人が「酵母くんの原料の、タンポポ、ヨモギの放射能の検査をしてもらいたい。野草は特に放射能を浴びる可能性が強い・・・・」
そこで、製造元のアーデンモアに問い合わせをしました。回答は「タンポポは四国から購入
ヨモギは中国から。農薬などの検査は毎回している。またお水は栃木の天然水を使っているので放射能の検査をしぃ標準値は越えていない結果が出ました。」
私も胸を撫で下ろしました。酵母くんを販売しているのですから、責任があります。より安全
より安心をお届しなければなりません。


孫の音々佳もこの間蚊に刺されましたので、早速酵母くんを、塗りました。かゆみ、腫れも引き本人を始めとする家族驚いていました。これからは、虫さされ、傷、火傷などお使いください。


いいペースで生きたい。自分の考えで生きたい。なんて思っていてもいろんなことが起きる。
新年度の倫理法人会の人事が決まりだしている。拝命という形で返事一つで引き受ける。
こうなったのも、何かの縁。ま、頑張るか。。


5月28日(土)
夜半どうしても目が覚める。睡眠時間は4時間か。ベッドで本を読みながら うとうとしている。シャキッと起きる気もない。昨日購入した伊集院静氏の本を読んでいる。週刊誌に連載された二日酔い主義からずっとファンだ。といっても小説は余り読まない。エッセーがとにもかくにも好きだ。肌触り息遣いまで聞こえてきそうだ。男ありきという思いになる。最近伊集院さんの文章を読みたくて週刊誌を万引きした男がニュースの記事になっていた。300円くらいなのだが、まして60歳代だったと思う。何故?粋だと思ったのかな、惚れ込み過ぎたのかとも思う。
「大人の流儀」「作家の遊び方」金策に走った後、何故か妙に身に沁みる。


楽しい事があった後必ず嫌な事というか陰のことがほどよく訪れてくる。インドに行った知り合いの子も帰って来てから2週間くらい臥せていたな。私は、ライブのステージでの踊りで膝を痛めてうんうん唸っている。会社のスタッフにお灸をしてもらう。ただ腫れていると彼女が言うのでどうなっているのか、、減量だと思うが、それほど食べてはいない。自分でバランス良く料理をし、断食?五朗ちゃんもジュリアンに言われてお粥断食というものをしていたな。朝にお粥に梅干しだけ。高知のライブの前日にそんな事をしていたので、ライブの日は食べてくれと食べさせた。五郎ちゃん腹が空くとえらい機嫌が悪くなる。ましてあのパワーのドラムのエネルギーがが持つはずがない。一日5食そして自転車に40キロそしてドラム。類まれなる肉体をしている。腹筋も凄い。若いころはばんばん・・・して腹筋がついたと自慢している。ほんまかいな?


5月27日(金)
昨日は、半年ぶりにプールに行った。岡部町のゆかっこだ。ここは、温泉もあり平日も賑わっている。膝の治療にプールの中を歩いてみた。2年前は脳梗塞のリハビリで何往復もした。
私は、自分自身の病気から病気をなおすことは、足の裏と手の平を刺激することだと思う。
このことは、私の主治医田端先生も言っている。鍼灸の世界でも手足のツボを積極的に使い
内臓等の病気を治すことが大切と仰っている。すなわち太極拳で掌を刺激し歩くことで足の裏を鍛えるのだ。夏が近くなってから私は朝の散歩の時、薄いビーチサンダルみたいなもので、
足の裏を鍛える。刺激を脳に通す。脳と足の裏は繋がっていると信じている。腰痛などはこの刺激を与えると霧散する。私が驚異的に治ったのは、この刺激に尽きると思う。
オフロードでは近々デイサービスの認可を取って東洋医学のリハビリを役に立っていただきたいと考えている。息子の鍼灸も大いに活用したいと思っている。


今、強い雨が降っている。台風の影響が出てきたのだろうか。明日からは西日本では、大変な雨が降る予想だ、梅雨入りしたのだから、梅雨前線が刺激され雨が沢山降るのは当然だ。
大震災から天気は例年より違う様相を表している。肝を据えやっていきましょう。


インターネットで次のような記事を読んだ。「チェルノブイリでは、年間5ミリシーベルトで住民は強制退去。なのに福島の子どもたちは、文部科学省によると20ミリシーベルトでも大丈夫らしいです。殺人行為です。避難させれば、賠償などとんでもないお金がかかる。だから、国は見殺しにしようとしている。それが答えです」私自身、放射能での対応は非常に甘いと思っている。お涙頂戴ではないと思う。


5月26日(水)
ARETHAの声が魂に吸い込まれる。類まれなる声、柔らかな女性特有のonly oneの声。
若いころからの全作品を聴いている。日本には今だに一度も来ていない。そのARETHAが
闘病中と聞いて大分経っている。ある場所で、有線でかかりARETHAはどうしたのだろうと
思った事がある。夜半聴くARETHAは堪らない。


孫の音々佳と遊ぶ。やかましく言うこともまったくないが、自由奔放に育っている。まだ2歳ゆえこれでいい。同じ年の子が集まればいろいろ気も使っている。自分をひっこめたり主張したり。 川崎に住む孫の晴翔は今年幼稚園に転入出来た。半年待っての入園だった。こちらに
いる時は良くお迎えに行った。私を見かけると大きな声で「じぃじぃ」と大声を出していた。
今川崎の幼稚園が楽しくて仕方がないと聞く。ママから晴翔は今度の幼稚園で「僕と友達になってくれますか?」と言うそうだ。向こうのじじがそう教えたらしいが、健気に言う晴翔を思うと胸に詰まる。会いたいな。


5月25日(水)
昨夜、我が家に新しい家族が生まれた。娘が女の子を出産しました。じわじわと喜びが沸きます。娘は側にいましたからずっと見守っていました。家内には、つぶやいていましたが、私は空気のような存在に徹しました。感謝です。父母に報告し、見守っていただくことを願いました。


全身が痛い。ライブの疲れだ。膝が笑っているなぁ。このツアーをやり抜くことが出来るのだろうかという不安が頭に持たれる。しかし 行くだけだと覚悟を決め進む。すると心地よい風が吹く。誰かにすがることなどしない。自分の穴は自分で拭けない人が多い。チャンス、チャレンジだと心につぶやく。
哲学を腹で行動する。それが、大切だと思う。ラッキーなどない。


5月24日(火)
昨日からいつもの生活に戻った。朝は朝食を作りオフローに行き掃除、準備をして家の戻り
歯科医院の仕事を始める。そして昼の準備をし昼ごはんを食べたら少し休憩。そして訪問診療。夕方からはオフロードの仕事。忙しい感もあるが、実はのんびりしている。そして、自分の身体の声を聴くことが出来る。
GWANさんとお話しした時、GWANさんも自分の身体の声を聴き従うと言う。とても良く分かる。身体が悲鳴を上げているのに、無理をする人が沢山いる。休む時は休む。手を抜くと言うことはとても怠け者のようだが、そこが大切だと思う。100%周りに気を巡らさなくていい。自分の動く方向が、少し余裕がないといけない。


元気になって変わった事は沢山あるが、一つに舌の味覚が敏感になった。辛いもの熱いものがだめになった。昔は辛いものは特に好んだ。ホルモンなどは平気で辛い物を好んだ。しかし
今は全く駄目になった。焼いた肉を水で洗ってからなんてことにもなってしまう。だから食べない。まろやかな味を好むようになった。また料理も大好きになり、隠し味と言うものに精を出すことになった。興味津津である。ラーメン屋に行っても、何かが足らないなと思って勝手に調味料を入れて変えることがある。また、kというそば屋さんのお醤油の素晴らしさに感動したりする。汁がうまいのだから蕎麦が美味いのは当然である。お酒も、日本酒の銘柄では「真澄」が
一番好きだが、皆が評判のお酒が美味しくないと思うこともしばしばである。好みは、面白い。


WILD DUCKS赤坂クローフィッシュの写真をアップしました。ご覧ください。クリックしてね。 



5月23日(月)
WILD DUCKS
最終日ホッタはバンドが生のものという感を深くした。いい演奏だった。バンドが一つとなった。お客さんのノリも最高だった。コール&レスポンス。東京でも可愛い子が二日間通ってくれ声援もしてくれたが。ジュリアンの生まれた高知、我らが愛する高知。来れなくても必ず連絡を高知の人達はくれた。東京と言う化け物の様な人並みは本当にストリートライブのようなところで聴かせたくなる。振り向かせたくなる。探し出して聴いてほしいほど東京ではパワーを持つ人がいるのだろうかと疑問を持ってしまう。on the Road。今、秋のツアーの構想を考えている。5か所を予定している。


2時間のリハーサル。そして本番。東京では2ステージだったゆえ、5時間は唄っただろう。
オーティスのシャウトの曲が含まれているのだから、咽喉もツライ。しかし 今回は潰れることもなかった。咽喉も鍛えられるのだろう。ただ、お腹が・・・・。何なんだろう。布袋様のように・。今回は1週間井上大地と一緒だった。羽田まで彼に家に迎えに行き、帰りも送った。私の半分くらいの年齢だが、考えがしっかりしていて 一緒の時間が楽だった。長い道のりのバンドマン生活を送る彼にアドバイスもない。続けられる事のパワーを持ち続けて欲しい。最後は
圧倒的なパワーしかないゆえ。


5月21日(土)
WILD DUCKSのツアーも最終日。各自の連絡も携帯のメールで随分行った。バンドマンはほとんどそうですね。第1回目のツアーゆえまずは、あたりを観た感じかな。それにしても
膝の痛みはきつかった。しかし一生懸命手当てしたので、今日は楽だ。しかし今夜のホッタでのライブで更にぶり返しそう。昨日は、家内と市川ホルモンに行った。お肉が新鮮で美味しかったが最近辛いものが苦手になり殆どたれをつけないで食べた。ここの梅割りはどうしても飲みたいが、一杯が限度。3杯はお店に止められる。

5月20日(金)
WILD DUCKSのHPを公開します。宜しくお願いします。


暑くなりましたね。東京も節電でホテルもかなり暑く感じられました。もう少し館内に風を
送ったらいいなと思いました。夏は直ぐそこですね。大気の不安定から、雷雹の様な大粒の雨
北の高気圧と南の高気圧の攻め合いで起きますが 今年は春のさわやかな日が少なかったです。


今、俺は凄い勉強をしている。夢であったリズム隊とツアー中だからだ。曲の深さがまるで違う。部屋で同じDVDを観ていても五朗ちゃん、ジュリアンは かも知れない雰囲気で観ている。そしていろんなことを教えてくれる。ボーカルとしてSoulの大作も確実に口ずさむこと。それにきちんとリズムがあること。自分固有のリズムを持つこと・・・・。バークレーに留学したって得られないのでは。だから今やらなければならないのだな。日常から切り離すことも大切だがまずパワーがないと怯え足が出ない。パワー 食べ物ですね。後天の精は食べ物から得る。東洋医学を精通して行くと分かります。パワーを持つには そのほかの枝葉もあります。しかしまず食べ物からパワーを得ることが、必要です。


五朗ちゃんジュリアンと一緒にいると感性の豊かさに驚く。WILD DUCKS


5月19日(木)
赤坂から戻ったのが午前3時だった。WILD DUCKSのツアーの前半が終わった。今日は
オフ。2度寝で起きたのは11時だった。孫と家内とで農林公園に行く。ここはリハビリで良く歩いた公園だ。今日は空も高く湿度もなく気持が良かった。音々佳もすっかりお姉ちゃんになっている。もうすぐ妹が産まれる。姉妹も良いと思う.娘もすっかりお母さんになったと思う。


今回のツアーも写真は一杯撮っている。セッションバンドではなく純のバンドという形をとることが今回の目的だ。合い間もいろんなことを話し笑い怒り時間を共有している。オンザロード
近々WILD DUCKSのHPでご紹介できると思います。


5月16日(月)
今日からWILD DUCKSのメンバーが集まる。大阪から高知から。そして寄居でリハをする。公開リハにするつもり。橋井スタジオです。
明日はJIROKICHI,明後日は赤坂クロウフィッシュだ。是非来て下さい。


何気ない言葉が 咽喉に引っかかり ふとしたことで思い出す。
無視をする。捻りつぶす。
分かって欲しいなんて言わないけど。
夜半に君に話しかける。
空の青さはみんなのもの。
人を呪縛する権利なんて最低の権利。
上段から構えるな、突きが咽喉を突き破る。


GWANさんは詩人。とても優しい。今、私の感性が繊毛のように 感じている。
知り合えて良かった。本当に良かった。


5月15日(日)
来週は 仕事の合い間にライブという忙しい週になる。楽しんでやりたい。
昨日は、GWANさんのライブをオフロードで行った。沢山の人が集まり、暖かいGWANさんの唄に癒された。みんな本当に幸せな顔だった。GWANさんと知り合い10年を超す。18歳で東京に出てぐぁらん堂でお見かけし、そのころはGWANさんは役者さんだった。そのGWANさんの周りに高田渡氏シバ氏・・・多くの日本をある意味で動かしていた人たちが、きらめくように騒いでいたなあ。私がこのHPを作りぐぁらん堂について掲示板に書いたとき、当時の人達が書き込みをしてくれた。そんな縁でGWANさんと再会しお付き合いが深まった。トンボ公園音楽祭、単独のライブも企画した。考えてみれば私たち50歳前半の世代は、フォーク、Blues,Soulを混沌とした中で聴いていた。これは、窓口が広く出来たと思っている。


紡ぐような唄、自然に皆が口ずさむ歌詞。本当に良かった。私もハーモニカで共演出来幸せだった。まこっちゃんも緊張の中、味があって良かったなあ。また、来てねGWANさん。
私の手料理の朝はンを食べてもらいます。

断食をしている子がいる。顔の輪郭をはっきりするためだそうだ。ものすごい美貌なのに。
私の顔を見て、肉が食べたいといった。やな奴だ(笑い


5月13日(金)
いろいろなことが周辺に起きている。昨日は、少し驚いたことがあり・・・・。空き巣に入られた。一番小さな窓から梯子を使って入りこんだ。午後3時から5時の間。私は、オフロードに、家内は娘のところに。怪我がなかったのも何よりも幸い。現金のみが目的だった。母、家内の装飾品は、持って行かなかった。やれやれ。


昨日の天気は、忙しい天気。晴れている間だけ外に居た。
ああ、眠い。


5月11日(水)
娘がもうすぐ第2子を産む。先週の土曜日病院の先生に、いつ産まれてもいいと言われた。
私の家にいつもいるので家内と役割を分担していている。旦那さんが深夜、早朝は病院に連れて行くだろうから、昼間である。家内が連れて行き長女の音々佳の世話が始まる。
私と孫と一緒いる時間も多くなり楽しみである。実家と言うものは、娘にとっては良いものだと思う。安心するのだろう。
娘が大学に入学をして松戸に住むため家を出た時、空っぽの部屋を見つめ泣いたことを思い出す。子供たちと一緒に過ごす時間は、本当に短い。それがまた家族として孫が増え戻ってくるのである。これほどの喜びはない。


昨日は、新しい施設の訪問診療を行った。診察を受ける人は6名だった。殆どの人が義歯の不適合すなわち合わなくなったとのこと。最初の人の義歯をを診た時、これは大改造だと心に決め治療が始まった。30分掛った。その人の口に義歯を戻した時、その人が涙を流した。噛めるという実感を思ったのだろう。私も嬉しくなった。これからはこのスタイルの仕事が増える。
歯科は内科と違いこの薬で様子を診て下さいとは言わない。自分の技術で治す。私の天職なのかもしれない。


5月10日(火)
暫くぶりに昨日は、映画を観た。「チャンス」ピーターセラーズ、シャリーマクレンの粋なお話。
家内は、最近のBSは、映画の本数が少ないので、CSに入りたいと言っている。確かに、自分で選べることがないと面白い映画には、出会えない。同じ映画を何べんでも観るほうだが、1990年以降の映画は余り見ていない。どうしてもクラシックになってしまう。


コテツちゃんから東北の石巻の現状を、聞いた。1月2月と経過した被災者の方々のこころを
話してくれた。震災から一月後、ハーモニカのスズキから200本のミニハーモニカを持ってライブをしたという。6月にはblues the butterで石巻でライブをするそうだ。石巻にはコテツちゃんは10年前から訪れていて知り合いも多く、ライブハウスでコテツちゃんを呼んでくれている小屋が3つあり2つは津波に流され一番大きなライブハウスは高台にあり助かった。そのライブハウスの前で演奏するそうだ。震災から一月後にライブをした時、駈けつけた人たちが、お互いの無事を確認したそうだ。「おまえ生きていたか」  2月後はあの時自分はどうやって助かったかをコテツちゃんに話してくれたそうだ。
前も書いたが震災で多くの曲を被災者の方々に向けて ミュージシャンが発信しているが、時期早々の感がする。被災者の方々の内面からの要求にはなっていないと思う。6月7月数年10数年20年と長期にわたり支援する。そして訪れる事なのだろうと思う。私も6月には歯科医師として漢方医として訪れる予定です。


5月8日(日)
今日は、法事だった。熊谷に朝10時に集合。家に帰ったのは夕方。今日は、原発から放射能が出される?日と言うことで午後はマスクをして下さいとメールが朝、来ていた。もっと慎重にやってくれないかなと思う。だらだら涎を流している原発。今まで恩恵を被っていたがこうなると日本中いや世界中の最大なる迷惑なものになってしまう。孫さんが言う反原発なる新しい発電の開発は・・・。ため息が出る。
アサヒグラフが復刊され大震災の写真が掲載された。何も住めない何も進めない世界と感じてしまう。報道写真の凄さ。そんな雑誌だ。昔、父が取っていたので小学校のころからアサヒグラフは写真、文章を読んでいた。話が逸れるが大崎さんを知ったのもこのアサヒグラフだった。日本釣り紀行だ。とても懐かしい。


酒を飲むことはかなり疲労するのではないかと最近思う。体重の増加にも関わるが内臓の疲労、脳の疲労もあると感じる。昔から二日酔いより寝不足のほうがいいと思っていた。睡眠と酒。リラックスと酒。深く考えよう。






5月7日(土)
昨日は 家内の誕生日だった。娘夫婦、孫の音々佳とお祝を小兵衛でささやかにした。小兵衛は料理、酒が実にいい。鰹も脂がのり美味かった。最後は蕎麦を堪能した。家内は今まで
生きてこられたのも皆さんのお陰ですと話した。家内の明るさに包まれての家族である。
お互い健康に気をつけて後半の人生頑張りましょう。


16日からの週、WILD DUCKSの件が動き始めた。航空券、新幹線のチケット、ホテルの確認、曲の構成・・・・忙しさを楽しんで行きます。


ニュージーランドから酵母くんの注文があった。日本の方。彼女のお母さんが酵母くんの素晴らしさを知って彼女に渡したそうです。彼女もニュージーランドでお使いになり、是非もっと欲しいと私のSHOPオフロードを探し注文してくれました。ありがたいことです。


5月5日(木)
もう5月なんだ。そんな会話を家内とする。早い。しかし今年前半は大変な事が起こった。YoTubeで自分の情報を確認したりしている。テレビは本当にウザったらしくて観ない。どのアナウンサーの顔も偽善者に見えてしまう。皆さんはどうだろうか?報道すると言うことは、加害者である。そこが分かっていない。自分の感情のままで、何とか絵にしたいと思っているアナウンサーの多い事。彼らに誰も助けを求めたりしないだろう。


昨日は、大学の友と家内とゴルフをした。今、今までで一番強いボール。柔らかいボールが打てている。太極拳のお陰だろうか、足の裏からいろいろな事が見えてきている。バーデーパーを取ることの組み立てをしんどくなくやっている自分がいる。スコアーも初めて30台を出したが、そのことより一つ一つのショットが満足行くことが多くなったことが嬉しい。パターも感性の世界としてとらえると本当に面白い。楽しいゴルフ、そして仲間私はこれからも多くの人と出会い楽しんでいくと思う。病気で止めなくて良かったと心底思う。



5月4日(水)
昨日の関越の渋滞は凄かった。上り車線は練馬の料金所2キロ手前から環八まで渋滞。下りは、練馬インター入り口から藤岡まで78キロ渋滞。私たちは上り車線にいたのが、下りの渋滞には驚くばかりだった。今年のGWの交通情報は難しい。先月の29日30日は上りが渋滞していてもう帰省なのかなと思った。下りは、混むはずなのに空いていたのだが、日曜日は各所で長い渋滞が発生していて首を傾げるばかりだった。いやはや練馬入り口から藤岡までである。途中激しい事故もあり渋滞に加速する。9時ごろからで、いったい何時間かかるだろう
と家内と話していた。先日の仙台への高速道路は、帰りの渋滞も凄かった。そして渋滞は、本当に疲れる。身体ががたがたになる。


孫たちとボーリングをした。若いころは 仲間とよく遊んだボーリングだが、今は料金が驚くほど高い。1ゲーム一人600円。家族4人だと2ゲームで5000円近くになってしまう。手頃のスポーツでないな。ゴルフなら群馬では昼食付きでその料金で1ホール回れるところもある。
驚いた。  孫たちも寄居にいたころと変わらず、明るく元気だ。何より。晴翔は川崎で「寄居の晴翔です」と言うと川崎のじじが話していた。一緒に帰ると泣いていて困ってしまった。
高知城を一人で淡々と3歳で登った子だ。今もサッカー、野球、そして公園で走り回っている。


5月3日(火)
この一週間いろいろ気が滞ってしまった。身体は、見事に反応し不快な症状に悩まされた。
まず、日々の気温の差が寒と言う邪気で私の身体に滞った。風の邪気も一緒だった。
この邪気は背中側から入りこむ。皆さんも風邪の初期症状で、ぞくぞくするということがあるでしょう。そしてそれを見逃すと体の深部に入りもっと不快な症状に変わる。一般の医師の診断では風邪として処方される薬で、様子を観ることになるが 東洋医学はそうではない。風邪の症状をもっと細かく分析し 体操やら静養やら漢方薬などを使う。実に面白い。
興味のある方は、オフロードの東洋医学講座へいらっしゃってください。そして一昨日の12時間の車での移動のため筋肉が硬直し不快な症状に困ってしまった。いわゆるエコノミー症候群。今回の震災で車の中に寝るしかない方も大勢いらっしゃるが、手足を伸ばせないということは拘束されている状態でもある。義捐金で寝袋の支給も良いと思う。しっかりした寝袋も出ている。狭いところから出なくては。体操もいいだろう。時期を観て伺いたい。


病気の成立として今までは外気からのものを上げましたが、問題は内面の問題です。消防隊の方々も頻繁に東北に行っていらっしゃるが、余りにも凄い惨状に鬱の症状に多くなってしまったと聞く。プロの集団でもそうなのに、市民がボランティアとして行かれこの惨状を見て何が出来るかではなく何を感じ取ってもらってきてしまうかを 心配する。2次災害にも繋がる。
肝が据わった人間しか無理だと思う。森氏が言う「負けるな」そうなのかも知れない。「頑張れ」ではない。「負けるな!!」



5月2日(月)
昨日は、仙台の伯父を訪ねるために 家内と仙台へ車で向かった。。朝7時に家を出て関越
北関東道路 東北道という路線で仙台に向かった。生温かいような天気だった。途中渋滞もなく埼玉県、群馬県、栃木県と車を走らせた。東北道に入ると周囲の家々の瓦が墜ちたため
ブルーシートで屋根を覆っている家が見られたが倒壊した家はなかった。ただ東北道は路面が歪んでいるような個所があったり、ひび割れを修理した箇所も見られたがそれは開通に間に合わせるように しっかり直されていた。東北道はライフラインゆえ。そして白石から先が
事故渋滞なので思いきって下に降り4号線で仙台に向かった。蔵王にも行ける道であり仙台への重要な道路だ。その道路周囲は関東でも見られる店舗が沢山あり2カ月になろうとする現在はどの店も営業していた。そして4号線が渋滞のためその側道を走った。仙台南の街である。その街で営業しているお店は殆どなかった。家々は倒壊もなかった。そして再び4号線に入ると仙台空港という標識が見えてきた。すなわち4号線の東の道路側である。今回の壊滅的な被害を受けた地域が仙台の東沿岸部である。そこから海岸に面した相馬市仙台市松島気仙沼と上に上がって被害を被った地域だ。しかし家を出て6時間を経過し伯父も待っているので4号線から伯父の家に向かった。伯父の家は高台にあり地震の影響は何もないように見受けられた。従姉妹の話だと4月上旬までライフラインが切れていて水道、ガスは止まったままの生活をしていたと話した。伯父も揺れは驚く事もなかったがライフラインが切れた生活には静かに耐えたそうである。そして数年ぶりにお会いした伯父は 矍鑠としていたが年はすっかり取られた気がした。今年に入り散歩をしなくなった従姉妹が話した。普通なら病院に入院してもいいような状態だと見受けられた。伯父は家内の話に頷き私のほうを優しい目で見ていた。口数は殆どなかった。長くいるのもお疲れになると思い帰る時「今日は思ったより楽しかった」と話された。伯父らしい言葉である。日本の物理界の第1人者として活躍された伯父。私には伯父の覚悟みたいなものを感じられた。もう一度寄居に連れてきたい思いもある。
しかしそれは、叶わないだろう。それから仙台のお土産を少し買い家に向かった。14時間の
旅だった。家内と運転を交代しての旅高速料金は往復2000円だった。


4月30日(土)
さいたま市に一泊で同窓会の集まりに出かけた。同窓会と言っても以前勤めた病院の仲間との集まりである。私が大学を卒業して父の病気の事を考え、開業を目指すために大学の恩師が紹介して頂いた病院だった。北浦和にあり電車、バスまたは車と1年半通った。放射線技師、薬剤師、臨床検査師、栄養士、衛生士、技工士、リハビリ師っといったテクニシャンの皆との会である。24年のお付き合いである。それぞれ病院は移ったがみんな元気に活躍している。
資格を持つと言う大切さを、会うたびに思う。資格は生きる。私も資格者だ。


さいたま市にある「加賀屋」をご存じだろうか。大宮駅の西口にあり、ここはチェーン店を経営している加賀屋グループの一つのお店である。いやはやいつも満員だが金曜日の夜それもあすからGWだからだろうか入りきれないほどのお客さんだった。焼き鳥も美味いけどお酒の種類も豊富そしてお刺身も安い値段で美味い。ホッピーも覚えたのも東京の神田にあった「加賀屋」さんだったと記憶する。大いに語り合うお客さん。隣の人と譲り合いながら楽しく飲んでいるお客さん。身を任せとても良い気分で酔えた。大宮駅は東北の玄関口でもある。大勢の東北出身の方がいらっしゃたのだろうが、喧騒と酔いで分からなかった。新入社員と思われる若者が初々しく飲んでいた。大いに飲むべしである。最近の若者の酒離れは、聞くが同僚先輩と飲んで語り合うことは人生を豊かにすると思う。頑張れ若者。


4月28日(木)
昨日から蒸し暑い。天気もしっくりこない。身体もこんな天気だと持病が出るものです。
訪問診療を本格的に始めて3カ月。口コミとケースマネージャーの人達の繋がりで増えてきた。火曜日は3か所、スタッフと回った。久しぶりに会う患者さん。嬉しそうな顔で出迎えてくれた。本当にひょんなことで下半身麻痺になってしまった。家の中での事故。不憫でならない。
その方の薬の処方を診ると、精神科の薬が多い。眠れないのだろうな。心の安定は薬でしか取れないのか?でも明るい顔を観てほっとする。昨日は友達の薬を分析した。睡眠薬が特にだったが副作用は依存が出るということだった。本当にこんな薬を毎日飲んでいたら生理作用である睡眠がめちゃくちゃになる。友達のM君ももう飲む理由がないから、この薬は止めたらと言っても飲まないと眠れない気がするといって手放さない。友達はその上に酒をガンガン飲むから頭が狂うのではないかと心配している。


うつ病には、必ず原因がある。その原因を医者がアドバイスして行動を変えて行けば、薬の地獄に、落ちいる事はない。話す時間は精神科医は点数にならないので、今の症状を聴いて
直ぐに処方する。薬は副作用があるから本当に慎重にしてもらいたい。


宮沢賢治の詩碑が海岸に直立に立って残った。東北を代表する日本の大詩人。東北の人達も宮沢賢治の世界をいのちの光として頑張ってもらいたい。支援します。



4月26日(火)
ウエスト ロード BBの演奏を久しぶりに観た。(クリックしてみて下さい)伸ちゃんの何てクールで激しい音。やはり私にとって最も好きなバンドだ。惚れて惚れて悔いがない。今月のJIROKUCHIマスター・荒井さんの逝去などウエストロードは伸ちゃん亡きあとは解散に近い形になっているので仕方がない。この音で私の音楽の方向性が決まり、そして演奏し続けていること。事実だから。


酵母くんが私に齎してくれているものはいくつもある。一つは傷の手当。消毒剤より全然いい。蚊などの虫さされ。湿疹。胃腸の整え(これはエクセリーナの水と酵母くんを混ぜる)下痢
目のかゆみ、鼻づまり(私は花粉症ではないです)歯肉炎、吹き出物、白髪防止、・・などなどだからお勧めしているのです。ヨモギとタンポポの根、自然塩、天然水で出来ているのだから副作用は全くない。それから友達が効果があったのは、ワキガ、陰部の湿疹、禿げ防止・・
当店では送料は安くしています。5000円以上は無料です。、




4月25日(月)
町議選が終わった、テレビで開票速報を観る。若手が当選した。おめでとう。
オフロードの店長日記 も毎日書いている。 ご覧になってください。
昨日はのんびりすごした。いいもんである。日曜の街の空気はおだやかだ。AERAの写真は
凄い、。是非 ご覧ください,ツアーへの準備が始まる。大地との旅が楽しみだ。


4月24日(日)
昨日は 朝から大忙しだった。最近夜中に目覚めるとそのまま起きてしまう状態が続いている。昼間、少し横になり眠ると眠気は解消されるが でも身体の疲労は残る。休みの日には、ゴルフに行くことが増えたが、ラウンド中に眠くなってカートの中で眠ってしまった。
最近晴れ間が見られない。暗い感じがする。今日は、ばしっと公園に行き太極拳を楽しみたい。


4月22日(金)
オフロードが来月から営業時間が変わる。昼12時から8時までです。酵母くんも何処よりも送料が安いですのでお買い求めてください。(インターネットでは送料が一番安いです)これからの季節虫刺され、かゆみなどいいですよ。
そして午前中はオフロード道場の活用を考えている。染物の個展なども。オフロードで何か作品を発表したい方ご連絡ください。講座も考えています。


地方選挙も後半戦。若い仲間も頑張っている。投票日前日に花園の関所で倫理法人会経営
講演会が行われます。講師は内田文男氏、活力朝礼で彩光建設の朝礼が行われます。素晴らしいです。是非17:00pmから受け付け。18:00pmから始まります。オフロードのスタッフも受け付けで頑張ります。私は開会挨拶です。


4月20日(水)
昨日は家内とJIROKICHIに出掛けた。そして大地君と初めていろんな話をした。彼はまだ32才。しかし彼のプロとしてのミュージシャン歴は10年を超える。そして吾妻光良、山岸潤士氏と揉まれ確実に成長している。礼儀正しいし反応も早い。感性も豊かだ。若手No1というのも今まで2回のステージを共にしたので分かる。彼とのバンドWILD DUCKSも大きくウネリ
爆発するだろう。5月17日JIROKICHI是非、来て下さい。


4月18日(月)
こんな社説を読みました。

社説:世界の支援 はげましを忘れない

 岩手出身の詩人・童話作家、宮沢賢治は明治三陸大津波の年(1896)に生まれ、昭和三陸大津波の年(1933)に37歳の生涯を閉じた。東北の大地に住む、貧しくつつましい人たちに、限りない愛情を注いだ賢治。代表作「銀河鉄道の夜」には、主人公の心やさしい少年ジョバンニが「ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう」と、こうべをたれてつぶやく場面がある。

 東日本大震災が起きてから、世界中が日本を支えてくれた。2万人態勢の「トモダチ作戦」で物資輸送、救助・捜索にあたった米軍をはじめ、缶詰や下着など避難生活に必要な物資を送ったり、医療活動などにあたった多くの国。涙を流しながら、津波犠牲者を悼む歌を合唱したケニアの少女たち。決して裕福ではない生活の中から14万円を寄付してくれた、ジャカルタの看護師・介護福祉士候補者のみなさん。遠い異国の被災者のつらさをわがものと受け止め、他者のしあわせを自分のしあわせに置きかえる無数のやさしいジョバンニに、私たちはこう伝えたい。ありがとう、あなたがたの気持ちは忘れません、と。

 日本に住む外国人も、被災地に行って炊き出しなどのボランティアをしている。震災で悲しみに沈む日本人にとり、国境や国籍を超えた思いやりは大きなはげましだった。大地震と大津波と原発事故。容赦ない災害の連鎖にぼうぜんとなりながらも、私たちは今、世界との絆を感じている。日本は一人じゃない。復興と再生への遠い道のりを前にしながら、そう思う。

 私たちはこれまで、支援を与える側にいた。その私たちが、支援を受ける側に立った。約5億5000万円の緊急支援予算を組んだタイのアピシット首相は「日本はこの50年間、タイの発展に重要な役割を担ってきた。タイが恩に報いるのはこの機会だ」と語った。多くの国や国際機関が、いままで助けてくれた日本を今度は私たちが助ける番だ、と言ってくれる。

 国際支援、共存共栄、地球市民。お題目のように使ってきたこうした言葉が、抽象的ではなく、生き生きとした実感を伴って、私たちの胸に響く。外国から寄せられる善意が、困難な環境にいる人たちにとって、どれほど心温まるものかを、私たちは今さらながらに知った。

 大きな余震が続き、震災被災者たちの苦境は、いつ終わるともしれない。原発事故が収束するかどうかもなお、予測がつかない。再び活力あふれる日本社会が戻ってくるまでには、もう少し時間がかかるだろう。だが私たちは、強じんで魅力ある国として、必ず復活する。国際社会からの温かいエールに応えるためにも。世界中からまた、たくさんの人がやってくる国にするためにも。

 日本は一人じゃない。それは、同時に、日本は一人では生きられないということでもある。エネルギー資源や食料を海外に依存し、外国と交易しながら生きていくことを、運命づけられた国である。平和な日常は、日本の生存にとって不可欠である。であればこそ私たちは、他者の痛みに、よりいっそう敏感な国でありたい。自然災害や紛争など、不条理な外部からの力によって仕事や家族や大切な人を失い、貧困や疾病に苦しむ人たちが、世界にはおおぜいいるのだから。

 外に目を開き、この地球に住む一人一人の人間の尊厳を守ることを何よりも大切にする--。それが、震災でいただいた世界の支援に、私たちが応える道ではないだろうか。

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 英訳は毎日デイリーニューズ(http://mdn.mainichi.jp)に15日午後掲載



4月17日(日)
この二日間いろいろなことがあった。特に悲しかったのはJIROKICHIのマスター荒井さんが
お亡くなりになったことだ。私が高校を卒業して家を出たのは、36年前である。2月の寒い冬の日だ。右も東もまったく分からない東京。永島慎二先生の漫画に憧れて中央線沿線の街に住みたく高円寺の吾妻通りの4畳のアパートに住んだ。。今でも残っているお店が僅かだけある。その一つがその吾妻通りから直ぐの次郎吉だ。当時はこの名前だった。私が住みついた日の直ぐ後に次郎吉は開店した。開店の日は渡辺貞夫さんだったと記憶する。東京の生活が寂しく飲み歩いていて次郎吉のスタッフの人達が駅前でビラを配っていた。JAZZを当時はあまり興味がなく素通りした。しかしそのすぐ後次郎吉の階段を下りお店に入って、WEST ROAD BBとの衝撃な出会いがあった。東京に旅立った小さなヒヨドリが大きな世界に打ちのめさせられたのだ。
それは、Bluesとの出会いでもあった。私の音楽が全て変わった日だ。来月もまたJIROKICHIで17日演奏する。信じられない思いだ。当時は、荒井さんとの会話はほんの一言二言だったが、いつも暖かい心になった。私が1995年にWEST ROAD BBを日比谷野音で観たいという企画で動いたとき一番協力していただいたのは、川田さんでありそしてJIROKICHIの皆さんだった。荒井さんは当日たくさんの外国の人達と来てくれた。「良い日だな」と言われたことを思いだす。アラブ人のうような格好だった荒井さん。その当時も御殿場に住まれていたのだろうか、、、本当にたまにJIROKICHIでお見かけした。当時JIROKICHIではセッションの日が多く亡き伸ちゃんがメインの時このバンドは荒井さんが聴きたい音ですねといったら「そうだな」とおっしゃったことも思い出す。今年2月にはディジュリドゥで演奏したことは私のバンドLOVEBONEがJIROKICHIが演奏したので「お元気で活躍なされているのだな」と思った。そしてその二日間のミュージシャンの人達は凄かった。それがそれがこの悲報である。タカちゃんの話だと40周年の話もなされていたという。私の新しいバンド「WILD DUCKS」も聴いて欲しかった。お疲れさまでした。合掌。


4月15日(金)
ドイツの放射能の日本での分布図をみると驚愕する。凄い。地震後太平洋に流れる放射能。
患者さんの中に、お子さんがアメリカにお住まいの方がいる。その人が「今、アメリカではヨウドを錠剤として飲んでいるのです。子供たちが、お母さんも飲んだほうがいいと言われているのです」と話された。現地我々は?情報が届いていないと言うしかない。オフロードで放射能が簡易に測定できるワッペンを購入した。大まかであるがその日の放射能が分かる仕組みになっている。1000円でお分け出来る。ただ数が限定されています。
台湾、オーストリア、アメリカの放射能気象図を見てほしい。インターネットの素晴らしいところです。


そんな中、昨日はゴルフをした。吉澤さんは私が今まで一緒に回った人の中で一番凄い。
集中力、センス、体力そして自分が分かったプレー。いあやはやなんとも。えらぶらないしいろいろ教えてくれる。高校時代ショートライナーだと思った打球がホームランになった人である。
背筋力の凄さがなせるのだろう。40/36だった。


4月13日(水)
毎日がより深刻さを増しています。福島原発がレベル7に上げられました。3号機+4号機も
壊れたためそして放射能物質の量がチェルノブイリの10分の1と評価され今は下とされています。今はです。チェルノブイリは30人ほどの死亡周辺のこどもの甲状腺がんが増えるなど
が起きました。いまだに制限されている区域があります。
放射能の深刻度を示す評価尺度はIAEAが決めます。1、原子力施設の被害状況2、放射性
物質が外部にどれだけ出たか3、何人が被ばくしたのか ということを評価して決めます。
今後チェルノブイリの上に来ることもありうることも。技術国日本の今後の対応は世界中が注目しています。蜂起する時なのか。創生すなわち日本創生に向け立ち上がることだと思います。若い人も真剣に考えてきています。どんどんこのような事態になった大会社の認識の甘さ
そして政府の対応。自らの生活から考え直すことなのでしょう。戦災を受けたダメージより大きい天災そして人災。知りましょう。


4月12日(火)
安心立命このことを大きく揺らす天災。余震と言う感じではないほど大きな地震が北日本を揺らす。もしかしたらと疑問に思ったことが、大きな亀裂を起こし剥き出しになっている。
原発、そして最も体たらくは政治だ。覚悟のない政治家。日本は崩壊するのでは ないだろうか。私たちも真剣に政治を見直し立て直す覚悟を一人一人が持たないと始まらないと思う。
タレントは所詮タレント。しかし一端のプロの政治家より感性が豊かなため魅かれるところがあるのも事実。行徳先生は言う:人の上に立つの人間は秀才である必要はない。自分よりはるかに優秀で有能な部下たちと一緒に、共に喜び、共に悲しめることが大切なのである。感性豊かな人間こそ、人の上に立つ人間なのである。


「素」「朴」「愚」「拙」を持った男。極限の中、この4つを持った男が政治家に現れないだろうか。その4つを持った男を行徳先生は言う。吉田松陰そして西郷隆盛。


4月11日(月)
オフロードのSHOPで取り扱うものが静かに売れてきています。花粉症、ニキビ、虫さされなどなどに役だっていると言うことでしょう。とにかくリピーターが多い。昨日はインドに行った人が帰ってきましたが、酵母くんを4ケース持って行きました。役だったようです。傷にも良かったとのこと。「妖精 酵母くん貴方の側に置いてください。必ず役立ちます。」製造元アーデンモアのキャッチフレーズです。とにかくお試しを。いろいろな使い方も教えます。送料も当店が一番安いと思いますゆえ。


昨日は2年ぶりにトンボ公園自然館の当番をした。2年ぶりかな。何も変わっていない。それがいい。ずっと置いてあった鶴田さんのTシャツを買った。体型が変わったので着れるようになったから。良い買い物も出来る。竹トンボも買い孫に渡す予定。皆で意見を交わし新たな夢に向かって行動して行きたい。


4月9日(土)
昨日は思いかけずに大宮公園の桜の木に出会うことが出来た。素晴らしい古木の桜だった。
また、与野公園の桜、そしてこれから咲くバラ園を知ることが出来、楽しみが増えた。
また、浦和の鰻屋にも寄れた。酵母くんとの旅も楽しい。
大宮公園も公園で花見で飲んでいる集団はない。自粛ということだ。こんな時は、本当に騒ぐのではなく親しい人と静かに語り合うことも、大切だ。


原発本当に真綿を締めるように、汚染による様々な被害が出ている。住居、食、衣類これが東洋医学における人間の社会の大切なものだ。今回の震災はこの3つを悉く奪った。
国はこのことを徹底的に復旧することに動くこと。菅さんは、パーフォーマンスに見られるのも
被災地の長たちの顔とまるで違う。覚悟の顔になっていないからだ。


4月8日(金)
昨夜、再び大きな地震があった。被災地の方の心はどんなに辛い気持だったかと思う。もう静まったという気持の処に繰り返す地震はたまらない。歌手の人達が被災地の方々に向けて曲を作り唄っている。良いことだと思うが、時期については、首を傾げる。また、新しい曲でなくそれぞれの持ち歌で心に残る曲か、故郷などの童謡や演歌がいいのではないだろうか。


毎日訪れるサイトがあった。しかしいろんな事があり水のような関係からお互いの立場に、踏み込む関係になってしまい 私は自ら退いた。特定の人が悪いのではない。私自身も反省している。幼馴染は水のような関係が良いと思う。今、側にいる人を見失わないためにも。
少し、休んだほうがいい。


声が少しずつ回復している。かすれ声は変わらないが、高音が出るようになってきたありがたい。。


4月7日(木)
私の敬愛する伯父、、伯母が相次いで入院してしまった。お二人とも2,3日前にあったばかりである。お二人とも持病を持っていらっしゃったが、気を強く持っている方なので 早く退院に
なると思っている。回復をお祈りします。


医者は、多くの薬を処方する。処方することは、患者さんの命を預かると言うことだ。このことを分かっているのだろうか。細かい指摘は、ここでは書かないがいずれ講演したいと思っている。吉野先生が「薬を止めたら病気が治った」と言う本を出版されたが、事実である。私がその体験者だ。怖く言うと医者は緩やかに人をだめにする。部分的な知識のみ。薬の副作用を
身を持って体験するべきだと思う。もちろん素晴らしい医者もいる。
昨日、私が担当している施設で、、女医として日本でも有名な田中蘭子先生にお会いした。
先生の功績は勉強不足で余り知らないが、私が施設の人達の診療をしている最中、笑顔の素晴らしい先生が 各部屋を回診していらっしゃった。50歳くらいの方とお見受けしたが事務長から80歳と言われ驚嘆した。いやはや何ともである。この施設は幸せだと思った。お話をしたい先生である。


BBKINGの一音が何故素晴らしいか。込めるこころの深さが違うのである。


4月5日(火)
今日から孫の晴翔が、ようやく幼稚園に編入する。思うだけで涙が出てしまう。新しい友達と毎日精一杯遊んで欲しい。じじは祈るだけです。


去年の事を思い出す時がある。去年仕事を本格的に開始したのは、4月の終わりだった。
それまでは、左側に軽い麻痺が残っていて、リハビリに毎朝、2時間歩いていた。字を書くのも儘にならず辛い時期だった。春が本格的になるに従い、それと薬の副作用からの地獄から
抜け出るために、一切の薬を切り、回復した。もちろん毎日の鍛錬の太極拳を行い
純粋倫理という哲学を軸にし行動のみという信念で毎日を暮らしている。ほぼ一年である。
多くの人と出会った。そしてバンド:WILD DUCKSを結成した。正木五朗、、ジュリアン、井上大地、Ryo,私の5人である。事務所はオフロード。魂の音楽を演奏したい。熱い音を届けたい。日本中世界中の仲間に会いたい!!!素敵な女の子にたくさん会いたい。
5月には17日高円寺JIROKICHI 18日赤坂クロウフィッシュ 21日高知ギャラリーほった
でのツアーをする。夏には、もう少し長いツアーも考えている。四国を回りたい。是非WILD DUCKSのスケジュールをチェックしてください。そして、、来て下さい。


4月3日(日)
先ほどのBSで私の信頼する森達也氏が東北に仲間と入り、イラクなど海外の現地での取材した仲間が「東北は、戦争での空爆を遥かに超えた被害だ」と話していた。森氏自身はまだ言葉に出来ないと話していた。伊集院静氏のルポ。これからも二人の眼は何かをつかみ語りだすだろう。


変化とは、加速性、断続性、波及性の3つである。加速性は、「今泣いた烏がもう笑う」子どものようなしなやかさで臨まなければならない。禅的境地が必要だ。それが変化の加速を見事に捉えきる秘訣である。変化は断続する。切断されているからこそ崖がある。だからいつでも身軽に翔べることが大事である。このような時代に重い荷物をもっていては翔べない。ゆえに、いろいろな持ち物を捨てたり忘れたりすることが必要である。これからは「忘」と「捨」の時代である。  変化は波及する。波及の時代にあって経営者は経営学の勉強をしすぎてはいけない。むしろ経営学以外の勉強をし、裾野を広げることによって波及する変化をつかまえ、味方にすることができる。文学や芸術や歴史、そして趣味の世界である。


変化を味方にできる人間こそ、二十一世紀に生き残れる人間である。     by行徳哲男


4月2日(土)
昨日県の倫理法人会からfaxが届いた。私が北部のモーニングセミナー委員の長になっていた。不可思議な話だ。これを、拝命というのだろうか?降ろされたり登用されたり、本人不在
で行われている。説明または承諾するかの確認を取って欲しいものだが。
ただ3月の寄居秩父地区の成果は、役員が一丸となったこと。は、気持が良かった。思い出すのは早朝の秩父連山比企郡の山々の美しさだ。早起きしなければ見られない。両神山の
姿は素晴らしかった。山は本当にいい。


来月のオフロードライブに親友のみやちゃんがデビューする。先日リハーサルをしたが彼のリズム感の素晴らしさに驚いた。また感性豊かな人ゆえパーカッションからメロディーが聞こえた。多くのミュージシャンと演奏するがそこまでの人は中々いない。
是非、彼を励ますことになりますので、いらっしゃってください。良いライブになると思います。


4月1日(金)
今日から4月。日本再生に向け西日本の皆さまのエネルギーが本当に必要だと思う。痛みを分かち合うSHAREする感性。大切に養いましょう。朝の太極拳。いろんな話を聞けて面白い。Oさんは、大正琴を習っている。今年は、武道館で発表会があるという。うらやましい限りである。


オフロードにインターネットSHOPが動き出した。スタッフは本当に嬉しそう。この気持ちが、
会社を成長させる。夢を会社から実現して欲しい。


3月31日(木)
今朝から、今までお休みしていた人達が朝の太極拳に来るそうだ。朝の大気を吸って益々お元気になって欲しい。今回の地震の停電で私の仕事も診療時間の調整をした。多くの歯科医も同様だ。幸いにもこの地区は停電がなく治療が止まることはなかった。父の使った足で踏みながらエンジンを回し歯を削る機械を思い出した。今でも物置にあるのだろうか?電気を使わない治療もあるのである。他の国で昼間路上で歯の治療をしている絵を見たことがある。
歯を削ることのみ工夫をすれば可能だろう。


古いカルテを昨日診ていたら、、多くの方々がお亡くなりになっていた。父から引き継ぎ57年を迎える私の歯科医院。去年亡くなった母がその経緯を一番知っていた。よく私に「可哀想だね」と言っていた。収入が全く違うからだが、私は満足している。子供も育て上げたし、まして二人とも歯科医になったのだから感謝で気持が一杯だ。母もその事は、一番喜んでいた。母には本当に感謝しかない。きびしく指導されたし陰で随分支えてもらった。病気で引退になったが常に観ていた。観ていたんだ。・・・・・・。父に「おまえは面白い人物だね」と言われた事がある。破天荒な行動がそう言われたのか分からないが、よく元気な時には飲みに行った。
二人で。川沿いの焼き鳥やさんには何度も言った。父は余り喋らなかったが、私の大学の友人には大いに語っていた。楽しそうだった。


3月30日(水)
昨日は一日中働き続けた。太極拳から始まりいろいろ整理することを決め、午前は歯科の仕事、孫たちの朝食の用意・・午後はオフロードでの仕事また家に帰り孫の世話 そしてオフローでの東洋医学講座、導引体操と朝の5時から夜の9時まで動いた。最後はばたんQ。
私の座標軸が大きく太くなった。縦軸が感性という哲学の軸。横軸は東洋医学、太極拳だ。


一昨日”ろ”という児玉のお蕎麦屋さんの人が、酵母くんを4ケース買いにオフロードにいらっしゃった。感性豊かな人達が集まってくれる。感謝です。特約店も増えている。スタッフもお店、温泉場にでかけ積極的に売り込みを始めている。特約店になると、本社アーデンモアから卸値で酵母くんを買うことが出来そして売り値との差で利益をうむ。メリット多いですよ。素晴らしい商品ですので広がると信じています


5月の五朗ちゃんとのバンドの詳細が決まった!!
バンド名WILD DUCKS(野生のカモたち)
メンバー:Tori vo&g&harp 井上大地 vo&g Ryo g 
      正木五朗 Ds ジュリアン B
5月17日(火)高円寺JIROKICHI 5月18日(水) 赤坂クローフィッシュ
5月19日(土)寄居橋井スタジオorホンキートンク5月22日(日)高崎ディフォレ


それとオフロードライブⅢ・5月14日(土)にGWANさんが登場する。請うご期待!!


3月28日(月)
昨夜は、子供たち孫が全員揃い夕食を食べた。私も最近覚えたメンチを作り皆に食べてもらった。その時日楠多(ひなた)から一日早い誕生日のプレゼントを頂いた。この子は、優しいところがたくさんある子で、今は川崎で両親とともに健やかに生活している。晴翔も元気一杯で何より。従兄弟の音々佳の面倒を本当に見ている。家族との団らいはいいものである。
乾杯をしてすっかり眠ってしまった。5時間くらいして起きると二人の孫は遊んでいた。


温泉場に酵母くんを置いてもらうために動いている。感触はすこぶるいい。点から点と言う気持ちで誠心誠意回りたい。スタッフもこの間お店に、お願いする態度を見ていたが、精一杯話していた。良いものだと思った。オフロードのスタッフにいつも言うのは、この会社は皆それぞれの夢を会社で実現できる会社だということ。太極拳で太極パワーを手に灯し頑張ってもらいたい。益々美しくなってもらいたい。


原発にしても津波にしても想定外と言う言葉が出ている。M9という地震。地球の回転する早さも早めたという。すなわち地球自体を揺らす地震だった。世界に対して警告した地震だった。宇宙創成の歴史にも残るのだろう。


朝の太極拳5時半です。もちろん岩崎公園です。遊びに来て下さい。



3月26日(土)
西岡恭蔵さんの歌が 心に沁みる。本当にいろいろ聞いて来て良かったと思う。今後も新しい歌に出会えると思うとワクワクする。


野生の鴨とキルケゴールの話に感動する。孤立無援。覚悟を胸に。
私が死の淵から掴んだものは、私は薬に頼らず、人に頼らず健康になることだった。その時から、多くの人達との出会いがあり、感動があり笑いもあり楽しく生きている。死ななくて本当に良かった。しみじみ思う。薬の副作用でもう少しで断崖から落ちるところだった。父、母、ご先祖様、友人達、先輩たち・・・そして家族にそして家内に感謝。延命十句観音経を亡くなった方々に毎日公園で唱える。何回も。
それから、太極拳は、始まる。大切にしたい時間。今は正規の時間5時半です。
倫理法人会のモーニングセミナーがあったときは、ご迷惑おかけしました。5時はきつかったみたいですね。それでも毎朝来る人がいた。


日曜日、孫たちが来る。嬉しい。息子も勤め先の病院が決まり、元気に頑張っている。それでいい。元気であれば。結局私たち夫婦が守るしかない。息子、娘、婿とともに独自の歯科医院を作って行きたい。



3月25日(金)
昨日は、スタッフと酵母くんの宣伝のため知り合い方が、やっていらっしゃる日帰り温泉に
行ってきた。神流ノ湯。寒い日だった。説明をしている時大切なのは、私が使ってみて良かった体験を話すことだ。聞きかじりでなく話すこと。感性を持って話すこと。 置いていただくことになると思う。


一昨日のモーニングセミナーで、先生と言うものはありがとうと言われお金を頂くと話されていたが、お陰さまでという言葉を患者さんが言われることに基ずくと思う。
踏ん張りかえって診察している医者、歯科医など誰もいない。ましてお金の事は忘れている。自分の治療行為が幾らになるかなんて計算している人などいないだろう(その人はそういう医者に出会ったのか)お布施だと思う。元来日本では医療はお坊さんが行っていた。誠心誠意その人のために、その患者のために尽くして尽くしつきる。
私は、患者さんがお亡くなりになった時自分はその人のために役立ったかと自問し、医師としての責任が 終わる。


3月24日(木)
慢性の睡眠不足を解消するかのように、昨日はよく寝ました。身体の要求に従ったということかな。施設での治療は、あらゆる意味で高度の技術を要する。ゆえここに私は歯科界の低迷をを打破することとなる気がする。昨日のモーニングセミナーで儲かる歯科と言う話を、講師の方が話されていたが、かなりもう事情は悪化しているような気がする。まして若い歯科医はもうかるとう感覚など全くない生活を送っている。父の時代の歯科医は国の優遇によりお金を手にすることが出来たし、それも大なり翔なりの格差はあったが、バブルの前の唯の時期だった。それが、国の政策(保険点数の下がりにより)全体の収入は、大幅に下がった。自費率等は昔も今もさほど変わりはないし、扱う材料の差だけであって、私費に活路何て飛んでもない幻想である。保険治療だけでも、患者さんが要求することには、答えられる。
過剰このことが全てであり、少子化高齢者の方々のさらなる増加の世界に自らが投じて、出掛けて行くのである。しかしそれには高度の技術を要する。チェーン店かしている歯科医院があると言うが、それだけのスペシャリストが揃えているかは、怪しいのでは。
医療自体は倫理に基ずくものだ。純粋倫理という哲学で、行動して行くだけだと思う。


隣の芝生は良く思えるしその苦労なんてわからないものだとつくづく思った。父の血の滲む苦労そして患者さんとの信頼関係は今でも不滅だし父の仕事に、私は敬意を称している。


3月23日(水)
ここ1週間の疲れを取るために昨日は導引体操を、オフロードの会員さまとスタッフと入念に
行った。自分で診断してみたら右の足がパンパンだった。腫れあがったようだった。そしてその邪気を入念に寫っした。週刊現代にわが愛する伊集院静氏の地震でのルポが掲載されている。重く受け止めた。是非、みなさんも読んでください。


昨日は、訪問診療と院内の治療で義歯を3個セットした。皆さん、初めての方で入れた喜び
健康にどのように結び付くかを話した。何回か調整をしながら各自の患者さんが優れものの道具として使っていただくことを、願っています。今日は、施設での義歯の製作で多くの方を診ます。停電をする地域なので1時間繰り上げて、診療します。近いうち東北の被災地の方々にも、作りたいと考えています。


3月21日(
高知から2時半ごろ帰ってきた。無事に帰ってきてほっとしている。昨夜のライブは強烈なリズム隊の音に心地よく酔うというか全身全霊で唄った。そして今回のツアー中に五朗ちゃんからいろいろアドバイスを頂き収穫のある日々だった。そのツアーの日記
3月17日
車のガソリンがないので給油を考え、11時の飛行機だったが5時半には家を出た。
そして高坂で給油を偶然にもすることが出来た。私が着いた数分前からガソリンスタンド(高速)が開いたのである。数分待つだけで給油が出来、帰りの心配は無くなった。3000円分の補給だったが。次のパーキング三芳では午後1時再開と書いてあった。
そして順調に羽田パーキングに入れらる事も出来た。ただ余りにも早いので11時の便の前の8時の便に乗れるか心配だったが、早割のチケットは変更が駄目だったのである事も知らなかった。しかし空港の案内する女性から地震のため特別に変更が出来ると言うことになったので、変更してもらって8時の飛行機に滑り込んだ。飛行機の中は、空席だらけだった。そして高知龍馬空港に10時に着き空港バスに乗って市内に入った。地震のニュースは益々現状の悲惨さをテレビでは流していた。予約したホテルに2000円払い特別に入れてもらいスーツケースを下ろした。
夕方まで爆睡した。地震のテレビを点けながら。高知でも市内では節電していた。暗くなる前に少し市内を散策した。帯や筋のお店は、去年の11月にあったお店はずいぶん無くなった。不況なのだ。ただ私が目的とするお店は、全て変わらず営業していた。ひろめ市場を歩き
目的のお店「鯨海」に、入った。親父さんがいなかった。女性の方はは変わらなかったので、「親父さんはどうしたの?」と聞くと「世代交代しました。経営者が変わりました」と答えてくれた。親父さんに初めて家内と来た時、高知の飲み方などを教えてもらったんだよっと女性の方に話をした。少し寂しい気持ちにもなった。しかしメニューを見ると以前と全く変わっていなかった。そして味も変わっていなかった。酔鯨の冷は旨かった。このように、普通は飲み屋さんでは、
世代交代は子供に譲るのが一般的だが、全く違う人が受け継ぎ、さすがあの親父さんだなと思った。親父さんは、毎朝、船を出しその日に店に出すものを釣り上げていた。深い皺が刻まれた男の中の男のようなお顔だ。今頃は好きな漁に 毎朝のんびりと出ているのだろうな。


それから「if」というお店(ここも必ず五朗ちゃんと行くお店)に入りママとゆっくり話をした。
博学の女性で、私の持っている行徳先生の本に興味を持ったらしかった。そうこの行徳先生の本に出会えたのも幸せだった。高知市の追っ手筋にある」井上書店(古本屋)で見つけたので買ったのである。先日お会いした先生だったので嬉しかった。 頭で考えるのではなく感性でとらえろ。哲学は感性である。・・膝を叩くことが何回もある本である。先生のあの声が彷彿する。「if」で語って、少し飲んで唄ってホテルに戻り眠った。地震のニュースを見ながら


3月18日 この日は、パーカッションの青ちゃんと会う日。そして五朗ちゃんが大阪から飛行機で高知に入るので空港まで迎えに行く日。青ちゃんがお昼ごろ迎えに来てくれ、二人で、高知市の質屋さん、掘り出し物という中古センターに行く。高知市は中古品の扱っているお店が
いくつかあってそれが驚くほど充実している。電化製品、服、何でもある。楽器もその数が多い。gibsonもさりげなく店頭に無造作にといっていいかな吊るしてあった。28万である。その隣にはmartinD28・・・普通こういう高いものはガラスケースの中に鍵を掛けてあるものだが。途中でシナトラというラーメン屋さんに寄る。半額なので賑わっていたが私には今一納得出来なかった。 そして高知空港に早く着いてしまったので海へ。この海から飛行機は着陸する。海岸の立て札「飛行機が来ますので、凧揚げ注意」
五朗ちゃん、元気に現れる。相変わらず水のペットボトルを持っている。五朗ちゃんの泊る青ちゃんの家に立ち寄りワイワイ3人で市内に出掛ける。夜まで過ごす。五朗ちゃん愛妻由美ちゃんに頼まれたらしく早速海産物屋さんに寄る。「島田」ご主人奥さんがものすごく優しくいろいろ五朗ちゃんに説明してくれる。私もいくつか買い家に送る。宅急便にの住所を書くと「埼玉」からですかと奥さんに言われる。高知の人もテレビで地震の事は釘づけになっているらしく
大変でしょうと皆さんに言われる。声をどう描けていいか戸惑っている。停電の話などをするが、東北の話は出きない。原発の話も分からない。
それから今回のライブの目的のお店「堀田青果店」による。今回ギターをお願いするキョウスケさんに会う。一つ上だ。とても優しい目をしていらっしゃる。そしてジュリアンにあう。明日のライブの事など話す。五朗ちゃんは、堀田の果物を由美ちゃんに送る。中々終わらないので青ちゃんと二人名物のたこ焼き屋さんに。お勧めのブタキムチは終わってしまった。普通のたこ焼を食べる。8個あって美味しい美味しい。値段は250円。安いなぁ高知は本当に安い。
新しいものなどはそれなりだが、古く店構えているコーヒー屋さんも安い。
そして「魚福」ここの料理は3人で去年の夏食べたところ。親父さんの娘さんが一生懸命働いている。美味しかった。五朗ちゃんは芋焼酎のお湯割りオンリー。青ちゃんは余り強くない。
ただ酔うと変身し大騒ぎ。知っている子が来て深夜彷徨う。沈没。


3月19日(土)家にいる時間と同じ時間に、毎日起きるのだが、今回は高知城に行く気がしない。毎朝高知城で太極拳をするのだが。朝起きてニュースをみると出掛ける気がしなくなる。
今日は、3時「木馬」に集合なので、午前中は今回演奏する歌詞の見直し、イメージを午前中
集中する。OtisReddingが多いので発声をしたりするが、いやはや何とも。二日間の曲のメニューを考える。今日は青ちゃんとキョウスケさんの三人なので自由に唄いたいと思う。しかし五朗ちゃんが、叩くこともあるのでそれなりに選ばなければ。2時半に今木馬ですと連絡を貰う。ギター2本を持って木馬へ。ホテルから5分だ。木馬は高知で一番古いJAZZ喫茶。2階はライブスペースになっている。JAZZの演奏がこれまで沢山あったことが感じられる。
ママの感じがとても良い。キョウスケさんとは、初めて合わせるので入念にチェック。五郎ちゃんも気分が乗ったのか叩きだす。いやはや凄い。4人でリハを終えて軽い腹ごしらえを。
カキ吉と言うお店へ。土鍋の牡蠣鍋が、味噌を使わず普通の塩の味付けでそれを生卵で食べる。旨かった。ワイワイ話しているうちに時間。お店に入る。高知倫理法人会の県の幹事長
大野さんが一人で来てくれる。再会に喜ぶ。演奏は2部2時間。打ち上げの前に楽器をホテルに運び(全員)お店へ。赤ノレン。解散。


今朝リョウと電話で話した時、バンドの仲間の朋ちゃんが今度の地震で家族の方が被災され
大変なことになっていることを知る。五朗ちゃんにその話をする。五郎ちゃんも良く知っている子でドラムを叩いてくれている。朋ちゃんからメールが来る「明日が見えない」と。ご両親親戚の方が彼女の一人暮らしの部屋に、疎開されている。命からがら逃げてきたので1週間着の身着のままの生活だったらしい。家は津波に流されてしまった。命は助かったが。
愛する街に生れてから住んでいらっしゃたしそこには生活があった。胸が痛む。


様々な思いの中、今回高知でのライブのメインの日を迎える。朝はいつも通り起きるが 普段よりすっきり起きれないというか眠くて仕方がない。意を決して高知城に向かう。すると追っ手通りは市が開かれていた。かなりの多くの人ごみだ。高齢者の方々が一人でお店を開いている。農産物が多い。刃物やさんもあった。広末という女優の実家と聞く。ウコンがとても新鮮な色をしているので春、秋両方を買った。それに果物も買って家に送る。かなり安い。ひろめ市場に入る。もう多くのお店が開いていた。酒屋さんで滝流があったので、知人に送る。
魚やさんの前では、カツオのたたきをおつまみに生ビールを朝の7時前なのに飲んでいる方がいた。しかし違和感がまるでない。高知だな、と感心する。そしてホテルに戻りホテル1階の豚のやさんで朝食。旨い。カレーまでも食べてしまう。部屋に戻り少し眠る。そして歌詞の点検メロディの点検をする。お昼に電話で五朗ちゃんと待ち合わせホテル近くのラーメン屋さんに。五郎ちゃんも部類のラーメン好き。このお店は以前来た時美味しかったので、五朗ちゃんに教えてあげたかった。黒ニンニクラーメン。餃子。旨い。東京に来てもこのラーメン屋は生き残るだろうな。


3時ホッタに入る。五郎ちゃん青ちゃんと。キョウスケさんから電話があり30分遅れるとの事。まだ開いてなかったので近くのコーヒー屋さんに。五郎ちゃん定食が食べたいと言う。驚く。
しかしご飯は無かった。そしてうだうだ三人で話、ホッタに入る。ジュリアンさんが待っていた。
PAをやってくれるマー坊がいる。カンスケもいた。今日はカンスケがぼうやとして動いてくれるよっとジュリアンに言われる。全員緊張しながら音を出す準備をする。その間に、私が決めてきたメニューをカンスケがコピーに走る。この子はとにかく感性も鋭く動きも抜群に良い子だ。ジュリアンの息子さんだ。メニューをジュリアンがチェックしながら譜面が必要な曲は、私が
譜面の割だけか来てコピーにカンスケが走る。譜割の作業はとても大切だ。私は去年から出来るようになった。そては私もギターを弾くからだ。今までボーカルだけではその仕事はなかったが。ただこれは一流のミュージシャンにはとても必要で、ライブの前のリハのみでライブと言うことが多いからだ。私もリアルたちに鍛えられたおかげかな。


リハーサル80パーセントの力で演奏するが、今日はオーティスをやるので盛り上げ方などチェックを細かくする。キョウスケさん大変だと思う。聞いている曲と演奏する今日は別な事が多い。私もJAZZは大好きで聴くけど演奏はしたいと思わない。そしてオーティスは別格だ。クロっパーのギター何て涙もの。それをジュリアンは出来る範囲で要求するのだから。五郎ちゃんは当然のように進めて行くしな。IKO IKOも演奏することになり歌詞を貰う。
そしてリハーサルを終え「アミーゴ」に軽い食事を。ピザも美味しかった。そしてホッタへ。始めにマー坊のボブマレーが聞けた。感動した。弾き語りでこれ程までに消化し自分のものにしている人はいない。秀一ものだ。彼の歌を聴くだけでも高知に来たほうがいい。お客さんも知り合いの方が来ている。私のHPを見て私が高知に居てる事を知って来てくれたお医者の先生もいる。ありがたい。浜田氏もいる。オーイエ!!と掛け声が飛び交く高知での有名人だ。お店もやっている。私の事を気に行ってくれ去年の木馬にも来てくれた。ステージは気持のいいステージだった。お客さんの楽しんでいる顔を見ることが出来る。ナケナシのお金で来たと言う人もいるらしい。ありがたいことです。だから自分のことを理由には、破れない。
1曲目がBOBYBLAND.Members OnlyオーティスのⅠ been Loveing Youを。
カンスケの歓声が聞こえる。ジュリアン、五朗ちゃんとアイコンタクトで流れを掴み演奏が続く。キョウスケさん緊張気味か。怒涛のようなリズム隊。今回はギターを持っているので、足を踏ん張りその嵐を背中で受け止める感じだった。凄かった。生の生きた本物のドラム。それが五朗ちゃんのドラムだ。一緒に演奏すると虜になる。全く他の人と違う。人間の本能からくる
波動だ。それがたまらない。  終了した。精魂尽き果てた感じだったが気持のよさがその時は勝っていた。翌日起き上がれなくなっていた。




3月17日(木)
予定通り音楽の仕事で高知に行きます。現地では、予定通り行われるからです。
多くのミュージシャンが現地に集まります。新たな出会いがあるでしょう。こちらにも沢山の仕事を残していきます。ゆえに帰ってきます。


知らないことは沢山あります。現在形で沢山。それを人に聞くこともありますが。自分で調べて
納得してやっていきたい。そう思います。踊らされるのは、まっぴらです。私はいい先輩を持っていると思います。しいていれば、後輩たちが少ないかな。でもそれもこれからです。良い後輩たちを育てて行きたいと思います。では、月曜日に。


3月16日(水)
逼迫する事態になった。原発、地震により在留の外国人達が帰国や他の国へ向かう事態になった。日本は危険レベルが、最高に達し音楽界でもキャンセルが相次いでいる。来日をしなくなったからだ。関東から東に住む人たちが感じるこの国に居る怖さを、遠くから他の国の人達は感じているのだろう。倫理法人会もモーニングセミナー祭りも中止になった。講師の交通の問題、、節電による会場の使用不可、そして先頭に立って頑張る経営者の人達への苦慮を考えると当然だ。
NHKで電力の節電、停電は2年間は元に戻るまで、掛ると予測していた。そしてピークは8月の頃。今年も猛暑の予想だがキツイ生活になることだろう。私も今年は大幅にスケジュールの変更をする。今度の高知での仕事は、しばらくはお休みになる。オフロードでのキャンドルライブは続けたい。


今日も6時20分から停電の予定。昨日役場の総務課に聞いたら、町民への放送は役場でテレビを見て判断する。何ということか。情報が同じテレビとは。東電は本当に行動が甘い。



3月14日(月)
あると思うな全ての文明の利器。これは、現代人に突きつめられた教訓そのものだ。水もだね。抵抗力がない人は、病気になるな。震災で亡くなった人たち。全て同じレベルには、無理だが残った人たちはそれぞれ姿勢を正し凛として生きよう。何もかも失うことが、始まったのだから。モーニングセミナーに行くことは、簡単だ。家族のため何が出来るか男として、動かなければならないことは多い。


3月13日(日)
あすから計画停電ですね。今も蝋燭をつけ電気を消しています。ここ寄居は朝の6時20分から3時間。患者さんも20分ずらして診療します。寒くなくて良かったが本音です。夕方は、もう
どうなるか。蝋燭生活ですね。オフロードは、ロウソクで夜の部を営業します。
皆さんも頑張りましょう。それこそ一日中停電では、大変ですゆえ。
企業の電力消費量は莫大なのだろうな。


3月12日(土)
今も新潟を震源とした地震が起きた。日本が地震のゾーンに入っている。四季豊かな日本が
天災で壊れて行く。神に祈るしかない。多くの犠牲者の方に 合掌。


昨日の午後2時の地震は、かなり揺れた。収まるかなと思っても長く揺れは続いた。即、震源地の人達の事を思った。東北沿岸沿いだった。広範囲で1000年に一度の規模だと言う。
明日は、全く予想できない。さっき別れた人が巻き込まれていることもある。天の倫理。何?


20年近く前になる神戸大震災も生でテレビを観ていた。ホトケサンがその頃、神戸でラジオ局に詰め放送の録音をしていたので、もしやと思い自宅に電話した。2日前に戻られていてほっとしたことがあった。今回もbtbで東北ツアーが3月の頭にあった。なんかすり抜けているような不異議な気持になった。助かる生かされるとは、運命としか言えない。しかし残ったものは助け合わなければばらない。今日のライブは、オフロードで義捐金ライブに変え行う。
ささやかでも、しっかりと届けたい。


3月11日(金)
坂上二郎さんが脳梗塞で亡くなられた。大好きな人だった。二郎さんが初めの脳梗塞後遺症と戦った本は私自身が脳梗塞を患った時、繰り返し読んだものだ。その後脳梗塞撲滅キャンペーンなどに出演したりこの病気を怖さ、生活の改善を話された。
しかし数度目の脳梗塞でお亡くなりになった。


私は今元気に仕事をしている。脳梗塞の後遺症は、完全に消えた。
今、完治したと言ってもいいのかもしれない。 では、何故完治まで出来たのか?
太極拳というしかないが、地道に行っている食生活の改善、ストレスを
ためないことはベースにある。日常の改革も必要だ。


昨日のトンボ公園の幹事会で、幹事さんの顔色が悪い人が何人かいた。その中で、新井さんは変わらず元気だった。
ここに、東洋医学の気が出てくるのである。信念に元ずいて行動している人の、気力の凄まじさを。新井さんはやはり他の人とは違うと思った。心はキリスト教でストレスを撥ね退けていらっしゃる。宗教を持つことは、やはりいいのである。日本人の宗教観は粗末にされている。
海外ではその事は一笑されている。倫理法人会は宗教団体ではないが、丸山敏雄先生の
17条の栞をきちんと学ぶことは、これも素晴らしいことだと思う。純粋倫理が大切だと思う。


3月10日(木)
昨日はモーニングセミナー100社の日でした。普段は20社くらいですので100社に
なるのか不安でしたが57社101名の方が訪れて頂き 役員、幹事ともども嬉しい日でした。
倫友の方々も沢山来てくれ嬉しかったです。講和の田口氏の話もユニークで楽しい時間でした。オフロードのスタッフも全員参加していただき会社として嬉しい限りです。
彼女たちも楽しかったようです。チーフのNさんも会場までの車の中で、夜明けを見たらしく私に感動したことを話してくれました。彼女たちは、出勤したら必ず職場の教養を読みます。今度は輪読のように読みたいと言っていました。会社も何かが彼女たちの力で盛り上がると信じています。


夜は、久しぶりにトンボ公園の幹事会に出席しました。半年ぶりです。トンボ公園の仲間の顔を見ると20年以上続けてきた仲間であり安心します。来年度も現体制でいきますが、新井さんから新しいビジョンを持って多くの人を巻き込もうと話されました。現状維持は停滞です。
男衾自然公園と繋げるようにトンボ公園も広がるように頑張りたいですね。


長い一日でしたが素晴らしい一日でした。感謝です。
帰ってから夕飯を食べましたが、家内と話している間に眠ってしまいました。


3月8日(火)
昨日は、霙が降った。秩父方面では雪が積もったと聞く。雪の下に芽を出す春の花たち。
田んぼでは多くの鳥たちが地面の中のミミズを啄んでいる。春は近い。梅が寒さの中で華やいでいる。


「矛盾を生きる。」先日行われたゴルフコンペの時、行徳先生が話された言葉。矛盾だらけだな君はなど言われたことがあるだろうか。あいつは筋が通っているとも。正反対の様な言葉だが陰陽のように、保たれていると思う。混沌とした中で気を放つ。そんな男でいたい。


会の事務局は、腹が据わっていなければいけないと思う。テンションが高く興奮していたのでは、会の和は作れない。


3月7日(月)
今日もこれから深谷の倫理法人会のモーニングセミナーに出掛ける。睡眠時間は4時間。+
昼にうとうととする。このうとうとがいい。以前は昼寝をしっかり1時間以上取っていた。若いころは寝る体力もあったような覚えがあるが、、神経をすり減らしていたとも思える。私の仕事は
かなりストレスを感じるとも思うが、その感じ方も成長するに伴い減らすことは出来ると思う。
それには、一日一日を真剣に取り組むことが大切。孤独感焦燥感そしてスタッフとの関係に神経をすり減らし、このまま行くのかなと思うかもしれないが、自分と患者さんを裏切らなかったら必ず次の局面が現れる。私は病気にまでなったが、それも感謝することが出来るのである。


病気よ気付かせてくれ、ありがとう。


3月5日(土)
今日は父の命日。26年の月日が流れた。母も去年一緒にお墓に収まり二人でゆっくり語り合っているだろう。私の知り合いの先輩方も、父親が健在の方が多い。それだけ父は、早く逝ってしまったのだ。私も、世間に鍛えられながらここまで生きていたということなのか。
相談する人がいないことは、辛くもあり楽でもあったのか。家内と墓参りに行く。子供たち、孫たちをを見守って欲しいと切に思う。



昨日、一昨日と続けて北部倫理法人会のモーニングセミナーに出席した。本庄、熊谷足を運ぶといろんなものが見えてくる。自分の会の足らないものも沢山ある。
今日は、行田。役員さん4人を載せて行く。日曜火曜日だけが、お休みだ。んん余り考え込まないで足を運びたい。芯が疲れているなあ。


少しずつオフロードの会員の方が増えている。一月を過ぎたところだが、順調と考えている。
30人を越えたら一応会員募集は止める予定。
気付かない盲点を、日々の出来事から順次補修して行く。


高知への演奏旅行も近くなってきた。来週には航空券が来る。そして2日間の演奏の曲を決めた。来週にも五朗ちゃん、ジュリアン、キョウスケ、青山君に届ける。その他にも日本語のオリジナルも唄いたい。高知は暖かいだろうな。気持が飛ぶ。のんびりしたいと思う。


3月3日(木)
昨日は、会社オフロードのチーフを連れて寄居町の商工会、後輩の家そして小川町の観光協会を回った。寄居町の商工会白川さんの応対にとても心が安らいだ。我が町の商工会は変わろうとしている。頼もしい若手が育っていることを誇りに思う。
そして小川町の観光協会は駅前通りにあり、この近辺のお店は小さいが光っている。駅前の清水豆腐のオカラドウナツは深谷にも進出していてお店の感じ、スタッフの人達素晴らしい。
健康なるお豆腐をコンセプトに、とき川の渡辺豆腐とともに、近在に頑張っているお店がある。味も美味しい。さて、観光協会の中は、小川町の情報発信という形で店内が作られていてその中に会社、個人のPRの棚があり私の会社もその棚の一角に入ることが出来た。no、2と言う場所である。他には個人で陶芸を置いている人、出版社、お菓子屋さんなどが仕切られた棚の中に入っている。とてもユニークだ。この町にみこれから何度も来れると思うだけで、嬉しくなる。


さ、今日は半年ぶりのゴルフ。練習も出来なかった。BE会のコンペ。メンバー表を見たら 私の前にあの野球選手の江川卓、そして前の組では中島常幸プロ。何なんだこの参加者は!!
倫理法人会の蓮見さんが会長の会。蓮見さんは倫理法人会に私が入って最も気に入っている人だ。蓮見さんのお付き合いの広さに驚く。


3月1日(火)
今日から3月。春本番の月だ。岩崎公園での太極拳も時間が早まる。今月は、事情により5時集合。まだまだ暗い。ただ夜の帳が開くのが感じられるだろう。


高知でのライブが、2本決まった。高知老舗の「木馬」そしてギャラリーほった。ほったはミュージシャン特にサウスツウサウスの流れのミュージシャンが集まる歴史のあるお店です。上田正樹氏、くんちょうさんたちです。
3月20日(日)です。出演は正木五郎、ジュリアン、Tori,青山秋利、きょうすけです。わくわくします。楽しみたいと思っています。木馬は前日19日です。


一つ一つこなしていく。蒔かぬ種は芽が出ない。


2月28日(日)
LOVEBONEのツアーも終わった。2日間でしたがいろいろと勉強になりました。まずバンド自体は音が進歩してきたと確信した。もうすぐONLY ONEのバンドになれると思う。そして
一番手こずるのは、お客さんの動員だ。いろんなところに告知したのだが、え、来ないのという
友達も多かった。メンバー各自が努力したのだが。うううん勉強じゃ。あらゆるコンセプト切り口
はある。頑張るしかない。


明日から、モーニングセミナーの日々が続く。出かけることが純粋倫理と会長は言う。
ひと月、私も頑張りたいと思う。


2月25日(金)
shop オフロードで毎日今日のオフロードとして行う予定を書いています。今日は5名のかたが、東洋医学講座と導引体操にいらっしゃいます。どうぞ、定員7名までですので、かつ月曜日火曜日もありますので、参加される方は、048-598-7156(オフロード)または、
090-3474-7438(鳥塚)までに申し込み下さい。お待ちしています。


孫の晴翔が一人で我が家に泊りに来た。いろいろな事情で去年10月に引っ越したが、この子はこの家で産まれた子で4歳までの大切な時を過ごした子だ。家内も嬉しくて仕方がない。また 娘の子ととても仲が良く娘に家に寄った時、音々佳が嬉しそうな表情をして遊んでいるのを見ると、堪らなくなる。1週間我が家に晴翔はいる。時間を見て一杯遊んであげたい。


吉澤会長が3月のモーニングセミナーに向け燃えている。人が燃えている姿は気持のいいものだ。私と深いところで分かり合っている人だ。昨日は、本庄今日は熊谷のモーニングセミナーに出かけている。私も今日は太極拳があるので、誘われたけど断ったが、3月からは太極拳が5時になったので、3月は出来る限り出席したい。
50代になってもこんな人との出会いは、嬉しい。遠くの友人はいつか名前だけになってしまうと友部正人氏が唄っているが、私はそうは思わない。必ず会うべき人とは出会えると思う。
執着しつつ淡々と。こんな関係でいたい。親子もそうだと思う。子も寄りかからず歩いて行くのだから。黒いカラスという金子光晴先生の詩が思い出される。



2月24日(木)
今日は、孫達に会いに、川崎行きました。楽しい時間でした。息子も今日は仕事が休みなので
いろいろ話をしました。お昼に行ったので私が学生時代に通った鶴見の「満州園」に行き
久しぶりの餃子、ちゃんぽん麺を食べ昔より美味しいと思いました。25年ぶりだな。お店の人にその事を話すと驚いていました。鶴見は美味しい餃子屋さんがあります。北京のお店も今日
分かり、次回行きますわ。


土曜日よりライブが2本続きます。土曜日は、寄居町の橋井スタジオ。日曜日はJIROKICHI
です。ゆっくりと時間は流れて行きます。ハルトは一人でお泊りです。1週間います。
孫は本当に可愛い。


2月22日(火)
今日は結婚記念日。34年だ。高校生の時に出会いずっと一緒の気がする。彼女は、今 孫の
世話に躍起になったり、仕事も皆の円滑油として明るく生活している。私の病気など大きな波もあったが彼女自身は健康で、とにもかくにもその事は素晴らしいことだと思う。活き活きと暮らすことは、何よりも大切だ。夫婦は一対の反射鏡。


2月20日(日)
昨日の夜はバドミントンをした。。んん2時間若のプレーは翌日の筋肉の痛みが物語る。肩、腕の痛みはないけど、足が重い。そして膝のお皿が痛い。痩せれるかも。ママさんバレーをしている女の人は流石。彼女たちは体型も変わっていないし動きも俊敏、しいて言えば余裕があるのかシャトルのコントロールが憎たらしい。嫌なところばかり突いてくる。ま、中々土曜日は出かけることも多いので参加は余り出来ないけど。


村西とおる、、荒木経惟この二人にはいつも注目している。女性を語らしたら今、最も深いところから語れる二人だと思う。映写、写真、鬼気迫る才能豊かな二人だ。


2月19日(土)
歯科医院に神奈川の藤沢から通ってくる人がいる。昨日彼から「明日から上海に出張です。今のままなら大丈夫なら明日上海にこのまま行きます。もし、治療を受けたほうが良いのなら
受けてから成田に行きます」 彼には3週間後ならそのままで、大丈夫と答えました。
日本のハープの第一人者コテツちゃんもツアー中のトラブルを相談してきます。 信頼される
歯科医師として、益々精進しなければと思います。


昨日のオフロードでの東洋医学講座は、陰陽5行論の話が始まった。東洋医学の本は沢山ある。陰陽論5行論はそれこそ、膨大な量である。私がオフロードで用いている教科書は鍼灸学校の教科書です。
高校卒業した人達、社会人で転職をした人達が鍼灸学校では多いですが、相当な難しい内容です。鍼灸師としてこれから希望を持って勉強する人には当然に理解していただきたい内容。


医師もこの本は勉強したほうがいい。漢方といして、漢方薬は大量に処方するのですから。
医師は輸液だけが多く本論にも必ず触れてほしい。と願います。内科先生も、患者さんに様々
ことを伝えられると思う。


今夜は中学校の同窓会のバドミントンクラブの練習です。運動することは、良いことですが何もバドミントンとは、と思います。脳梗塞を患った時医師から バドミントンは危険なスポーツと話された。首の運動が激しいので血流が激しく動くからだと思います。そこで、皆に準備体操として太極拳をやって欲しいと頼まれました。身体を緩める体操を教えたいと思います。怪我は辛いですからね。


2月18日(金)
JIROKICHIでの演奏が来週になった。火曜日にリハ。全曲Bluesの曲。声も様変わりを
ONLYの声かな?徐々に気も高揚して行く。天下のJIROKICHI.での演奏。
是非、来てください。宜しくお願いします。私の音楽活動もオフロードで管理するようにしている。3月の高知、5月の五郎ちゃんとのツアー。6月のホトケさんの北関東ツアー。そして
来月から始まるオフロードでのライブ。スタッフもつけて充実させたい。儲けて行きたいというか出演するミュージシャンにきっちりお礼したい。
オフロードでのライブはアコースティックになります。GWANさん、コテツちゃんのソロ企画しています。地元の優れたミュージシャンも紹介して行きたい。宜しくお願いします。
第一回目はならじん、トリ&奥ちゃんです。ゲストもあります。


2月17日(木)
オフロードが始まり毎日7時半出勤。掃除準備をし8時半には歯科医院に。午前中の仕事を終えまたオフロードへ。スタッフににろいろ指示をしたり、太極拳を指導したりしてまた午後の歯科治療に。という毎日である。夜には東洋医学講座、導引体操をする。  オフロードのHPの店長のブログ を書いている。するとこのHPに書き込めなくなってしまう。ただ内容が違うので書き込みたい事は書きたい。


健康である。毎日体調も良く動き回っている。安心立命だ。起業として取り組むことは自らをリフレッシュ出来る。新しいスタッフ。本当にいろんな話をし又聞き、進めている。アイデアもいろいろ出して貰っている。直感。大切にしたい。



2月12日(土)
東洋医学の講座は自分が話すのだが、資料を調べていると没頭してしまう。道教との関係が
密で老子の考え方にその都度感服する。Taoは老子と訳す。道教はTaoism.
昨日は、一人公園で太極拳を行った。静かで気持のいいものだ。小雪も舞ったが世の中が浄化されるようだった。


昨日は、小学校の16年ぶりの同窓会。昼から夜半まで良く飲み語り合った。ちゃん付けで呼ばれる。うるさいほど騒ぎ唄う。次回の開催はすぐになりそうだ。


去年の10月私は愛する者たちと別れた。6日レン(愛犬)13日に晴翔16日に母。
今でも思い出すと涙が出る。叫びたくなる。仕方がない。


2月10日(木)
オフロードも開店して1週間に なりました。東洋医学講座もぼちぼちと集まってくれています。私が考えるにはこういう講座、太極拳両方を求めるのは、女性が多い。直感というものが女性にあり 良いと感じられることに素直に行動する。ストレスもマイナスにすなわち受身で受けると心、身体のダメージは大きい。プラスの行動からはストレスは取り入れても跳ね返したり 忘れたりします。


男は、本当に弱い生き物です。特に現代は顕著です。男は本来いざというとき家族を女性を助けるもの。それが、女性、、子供達から頼れない存在になっていると思います。離婚率も高く男のほうが、そのストレスを感じ女性は別れれば、せいせいしたように人生を謳歌しているように見受けられます。
 

女性の方々が増えるのは素晴らしいのですが、是非東洋医学と太極拳を学び強い男になってほしい。東洋医学は人間学です。太極拳は自然のパワーを頂く体操です。大いに研鑽していきましょう。頼れられる男になりましょう。
 

癌はかなり解明されてきました。原因は低温度と低酸素の身体にストレスが加わり発生します。薬ではとても予防できない。東洋医学なら予防できます。腹式呼吸、代謝のいい体そして行動することにより ストレスを切り抜けて行く。
 こういう内容で東洋医学を聞きかじりではなく、真の勉強をしましょう。
お電話オフロード o48-598-7156待っています。
携帯も090 3474 7438


2月9日(水)
最近、ふと時間があり眠いと思うと すぐ うとうとしてしまう。良いんだか悪いんだか。分からない。昔は、こうではなかった。思い返すと、母がいつもすぐうとうとしていたことを思い出す。
いつ寝ているのか分からないほど働いた母なのだが、ふと見るとうとうとしていた。似てきたということか。私も「トリちゃんはいつ寝ているの」と言われる。家人に言わせればいつも寝ているとなる。
昨日は仕事場とオフロードを5回往復した。バタンキューと両方でも寝ていた。


コテツちゃんステージです。堪能して下さい。


3月の高知 五郎ちゃんも来ることに。


2月7日(月)
この1週間は、オフロード開店準備で大忙しだった。何度も近くのお店に買い出しに行ったり銀行の人と会ったり、今までで経験のしてないことを沢山やった感がある。3日のOPENの日は
沢山の花が友人達から頂き、嬉しかった。また、お忙しいのにも関わらず、商工会長からもお祝いを頂き感激した。商工会の1員として商売も繁盛して行きたいと思う。寄居にいい風を送りたい。


土曜日JIROKICHIに出かけた。blues the butcherの新春恒例の3日連続ライブにコテツちゃんから招待を受けたこともある。ほぼ満杯の中、ゲストのLeyonaとのライブに堪能した。私が知っているお客さんは一人もいなかった。このバンドは、新しいお客さんも開拓している。3日間と言う演奏もJIROKICHIではこのバンドだけだ。1975年2月に始めてホトケさん
のライブをここで観て37年過ぎた。私の人生のほとんどだ。長くもあり今,JIROKICHIに定期的に演奏することが出来、何とも言えない思いが募る。沢山のミュージシャンが走馬灯のごとく心に走る。ホトケさんの今までのバンドは全て観たしその日の演奏も覚えている。伸ちゃんのこと。んんとなる。もっと観たかった。アメリカに居る山岸氏,にアドレナリンが燃やされた。大村さん クールで的確な音色たたずまいの感じ。すべてかっこよかった。解散前のBREAKDOWNの演奏。・・・・・・加川良さんもここで観た。そして一緒に行った我々の仲間。多くの友達を連れて行った。みんな元気だろうか、、
今月27日LOVEBONEは演奏します。ONEMAN,LIVEです。大勢の方いらっしゃってください。5月には五郎ちゃんのバンドとして演奏します。



2月1日(火)
昨日はオフロードに同級生から胡蝶蘭がお祝いにと届けられた。嬉しかった。静寂な道場に
きりっと華が咲いた。皆の気づかいは暖かい。百歳の同窓会に大いに東洋医学を教えて行きたいと思う。東洋医学では人間の寿命は120歳と断言している。


流れて行く時間。それが、全くぎこちなくなったときの苦しみを忘れない。薬に翻弄され弄ばれ
地獄のような世界。午前中のあの重い空気。今でも身の毛が立つ。
薬を頼らないことは生活も正すことだ。早起き。呼吸法。太極拳による虚空の世界の実感。
行動することにより生まれる幸福。私が昨日の朝、太極拳に行った時7か月の時が私にもたらしてくれたものをしみじみと味わった。公園の木がもうすぐ緑に変わる。太陽も木に陽ざしを
掛けてくれる。春はもうすぐだ。木の酸素を一杯頂く恩恵。エンドレスです。


2月3日(木)株)Offroad(オフロード)がOPENします!!!14年ぶりの再開です。酵母くんを始めてする私が健康を維持している優れものの商品を紹介、販売します。HPも銀行との関係で1週間遅れますが、公開します。オフロード道場では、太極拳、導引術の健康体操 東洋医学講座 地元の優れものの商品販売 コンサート 朗読 レンタルスペースなど盛りだくさんの内容です。スタッフの可愛い笑顔とともに落ち着いた時間を過ごしていただければと思います。月曜日から金曜日まで9:00amから5:00pmまでOPENしていますよ。
3日はOPENイベントでいろいろな催しをします。どうぞ、遊びに来てください。


1月30日(日)
寒いと皆が言うほど、私は寒さが感じない。お風呂も熱めの風呂でも大丈夫になっている。
平常の体温が酵母風呂で上がったみたいだ。むむむむ。凄いな。平常体温が上がるということはとてもいいことだ。癌が生れなくなる。知り合いと2月は4回も宇都宮の自然堂に酵母風呂に入りに行く。


今日は、同級生と谷川温泉。金盛館に、行きたがったが。谷川温泉旅館は高級旅館が立ち並んでいる。一度2メートル積っている露天風呂に入り至極の体験をした。同級生にも是非堪能して欲しい。しかし,仲がいい。死ぬまで一緒という感じだなあ。2月からは、同級生のバトミントンクラブも始まる。私は、オフロードの仕事で中々行けないけど。


酵母くんが治療して行く世界は、無限だ。生物全てを救うのかもしれない。


1月29日(土)
今日、宇都宮の吉野先生の紹介で神奈川の藤沢市から患者さんがいらっしゃった。酵母くんでアトピーが劇的に改善された患者さんだ。3時間の電車の旅。良く来られたと思う。
これから、そのような患者さんが増えるだろう。ある人に酵母くんはサプリメントと言われたが、
こんなに早く結果を出すサプリメントはあるのだろうか。酵母くんは治療薬だ。これも普及かな。


1月28日(金)
昨日は、スタッフと宇都宮の自然堂に行ってきた。楽しかった。研修として全員で酵母風呂に入り(もちろん男女別)彼女たちが、美顔のエステを受けたいと言うので、待っているのも何なので私も美顔エステを受けました。青木さんの手はやさしくぐうぐう寝てしまった。終わったら顔はつるつるになりちょっぴり嬉しくなりました。オフロードでもこの美顔エステは始めたい。
驚いたのはチーフになるMちゃんが、帰りもすっぴんで帰ったこと。化粧品の副作用を酵母風呂に入る前に聞いたので、口紅もつけない。確かに口びるは皮膚より薄く害のある成分は吸収してしまう。口紅には本当に害のある成分が多いと聞いた。女性たちも大変だな。


オフロードに戻り、買ってきた波動水を作る浄化機を取り付けた。これが、オフロードでの最後の買い物。オフロードで訪れた人に波動水を提供できる。スタッフも早速1リットルの携帯用ボトルに詰め帰って行った。私はこの波動水を一日2リットルは飲む。小水の色、においが全く変わった。汗の匂いも変わった。波動水に酵母くんを垂らし飲むのである。胃の痛みも取れる。
オフロードでは、1リットル105円で販売する。


1月27日(木)
今日は、宇都宮の自然堂に行く。オフロードのスタッフと一緒。酵母風呂に入るためだ。人間に蔓延る癌は39,7度で死滅する。酵母風呂に入ると、体温が40,7~41度くらいに上昇する。一般に糠風呂と言うのをご存知だと思うが酵母風呂は、ヨモギとタンポポを混ぜて、吉野先生が開発したものだ。匂いも良い。15分入れればいい。それ以上は、汗だくになり大変だ。
そして、その風呂を出た後、ゆっくり冷ます。40分くらいぼっとする。その部屋は30度くらいに設定している。時には、窓を開けて風を入れることもある。月に2回くらいは、行きたい。


バンドは面白い。音を錬り合わせて行くのは、醍醐味だ。古い曲をベースに作り上げる。Bluesはどのようにも解釈していいと思う。時にはパンクに、時にはFreeJAZZ風に.ただ原曲が
完璧すぎると難しい。Bluesではないが、Beatlesの曲は、実にバンドではやりにくい。
ハーモニーも演奏も4人は素晴らしいゆえその領域には入れない。今世紀最高のバンドには、間違いない。JohnとPaul最高の作詩作曲者だ。


1月24日(月)
土曜日日曜日と御殿場の倫理研究所富士高原研修センターに行ってきた。素晴らしいところで、広大な敷地の中に研修センターはあり、また丸山敏雄先生の記念館もあった。土曜日の8時半に集合し吉澤会長、豊田事務長、飯島副専務理事の4人で出発した。道中、道を間違えたりしながらも定刻ぴったりに着いた。着替えようとしたところ、そのままの格好でと研修所の人に言われ研修センターに入った。整理整頓された施設。床も天井もピカピカで山口センター長の気が感じられた。この山口センター長を知ることが出来たのが、何よりも私にとって得たことだった。個人的にも沢山教えて頂きたいことがある人物だ。正座の時、活を入れて頂いたが、痛かった。しかし心が籠っていた。仲間と寝食を共にし語り合う。いくつになってもいいものだ。
研究所の職員の方々も素晴らしい。学ぶことが沢山あるカリキュラムだ。もっと山口センター長の望むべく厳しさの実習があればとも、思った。滝に打たれても良かった。そして17箇条の説明も神秘なる第17条の解説を、山口センター長から教えていただき有難かった。今回はプラニングセミナーだったが、経営者社倫理セミナーにも参加したい。
狭き門でしか、本物は存在しないと思う。


私のオフロード道場も気を一杯入れ多くの人に、来ていただきたい。2月3日開きます。
そのオフロードを開設するに当たり、私自信の禊をした。一つの大切なものを捨てた。身が引き裂かれる思いだが、仕方がない。万人への思い、そちらを選択した。欲望を封印した。


五郎ちゃん由美ちゃん夫妻から、大阪の昆布が送られてきた。もちろん北海道産であるが、大阪はそれを見事な佃煮として、また昆布もきれいにそのものを包装され 売られている。大阪を訪れた時老舗の昆布屋さんがいくつもあり店頭で眺めたものだ。五郎ちゃん本当に幸せなんだな。音楽も大いに活躍されることを願います。


1月21日(金)
オフロードのシャッターに「旅人君」が復活した。感慨深い。私が19年前に旅人君を永島先生に書いていただき(あれは、暑い夏だった。先生のご自宅で初めて先生と会話をしたんだ)
オフロードを開設した時に、まずこの絵をシャッターに描こうと思い、友人の看板屋さんが手書きで描いてくれた。先生にもそのシャッターの絵をお見せした時「上手に描いているね」と褒められたのも昨日のことのようだ。今は看板屋さんが原画をスキャンしそれをコンピューターで
操作し拡大しシールに張り付ける事まで出来るのに、驚いた。昨日は、そのシールに描かれた絵を丁寧に貼り付けてくれた。その後、商品をスタッフへ説明し、チラシの打ち合わせなど多くの方々が動き出した。2月3日はオープンの日。どうぞ遊びに来てください。


1月20日(木)
昨日のモーニングセミナーは進行役だった。初めての経験で大谷副会長にいろいろ教えていただき、無事終えた。マニュアルがある進行役だったが、沢山意味の深い内容に驚いた。形を
きちんとする大切さ。心も伴ってくる。早朝、大きな声を上げ、凛とした雰囲気を作るには、進行役はとても大切だと思う。担当してくれた方々には感謝したくなる。どうだったでしょうか?柴崎相談役。


オフロードも昨日は空調設備が入り、快適な空間になってきた。ただし、天然の気を入れるので余り使いたくないが。朝の公園での太極拳は自然をそのまま受け入れる。日本は四季という素晴らしい天からの贈り物があるのですから、その時季時季をを楽しみたい。私が過酷な環境と思うのは、乾燥してて灼熱な地域ではないかと思う。しかしその世界からキリストは生れたし意味があるのだろう。人間は殆どが水分から構成されている。水辺に部落が生れ家畜を飼い生活が生れた。自然の流れだ。コンクリートの都会には余り出かけたくない。オフロードを出て家に帰る時、釜伏山の山々が実に綺麗だ。小さいころから見ているのに毎回感動する。
コテツちゃんも五郎ちゃんも静かに見つめていた。空気も美味しい。寄居は本当にいいところだと思う。自然も良い、そして人も良い。倫理法人会でのお付き合いも面白い。


1月18日(火)
昨日の風は寒かったが、気温自体はだいぶ緩んだ。朝の太極拳でそんな会話をした。日中マスクをすることは大変いいと思う。特に人ごみに出るときは大切だ。マスクは確かに人からの
菌を貰うことを防ぐが、口の中の乾燥を防ぐことが大切で、そのことでは、優れものだ。
昨日来たコテツちゃんもいつもマスクをしている。身体が資本のミュージシャンだから用心するのも自分の仕事を守る。そのコテツちゃんが治療後オフロードで机、本棚の組み立てを手伝ってくれた。いやあその手際によさに感心した。バイトで大道具の組み立てをしたことがあると話していたが段取りがきちんとしていて 見る間に本棚、机が完成した。助かった。


そして二人で夕食を食べたのだが、その時古澤良治郎さんがお亡くなりになったことを聞いた。最近三上寛さんとのコラボを観たのだが。以前はホトケさんとのセッションをおやりになっていてよくいろんな会場での演奏を楽しんだ。合掌。


1月17日(月)
昨日は、母の百か日。母も薬師如来に見守られる日々になる。家内と娘夫婦、音々佳とお墓参り。心をこめて掃除をした。お団子をカラスが狙っていて私たちが離れると奪い合うように
持って行ってしまった。山には 住むところも食べるものもないのだろうな。お墓は、皆さん
供物を置くので、格好の食事な場所なのだろう。


オフロードに、机、本棚が届く。全部組み立て?いやはや午後は4時間かけて机を組み立てた。途方もないほどの材料だったが、やればなんとかなるものだ。水曜日までに、本箱も作りたい。水曜日には、奥ちゃんから新しいPCが届く。空調設備も設置。木曜日にNTTで電話,PCの接続工事。今週も忙しい。


最近JAZZに嵌っている。MILES,COLTREN,SONNYとてもいい。


1月15日(土)
昨日は、午後、商工会の賀詞交歓会に出席した。始めに講演会があり株司会者スプラム 代表取締役・竹内幸次氏の講演があった。いやあ久しぶりに吸い込まれる内容で聞いててワクワクした。私も今、起業をしている最中なので実に勉強になった。「中小企業のイノベーション」インターネットから起こされる企業は、今、飽和状態だと言われるが、世界を考えるとようやく始まったのではないかと思うことがある。第3国の進出が始まったからである。しかし、日本は相も変わらず倒産が増えている。しかし竹内氏の話を聞くと抜け道は、まだまだ沢山あるように思う。ONLY ONEの企業を目指しスタッフと意見を交換し進めて行きたい。


寄居町商工会のスタッフも活き活きとしている。従兄弟の会長さんがこれまた活き活きと商工会を進めているからであろう。久しぶりに行政の人達と時間を過ごしたが、頼もしいし喜びも感じた。あらかわメッセの会で川博の提案書を出して、何年になるだろう。今では、思い出すことはないが、若いゆえの冒険、そして仲間を得ることは素晴らしいことだ。寄居町は面白くなると
確信した。


この時期、寒さもピークだが室内室外の温度調整が難しい。代謝が良くなったのか、汗をかくことも多い。そして寒さに苛まれることも。風邪を引かないようにしなければ。


1月13日(木)
朝が、寒いと言うがそれ程感じない。太極拳をするために公園に行くが気持がいい。冬の朝の訪れは太陽の光の柔らかさと同じように柔らかく訪れる。その瞬間を感じてください。
オフロードも空調設備、看板と最後の追い込みだ。シャッターに昔のように「旅人くん」を描く。
中学生が和んでくれるといいな。
昨夜は、オフロードのHPを作ってくれる斎藤君と飲んだ。彼は、小学校中学校高校と一緒だ。
あの頃の時代の話をした。私は高校時代遅れてきた政治運動をしたが、周りには一人もいなかった。自分はいったい何色?それを追い求めていた高校時代だった。
もう少し受験勉強をすれば、良かったのだけど 街にはそれ以上の楽しいことが一杯あった。
それが今のバンド活動にも繋がっているし、文学にも繋がっている。


1月12日(水)
昨日から仕事も本格的に動きだす。寒中お見舞いも出さなければ。
16日は、母の百ヶ日だ。家族と お墓参り、食事をする。


昨日から今年のライブのリハが、始まった。声も様変わりし?黒っぽくなった。
リハをしてみると本当に音楽は、楽しい。ぞくぞくする。リアルも暮れのツアーで成長した。
正木五郎ちゃんという大物と演奏すると 努力することからいつのまにかステップアップするんだなあ。スケジュールも決まったのは、載せましたので 宜しくお願いします。
五郎ちゃんとは4月の予定です。


1月10日(祭)
いやあ、眠い。オフロードの掃除、買い物であっちこっち出かけたりオフロードで指導したり、・・。今日も珍しく家でぐったりしていろ。昨日の役員会、会場に入ったとたん猛烈な睡魔に襲われた。会場の温度もちょうど良かったのだろう。途中隣の会長夫人に膝を叩かれたが・どうもすみません。本当は体調不良で欠席しても良かったのだが、乗せて行く人がいるので頑張ったのだが・・・。オフロードでも17条の栞は取り扱いたい。講師は柴崎さんに頼みたい。


同級生がオフロードに来てくれアドバイスをしてくれた。傑作なのは、とり庵という飲み屋やにしたら・・イクラ情報発信の場にしたいと言ってもそれは・・。
楽しくやって行きたい。今週はアンディモアに行く。酵母風呂に入るため。気持良いですよ。



1月7日(金)
いやはや、忙しい毎日です。楽しいことが一杯あるからやっている感じですが。今日はコテツちゃんからbtbのDVDを頂いた。ライブ会場のみ発売しているそうだ。早速観ました。凄かった。
ロードムービーの感じもいいし、本当にこのバンドのメンバーは、かっこいい。まだ観てない人・・行って下さい。観てください。堪能して下さい。


PCも大分調子が良くなった。うまく動かないと、ストレスになる。私の好きなサイトは中学校の同窓会サイトだ。いつもチェックしている。そして皆に会う。私はこよなくこの仲間が好きです。


1月6日(木)
今日の朝は 寒さが緩む。太極拳の公園に行くと実に気持がいい。何故、皆、来ないのかな?
夜の帳が開くのは、今は6:10分ごろ。冬は太陽の光が穏やかなので、中々気付かないが・。
昨夜は、オフロードの夜の会第1回目が開かれた。参加者は2名。空調設備が、整ったら
お披露目をします。


昨日は、本庄のYAMADA電気へ。バンドのアツコちゃんがいるので、安くなるため。いやあ、本当に安くしてもらいました。アツコは凛々しくかっこいい。電話機,Fax機、冷蔵庫購入。
午後はガス屋さんに電話したり看板屋さんに電話したり、いろいろ雑務があり、大変だ。
空調設備も吉澤さんの紹介で良い方と知り合い助かる。いろんな方がいるのだなあ。


声が10日も経つのに変わらない。昨日の朝のモーニングセミナーで声を出したら別人のようだった。皆が、風邪?と聞くのだが「唄い過ぎて」とはいいずらい。遊び人みたいに思われるから。3月に五郎ちゃんと演奏するように、スケジュールを組みだした。高知と兼ねるかもしれない。今夜から動き出す。




1月5日(水)
本当に、今年になっての数日だが天気が良い。気持がいい。今年の天気はどうなのだろうか?夏はまた酷暑なのか、そして温暖化が益々進むのだろうか?天の気 星を毎朝太極拳の公園で見上げているが星の物語る気を感じていたい。昨日は、オフロードの掃除をした。壁紙など貼りかえなければならないかなと思ったら、大分綺麗になり今日の身内の方々へのお披露目も無事に迎えられそうだ。掃除本当に凄い運動量だ。丁寧に綺麗に使うこのことは、どこにおいても必要だ。


昨日は、家内とマッコリを飲みに近くの焼肉屋さんに、足を運んだ。このお店の親父さんは 蘊蓄を語る人で この親父さんの勧めるマッコリは 旨かった。1000mlを
二人でぺろりと飲んだ。このお酒は五郎ちゃんも大好きで年末さんざん飲んだ。
実にお肉によく合う。


声も少しずつ出てきた。まだ、擦れているがこれは元に戻らないだろう。つやが欲しいが・・


1月3日(月)
声帯が完全につぶれて声が全く別人のようになった。かすれ声で ルイのようでもあり、うむむ
来週11日からリハが始まるがどうなるだろうか。それにしても、五郎ちゃんのドラムでソウルを唄うとこうなるのかな・・。OTIS REDDINGの曲{TRY LITTLE TENDERNESS」は熱唱しかない。それも気持のいいまま誘われるままなってしまうのだから。


1日2日と息子娘それぞれの孫たちと伊香保に行ってきた。のんびりとした良い旅行だった。
孫達は仲が良く本当に楽しそうだ。目に入れても痛くない孫たち。成長が楽しみだ。
つかの間の休息だが、今後も時間を作って孫たちと過ごしたいと願うばかりだ。
今年は、オフロードの事業を軌道に乗せたい。この仕事は、私が20年前から構想してきたことだ。何か、神の導きも感じられるが、信念を持って新しい仲間と進めて行きたい。今日も独りでオフロードの掃除をした。前、仕事場にしていた人の煙草の脂が半端じゃない。何回も何回も拭いても残ってしまう。その人の肺を想像したら怖くなってしまった。これは、受動だから、、
分煙は当然だね。


音楽は、年末に行った正木五郎ちゃんとのライブにより自分の方向性が掴めた。去年は 半年くらい試行錯誤の繰り返しを続けた。若いミュージシャンと積極的に交流し音を重ね、ライブを行った。こういう連中がプロ中のプロになるのだなと分かることもあり、また彼らの欠けているところも沢山見た。私は、唄は自分の意にそぐわないことはしたくない。誇り高きアマチュアでいたい。プロも気になる存在でいたい。今年も2カ月に1回はJIROKICHIで演奏し多くの仲間たちと交流したいと思う。五郎ちゃんからも今日メールが来て、バンド頑張ろうな。今度また予定が決まったら 詳細を送ってこいな。と書かれていて嬉しかった。


仕事は 今月に私が寄稿した「薬を使わない歯科治療」がアーデンモアから出版される。そのことにより大きな転換が、起こると思う。患者さんのみ知るという形で、徐々に浸透して行きたいと思う。


1月1日(土)
謹賀新年
2011年も始まった。年末オフロードの大掃除をして今日から道場が開くことが出来る。本当に多くの方がたに、お世話になった。本年も自分の信念に従い行動して行きたいと思う。
オフロードという会社に力を注ぎたいと思う。バンドもloveboneを核に広がって行きたいと思う。仕事のほうも大きな転換期を迎えている。迷うことなく進むだけだ。
一年宜しくお願いします。

2010年
12月29日(水)
今朝は寒くなかった。太極拳をするために公園に、行ってきた。歯がこぼれるように 参加者は少なくなった。しかし私がツアーで不在の時も毎日来ていた人がいたので 私もいろんな話をしながら自分自身のために毎日鍛錬している。人の出会いは面白いものだ。


昨日の午後、オフロードの大掃除をスタッフとした。いやはや煙草の脂で壁天井茶色になっていた。障子紙を用いた個所は、それこそまっちゃ色だった。それを、剥がし新しい障子紙に替えた。2時間半びっしり掃除したら綺麗になった。後は明日畳、机、本だななどを運び込む。
この道場で自分の鍛錬の場として、また情報発信の場としても展開して行きたい。


12月28日(火)
昨日、ツアーから家に戻ると犬がいた。どうしたのって聞くと「クリスマスの日に娘の家に迷い込み娘の家では、飼えないのでお父さんの所で飼って欲しいということだった。レンを10月に失いまだレンの思い出に苛まれることもある私だったが、突然と新しい家族の出現に、驚いた。夕方、レミーを連れ散歩をした。レミーは捨てられたことのショックが始めありフラフラの状態だったという。散歩に連れて行くと元気に走った。帰ってから食欲も出たようで、缶詰のご飯を
美味しそうに食べた。これから少しずつ癒され元気になると思う。柴犬のようでもあり・・
とても頭の良い顔をしている。今朝はレンが亡くなった公園に行き、レンに報告した。


今回のツアーで目玉になったのはotisReddingの曲を演奏し唄ったことだ。jirokichiでは
胸にグッときたと言われ嬉しかった。SOULはいい。五郎ちゃんの得意の世界だし私も唄としてはSOULのほうが、合うのかもしれない。コテツちゃんにも言われた。
五郎ちゃんあってのことだ。五郎ちゃんとしっかり音を作っていきたい。


12月27日(月)
ツアーが終わった。クリスマスの時期のライブの難しさを実感した。でも演奏は我々も熱がこもりええ感じで出来たと思う。REAL BLRDは今回限り。改めてメンバーをチェンジして来年活動する。若いものが、原典の曲を知らな過ぎた。ツアーをしながらバンドはどんどん進化する。
この点が初めてのツアーだったんで覚えたことだ。どの街でも分かっている人が一人でもいればいい。多くを望まないし、また呼んでいただければ行く。
五郎ちゃんとのDEEPな1週間。大いに勉強になったしとにもかくにも楽しかった。野獣のようなドラム。そして繊細なリズム。五郎ちゃんは両方を持っている。2月にまたツアーに出ることを約束して別れた。リョウも余程楽しかったのだろう。張りのある声をしていた。行動して見て
始めて分かることに気付いたようだ。


JIROKICHI、BAR-KEN、DE FOREお世話になりました。また演奏します。私も声が枯れてしまったが、こんなのは数十年ぶり。いやはや何とも。五郎ちゃんも声が枯れてしまい、二人の会話はまるで悪魔の囁きのようになってしまった。オフの日に5時間も唄ってしまったからかな。


12月22日(水)
昨日は寄居町にあるスタジオで、シークレットライブを行った。2部構成で16曲演奏した。
親しい友達が来てくれリハーサルよりこういう形をとったほうが、バンドがよりスキルアップする。さすがだ。さすがだ。五郎ちゃんのドラムは、バンドの核がはっきりしてきて実に唄いやすい。今日、東京でもう一度リハをしチェックをしてツアーに入る。


「REAL BIRD」是非、観に来てください。23日JIROKICHIです。
五郎ちゃんと一緒に生活をし、いろいろな事を学ぶ。一言一言素晴らしい。信用のある男だけを信じ通す。音を重ねて作りだすこと。グルーブのこと。・・・・


12月20日(月)
ホトケさんKOTEZちゃんの演奏は、阿吽の呼吸で益々深みを増している。中学の同級生は
10月の新町でのbtbのコンサートに行ったのだが、その時の興奮も今だ身体に残り私にお礼を言ってくれた。その彼が、「こんな近くであの人たちを観られるのは、トリさんのお陰?」
「来てくれることが、全ての始まりであり、一歩を踏み出すあなたがこういうライブに、また居られるのだよ。何があるからとかお金がないとか忙しいからとかいろいろあると思うけど、そういう人はいつまでも、その繰り返しだし、その愚痴を私に言っても、困る。自然に予定通り来られることが、大切なのだね。」


今日五郎ちゃんが大阪からやってくる。私と待ち合わせをし今日リハーサルが行われる。



12月19日(日)
暮れののライブが幕を上げた。昨日はさち庵(寄居町)。ホトケ御大とのライブ。お客さんは少し少なかったけれど演奏は我々LOVEBONEもええ感じで出来た。今回サポートとして入ってくれた井上大地君は素晴らしい。音楽の深さは計り知れないほどだ。今後彼は独自に切り開いていくことだろう。必ず手を差し伸べてくれる天使が居るはず。悪魔なのか天使なのか
見極めるのも自分。でも多くの仲間がいるのだから、大丈夫。頑張ってエネルギーの大きさが勝負な世界。充満して頑張ってほしい。リアルもそうだ。壮大な夢を公言しているのだから、
一日一日一人一人を大切に頑張ってほしい。


五郎ちゃんから電話があった。昨日神前で結婚式をあげたとのこと。おめでとう、五郎ちゃん
そして由美ちゃん。五郎ちゃんは、明日東京に来る。千歳烏山駅で待ち合わせる。4時間リハーサル。REALBIRDが始まる。ワクワクするし強風も吹くだろうけど、頑張って行きたい。
男53歳ようやく花が開くか。この10年が勝負だろうな。


今日は孫たちへのクリスマスプレゼントを買うために、家内と横浜に行く。久しぶりに晴翔、
ひなたに会う。音々佳も行く。孫たちは仲が良くお互い会えば大喜び。つかのまの休日かな。




12月17日(金)
昨日は寄居城北高校の、歯に関する授業と言うことで歯科衛生士会の人達の協力の下ドクター4人衛生士5人で久しぶりの指導を行った。対象は2年生全員。40分と言う短縮授業なので慌ただしかったが、衛生士の人達の手なれた進め方、そして掘り下げた準備があり、まずまずの成果が出たと思う。毎年の恒例の授業として定着して行きたいと願っている。
思い起こせば10年前5年間この授業は行っていた。しかし保健の先生の交代などにより行われなくなり私も忸怩たるなるものがあった。寄居高校も新しい学校に生まれ変わるということで
高校の同級生だった春山校長の下、改革を行い生徒のやる気などが変化し良い方向に向かったと思う。教育の現場の改革は、本当に大変だ。生徒一人一人に対する愛情を持ち粘り強よく接する。そして信念を持って当たることが、最も大切だと思う。


OtisReddingの曲の凄さ、難しさに感服。どこまで近づけるか。。頑張ろう。



12月16日(木)
昨日は、昼ごろから急に冷え出した。今年一番の冷え込みになるそうだ。
お酒も長い間お付き合いしている。酒がなければなんて考えることもない。身体の調子が悪い時は、それなりに自粛すろこともあったが、年相応の飲み方をしていると思う。家系は私の叔父さんたちは相当に強い。父親の兄弟の方々が集まった時は、一升ビンがごろごろと転がっていたのを思い出す。父も強かった。大学生のころ帰省すると二人で焼き鳥やに行ったり、お寿司屋さんに連れて行った貰ったりしたなあ。酒無くして何の人生か・古今亭志ん生である。
KAWADE夢ムックの志ン生の特集を読んでいる。本当に酒にまつわる話はもう・・。落語家として最後まで行きぬいた人である。それも82才。志ん生が亡くなった時代では、相当のながいきである。談志が「非常識の奥にあるもの」という文章を載せているが,談志も天才であり
分かってしまった人の悲劇が談志にはあるが、志ん生はそれを自覚することもなく本能のままに生き抜いた人だと思う。落語を語るのが好きで好きで、お客が一人でも構わないとも全勢時に言っている。最後まで床の中で独演会を考えていたそうな。あっぱれな人生ですね。
志ん生の言葉「ビールは、しょん便。酒はうんこになる」 そのものだと思う。



12月13日(月)
今朝の太極拳も楽しかった。毎朝来る人達も日増しに元気になっている。継続は力なりですね。昨日は同級生の太極拳の集まりがあった。こちらは一月に一回。第2日曜日の朝で行っている。従来は第1日曜日だったが倫理法人会の役員会があるため、皆に頼んでずらして貰った。
同級生の会もほぼ定着したかな?もう少し今、50代前半がとっても大切なので積極的に
参加してくれればいいのだが。


昨日は、高碕で自然食品からの仕入れなど忙しく動き回った。高崎駅周辺の開発は凄い。地方都市では群を抜いているのでは。ただどこか、足が地に着かない感じが私はしてしまう。
街は吉祥寺、横浜のような開発がいいと思う。街の良さはきっちりと残しアカデミックに変えてもこの街の歴史はしっかり感じられる。そんな街が好きだ。変貌は時代とともに道路の発展に
伴い仕方がない。ただこの街の何かが残るにはまずそこに住む人が一番大切。そして商業
農業、工業と倫理が伴った開発を望みたい。


12月12日(日)
オフロードの仕事の関係で横浜に行ってきた。冬の木洩れ日の中横浜は暖かく満喫出来た。
火曜日の急の発熱で懸念された体調ものんびりできたおかげで殆ど回復した。
散策する街である。馬車道から横浜公園、元町 中華街 山下公園とのんびり歩いた。
食事はどこも美味しく堪能した。来年はこの街での演奏が多くなる。中華街でのコンサートも企画されている。チャンプルーHi Take a Easy..


12月10日(金)
A’NT NOBODY BISINESS IF ⅠDO
そんな言葉を叫びたい一日だった。熱も下がり朝早く往診に行き午前中はハーモニカを手に
練習をしていた。SUZUKIのハーモニカはKOTEZちゃんが考案したハーモニカだが、本当に良く出来ている。繊細に吹けば繊細に強く吹けば相応に音が出る。私もまだまだ初心者だが
嵌りそうだ。KOTEZちゃんの口腔内を診させて貰っているが、これが天才の吹く音源かとマジマジに観てしまうことがある。舌の動きが他の人と全然違うし筋肉で舌は出来ているのだが
形、張り、色がまるで違う。天才ゆえんなのだろう。


夜は東京から近郊から寄居橋井スタジオに集結。2時間半リハをする。18日のさち庵の演奏のための最後のリハだ。ハイドライト以来の大地君の演奏。東京若手一番のギターリスト。
ようまあと感心させられる曲の豊富さ。テクニック。売れてほしいな。人柄も良いですし。
師匠はあの吾妻光良氏。彼は多くの人を抱える会社の社長さんだそうだ。スインギング・バッパーズは、ビクターから出た人に誘われ新たに活躍をするそうだ。新譜が待ち遠しい。


12月8日(水)
昨日の午後突然と高熱が出た。その前に寒気と節々が痛みだしていた。39度いやあ中々のものです。頭はぼっうとするしうわ言も言い出したり。一晩よく寝た。しかし朝も38度なので
モーニングセミナーは欠席した。朝に漢方薬を飲み一日の仕事は終え早めに上がった。
今日、明日とよく休もう。
インフルエンザ、風邪の対処の仕方を身をもって体験した。スタッフの子供が医者の薬では下がらず5日目に点滴をした。39度~40度の熱が出ている。解熱鎮痛剤は本当に効くのだろうか?疑問に思う。汗をバット掻くように身体、部屋を暖め安静にするのが一番だと思う。
病気はいろいろなことを教えてくれる。そういえばGWANさんに紹介していただいた整体師
金ちゃんの言葉を思い出す。「熱を出すことはすごくいいこと。身体の毒素を流してくれる。それに癌も殺してくれる。」確かに癌細胞は38度から40度くらいで死滅するそうだ。
熱も出せない身体は確かにいる。東洋医学での診断で熱証の反対に居る寒証、実に対する虚の人たちだ。この人たちの風邪は長引く。


12月7日(火)
人間の5感が研ぎ澄まされると言葉を使わないでも 理解できることも多い。私が気功的人間という言葉を好むのも(この言葉は帯津先生の言葉です)ものの見事に気功の本質を捉えているからである。時空も分かることもある。読唇術も。それは、6感に入る。
虚空の身体を ゆっくりと回すのが太極拳の妙である。多くの方は方に力が入って、気が滞っている。全ての関節を緩めることが大切だ。
五感は緩めることにより 本当に研ぎ澄まされるのだ。会社の経営者は是非身につけてほしいと思う。


さ来週のスケジュールが決まりだした。細かい日程である。五郎ちゃんとは20日に会い一週間一緒に過ごす。高知から青山ちゃんも来る。21日は寄居でシークレットライブを行う。


12月6日(月)
土曜日は中学校の同級生たちと忘年会を行った。みんなで騒ぎ、唄い、語り合う夜だった。
私も演奏を頼まれて 機材を運び込み さて と 唄い始めると皆のワイワイ喋る声が大きく準備をした曲は止め陽水の曲やら即興のオリジナルを混ぜて唄った。そしていつものパターン
私のギターで皆が唄うスタイルに。いや、もう凄い騒ぎ。「なんや、このキーは・・下げて下げて」「この曲知らないの、次会まで覚えてきてね」・・たまらんな。2次会でカラオケで バンバン
唄って騒いでしまった。翌じつは朝、川越エスポワールにて倫理法人会の役員会。会長、事務局を乗せて行った。この会場に入るととてつもないパワーが感じられる。朝から大声を出したり
講師の灰野さんの講演が聞けたり・・・。毎回楽しみです。


今週土曜日小川で演奏します。場所は確定していますが名前を聞き忘れました。
小川で演奏できるのも楽しいですね。


12月3日(金)
凄い雨。雨音で起きたのも久しぶり。秩父の夜祭りも大変だろうな。夜には回復すると思うけど。昨日はオフロードのスタッフ研修。みんなPCに長けていて飲み込みも早い早い。
期待しています。倫理法人会に入り勉強しましょう。早朝6時も平気みたいだし。


昨夜は北部地区倫理法人会の忘年会。お腹も空いていたし酔っぱらってしまった。・・・・・。
余興をオペラ歌手に頼んだ人がいて、その人が私はプロですので 余興は出来ないと話していた。表芸は余興はやらないということ。私は何でもやってしまうので、窘められた。
確かにその人のクリスマスライブ1万円のディナーショー。私はその頃はどさ周り。・・・・・。
唄うのが好きで場所を選ばない私は何?演奏したいな。高知の3月が楽しみです。


11月30日(火)
昨日は忙しく動き回った。悲しい出来事もあり嬉しい出来事もあった。朝、高崎から戻り太極拳。トンボ公園の仲間晶子ちゃんが初めて参加。彼女は筋がいいしモノにするはず。
私が思うのは気功的人間になればいいと思う。人生が倍以上楽しくなるしパワーもつく。


午前中は診療をし 11時半ごろ家を出た。小池先生の葬儀に参列するため。彼が本当に人に慕われ沢山の友人たち先輩、後輩に彼が沢山の愛を捧げたかを物語る葬儀だった。
弔辞も彼を彷彿させる人の話ばかりで涙を誘った。もっと生きたかったと彼は言ったそうだ。
これからも沢山の仕事をし遊んだだろう。私も彼とは秩父でもっともっと酒を酌み交わし話をしたかった。でも、もうそれは出来ない。激烈な死ゆえかっこよすぎる。本物の男だったなあ。
合掌。


寄居町にある喫茶店「洗濯船」が30周年を向かいパーティーが開かれた。親しい友人が集まり3時間ものの時間、楽しく笑い唄った。恒例の一人一言もありまた絆が広がった。
シャイで本当に喫茶店のマスターそのものの風貌。街を愛し人を愛し・・・。
私も楽しく唄わせてもらいました。また31周年32周年とやりましょう。お疲れさまでした。


11月28日(日)
今日は母の49日法要だ。従兄弟が毎週金曜日に線香を上げてくれた。母もようやく父のもとに旅立つことが出来る。生きているといろんな出来事がありそれを受け入れる。
月曜日小池先生の本葬。多くの秩父の歯科医師会の先生方は休診する。このことは、個人プレーの職業からは、画期的な事。私も午後は休診して出来る限り側にいたい。



11月27日(土)
高知の疲れが出たのだろうか よく眠っている。眠いのだから眠る。今は12月のスケジュール
をこなせるようにしたいと思っている。歯科医師会から小池先生の訃報のFaxが届いたとき、やるせない思いが募り、涙が溢れてしまった。彼の代わりはいない。その重さに彼の所属する会は打ちのめされてしまうだろう。そして家族の方々の空になった彼への喪失感の思いを
思うと居た堪れない。 時間だけが癒すのだが。


昨日の思うことに「薬を使わない歯科治療」を書いたが、これは酵母くんを作られた吉野先生に依頼されて書いた。吉野先生の本に載せられ来年1月後半に出版されるのだそうだ、
私はこの続きを長い期間書いて行こうと思っている。薬への警告は常に発して行きたいと思う。今年の3月くらいから風邪薬、降圧剤、睡眠薬・・一切飲んでいない。身体は頗る順調だ。


11月26日(金)
昨夜先輩の先生から連絡が入り秩父歯科医師会会長小池先生がお亡くなりになられた。50歳だった。最近退院し、仕事を始めたという話を聞いたばかりなので え、っと絶句してしまった。大きな星が墜ちてしまった。
彼は、歯科医師会のいろんな行事の際に会うと、いつもニコニコして「トリちゃん」と慕って
くれた。私も歯科医師会にいろいろ思うことがあった時期なので、彼の笑顔は私の心を癒してくれた。そして彼はいずれ会長になるなと思っていたが、50歳の若さで秩父郡市歯科医師会
の会長になり秩父郡市歯科医師会の英断に驚いたた先だった。癌という病気。低温度低酸素がその引き金になりそれに強いストレスが加わると悪化すると新潟大学教授が最近の著書で
述べられている。彼が何をストレスとして感じていたのだろうか。・・・。歯科医師会会長の要職は多くの会長さんがこの病気でお亡くなりになっている。私の所属する大里郡市歯科医師会の歴代の会長さんは現職中にお亡くなりになった会長も何人かおられる。魔物でも憑くのだろうか。小池先生に「会長の仕事は大変かい?」と7月に会った時話したが、彼は「いや、トリちゃん県の部長をやっていたほうが大変だったよ」と話していた。その時私は彼ならこの仕事をやり遂げるのだろうな、と思った。しかし彼の言葉を思い返すとこの県の部長の時に病魔は生れていたのだ。私の様に、県の部へ執行されたとき、何かに反応して病気になりさっと身を引いたのだが・・・。秩父からさいたま市に通うのだからそれも大変な距離だ。
彼は自分が得た知識は、SHAREする気持が人一倍強くそれが様々な人間に振り与えていたことは、耳にしていた。そのことは、間違っていないし、行動力は素晴らしいと思った。ただ私が患者さんを始めとする人達にSHAREすることは、別のものだった。嫉妬賛辞この大きな振り子の中に人々の気持ちはある。どちらもやっかいだ。褒め殺しもある。
彼と仏教の話などをしたかったなあ。医師としての倫理の話も。 しかし彼はもういない。
合掌。。


薬を使わない歯科治療           鳥塚 和弘
まず始めに私が何故、薬を使わない治療を行うことに決めたのは自分自身の闘病から立ち直った後、20年前からの東洋医学の勉強とくにその中で気功、太極拳を自らに課し(これは 毎日の練功が大切)毎日を過ごしていった経過の中で、自らの病気をもう一度考え直し、私の病気を悪化させたのは治すと言われた一連の薬が私の病気を、複雑化させ(症状)悪化までもさせたということに気付いたからである。

私の病気は 脳梗塞が最たるものだが、それに付随してうつ病も併発し脳外科、内科、精神科から16種類もの薬を処方され処方されたの薬は今から振り返ると見も毛もよだつが 毎日せっせと飲んだのです。

降圧剤は20年前から飲んでいて 血圧は安定していたもの仕事中に急に上げることも多かった。2008年の4月、睡眠中に身体の違和感を感じ飛び起き自分でインターネットでその症状を調べ病院も探し出し家内の運転で入院した。病院に着いた時症状はどんどん悪くなりほとんど立っていることが、出来なくなっていた。そして即入院になり脳の浮腫を防ぐ点滴を受け

1週間ほどで退院したのだが、左側の痺れ、左足の軽い運動麻痺などが残った。私が医師に「こういう症状に対するリハビリはないのですか?」と聞いたのだが「そのくらい軽い症状では日常のリハビリで治していくしかない」とうことだった。「それでは、このつらい症状をとる治療は?」「貴方の場合は、神経を10本の束とすれば3本切れてしまいそれを繋ごうと身体が治そうとしている、何時までとは、人それぞれであるため言えない」・・・辛い毎日だった。自分の身体に起きている症状に対しては自分で積みとって行くしかないと思うしかなかった。

脳梗塞の症状効く温泉、北里東洋医学病院、などに通った。しかし自分自身ではそのことは限界であり、燃え尽きるように気分は落ち込み精神科に救いを求めた。しかし更に私を悩ませたのは、これら精神科の薬だった。

SSRI、抗不安剤、睡眠導入剤、睡眠剤・・本当に多くの薬を処方された。私が医師に話す症状がそのまま薬で対応された。薬によって起こる症状。だるさ、疲れ、眠れない。気分がよけい落ち込む・・・・、。

毎日が耽溺のような日々で温度はなかった。そしてある日、便が出る感覚を失った。これには本当に驚いた。出たような出ないような感覚に捕らわれた。ショックだった。人間として生理的感覚を失ったという喪失感に捕らわれた。それから様々な自殺願望がでて自ら急遽入院した。その世界はとにかく想像を絶する世界」薬によってどのようにもコントロールされた世界だった。いずれこの世界を書くことになると思う。その後処方されている薬を日本医薬品集で調べたらある薬が、排泄感覚不能に陥ることがある。と書かれていた。

それから自らを奮い立たせ、毎日の散歩を行った。毎朝寄居の好きな場所を変えて歩いた。1時間の時もあるし2時間の時もあった。気に向くままに歩いた。そして自分の中に光が見えてきて私の回復は高まり大きな決断をした。

【今、飲んでいる薬を すべて止めよう。】この事により私の仕事も180度変わった。そして身体、心も完全に回復した。

酵母くんを使った歯科治療

歯科は虫歯の治療、歯槽膿漏の治療 顎関節の治療が主だったものです。

ここで治療方法を細かく書くと分かりにくくなりますので「酵母」くんをどのように使うかを述べたいと思います。

1、虫歯の治療
歯(カリエス)が歯の表層部分(エナメル質)に止まった場合、歯髄までカリエスが行く場合がないので単純の詰め物で充填します。その際、充填する前に「酵母」をカリエスを取った歯面に十分浸します。私の考えですが、カリエスを取った歯面の損傷を治す目的とします。一般には水酸化カルシウムを塗布します。私の場合は傷に対する優れた効果を齎す酵母くんを使います。

 

カリエスが象牙質まで進行した場合  この時は十分に歯面を酵母くんで十分洗いセメントを詰め2,3週間様子を見ます。水、お湯などに沁みない場合は、充填物に代えていきます。

症状があった場合 これはカリエスが象牙細管,歯髄を正常状態から変えてしまったことになり、神経の除去を行う場合もあります。ただ私は酵母君の持つ創傷治癒の力を借りてもう少し長期にわたって観察し神経を抜くことは極力避けて行きたいと思っています。歯髄は、神様から与えられた恵みであり保存することに努めるのは大切なことです。

 歯の神経を抜く方法。これはまず麻酔をした上でないと神経は抜けません。私も身体のつぼを利用して麻酔なしに抜くことを試行しましたが、難しかったです。ただ中医学における麻酔を取り入れれば麻酔液を使わないこともできる可能性はあると思います。

そして神経をきちんと抜け終わった後、薬を貼薬します。一般にはフェノールカンフル、ホルマリングヤールなどを使います。ここで私は「酵母くん」を象牙質細管の傷をを治すことを目的に使います。また、乳酸菌、酵母菌が感染を防ぐと考えています。

2、歯槽膿漏の治療

歯槽膿漏はとにかく未然に摘み取らなければなりません。それゆえ皆さんも歯科医院でブラッシングのやり方を教えてもらったと思います。歯槽膿漏の菌は嫌気性菌が主です。その菌が身体の免疫力が落ちてくると 歯肉の中に入り込み暴れだします。歯肉炎から歯を支える骨を溶かします。

この嫌気性菌と乳酸菌がどのように関わっていくのかこれは細菌学、生理学の先生方の研究を要すると思いますが、大いに研究を期待するものである。しかし、臨床の現場では、酵母くんは明らかに歯肉の改善をみせ そして歯ブラシに酵母くんを垂らしてKシリーズの歯ブラシでブラッシングするとよりいい結果が、出てきています。半年後にはその治験例として発表出来ると思います。

私の歯科医院では治験例として出ています。私も開業時から歯槽膿漏の治療は深く取り組んでいましたの片山歯ブラシとともに今後は酵母くんの成果を考えて行きたいと思います。

3、抜歯について

歯を抜くことは、その歯と歯の周囲の状態を見極めてからでないと腫れたり痛みを伴ったりします。これは、抜歯の際その部分が感染してしまうからです。私は麻酔する前、かなり入念に酵母くんをワッテで浸し十分に抜歯する歯の周囲をそのワッテ出で洗浄します。その後抜歯をします。殆ど磨かない人の口腔内は食物残渣と口腔内常在菌で汚れています。痛みを発している歯が揺れていて抜かない限り痛みが取れない場合もあります。その時も酵母くんで周囲を良く洗い抜歯後も酵母くんで洗浄します。 結果は腫れることもない痛みもない結果が得られています。生体を傷つけることなく行うことは腫れることを最小限に抑えます。

4、義歯の洗浄について

義歯は粘膜のあたる部分にカンジタ菌が繁殖します。その菌は放置しておくと肺炎になる可能性が高いと言われています。事実義歯をきちんと洗浄そして洗浄剤に入れておいた患者さんは健康な生活を送っています。洗浄剤はカンジタ菌溶解酵素とタンパク分解酵素からなっていますが、口腔内は細菌のバランスで成り立っており一つの菌だけを強力な酵素で死滅させることに疑問を感じていました。

そこで、当歯科医院では、酵母くんを洗浄剤として用いるようになり患者さんにも勧めています。

結果は、バランスのとれた状態を保っているので良い状態と考えています。

 

以上いくつかの症例を書きましたが

今後はもっと増えるでしょうし、幅広い治療の方法を見出すことができると思います。抗生剤、消炎鎮痛剤を全く使わないで出来る歯科の世界の確立に 今後は努力していきたいと思います。

最後にこの論文を勧めていただいた吉野丈夫先生に感謝します。アーデンモアのスタッフの皆様にも。

 




11月24日(水)
昨夜は、フライヤーが出来たというメールが来たので早速ダウンロードを。しかし中々インストロール出来ず、、結局albaをダウンロードして印刷できた。素晴らしいフライヤーだった。
今日これをJIROKICHIに持って行きます。
そんな作業の途中に慌てて倫理法人会秩父会場に出発。寒さはそれ程でもない。もうすぐミョウケンサマだ。昔は雪もチラつくほど寒かった。団子坂を引いたこともある。冬の夜空に開く
花火を眺めたなぁ。白い花火だった。


木馬で頂いたギャラはピン札で、ママの気持がとても感じられしまっている。「良い音楽を聞かせてくれてありがとうございます」と言われ恐縮した。音楽は、本当にいい。
来年3月と高知へ行く予定。吉澤夫妻も行くみたい。


仕事の合間を見てフライヤーを演奏するライブハウスに送る作業。本当にいい出来です。
リアルからも譜面が届く。皆、素早い。


11月22日(月)
18日からの高知への旅が終わった。私にとって大きな出会いがあり,またご一緒した吉澤会長とも本当に親しくなった。また、紀行文でも書こうと思う。
高知での「木馬」の演奏で 今後の私の音楽生活において重要な人物と出会った。行動することにのみ得られる喜び そして高知県倫理法人会・幹事長大野さんと親しく会話をし親交を深められたことも嬉しい。倫理法人会の広がりは、軸がぶれていないため早い。そして深い。
大野さんまた宜しくお願いします。


寄居に戻りハイドライトの演奏。茂樹、エイジも加わり楽しい一夜でした。また来年演奏します。久しぶりに機材を持ち込んでのライブ。肉体的に大変だが スムーズにこなせた。
またお客さんも増えてきた。来年は本格的には2月より活動しますので。。


11月18日(木)
昨日までは仕事会社の準備で忙しく動き回り楽しかった。今まで余り役場には足を向けなかったが印鑑証明、戸籍謄本など本人でないとめんどくさいものが、沢山あるゆえ足繁く通った。
役場では懐かしい人にも沢山あったりそれなりに面白かった。何か役場の雰囲気が変わったような気がする。町長が変わったことが新しい息吹きとしてチャレンジできる職員になることを期待する。


そんなモードの中で高知への身支度は今一つ気が乗らなかったが、多くの事に区切りをつけ
Beatlesの音を目一杯流し準備を始めた。スーツケースを買ったのだが大きすぎる。ゆえめったやたら詰め込んでしまった。捨てて行かないとな、旅は。。
酵母くんをお作りになった吉野先生に原稿を依頼された。薬に頼らず酵母くんを使った歯科治療と言う題で原稿用紙10枚程度の依頼だ。写真も沢山送ってくれとのことなので、来週は
そのことに集中してやりたい。


11月15日(月)
昨日は本当にひさしぶりにのんびりした。家内は畑の草取り。こんな日もいいな。
今週は、いろいろ忙しくなる。高知には木曜日から出かける。車に乗って飛行機に乗って4時間くらいで着く。龍馬空港~外に出ると高知の風を身体全体に浴びさせる。そこから始まる。
今回は高知の倫理法人会の人達とも会える。ライブも前回より多い人になる模様。


言いわけをすることはやはり芳しくない。必ず見破られ真理に突かれる。


太極拳を指導するとこの世界の奥の深さに驚かされる。先日明治神宮を訪れた時、太極拳のグループの人達に混ざり24式36式を演じた。みなさんベテランで音楽に合わせ見事に太極拳を楽しんでいらっしゃった。リーダーと思われる人が、集まりの左前方にいらっしゃって20名くらいの人が躍った。声を掛けてくれたご婦人の方も24式を覚えるまでに、3年かかったと言われた。そうなんですね。私も寄居で教えるとき1~3までに3週間費やしている。
指導方法を少し変えて行いたいと思う。




11月13日(土)
昨日はイケメンボーイズのライブを見にサンガムに行った。いつ来てもサンガムはいい。
イケメン達は笑顔を振りまいてショーとしての演奏をしていた。前回とほぼ曲が同じだったのが残念。イケメンボーイズの二人が私のnew band 「REAL BIRD」のメンバーだ。
彼らの演奏力はずば抜けて凄い。そのかれらに20歳30歳上の五郎ちゃん、私が絡むのだから請うご期待してください。高崎はサンガムからの情報が伝わってきている。


11月11日8木)
昨日患者さんに「先生、私癌になってしまったよ。先生の顔を見たかったよ」と明るく言われ私として癌に対する話を患者さんにしてあげたのだが、その患者さんの明るさにこちらが頭が下がる思いだった。その患者さんの1回目の抗がん剤が終了し2回目の抗がん剤を待っている日々だそうで主治医の先生にも「こんなに明るく前向きの患者さんは珍しいし病棟も明るくなる」と言われているそうだ。病気はたしかに悲観になればなるほど悪化する。それが強烈なストレスになって免疫も落ちて行く。それにしても私の患者さんの明るさ「なっちゃんたんだから、仕方がないべさ。治せば良いんだな」という気持ちは本当に頭が下がる思いだ。


癌は低酸素、低温度が原因と最近新潟大学の教授阿保先生が話されている。そしてストレスがその誘因として最たるものだと最近の著書に書かれている。今後私の東洋医学研究所でも
その研究を進めて行きたい。インターネットにおける事業は今月から始まる。昨日会社の登記が全て終了した。今日都市銀行に口座を設ける。研究所のほうは来年早々から使用できるようになるが1月は掃除に終わるだろう。2月3日の節分の日に研究所の仕事を始めたい。
斎藤君という同級生はPCに対して本当に優れている。彼もスタッフとして加わってもらう。
希望は心の太陽ですね。


11月8日(月)
昨日は 精一杯動き回った。朝4時半に家を出て川越に向かった。倫理法人会の役員会にでるためだ。思ったよりエスポワール伊佐沼は近く1時間かからない。役員会は大変楽しい。昨日は吉澤会長夫妻とご一緒だった。吉澤会長とは本当に気が合う。今度高知に一緒に行くほどだ。奥様の千恵子さんは太極拳の仲間だが身体、心とも健康で私が眩しく感じられる。太極拳の のみ込みも素晴らしくこの世界を会得するだろう。
モーニング委員会はロジック的な発言をする人がいた。それはそうだろう。そのことに長けている人はいくらでもいる。しかし倫理の掲げる素直さからはかなり外れてしまう。意見のぶつかり合いもこれから沢山あるだろう。困った人との対処勉強して行きたい。


ウイリーネルソンを久しぶりに聴いている。すごくいい。70歳を超え自然児ようなウイリーは
益々多くの人に愛されるだろう。多くの名曲がある。私も唄ってみたい。


オフロードの仕事も佳境に入っている。横浜、東京浦和にも拠点を置く。スタッフも揃ってきた。
来月全員集め打ち合わせをし始動する。天に感謝。


11月7日(日)
最近後輩の友達夫婦が仲が気まずくなったり別れたりしている。その家庭の現状は父親が不在という家庭が多い。私の息子たちは父親と言う意識を強くもっている。何故若い父親は気付かないのか。本当に気持ちが分からない世代の男たち。子供が泣き叫んでいても無関心。愛情を多く注がれないで育ってしまったのだろう。それゆえ自分の子供に対し俺はこう育ったので寂しかったから自分の子供には愛情を捧げようという気持ちがないのだろうか。男は子供に対し当然にしなければならないのは、距離を置いて全体像をみつめ的確に歩む道を修正してあげることだ。母親任せ(妻)、俺は一生懸命働いているのだから育児は母親に任せていいのだと大きな勘違いもしている。
子育ては夫婦の共同作業だ。子供はそのステージを見事に演じる。世の男ども考えてほしい。
私の妻は本当に母に対し尽くしてくれた。このことでもう感謝するしかない。葬儀の時絞るように泣いていた。本当に感謝します。皆さんに本当の親子みたいと言われた母と妻だった。


今日は倫理法人会役員会が川越で開かれる。この役員会は本当に楽しみだ。



11月4日(木)
昨日はオフロードの仕事を引き受けていただくお店を回った。浦和、横浜と忙しかった。営業の仕事をこの年でやるとは思いもかけなかったが、面白かった。横浜は昨日も中華街に行ったが中華街では占いのお店が沢山あった。中国の人が陰陽論、すなわち五行を用いて占うということだと思うが、これは当たる。現在の事過去の事そして未来の指示など全て五行では統計学として成り立っている学問ゆえ本場の人が力を入れているのだから多くの人が魅了されるだろう。凄いですよ、五行を用いた占いは。孫の晴翔もママが中華街の有名なおばあさんに占ってもらったそうだ。その時おばあちゃんは 唸ったそうで「この子は何をやっても大物になる」
と言ったそうだ。。私もそう思っている。


横浜の秋は清々しく気持がいい。NEW GRANDでのんびりコーヒーを飲んだけど濃い味だったと思い出しながら飲んだ。


今日は倫理研究所に母の葬儀の沢山のお心遣いのお礼に水道橋に行く。そのあと平さんの展覧会に寄れたら寄ってみたい。平さんは2,3日前私の家に来ていただき線香を上げていただいた。私の大好きな先輩であり画家である。モダンでシャイでとにかく素敵な方だ。



11月2日(火)
最近お気に入りの歌い手が二人いる。一人は桑野晴子さんもう一人はLEYONAさん。お二人とも女性だ。自然体そして圧倒的な歌唱力 本当に素晴らしい。晴子さんは私と同じ年だった。というのも9月に高知に行った時、晴子さんとは二日間一緒だった。ローローズのゲストとして晴子さんは演奏をした。私は五郎ちゃんに呼ばれスペシャルゲストとしてフルーツフルナイトに出演したのだが 垣間見る晴子さんの表情はとても魅力的だし言葉もキラキラ輝いていた。
唄もどこまでも伸びる伸びやかな声で 気持が良かった。声は気持ちのいい声というのがある。良い声とも違う。その人オンリーの声だ。amozonでは購入出来るので是非買ってください。
私は私の周りに居る女性たちに聴かせている。彼女たちも素晴らしいと感動している。


もう一人LEYONAちゃんはホトケさんのバンド・btbにツアーとして参加しているチャーミングで小悪魔的な素晴らしいシンガーだ。彼女の10周年記念ライブのDVDを観て彼女のルーツが分かりデビューしてからの10年の素晴らしさに感動した。お祝に駈けつけたミュージシャンたち。素晴らしい!!是非、ライブ、DVDを。昨日KOTEZちゃんに彼女を紹介してとお願いしてしまった。是非話をしてみたい。


本牧のライブは面白かった。久しぶりJK。10年前とまったく同じだった。五郎ちゃんと演奏をしたことがあるこのライブハウス。マスターの久保ちゃんもそのままだったし、セットも同じだった。(笑い 力が入っていないのが何とも良い。RYOとともちゃんのユニットJoyJoyとの演奏は楽しめたしこのグループの音の素晴らしさに感動した。二人とも昔からの仲間だが、ともちゃんは本当に成長した。彼女とデュエットしたが20歳のころのともちゃんも知っていて感慨深かった。
音楽をこよなく愛し深まっていった彼女の声は澄み渡り細かい旋律も巧みにこなしていた。
機会があればまた参加します。また呼んでね。そうだJoyJoyは12月のREAL BIRDにも参加してくれる。楽しみにして下さい。



10月31日(日)
昨日は台風で雨が強かった。今年は、天気は変動している。この夏の異常なる暑さ、そして長さ。多くの方が体力を消耗し身体を壊し そして母みたいに亡くなられた方も多い。寝ていても
病院の温度管理はきちんとしているが 長く冷房の時間が多いのも体力が消耗すると思う。
雨もそうだ。降る時は降るが、その点のような短さで田畑も不作になり 米は一つぶがものすごく発育が悪い。品質はかろうじて守られたが。日照不足もある。私も冬野菜の植え付けに苦慮している。天気という学問も農作物を守るために出来たものだ。種上の時期収穫の時期など天の動きの基に決められる。これは一つの統計学だ。


会社オフロードが着々と準備が進んでいる。何と10年前に作った東洋医学研究所が再び私の手に戻ろうとしている。昨日そのビルのオーナーと話が附き12月一杯で今いる人が移ることになった。昨日は今の状態をみせて頂き私が作った当初のものは残っていた。嬉しい。拠点が出来た。柴崎さんからそれは君の行動が起こした結果でありそのような事は仕向けられていたんだよ。と言われ納得した。純粋倫理は素晴らしい。


今日はこれも10年ぶりに本牧のJ&Kのライブハウスで唄う。リョウ、ともちゃんと唄えて幸せだ。ここ本牧の地はこよなく愛した。残留アメリカ人の住居は塀の向こうにありアメリカの匂いを本牧に振りまいていた。アメリカのスーパーマーケットにも何度か訪れた。チョコレート、キャラメル・・・・そして溶け合うように本牧の街は発展した。そして衰退した。ゴールデンカップスは、今も健在だがバンド「カップス」のリーダーデイブ平尾さんがお亡くなりになってしまったが。このバンドは本当に格好良かった。





10月28日(木)
凛とした空気の中で行う太極拳は 気もちがいい。生徒さんは来なかったが 1時間足さばきの練習と気の流れで舞った。久しぶりに来るとレンの事が思い出されてならない。涙が流れる。これから寒くなる太極拳は素晴らしい季節になる。


昨日は、午後「オフロード」のホームページの打ち合わせで斎藤君が来てくれ、母の事で中断していた頭がかつを入れられた。来月中旬に公開の運びとなった。
オフロードの事業は1、安心安全の品物のインターネット販売 これは私が実際に日々用いているものばかり取り扱う。2、太極拳、導引体操の普及 今度カルチャーセンターで武道としての太極拳を教えることになった。それに導引体操で気の巡りを良くしていくことも教えたい。
3、良質の音楽の普及 主にLOVEBONEの音楽私のFAVORITEの音楽を世界中に広めたい。・・・盛りだくさんの内容だが、スタッフもそれぞれの部署に配置できるようにする。
まだ、予定だが以前作った私の東洋医学研究所が使えるようになりそうだ。そうなれば、そこを拠点として展開できる。今現在東京に支店がある。酵母君も売れている。


今日は、のんびり群馬の温泉に行こうと思う。




10月27日(水)
昨日は、午前中の仕事を終え、吉野先生に会いに宇都宮に車を走らせた。行きの東北自動車道はどんよりと曇り今でも雨が落ちそうだったが、大したこともなく無事にアーデンモアにお約束の時間の30分前に着いた。早速酵母風呂に入りゆっくり温まった。ものすごい量の汗が流れた。酵母が60度くらいの熱を持ち毛穴が全開という感じだった。13分くらい入ったのち休憩室でガウンを着て休んだ。この部屋は30度に設定してあるのだが、とても涼しく感じられた。休憩時間は、45分。お値段は1時間にて2750円だった。それから スタッフの人に案内され全身の波動鍼を使った先生が開発されたものだが それで全身に当ててもらった。私には少し痛かったがスタッフの話によると病気の人は悪いところのある人は何も感じないという。
それが終了して吉野先生と30分くらいお話をした。抗生ぶしつの害、解熱鎮痛剤、抗鬱剤
アトピー、新潟大学の教授阿保先生の著書について・・など話は止まらなかった。帰りに波動水の浄水器などいろんなものを購入した。わくわくした。


昨日は行政書士の先生と「オフロード」の設立の最終チェックをし11月に会社設立が可能になった。事務所も決まりつつある。本店は鳥塚歯科医院の中にある。頑張りたい。


10月25日(月)
昨日の倫理法人会の会議場がある伊佐沼はとても好きな場所だ。昨日も夜明け前に着いたので伊勢沼(池)を見ながらのんびりと太極拳を行った。大きな池だが、夜明けは美しく池の水に光が注ぎ何とも言えない雰囲気を醸し出す。この1年、何回もここに通うことになるが、四季折々の風景を楽しめるだろう。
母の生花のお礼を兼ねて来月に倫理研究所に行く。中島首都圏・方面副長とお約束をした。楽しみだ。来月は勝野平次さんの展来会が銀座である。それも兼ねての訪問になるだろう。


アマチュアという言葉に拘ることもないが、私自身もうアマチュアとは考えていない。プロが入っていればプロの集団になる、それだけだ。なんてツマラナイプロも多いことか。ため息が出る。音を楽しむこの基本も忘れていて窮屈な音楽ばかりだ。母の葬儀の時、私が音楽を編集して流したのだが、「ハンバートハンバート」本当にいい雰囲気を作ってくれたと思う。この夫婦のDUOの演奏者は知らない人が多いかもしれないが、とてもいい。とてもいい。
出会えない音楽家たち。その狭き門を入るとぱっと広がる。このお二人を知ったのは京都の
拾得ノマスターテリーさんのblogを見たからだ。テリーさんが惚れ込んでいたのだが、信頼している人が惚れ込む唄は間違いない。そんな ふとした出会いもある。


母の49日は12月最初の金曜日だ。それまで金曜日ごとに小さな供養がある。このしきたりもとても興味がある。母は49日のとき、納骨されるのだが、それまで我々も極楽浄土に行けるように線香の火を絶やさずにいたい。葬儀の後 多くの方々から香典が郵送されたり、知らなかったと訪れる方も多い。ちょっとしたことで知らなかったこともあるのだから、気にしないでほしい。それにしても寒くなった。


10月24日(日)
昨日は、家族で食事をした。娘夫婦と一緒に、友達の知々武へ。美味しかった。マスターとは長いお付き合いで夫婦一緒に旅行に行ったり銀座に行ったりしている。昨夜は、山葡萄の
焼酎を頂いた。まだ日が浅かったのか、香りがほんわか漂っていた。
今朝は これから川越のエスポワール伊佐山に倫理の会議で出かける。モーニングセミナー委員会だ。日曜日の倫理の会議も多くなり100パーセントとは行かないだろうが、8割出席を目指したい。


母の遺影が花に埋もれて輝いている。長い闘病生活からようやく帰ってきた母。遺影の写真は
倒れる5か月前の写真だ。娘の大学卒業式の時、新宿伊勢丹で撮影されたものだ。その写真を母は気に入っていて葬儀の時家内に使ってほしい言っていたのそうだ。娘もいい成績で卒業し大学から表彰されたので、母は殊のほか喜んでいた。合掌。


10月21日(木)
母の葬儀が終わった.葬祭場の人の指示のもと多くのスケジュールがこなせた。頼れる相棒の人だった。私の時代時代の友人が沢山駈けつけてくれた。遠くからも駈けつけて頂いた。
生花も沢山頂き花が好きだった母は 本当に喜んでいると思う。
肉体は滅しても魂は永遠だと思う。母は特に肉体が瀕死の状態で4年間も戦ったのだから
魂はその分浄化されたと思う。母はこれからも見つめてくれ 見守ってくれるだろう。


それにしてももっともっと話をしたかった。


10月19日(火)
母が家に戻り4日たった。4年も施設、病院に居たのだからこの4日間はとても大切な時間だ。毎晩母のもとで誰かが寝ている。今日は私の番だ。明日には母の身体は、葬儀会場に運ばれる。この家に多くの弔問の人達が訪れている。母が公私ともお世話になった人たち。81年の母の歴史は幕が閉じられたが、その歴史は多くの人と共有し輝く日々だったと思う。
私との歴史は母にとって辛いことも多かったように思う。私自身が生きる道を模索した時、母との諍いは深かった。母の思いと逆逆と進んでいった日々。私も黄色い涙を流した。母にいつも距離を置いて見ていてほしいと願った。皮肉にもその時が訪れた時は、母が病気になった時だった。・・・・。


母はこの1週間前から容態が悪化していた。先週の月曜日病院から血圧が50に下がったから危険なので来てほしいという電話があり家内と駈けつけた。母は人工呼吸器をつけられ、息が荒かった。私は死臭の匂いを感じそれを追い払い、母の気を腹に収めることをした。その後
点滴の内容が栄養の補給のレベルが低いので、医者に上げるように依頼したり、アルブミンの値が低いためそれも補給するようにお願いした。病院側もある治療方針を考えての点滴だったので私の話には驚き説明を懸命にした。その後、血圧は戻り尿も出てきてむくみも取れてきたので、安心したのだが急転直下心臓が止まってしまい亡くなってしまった。


母は多くの人を愛し愛された。写真を整理しているとオシャレで凛とした母の姿ばかりだった。
教員時代、父との仕事。本当によく働いた。このことは誰も真似が出来ないだろう。朝は3時に起き掃除をし夜遅くまで働き私は布団に入った母の姿は記憶にない。いつも私が寝ている時にも働いていた。仕事をリタイアしてからも、絶えず動いていた。庭掃除など仕事を次々と見つけていた。


倫理法人会研究所から生花が届けられるという。丸山敏秋理事長の名前で。光栄に思う。母も喜ぶと思う。とても素敵な贐です。深く感謝します。
その後続々と生花が届けられてくる。ホトケさんからも来ている。友人従兄弟たちスタッフのみんな・・本当にありがたい。


10月16日(土)
母が亡くなった。満81歳だった。4年前の夏に脳梗塞で倒れ4年間病気と闘ったが、今朝の
9時21分に息を引き取った。母は本当に我慢強かった。今はそれしか言えない。


10月13日(水)
孫たちが川崎に引っ越した。いろいろな事情によるが、私たち夫婦の悲しみは 深い。妻は誠心誠意孫たちに尽くしていたので、辛そうだ。思い出さないようにしていると話す。私も 残った洋服などを見ると涙が流れてしまう。声は消えない。耳に残っている。遊びにくるだろうし行けばいい。人生の悪戯 神の遊戯なのか。明日は家内の両親を日光にお連れする。気にかかることがあるが。
一日一日最善を。しっかり生きたい。


先日訪問診療で入れ歯をつくったおばあちゃんが突然亡くなってしまった。驚いた。今でも火曜日になると調整に伺わなければと思ってしまう。笑顔が忘れられない。合掌。



10月12日(火)
JIROKICHIでの演奏が終わった。凄く気持のいい演奏だった。この老舗のライブハウスはいろいろな付加ををもたらす。メンバーも殊のほか集中するし我々の出す音が 実にクリアーだ。
ステージの下には木が張りめぐされている。この木が、独特に音を吸収してくれる。多くのあまねくミュージシャンが 足の裏から踏みつけ踊り狂い汗を垂らしたステージ。伸ちゃんブッチャー。本田さん、民さん・・亡くなった巨人たちの遺影が店内には飾られている。その中で伸ちゃんは公私ともどもお付き合いをさせていただいたがここJIROKICHIでのステージは100を超えるほど見たし興奮した。私のJIROKICHIで、観た最初のライブはWESTRoadだった。


満員だった。本当にありがとうございます。そしてゲストとしてお呼びしたホトケさん。いろんな話が出来ありがとうございました。曲へのアドバイスも鋭くやはり第一人者の話は、全く違う。
いつもいつも話をしているが、今回は同じミュージシャンとしての立場での話。胸に刻まれた。
そしてワオさんタカちゃんJIROKICHIのスタッフの人達本当にありがとうございました。
また12月は「REAL・BIRD」宜しくお願いします。皆さんも是非来てください。Soulをたっぷり演奏します。五郎ちゃん、KOTEZちゃんも加わります。やるでぇ!!!


10月10日(日)
今日は 久しぶりにJIROKICHIでの演奏だ。とても楽しみだ。プロの方々もJIROKICHIは敷居が高いという。私は3回目だが、今月は12月来年は2月と決定と予定されている。私のバンドにもマネージャーがつき彼女が忙しく仕事を取っている。私の中ではどこで演奏してもいいのだけれど、高知、高崎のようないい感じの場所であればどこでも演奏するし唄う。
来年は四国ツアーと東北、北海道ツアーが計画されている。時期によってその土地の美味しいものを頂きその土地で頑張っている人達に出会うのも至福の時だ。音楽は本当に楽しい。


昨日は鴻巣ウニックスでの私のヴォーカルスクール体験日で、生徒さんが3人きて1時間音楽の歴史とコードへの唄の役目、そして絶対音感の説明などをした。高校生の子が中に居て彼女は宝塚を目指したという子で目もしっかり夢に向かっているし声もしっかりしていた。続くのだったら精一杯応援して行きたい。二湖という楽器の講師を務める人も、来ていた。彼女はハワイの音楽を唄っていてその曲をしっかり歌いたいということで、私の体験学習に応募したそうだ。何だか面白くなってきたような気がする。


孫の晴翔の運動会は雨のため11日になった。昨日はママも家に来て本当に久しぶりに会話をした。病気も大変良くなったがまだ薬を飲んでいる。お酒、たばこ、コーヒーも止め身体の内側から治そうとしている。肌もかなり綺麗になった。彼女とそして彼女のお母さん弟と久しぶりに楽しい時間を持て晴翔も本当に嬉しそうだった。11日の運動会の後、孫たちは川崎に引っ越す。寂しくなるがいつでも会えるし私も出かけたいと思う。



10月7日(木)
もうすぐ孫たちがこの家を出る。ママの住む川崎に行く。寂しさは計り知れないが仕方がない。
3つ子の魂100までというが、この波乱な人生を私は大きな愛で見守って行きたい。
考えればちょっと私の家に立ち寄っただけなのかもしれない。川崎は遠くないところなので、時間を見つけて会いに行く。両親は何も見えないのだろうか。孫たちは全て知っている。そして願っている。その願いを聞いてあげてほしい。切に願う。そして祈る。


私が元気になり3年間も冬眠していた期間は、過酷な世界だった。索莫として温度もなく暗闇で医者医者を渡り歩いた。本当に酷い医者もいた。何を喋っても薬でしか対応せず、私は縋る思いでその薬を飲んだ。そしてどんどん悪化した。その循環を自ら断ち切った時、光が見え私は蘇った。体重も30キロすっと落ちた。付きものが剥がれた様だった。吉野丈夫氏(生理学者)の著書に「薬を止めたら病気が治った」がある。素晴らしい本だ。吉野氏はその後「ばんのう酵母君」を開発した。私が立ち上げる会社の商品の核になるものだ。私はアルカリ水に入れて飲むし目薬にも使う。傷にも使う。治りがとてもいい。歯科の治療にもどんどん使っている。患者さんの状態予後もとてもいい。これは、所謂医学界への革命的なものだ。私はどんどんそれこそ普及して行きたい。


海外への演奏の話が出ている。流れなので乗ろうかと思っている。


10月6日(水)
大好きな書家榊莫山先生がお亡くなりになられた。私はこの先生の書、生き方が大好きだった。以下記事より「詩情あふれる詩・書・画一体の世界を創出し、幅広い分野で活躍を続けた書家榊莫山(さかき・ばくざん、本名齊=はじむ)氏が3日午前4時13分、急性心不全のため奈良県天理市内の病院で死去した。84歳。三重県出身。自宅は三重県伊賀市菖蒲池1282。葬儀は5日午前、近親者のみですませた。喪主は妻美代子(みよこ)さん。2日夕に自宅で倒れ、同病院に入院していた。  戦後、日本書芸院を創立した辻本史邑に学んだ。日本書芸院展、前衛書道の奎星会展の審査員を経て1958(昭和33)年から無所属。奈良、京都周辺を歩く「野ゆき山ゆき」で路傍の道標や石碑、商店の看板などに美を発見し、65年に作品「野の書」を発表した」


今朝は、あ、クーラーが点けっぱなしかなと思うほど寒い感じがした。今年始めてです。これから倫理法人会のモーニングセミナーに行きます。倫理法人会は、このモーニングセミナーをとても大切にしています。とにかく楽しいです。是非多くの方の参加お待ち申し上げます。


10月5日(火)
夜中に 水を飲みに 台所に行く。レンが居ない現実に胸が痛む。一瞬に旅立ってしまった
レン わずらわしいほど私にじゃれついたレン 人間以上に気持が分かり合ったレン 目に見えないものが遠くから分かったレン 今朝の散歩に一人で行く いつか会えるまで さようなら


愛おしさに身が焦がすことばかり。吐き出すことでしかなく、時間が過ぎることでしかなく 悲しみは今は深まるばかりです。日常は本当にいろいろあります。くそ、、、と思うことも。これも何かの因縁と言われてもこれは、ちと困る。しかし御ココロのなかにあるのでしょう。人間を止めたくなるそんな感覚があります。それは 死と言うものではない。人間であることゆえ起きるものの因果に嫌気がさしたということかもしれません。携帯に沢山の友人からメールが入りました。ありがとう、という言葉。みんなの気持ちがそれぞれに彩られ胸に沁みる。KOTEZちゃんもメールと電話までくれた。レンはKOTEZちゃんが大好きだった。興奮度は凄かった。
レンに愛情を掛けてくれた人皆に感謝したいです。ありがとう。レン レン もう少し遊びたかったな。日本のいろんなところに連れて行きたかった。・・・・  


純粋倫理この考え方は、素晴らしい。私は以前多くの巨人たちに会った。岡林龍之先生伊藤真愚先生、新体道の青木先生、武道かの金ちゃん気功師の村上先生この人達に等身大の丸山利秋理事長。丸山理事長の書かれる本は水を吸い込むようによく分かる。何も言うことはない。読んで分かればいいし丸山理事長に会うのなら倫理法人会に入ればいい。この組織は有象無象の人達が集まっている。本当に楽しい。7つの原理と言う本がある。私の20年間学んだことが全てコンパクトに書かれている。 始めは栞をよく読むことだが。
地球人として自覚を持ち生活をして行きたい。


10月4日(月)
昨日は埼玉県倫理法人会の役員会に出席した。講師の話も素晴らしかった。朝の5時半ごろ着いたのだが会長始めとする幹部の方々、歴代の役員の方々皆さん1時間前には出席され笑顔と元気な挨拶にこの会のエキスが凝縮されている。1時間前これが大切で喜々として朗らかに会の準備の仕事をなさっている。年齢を問わずだ。私も駐車場案内を自然に行った。
単会のモーニングセミナーも来てくれた人に、笑顔と心をこめた感謝をさりげなく届けたい。
朝の一日が始まる。最善な一日が始まる。


愛犬レンが朝の太極拳の時、道で遊んでいたら猛スピードで走ってきた車に体当たりをして私が駆け寄った時私に向かって歩みよってきたが、そのまま倒れ息を引き取ってしまった。
レンの身体がぶつかっただけではあんな大きな音はしない。レンの気が抜けてしまった音だ。
申し訳ないことをしてしまった。歩み寄ってきたレンの悲しい顔が脳裏に刻まれた。嗚呼・・。
生後6カ月のこれからもっと一緒に遊んだろうに。申し訳ないことをしてしまった。孫の誕生日に私が連れてきたレン。なんでも分かる犬だった。悲しい。太極拳に来る人たちを全身で喜びを表していた。こんな犬に出会うことももうないだろう。さようなら。レン。


10月2日(土)
孫たちの引っ越しまで1週間になった。私も出来る限り孫の側にいたいと願っている。晴翔も4歳だが全て分かっている。母親の側にいたい気持ちは本当に強い。それでいい。経済的には少し辛くなるだろうけど、仕方がない。運動会でこちらでの用事は終わるのだが・・・。自然あふれたところに連れて行ってほしいと願うばかりだ。


泣くという行為は物凄いエネルギーを使うことだと体験した。晴翔と二人で伊香保のグリーン牧場で遊んだのだが、涙が溢れてしまってどうしようもなかった。彼の言葉、目つき、動作全てが愛おしく堪らなくなってしまった。永遠の別れではないのだからと気持を変えてもどうしようもなかった。孫は本当に可愛い。愛おしい。


昨夜はたっちゃん松村君とリハを行った。さすがのリズム隊だ。どこにいっても通用するプレイヤーだ。誇りに思う。JIROKICHIでは皆の心に届けることが出来ると思う。



9月28日(水)
秋の長雨というのだろうか。連日冷たい雨が降っている。Same Old Bluesやね。昨日は夕方まで診療した。診ることの出来る患者さんの数もあるが。故人になってしまった患者さんも多いが、最後まで私としては尽くしたと思う人も何人かいる。それは義歯の患者さんで家族から「おばあちゃんは 最後まで美味しく食べていました」「息を引き取る前まで大好きなおしんこうを食べていました」・・ある日「おばあちゃんはもう時間がありません。是非先生に入れ歯を作っていただきたい。」と依頼されたことがあった。その時は私の歯科医院も私一人だったので時間を作ることが難しく早朝に訪問診療を行った。朝の6時くらいである。農家の方なので朝は早く家族の方々の希望でもあった。スタッフも勤務外なので家内をつれて伺った。布団を後ろに重ねそれに背を齎し私の姿勢は難しかったが作ることに頑張った。そして出来上がりしばらくしてから家族の方から電話があった。「先生おばあちゃんが畑に行くようになりました」その方は末期の癌と言われたそうである。しかし噛むことが出来るようになり命の何かにスイッチが入ったのだろうか。 それから15年お元気に暮らした。噛むことを一緒に考え与えることのできる私の仕事は素晴らしいと思う。今日も訪問診療に出かける。


9月27日(月)
久しぶりの日々思うことに書くことになるな。先週水曜日からPCが調子が悪くなり書き込むことが不可能になってしまった。奥村氏の迅速な対応で直ったのだがすぐに高知へ演奏をしに出かけたので今日になってしまった。振り返ると19日大学のグループでの同窓会がお茶ノ水山の上ホテルで行われた。6年生の時の実習班といっても30名近い仲間なのだが、20名近くの仲間が久しぶりに集まり大いに飲んで元気な会話が交わされた。3名の仲間が故人になってしまったが・・。
23日から26日までは高知へ出かけた。有意義なある演奏の旅だった。愛用のギターを持って高知で正木五郎ちゃんと落ち合いローローズの仲間とがっちりの演奏をした。伝説のギャラリーホッタでの演奏が出来大満足だった。正木五郎ジュリアンこの二人のリズム隊の凄さを身にしみて感じた。ホッタでの演奏は25日だったが前日パーカッションの青山氏と二人でリハを兼ねて4時間演奏をした。青山氏のプライベートスタジオで初めてきちんと音を合わせ楽しい時間を過ごした。大いに笑った。なみだが出るほど笑った。そしてパーカッションの面白さを知った。彼はブラジルに居る師匠と年1,2回海外でプレーする。彼のスタジオには多くの写真のパネルが飾られていたが、ポールサイモンや名前を失念したがそうそうたる海外のミュージシャンと交遊している。彼の話は大変面白く二人でBLUE BIRDというバンド名でライブをすることを決めた。私の海外での演奏のきっかけになるかもしれない。
そして高知市の堺町にある「パラダイム」にてライブを行った。ライブの途中から五郎ちゃんジュリアンも加わりガッチリと一流プレイヤーと音を重ねた。重厚でタイトで切れのあるリズム。壮絶なほど五郎ちゃんはプレー中は野獣かし私の後ろで叩くのだが、唸り吠えと唄を唄いながらのプレーはさすが日本でも超有名なプレーヤーということが肌に感じることが出来、私の毛穴も全開した。you chubeで流されると思う。
語ることもいずれ出来ると思うが私の感じ入ったことは私のステップアップにも繋がるので、黙して練習を重ねたい。クンチョウさん桑名晴子ちゃんとも交流し胸にしっかりと残った。昨日の夜、家に帰った。


今朝は早朝より倫理法人会の役員会議。その後島田町長に表敬訪問。忙しい日常が始まった。楽しい日々でもある。


高知の演奏旅行は五郎ちゃんに誘われて行ったのだが 私の目的はとにかくこの偉大なプレーヤー達と一緒に音が出したかった。ジュリアンは私が高知に来た目的が前日パラダイムでの演奏だと思ったらしかった。しかしパラダイムでセッションに加わった時、ええ感じの演奏が皆で出来たのだろう。私に「トリ、明日演奏一緒にやらないか」と言ってくれた。私ももちろんそのつもりで高知へ行ったのだがジュリアンに認められたのだろう。そのことが凄く嬉しかった。
そしてローローズの演奏の合間に今日のスペシャルゲスト、トリと紹介されたとき背筋に電気が走った。これからも時間を作り高知へは出かけたいと思う。素晴らしいリズム隊と演奏するために。ステップがまた一歩上がったと思う。


9月16日(木)
今日も雨。昨日の朝お亡くなりになった私の敬愛する先輩を偲ぶようだ。先輩の容態が急変したと早朝連絡を頂き 午前5時ごろお亡くなりになった。本当に歯科医師会でお世話になり旅行では二人していろんな遊びをした。数年前にはゴルフ旅行で北海道、高知と旅をした。先輩は敬称で呼ぶのを嫌いどんなに年下の仲間にも・・先生と呼ばれていた。日本酒が好きでよくお酒も飲み交わした。また私がわずかな期間に学校歯科部の部長をしたが一生懸命手伝っていただいた。ユーモアもあり何気ない会話にもウイットがあり大好きだった。60歳を前にしての病死だ。お見舞いに2回ほど伺ったが、さすがに闘病生活の辛さを話してくれたりこれからの歯科医院を経営についての不安も話されていた。奥様もお疲れになっていたが、健気に振舞っていらした。昨夜奥様と電話で話をしたがこの夏の猛暑に抵抗力を失った身体はきつかったらしく7月を過ぎてから体力も落ちたそうだ。また将棋も好きで一緒の電車の車中小さな将棋の詰め将棋の本を楽しそうに読まれていた。ゴルフ練習場で会った時もいつも笑い声に包まれた。ドライバーしか練習しないのでよく私たちがからかっていた。そのうち火を放つような球をうつんだと輝いて私に話していた。思い出が多すぎてたまらない。   合掌。


9月15日(水)
変貌は突然起こるのではなく成長続けるものが、ある機会、場をきっかけに起こるものだと思っています。変身前と変身後は180度変わって行くのだと思う。前髪をつかんだらチャンスと思い突き進むだけだとも思います。例えばアマチュアミュージシャンがプロに転向した時
それはものすごい嵐が吹き周りの人は「いったい何が起こったのだ!」と思うくらい壮絶なる
変貌が起きると思います。それは、奇跡ではないのです。本人が持っていた才能が開花したと
考えるだけです。それにたいする本人の努力はすさまじいものですしそしてそれを嬉々としてやっているのです。このことは私自身のことでもありますが、直感を大切にし多くの才能のある芸術家を捨て去ることのないようにしたいと思っています。


久保田このお酒は底知れぬファンが多い。嫁の実家のお父さん、娘の義父もこの酒をこよなく愛し年間の契約をし購入している。料理も殺さず引き出す酒でもある。のんびりとこの久保田を飲んで行きたい。


9月14日(火)
ヒマラヤの山々は座と言う名称で呼ばれている。孤高の山々が、崇高にそびえたっている。私もその場にいたい。静かに瞑想したい。浄化されたい。白川さんという写真家を知っているだろうか。白川義員氏だ。私は25年前に私の近くにあった田中書房で注文して購入した。今でも手元にある。私が買ったのは白川さんの作品集「中国大陸上巻下巻」今も眺めている。下巻の天壌無限、引き込まれ方が凄い。写真が生きていて私はどんどんその世界とともに思いが深まってくる。まだ精力的に写真をお撮りになっていると思う。銀座で展覧会があったら、観に行きたい。ツイッターをフォローしている横尾忠則氏の展覧会も開かれていたが、終わってしまっただろうか。


ELVISのバラードは本当にいい。心が洗われる思いになる。本当に素晴らしい声だ。神が授けたのだろう。私もレパートリーにこの曲達を唄う。是非ライブの時には。


同窓会の集まりが昨夜あった。本当に仲がいい。週に何回かは同窓生の誰かに会っている。
昨夜は秋の松茸尽くし日帰り旅行の話し合いだった。初めは5,6人だったのだが、今は30人近くになっている。みんな楽しみなのだろうな。良いことだね。12月には私のライブを兼ねて忘年会がも行われることになった。喜んで引き受けた。私が病気の時この皆は心配してくれ私に唄でも唄わしたら少しは元気なるだろうとい計らいで去年の11月に企画してくれた。その時は病気の真っ最中だったので,とてもしんどかったが今思えば私に光が差し込んだ時間だったのは間違えない。私は同窓生を誇りに思う。


9月12日(日)
今日は私たち家族も大変にお世話になった叔父さんの3回忌そして祖父の50回忌が執り行われた。私も家内と出席しお二人の命に祈りを捧げた。お二人ともお世話になった。祖父は私が3歳のころ従兄弟たちと畑に連れていってくれた翌日心臓病で他界した。祖父をよく知っている方の話だとよく公園に孫たちを連れて行った時、胸を押さえて蹲っていたところを見た人は多いという。今の医学なら助かったのではとその方は話されていた。苦しかったと思う。祖父はロマンティックな方でもあり蔵書も多かった。よく本家に遊びに行った時本の中で遊んだ記憶が蘇る。そして祖父は助役として政治の世界にも顔を出し、活躍されたという。波乱万丈の人生だったのだと思う。そして私たち従兄弟は祖母に本当に面倒を見てもらった。今でも涙が出るほど懐かしい人だ。川遊び市街地のお祭り、熊谷への小旅行・・・楽しかった。そして我々の性格を本当に見抜いた人でもあった。叱ることもなく諭すように育てられた記憶が残る。


また叔父は私の歯科医院の技工士さんの兼ねており私の幼少のころから身近にいた人だ。やさしく誰にも笑顔で話しかけていて芯もしっかりあった人だ。母のすぐ下の弟であり母の病気の際にも本当に何て声をかけたらいいのかと戸惑いながらも「みっちゃん みっちゃん」と言って母を摩っていた。お二人の歴史は多くの楽しいこと悲しいことがあったろう,輝かしい青春があったと思う。感謝で一杯です。


正木五郎ちゃんとのバンド名は「REAL BIRDに決まりました.宜しくお願いします。昨夜五郎ちゃんと電話で話しその旨を伝えそして来週の私の高知での演奏に出演してくれることも決まった。天下の正木五郎と演奏が始まる。
REALBIRD:Ds・正木五郎 Harp・KOTEZ VO/G・Tori VO/P・タケオリアル
          G・上村秀右&Ryo B・平野マサオ

Office・オフロード048-581-9939


9月11日(土)
昼間はかなり暑い。けれども秋の訪れはもうすぐだ。今週は久しぶりに奈々ちゃんに会ったり
楽しい週だった。毎週かな。水曜日はJIROKICHIには雨が酷く行けなかった。LEOさんに伝言を頼もうと思って電話したら、JIROKICHIの美奈子ちゃんが「今、目の前に「LEOさんがいるから代わりますね」と言い唐突にLEOさんと話が始まった。声は力強く元気だった。唄以外の仕事が忙しいのだろう。唄いたっくて仕方がないだろうな。身辺を整理しトップランナーとして復帰して欲しい。またデュエットしたいなぁ。


自然は本当に恵を与えてくれる。台風も大きく迂回したがこの地は程よい雨の恵があり
田畑が息を吹き返した。木々もすっかり安堵したようだ。岩崎公園は梅雨、夏、そして秋を迎える。この木の下で思うことは自然の力と慈悲だ。私は本当にこの地で生まれ幸せと思う。
近郊に泊っても必ず5時前に、この木の下にいる。今日は延命十句観音経を教えた。ある人にはFAXで送ったのだけど何も覚えていない。残念だ。ま、そんなもんだけど。
手の平の中指を合わせて合掌する。檀中の前に手は持っていく。お坊さんはほぼこの姿勢だ。


12月に五郎ちゃんと演奏するバンド名が決まった。「トリソウル」んんま、宜しくです。
来年はこのバンドで京都に行きます。



9月7日(火)
昨日は社団法人倫理法人会での辞令交付式で午後は大宮に出かけた。私は寄居・秩父地区の副会長を拝名した。今年は忙しく動き回るだろう。自分で能動的に動くことがこの会は大切で嫌嫌ではとても務まらないし身体も精神も壊れるだろう。大いにこの人たちと積極的に関わり和も広げて行きたい。今日の午後も上尾に行く。


この間の日曜日サンガムのセッションに参加した。若い人ばかりなので日本の息吹を与えたミュージシャンの曲も紹介した。憂歌団、山口富士夫の曲を選んだ。「嫌んなった」「捨てきれっこないさ」コードも若い人はままならなかったけど刺激は受けたみたいだ。日本語の歌も素晴らしい曲は沢山ある。ブルースフィーリングのあるミュージシャンは、筆頭は富士夫ちゃんだ。
早く現場復帰して欲しいが、不死身なパワーを持っている富士夫ちゃんは必ず蘇るだろう。
憂歌団の歌も良い歌は沢山ある。一番は「嫌んなった」だね。


外気功を初めて人に用いた。手を自然に動いた。それ以上もなくそれ以下でもない。私の力ではない。自然のパワーをナチュラルに循環しただけだ。ぶれることなく堂々とすることも大切だ。

LIVEスケジュール更新しました。私の今月24日からの高知での演奏も決まりました。高知市のみなさん是非来て下さい。詳細はコンテンツToriのLIVEスケジュールを。

私の歯科のスタッフは本当にいい。素直に伸びている。皆を守って一緒に成長していきたい。


9月5日(日)
昨日は、全国トンボサミットが当地寄居で行われた。私は 仕事と孫の世話で懇親会のみの参加だったが、とても素晴らしい演出そして多くの方々との出会いに感動した。来年行われる鹿児島薩摩川内で行われるのだが、その実行委員長の女性は、永野萌子さん80歳と聞いた。佐藤という焼酎を差し入れに持ってきて頂きまたお話も素晴らしく本当に感動した。来年、鹿児島に行こうと決めた。
振り返るとトンボの会とのお付き合いは20年以上だ。そして素晴らしい仲間と出会い何よりも皆と過ごす時間は至福の時だった。強制もなくゆるりと自分の分をわきまえて作業、研修、コンサートと本当に長い間続いている。私が感動したオニヤンマが作業中、孵化し飛び出す瞬間を見たとき目から鱗が落ちる思いと喜びを与えてもらった。私はその時精神的に疲れていたときだったので私のこころに染み込んだのだろう。全身が震えもした。秋に私の企画で何度も音楽を皆に披露し音楽の仲間も沢山知り合えた。荒川団もここでの出会いだ。GWANさんかこちゃん浅見さん・・・プロの方々も沢山来てくれた。とくにGWANさんとのお付き合いは素敵だったし素晴らしい関係を我々は持てた。所沢のほうにGWANさんは引っ越されたがまた、ここ寄居でコンサートをしていただきたいと思っている。たまらんですよ、GWANさん。寂しいのでは・・・
今日は中央公民館で本大会です。どうぞ大勢の方いらっしゃてください。


今日は太極拳を5時半8時と2回行う。岩崎公園に来られる方はいらっしゃてください。日曜日の気はのんびりしていていいものですよ。


切ない恋 震えるほど切ない恋の話を友人から聞いた。彼はデリバリーの女性に恋をしてしまったという。彼女は最高といつも話す。しかしお金がかかると嘆いていた。初めに身体から愛し合いそして彼の心に彼女の全てが入り込んだらしい。彼が朝起きると「ああ、今日も彼女は他の男に身体を任すのか」彼はそのうち気が狂うかもしれないとつぶやいていた。そんな恋もあるのである。



9月4日(土)
暑い日が続く。今週は、JIROKICHIにフライヤーを持って出かけた。JIROKICHIに入ると
ホトケさんにまず会った。すると「おお、おおいコテツ主治医のトリちゃんが来たぞ」むむむむ。
コテツちゃんが出てきて挨拶。そして中にいたリアルと外に出た。高円寺は18歳のころ住んだところ。北口を二人でうろつき彼の案内で屋台村みたいなところで一杯飲んだ。そのお店は焼き鳥も1本100円と安く味もよく嬉しくなった。リアルたちはバンドのメンバーとよくこの店に来て熱く語っているという。JIROKICHIに戻ると私は招待客になっていて、恐縮したが内心はとても嬉しかった。btbの演奏は素晴らしかった。本物のBluesだ。バンドは旬があり勢いも伴う。多くの人は是非観るべきだ。もったいない。今月は28日。また地方の人はホトケさんのスケジュールをチェックしてツアーに出ていることが多いのでそこで観てください!!
それからリアル、コテツちゃんと高円寺の街に繰り出し沖縄料理を。めちゃくちゃ旨かった。このお店はスタッフは沖縄の人ではないと言うが、まるで沖縄にいるようだった。ライブもやるらしい。ハシケンが今月コテツちゃんと演奏する。面白いな。そしてJIROKICHIのワオさんたちに驚かせたホテルに戻った。何を驚かされたというのもこのホテルは幽霊が出るそうだ。私も霊感は強いほうなのでチェックインした時は、なにも感じられなかったなので自分の部屋に泊った。お化けが出るかもしれないチェックとして掛けてある絵の裏側を見るそうだ。その裏側に
お札がはってあったらその部屋は依然出たらしい。とコテツちゃんが申していました。


倫理法人会も9月から新年度。吉澤新会長のもとで今年度が始まった。私は副会長。柴崎県の副会長が相談役なので心強く今年も楽しく私もやっていきたい。吉澤新会長の挨拶は自分を素直に出し人に衒うことなく良かった。毎週喋る内容が楽しみだ。この倫理法人会はとてもユニークで面白い。いろいろな職種の人と本年で付き合っていける。でも忙しい。自分で忙しさに臨むのだから覚悟を決めたらその流れに乗って行けばいい。明日は明日の風が吹く。


今日から2日間寄居町で「全国トンボサミット」が開かれる。私は病気のため一世を退いたが後輩の清水君が頑張っている。是非明日5日寄居町中央公民館に来てください。朝10時からです。寄居町にトンボ公園を作る会も22年を迎える。私はこの会に長い時間身を委ねている。燃え尽きた感もあったが今健康を取り戻したので、秋からのんびと復帰していきたいと思う。


BREAK DOWN本当に凄かったと今更思い返している。あのライブレコーディングされたあの場所あの時間に居られたことも財産か。リアル、コテツちゃんに話すとえ、いたのって言われる。このバンドは体験すべきバンドだが今聞いても素晴らしい。初期のオリジナルメンバーのほうが好きだが。後期ドラマーだった岡地氏が入ったエボニーが来週水曜日JIROKICHIで演奏する。その日は私の好きなシンガーLEOさんが久しぶりに登場する。再会楽しみです。


木曜日は中学の同窓生と焼肉屋に。いやあ旨かった。しかしよく集まるなあ。彼らと来月某所に松茸を食べに行く。松茸街道というものがあるそうだ。修ちゃんはよく知っているなあ。


太極拳も毎朝来る人がぼちぼち多くなってきた。気持ちが良いから来るのだろうな。私も寄居にいるときは行っている。昨日は愛犬レンを連れて行った。レンは気を出す人が分かるからだ。全員気が出ていた。面白い。私が思うに小ぶりの人または動物はすこぶる元気だ。ウドの大木という言葉も失礼だが、真実なのだろう。


日曜日は高崎に行っていろいろ。バンドの練習もありまたサンガムにも行けるし楽しみだ。沈没かな。


8月30日(月)
先週土曜日はLOVEBONEの船出のライブだった。リズム隊の二人は健在。そしてかっちゃんも戻りそして新たにヴォーカルに川田アツコPにタケオリアル、ギターに中村茂樹のメンバーになった。そして私の主義でその日に都合のつかないメンバーはそちらを優先して代わりにオブザーバーとしてどんどんこのバンドに参加してもらうことになった。今回茂樹が都合がつかなくなりSAXにエイジそしてGに井上大地君を入れてのライブだった。井上大地君を入れてのリハは当日のみ。んと思うこともあったが、今JIROKICHIで売り出し中の新進気鋭のギターリストとリアルに聞いていたのでたいして心配はなかった。お客さんをリアル、大地君は煽り最後は全員総立ちの盛り上がりを見せた。私がとても気行ったのはヴォーカルのアツコの切れだった。彼女のプロポーションは抜群だが歌もアレサのバージョンを歌いきった。彼女にとって最も大切な曲になったと思う。私もSame Old Bluesは30年歌い続けている。
わたしにとってよりオーティスによりSamCockにと近づける音になってきたと歌いながら実感した。大地君の歌に絡むフレーズは堪らなかった。私は聴き込み方は半端でないと自負しているが若いなりにも大地君リアルの曲に対しての取り組み方も半端ではない。大地君とはいずjirokichiで参加してもらいたい。
多くの事を乗り切ったからこそ私が出会えたメンバーだ。感謝とともに今後はJIROKICHIを起点に頑張って行きたい。私もマイペースで演奏して行きたい。大地君リアルとも東京の音楽シーンで頑張っている。みなさんも応援宜しくお願いします。
さ、私は高知に向けての準備だ。高知には五郎ちゃんジュリアンがいる。そしてブラジルにまたがるパーカーション青ちゃんとのライブもある。


明日はJIROKICHI.ホトケさんに久しぶりにお会いする。btbの演奏、非常に楽しみだ。川田さんも会えるだろうな。佐々木竹瘁さんにも会う予定だ。リアルも宣伝に来る。私も10月10日のJIROKICHIライブのフライヤーを持っていく。今日コテツちゃんが治療に来たが面白い話を一杯聞いた。ここでは書けないけど。コテツちゃんとも12月には一緒にツアーをする。


8月28日(土)
先日の倫理での私の講和に県の副会長になられる柴崎さんから身に余る言葉を頂いた。兄貴のような存在で私を唯一叱ってくれる私にとって大切な人で私の恩人でもある人です。以下の文章です。


「久方ぶりのMS報告(モーニングセミナー)である。今回の講話者は鳥塚和弘氏。もう彼との係わり合いだけで小説が書けるほどの付き合いの深さと長さである。母親同士が姉妹、所謂従兄弟である。実の弟と同年で家も隣同士、幼少の頃から全てを知りつくした仲である。講話についてはショッキングなタイトルではあるが、倫理を正しく学べば理解できる内容である。組み立て方も初めてにしてはしっかりしていて非常に聞きやすかった。勿論、歯科医としての素養もあるが、父親方の教育者としてのDNAもあるのだろうか、今後はあちこちで講話の依頼が来るだろう。仕事一筋の父親との確執を抱えながら、早くに死に別れ尋常でない苦労もしたであろうし、仕事に、趣味の音楽に、そしてまちづくり運動における私との献身的な事務局活動等々、本当に頭の下がる思いだ。しかし、それら全てに全力投球の生活の無理がたたり、精神的、肉体的にダメージを受けてしまったが、長年携わってきた東洋医学の観点から、薬による対症療法に疑問を持ち、一切の薬を絶ち自己治癒に切り替え、今回の病を克服した。丁度、時を同じくして倫理に出会い、実践を基底に人の道を説く手法にアイデンティティを感じ、心に縦軸を持てたとのことである。まさに「学びて時にこれを習う」の故事どおり、心身ともに健康体を取り戻しつつある事は本当に嬉しい限りだ。そうなると生来の直感力の鋭敏さと行動力は凄まじいパワーを発揮する。早くも普及に取り組み、秩父歯科医師会の重鎮を紹介してくれた。なるほど彼の推薦通り、稀有な人材だ。ソフトな人格からかもし出すオーラが非常に心地よい。少し体調を崩しているようだが、必ず乗り切る事だろう。清清しい秩父会場と相俟って、秩父の将来の展開が非常に楽しみになってきた。」


今日は、いよいよライブです。楽しみです。
8月25日(水)
今日は倫理法人会での私の講和だった。入会して4カ月だがこのような光栄な機会に恵まれ
感謝です。話のテーマは「病気よ、ありがとう」軸は私の病気と倫理法人会との出会いだった。
自分の体験をもとに話しを進めた。ほんの1部だったが要約出来たようにも思う。奥村会長ありがとうございました。またいろいろアドバイスしてくれた事務局長豊田さんに感謝します。
倫理とは人の道であると思っている。幸せへの法則など丸山理事長の著作は巷に溢れ出ている。留まることはないだろう。来月9月6日副会長を拝名される。しっかり吉澤新会長をサポートしていきたいと思う。寄居・秩父地区倫理法人会の和は素晴らしい。柴崎県副会長のお陰だ。それぞれの職種の人が素直に学べる場が倫理の素晴らしいことだ。それは底知れぬほど深く楽しいことなのだと思う。活き活きと生きる。仲間と生きて行きたい。


音楽の素晴らしさを実感している毎日だ。最近はあらゆるジャンルを聴いている。来月からカルチャーセンターでの私の講義が始まるが生徒さんたちとも楽しくやっていきたい。
生徒さんたちのパワーアップをしていくのだが、良い面をどんどん引き出していきたい。ユニークな講座になると思う。これから募集が始まるが鴻ノ巣の会場に私はいます。あまり束縛されるのは好きではないが、楽しみも多い。多くの人の出会いがあるだろう。家内もお花教室で頑張るだろう。初めて長く研鑽した華道を披露できるのは嬉しいことだと思う。彼女は全く邪心がない。それが彼女の最大なる魅力だ。花も生きている。


大人のBALLADSといCDを通販で買った。懐かしい曲ばかり。ゆるりと覚えて行くだろう。話は変わるが今、井上陽水を聴いてこのコラムを書いているが陽水の衰えぬ声は本当に素晴らしい。来月から全国ツアーが始まるがこの地域でのライブはない。新潟長岡であるのでそちらえ出向く予定。精力的にコンサート続ける陽水、永遠なツアーを続けられる人なのだろう。
神に授けられた才能は留まる事はない。


8月23日(月)
今週が始まった。土曜日にはHIDE RIGHTのライブがある。嬉しい。ゲストに今新鋭の井上
大地君が出演する。吾妻光良氏の一番弟子だ。楽しみだね。若干27才。私も若いプレーヤーと一緒に演奏できるようになり嬉しい。それも新鋭バリバリのミュージシャンとGIGが出来る。
どうぞ、多くの方いらしゃってください。20:00PMスタートです。


昨日は同窓会の最終打ち合わせに山の上ホテルに出かけた。ここはいつ来ても気持ちがいい。対応の女性の方も綺麗な方でとてもいい。聡明な女性っていいですね。
その後、高崎にリアル,アツコチャンとリハ。細かいチェックをして終了。お腹が空いたのでSangamへ。いつも光っているこのお店はリアルの拠点だ。文化が発生されている。リアルがお客さんに所望されピアノの演奏。とても良かった。やはりリアルは才能豊かですね。


オフロードの準備が整ってきた。HPも商品の撮影に入る。オフロードブランドの光輝く商品。
いろいろあり過ぎて困っているが、最初は厳選30品目で行こうと斎藤君に言われている。
木曜日私の英語の先生みすずちゃんを連れ高崎のドラッグストアーに行った。彼女、会長に健康体であることを絶賛される。私が診ても彼女は素晴らしいほど健康体だ。心も伸びやかで素晴らしい。彼女に英訳をお願いすると私の曲のイメージが膨れ上がる。単に英語が出来るのではものたらない。生きた英語がやはりいいですね。


先週の土曜日は太極拳の人たちと暑気払い。知知武で行ったのだが、仲良しのマスターの料理に皆が驚く。私は分かっていたがマスターの素材を活かす才能はピカ一だ。ゴーヤの漬物には驚いた。マスター手作りのものだったが、何とも言えない味だ。新しくお弁当屋さんを始めた遠藤さんも絶賛していた。マスターと秋に湯の湖に釣りに行く約束をする。
マスターから聞いたのだが日本一のパワースポットが諏訪にあるという。そこは地場のエネルギーがなく人にとって心地よい場所と聞く。一度行ってみたいと思う。日本は地震の国なので
大地から多くの電磁波が出ている。地震予知もそのことを踏まえて研究されているが、面白い場所だね。岩崎公園は素晴らしい。電磁波は 静かに流れていた。


8月18日(水)
連日の猛暑は凄い。朝、太極拳の指導に行く時もわっとした空気に包まれる。そして木の下に入ると清々しい空気に包まれる。私の太極拳に名前が付けられた。「天 地 人・岩の崎流派」
と。師範は私ですが準師範が決められた。前橋に住む西澤雅枝さんです。彼女は高崎で2度ほど教えたが飲み込みが早く相当のレベルに達した。彼女は私が教えた後前橋の公園で毎朝錬功を続けていてとても素直な心が会得出来たのだろうと思う。彼女には中国から来た服が進呈される。


訪問診療が面白い。暑い午後に出かけるのは中々だが、待っていられる家族の事を思うとそうは言っていられない。昨日は税理士と話をしたが訪問診療の点数は確実に歯科医院の収入をアップしてくれる。地道だが研鑽して頑張ろうと思っている。倫理のお陰で6月はこの5年間で最高の収入を得た。Sさんありがとうございます。


来週ビルボード東京に初めてコテツちゃんと行くことになった。ダンペンが来日されたからだ。
楽しみです。ダンペンの歌も良いがとにかく彼が書かれた曲が素晴らしい。アレサが歌うDo Right womanやライクーダーが歌うDarkEnd of the streetなど傑作が多い。
映画コミットメンツでもDarkEndは歌われている。ビルボード東京のメンバーになったが、とにかくすごいミュージシャンが目白押しで演奏している。今月末にはコーネルディプリがSTAFFに捧げると題し来日する。凄いですね。ビルボードは大阪と2か所ありメンバーになるといろいろ特典がある。是非、検索して覗いていてください。驚きますよ。


こまめに睡眠を取れるようになった。昼間もちょこちょこっと眠る。その時間がゆるやかで大好きです。高知の切符が取れた。割引料金で片道1万ちょっとだ。半額らしい。高知で演奏する曲も決めてばっちり演奏したい。HideLight JIROKICHIの曲は決まった。後はがっちり演奏していきたい。先日金久保君から金太郎波久礼店で演奏を所望された。昼間だそうだ。メンバーも少なめにしてゆっくり演奏できるスタイルでやりたい。



8月15日(日)
今日は高崎に行ってこれからオフロードで使う品物の確認をした。ある薬局が全てのものを見事に集められていて私のこれからの座標軸になった。いくつか私が購入している際そこのオーナーさんがあなたの今必要としている食べ物は、野菜、海藻、酢のものです。いきなりだったから少し驚いたが私の顔の色、体型などから診断し話されたようだった。私も30年以上東洋医学に取り込んでいるので大抵なことは理解できるが、そこまで食について掘り下げていないので大変に参考になった。そしてオーナーさんといろいろ話、オーナーさんがユニバーサルドラッグの会長さんだと分かった。高崎のこの地には今年の2月からお店をオープンしたのだそうだ。道楽ですとも話された。しかしこの場所は高崎のもっとも集客のある通りであり、土地の価格も相当なものだと思う。そして私が店員さんと思った人は会長さんの奥様であった。お二人と薬剤師の免許を持っておりこのことから人間に合った品物を多くの人に提供できることが出来る。オフロード一番お勧めなお店になると確信した。


私の手の薬指にオリーブを垂らし私の血液の写真を撮ってくれた。そこには硬化もなくきれいな血液の末端の写真が写されていた。私の病気についても話をした。そして今病院から飲んでいる薬についても話をした。会長さんはこのように語った。「あなたの病気を齎す様々な症状は薬から来ています。私も病院の薬を絶ってから良くなった人を知っています。しかし今現在は止めたくても依存症にまで医者は薬を処方しているので、本当に多くの方が薬で身体を壊しています。自然なもの食を正すことをまず基本に私は薬剤師として日々研鑽しています。貴方が薬に対して英断したことは本当に良かったですね」


私はこのように言い切れる方と会ったのは本当に嬉しかった。事実を自分の立場を踏まえ確実に仕事をしていることはオフロードを運営していくのに勇気づけられる。オフロードの夢は拠点となるお店を展開することだが会長さんにアドバイスを受け努力していきたいと思った。
「柿酢」「ノニ」「ムシ(防虫剤」「海藻」「ヒカリ会社の調味料」「玄米フレーク」「玄米煎餅」「洗剤」「石鹸」「シャンプー」「野菜ドリンク」「穀物」「水の転換物」「皮膚の潤い剤」「梅干し」「お菓子類」「体質改善サプリメント」・・・・ほぼオフロードが扱う品物が揃ってきた。ここで大事なのは私が食べ私が使用して安心安全が確立したものばかりである。11月1日をOPENを目指し寄居屈指のパソコン技術者斎藤君と頑張っていきたい。彼はマーケッティングにも非常に長けている。スタッフもほぼ揃ってきた。


カルチャーセンターの仕事も佳境にきているようだ。講師の私は悠然と構えているがもうすぐ県南地区にチラシが新聞から配送されるようだ。来月早々にも講師のデモンストレーションがある。そして10月から開校だ。私が何故立ち上がったのかという理由は楽器などのスクールのレベルの低さと教えるべきものが講師自体間違っていることばかりだからだ。チャンさんだけは唯一違うけど。ちょっとくらいギターが弾けるベースが弾けるドラムが叩けるゴスペルが歌えるなどそんな輩がお金をとって教えている。カルチャーセンタの本部では私の講座は日本でもまったく前例のない講座なので注目していると電話があった。やれることはやって生徒さんたちと人生を謳歌していきたい。プロを何人も送っていきたい。


8月14日(土)
今日は、昨日のリハが思わぬ展開をみせ嬉しい限りの気分で2時過ぎに眠ってしまった。リアルと朝の1時くらいまでHideLightで語り合った。彼は若干27歳。しかし物事が深く分かっている。私も出来るだけサポートしたいと思う。結局バンドは棚から牡丹餅は落ちないのだから自分で切り開くしかないとの結論が出た。90パーセントの才能と10パーセントの努力だ。
高知で行われるフルーツフルナイトに五郎ちゃんが楽器を持って遊びに来るように誘われた。
嬉しい限りです。そしてその前後にパーカッションの青山氏と高知市のライブハウスに出演することも決まった。来月も高知に行く。


今夜お盆休みを兼ねて同窓会を開くことになった。私の電話と旧友のメールでかなりの数の同窓生が集まりそう。我々は本当に仲がいい。ぱっと呼びかけるとさっと答える。楽しい仲間だ。


寄居は本当にいいところだ。自然もあるし人が何と言っても素晴らしい。垣根を作らずどんどん人が入ってくる。こまめに声をかけることも大切だね。これから世界中を旅することになると思うけど、帰る場所があることは何と言ってもいい。素敵な先輩可愛い後輩気を使わない仲間。財産ですね。



8月12日(木)
高知から帰ってきました。それはもう収穫のある旅でした。それではその旅を書きます。
8月8日朝8時に寄居を出発。孫たちと車で羽田に向かう。今回は羽田に車を置き高知に行くことにした。かな大きいスーツケースを持ってそして晴翔を抱っこしての旅になるのを予測したため。ナビで入力ミスで羽田の駐車場を入力したのに成田に向かってしまった。浦安から引き返し羽田へ。ま、そんなに遠くなかったので慌てることもなかったが。フライト1時間前についたのでゆっくりコーヒーを飲んでいたら搭乗口でいろいろ引っ掛かりゲートまで4人で猛ダッシュ。晴翔もよく走ったなあ。飛行機は快適な時間だった。ipadを持ち込むとあっというまに時間が過ぎる。いつも思うのだけどipadのイヤホンは音漏れも全くなく快適。空港から市内への直行バスで高知市へ。8日は何をしたのか・・。いろいろと夜の世界を一人で探索、そして沈没。


9日は家族で高知城へ。孫たちの健脚に驚く。晴翔は高知城までの急な坂道もへっちゃら。高知城内も一気に登る。ハトに餌を与え戯れる。晴翔もすぐに自分でも餌をあげだす。夕方、五郎ちゃんと連絡を取り合い落ち合って、ホテル内のぶたやさんに行く。美味しい料理に感動。朝バイキングを家族で食べたので美味しさを予測した通り。五郎ちゃんと一緒にジュリアンさんのお宅に伺い花火見物。10階にお家があり花火観賞には最適。五郎ちゃんとは、久しぶりに再会だったので話は進む進む。そしてこの12月には一緒のライブをお願いしている。五郎ちゃんも「そうか、元気になったか。バンド頑張っているな。ええこっちゃ」と喜んでくれこちらでの私の変化、行動も直ぐに分かってくれ嬉しい限り。またジュリアンさんの家庭の温かさに感動。孫の晴翔は花火を最初は大変怖がったがジュリアンさんの息子たちにあやされ最後は私の膝の上で花火を鑑賞することも出来た。いやあ感動した。素晴らしい息子たち。6人兄弟です。


10日は「よさこい祭り」に参加するため鳴子を購入。ひなちゃんは格好に凝るため衣装を高知の友人から借りていたので喜んでいた。ぐだぐだするうちに集合場所に集まる。追っ手小学校グランド。そこで衣装に着替え市民憲章の踊りを練習しいざ出発の時晴翔が迷子になり捜す。結局小学校のところで見つかったのだが・・。そして大手筋通りで踊る。市民憲章のサウンドは生音が特徴。それも正木五郎ジュリアンというリズム隊が素晴らしい音を繰り広げる。天下一品の音だ。それにクンチョウさんの歯切れのよいギター。まあ坊の歯切れのいいボーカル。
ひなたもそこそこ踊れる。晴翔は身体が自然に踊りだすようだ。楽しい。晴翔は20分くらい踊りで一時休憩。ふたりで「ひろめ市場」に行く。ここでも若い女の子に晴翔は人気者。二人で四万十の料理を美味しく頂き帯筋にでたらちょうど市民憲章が躍っていたので最後尾に参加。ホテルまでついて歩く。楽しい。。


11日は天気が不順でびしょ濡れになることを予測して坂本竜馬の生家桂浜の竜馬資料館の見学。レンタカーを借りているので、快適。レンタカーのプリウスは燃費もハイブリッドなので脅威的にいい。
そしてホテルから旅館城西館に移動。高知での有数の旅館でサービスも素晴らしい。天皇陛下が高知にいらっしゃる時は必ずお泊りになる旅館だ。風呂も素晴らしい。晴翔と満喫!!料理も美味しかった。食後一休みしているときローローズの青山さんから電話が入り五郎ちゃん由美ちゃん青山さんと会う。そこで山海塾という舞踏グループの主催者に会う。私より一つ年上。このグループは海外で人気を博している。フランス、ブラジル海外に公演している。削ぎ落とされた肉体一つを見ると海外での人気も分かるようだ。また人柄がとてもいい。奢ることなく淡々としている。青山さんとブラジルの話で盛り上がっている。青山さんはパーカーションでブラジルに何回も行かれている。彼の師匠はブラジルの人だ。楽しい夜は続く。由美ちゃんは五郎ちゃんの恋人だ。とても素晴らしい人です。そしてみんなで「オーイエイ」といお店に行く。マスター浜田氏はアラブ人の格好をしていたむちゃくちゃファンキーだ。誰が歌ってもオーイエイと叫んでいる。カラオケもあるのだが浜田氏自ら鍋を叩くは天井は叩くはもう大騒ぎ。五郎ちゃんも楽しんでいる。
そこに見覚えのある顔の人が入ってきて暫くは静かに飲んでいたのだがその人のグループが五郎ちゃんに気付くと大声をあげて「五郎さん」と五郎ちゃんに飛びつく。ウルフルズのバンマスケイスケだ。彼は再会に大喜び。二人のツーショットを撮っていた。午前2時に解散。五郎ちゃんと12月の打ち合わせで来月会うことを約束し別れる。高知になる感じがする。


12日は城西館の風呂にもう一度入りたかったのだが、時間がないため帰る準備をし朝食会場へ。いやあここでも感動!!今度はゆっくり来よう。そして11時15分の飛行機で帰ったのです。
多くの人との出会いに 心より感謝します。良い夏休みでした。



8月4日(水)
GOD HAND知っているだろうか?キリストが手を当て病気の人を治したということが聖書に書かれている。そして、聖書にそのことをことさら大きくはとりたてられていない。神の子キリストは様々な弾圧を受けながら救世主として存在している。私も気功を勉強すればするほど、手から放たれる「何か」に執り付かれてしまう。この手から出るものその「気」というものは、勉強すればするほど、そして錬功すればするほど高まって行くのが自分の身体で実証されてくる。
人に説明することは、難しい。分かってもらうことは更に難しい。太極拳は太極すなわち「宇宙のいのちの元気」を手に受け止め極めて行くことだが、拳すなわち手で感知し手をセンサーとして物事に対応していく力を高めていくことが太極拳なのだと思う。岩崎公園に毎日いらっしゃる人の手のセンサーは高まっていく。わたしのやることは各自が自分の仕事でそれを活かすことを願っている。昔から人に話していたが気が出ること(外気功)は優劣はなくその人が生まれてから備わっている気を自ら出してくことが大切だ。出ていることにより組織を作り無謀な集団と化し世の中を震えあがらせたA氏のことは覚えていらっしゃると思う。彼はある日突然とそれを会得し多くの信者に見せて行ったのだろう。奇跡的の現象は人を惑わす。そして魅了する。


世に出ている傑出した人物はそういう人なのかもしれないと最近思うことが多い。ピカソ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、モネ、詩人ではボードレール、ランボー、萩原朔太郎、金子光晴、立原道造、中原中也、田村隆一、谷川俊太郎、・・沢山いる。評論家の小林秀雄はこういう現象について深く語っている。列挙すれば限がないので書かないが世にいる巨人たちである。スポーツ界でもサッカーではペレを始めワールドカップで多くの人々を魅了させた選手だ。今回のワールドカップで日本の本田選手もこれからもっと世界にトップ選手として活躍するだろう。



8月3日(火)
秩父で朝散歩しているとき(ホテルが秩父霊園の近くなのでこの周囲を散歩するのだが)悲しいお墓に出会った。そこは草に埋もれていた。早速私が草を刈り取り綺麗にした。そこは戦没者が眠るお墓だった。墓石も立派で英霊を収めたお墓だ。散歩している高齢の方に「御苦労さまです」と声を掛けられた。今度来るときは線香を捧げたいと思う。祈りを込めて。


英会話を始めたいと思う。英語歌を聴いてリアルに直に頭に入れたいので。訳詞を読むのではやっぱり悔しい。英語は世界の共通語なので喋れないと。


ボブデイランのインタービューDVDを購入した。凄い。アレンギンズバーグも出席している。若干24歳のデイランがすらすらと質問に答えている。その中で今後どういう曲を書きますか?の質問にデイランは「交響曲」と答える。何ともはや多くの大人たちと対等にお付き合いをしはぐらし答えを風の中に隠していくデイラン。神が生んだミュージシャンだと思う。ピッツバーグ賞
を貰った写真集を眺める。表紙は車に乗り込んだデイランをファンの女の子が神様を見つめるように祈りをささげている。デイランは平然と遠くを観ている・サングラスをしているので目線は
見られないが。どの写真も秀逸だ。相当デイランに近い写真家が撮影している。この写真集を皆さんは見たほうがいい。一枚一枚の写真がデイランを物語っているから。眺めていればいい。デイランにどうしてここまで惚れ直したのか説明は出来ない。歌も存在も全ていい。
デイィランは70歳を越えた今でもエンドレスコンサートと称して毎日世界中で歌っている。
ディランのHPを見るとそのスケジュールが出てくる。毎日いろんな場所で演奏している・40年ぶりのミリオンセラーを出したディラン。アメリカが掻き回されているようだ。デイランの訳詞を日本で読むとき一度中国の人に訳して貰ってから日本語にしたほうが分かりやすいと読んだことがある。文章の文法が似ているからだろう。中国の人たちはディランを分かっているのかも。日本人の英語教育は最悪で会話が6年義務教育そして大学で学んでも喋れない。可笑しい。英語はまずマスターしないと、これからの子供たちは。友達のギャビンも嘆いていたな。今、彼はオーストラリアで技術者として働いていると風の便りで聞いた。元気だろうか?私のHPを見てくれているだろうか?インターネットは世界共通だから。私のメールボックスにたまに海外の人からメールを来る。それは私がコンテンツに音楽を載せているからだろう音楽は本当に世界共通だ。以前ロンドンのパブでジュークボックスでボブマレーを書けた時スイスの若者に「
GoodMusic]と言われ握手を求められた。コミットメンツも掛けたなあ。そしてイングランドの人とサイモン&ガーファンクルの話をした。言葉はたどたどしいが分かり合った。こてがミュージックの素晴らしい世界。あの旅は、本当に楽しかった。SさんMちゃんYちゃんHちゃんマーロン最高のメンツだった。御迷惑もかけたけど。ロンドンでのチャーチルのホテル。湯たんぽ事件。今でも笑える。そしてウエルズの風景。懐かしさになみだも出てきてしまう。Yちゃん今は寄居にいない。親友だった。でも今でもそう思っている。


寄居町に新町長が誕生した。時代が求めていたのだろう。健康に留意して邁進して欲しい。
明るい役場を!!願うばかりです。職員の人たちがとにかく働きやすい環境が必要だと思う。
寄居町の職員は明るいですねと言われると町民としても嬉しい。商工会の若者が頑張っているのだから一緒に経済も盛り上げ私も参画したい。医療も予防にお金を掛ければ医療費は必ず減る。そのキーワードは思考の明るさだと思う。前向き即実行。新町長に期待したい。



8月2日(月)
昨日のミューズパークのコンサートは私にとって大きな意味があった。観客の人の多さとかいうのではなく自分の音楽が一人でも分かる賛同者を得ることである。結論からいえば成功であった。誰かの胸に刻まれたことは間違えはない。そして演奏を共にした荒川団の友情に深く感謝します。彼らは私が病気に苛まれているとき全員でお見舞いにも来てくれたし私にとってかけがえのない友達だ。彼らの演奏も昨日も良かった。自分たちのやり続けている音楽に対し忠実だしそしてバンドの楽しさを十分知っている。JIROKICHIでの演奏が楽しみだ。


私が曲を歌いきった時数秒遅れて観客の人たちの声援、どよめきがあった。その数秒間に酔いしれた。一緒に共演した人で、デイランを演奏した人がいた。形は確かにデイランだが、・・・
デイランは詩を訳するのは非常に難しい。しかし日本人なのだから日本語で歌うべきだと思う。日本語に訳したって難しいのだから。ヒントは中山容さんの訳詞を1万回読むことだと思う。
そん言葉から、多くのフォークシンガーは歌を作っている。その最たる人は友部正人だろう。
彼は彼自身だが或る意味でデイランそのものだ。「ニンジン」「街は裸で」「まるで正直ものように」「遠雷」「な画素機慕情」「大阪からやってきた」「誰も僕の絵をかかないだろう」・・・小柄な人の中に壮大なエネルギーを感じる人だ。


心頭滅却すれば火もまた涼し。本当にそのような状況の中でのコンサートだった。ドラムのたっちゃんに熱い時期の野外はお客さんがしんどいね。と話したら「とりさん夏だからいいのですよ」と話された。本当に夏だから野外はいい。今度はたっちゃんと共に日比谷野音で演奏してみたい。日比谷野音は真夏でも森の中にあるため必ず風が吹く。観客でもいいね。


中学校の同窓会の仲間に太極拳を指導した。みんな熱心ですぐ覚えた。月一回この楽しい会を続けたいと思う。皆をいろんな場所に連れて行きたいと思う。この中学校の同窓会のテーマソングがYouTUBEで流れている。作曲者として光栄に思う。あの歌は或る意味で完結出来た歌だ。詞も素晴らしい。




7月31(日)
「レイキ」この言葉を御存知だろうか?漢字で書くと霊気となる。自然界から授かった気の事を言います。キ(気)はキリスト教の文化では「光」あるいは精霊として、中国の人々には「気」として、ヒンドゥー教では「プラーナ」カフナ(ハワイの呪術師)の言葉では「マナ」として知られている。また、「バイオプラズマ」や「宇宙のエネルギー」なども同様に「気」のことを指している言葉である。レイキは19世紀末の日本において、キリスト教の牧師であった臼井みかお先生によって再発見された。・・・レイキは日本語で宇宙エネルギーを意味する言葉である。この自然のヒーリングパワーであり、人の手を介してよりパワフルに集中して流れていくのである。


この不思議なる世界。しかし実存するのです。あなたもチャンネルをオンにして感じてほしいとこの本「レイキ完全本」に書かれている。


ハーモニカをコテツちゃんから指導受けている。凄い!!早速昨日のリハで吹いてみた。格段の進歩だった。音がハンドにより自由自在に広がる。コテツちゃんはスズキのハーモニカの新製品の販売に携わっている。今後どんなハーモニカが世に出てもコテツちゃんには無料で提供されるという。コテツちゃんの一言で私のも数本のハーモニカが届く。嬉しい。

7月30日(金)
もう7月も終わりだ。暑い日が続く。いろんなところを訪れた。北海道、日光、高崎、日立市、秩父、・・・。来月は海外に行きたいな。ヒマラヤに魅せられている。この少し過密なスケジュールをなんとか操って。台湾にも行きたいと思っている。高崎で知り合った中国の女性は四川省だった。  何かの縁だったのだろうか。
それにしても高崎は本当に面白い。


今日は橋井スタジオにギターの茂樹を除き全員集まる。これからLOVE BONEは開始する。素敵な音楽を創造しライブをして行きたいと思う。ジャンルは問わない。何でも感性に身を任せ演奏して行きたい。ハーモニカホルダーを藤倉楽器で買った。ホーナー製で優れものだ。
コテツちゃんが言っていたけど C D Fで十分な気がする。嬉しいな。


毎日を楽しく過ごしましょう。




7月29日(木)
今日は お休みの日。ゴルフの予定だったが同伴者のキャンセルにより無くなってしまった。連日の暑さを、心配してのキャンセルだったが、皮肉にも暑さは一息ついた日だった。ま、いいか。昨夜は歯科医院の暑気払い。いつになく盛り上がった。日ごろ緊張しての仕事ゆえ、緩むことも大切だ。二次会で来月ライブを行うHideLightに行った。素敵なお店だなとつくづく思った。秀くんのセンスの良さがお店にうかがわれる。このお店に今度のLOVE BONEのフライヤーがマッチしている。私のスタッフの子が作ったのだがいい感じだ。フライヤー作りも何度もトライしたが、今回は数段いい。フライヤーから音が聞こえてくる。



7月27日(火)
毎日雷様が暴れている。大気の不安定さが原因だが、夏はまだ来ないのか。
本当に縁が繋がって広がっている。柴崎さんのお陰で今日の夜は 素晴らしい人たちに会える予感がする。嬉しい限りだ。


道教は東洋医学の重要な哲学です。道教に守られ東洋医学は4千年前から発展してきたのです。孔子は老子に一度だけ会ったことが書かれています。その時、老子は牛に乗っていたと書かれています。いったいどういう会話をしたのか、すごく興味があります。
道教の礎はタオです。この世界に浸かってしまうと 人間であることを忘れてしまうことがあります。動物なのか植物なのか生命起源の物質にも遡ってしまう。太陽系の前の世界にも繋がってしまう。言いかえればそのスケールの大きさに肝が震えてしまいます。様々な現象が見えてくることもあります。柴崎さんが論語を縦軸に老壮学を横軸にと話されましたがまさにその通りだと思います。そのくらい看破しなければ誰も存在を失ってしまいます。私は柴崎さんのような人が側にいて救われます。柴崎さんは寄居町の商工会会長です。


何か日々思うことがツイッターのエッセー版のようになってしまっていますね。




7月26日(月)
昨日は孫たちを連れ茨城県のひたちなかに行ってきた。海岸の名前は忘れてしまったが太平洋の海と言う感じだった。この頃の天気を象徴しているかのように波は高く海水浴と言うより波乗りと言う海だった。孫たちは波の恐怖に怯え水際で遊ばせていたが、晴翔は波が来るたびにダッシュで砂浜を駈けあがっていった。その素早いこと。笑ってしまった。本当にこの子は敏捷だ。そして海の家の近くに焼きそば屋さんが露店で商売していたが一緒に売っていた焼きトウモロコシのうまいこと旨いこと。無農薬だと言っていた。売っている人は明らかにあっちの筋の人だったが。
海はとても生温かくべとつく。そんな感じが 少し嫌だったが、パラソルの下で熟睡してしまい日焼けもかなりしてしまった。この日焼けのアフターに万能酵母君は優れている。友人の恒木床屋さんに勧められた皮膚の万能薬だ。この酵母君はアトピーの皮膚の治療に用いられている。床屋さんパーマやさんのみ購入できる。検索して見てください。


東北自動車道で帰ってきたが、途中羽生で雷雨にあった。すさまじい雷だった。その後の夕焼けは清々しい光だった。夏の雷ではまだない。高気圧と低気圧が上空でぶつかりあっている。
夏本番はいつ来るのだろうか。


岩崎公園に行き木の下にある雷で落ちた枝を拾っている。枯れ枝ばかりだ。ときには生の枝もあるが。この木が落雷を受け家を守っているのだ。感謝です。自然界は本当に素晴らしい。


7月25日(日)
今日は家族とそして友達と茨城の海に行く。太平洋の海はきらきらしていて気持ちがいい。満喫したいと思う。海の風、光を浴びたいと思う。孫たちもいい思い出を作るだろう。


昨日は昼休みにこてつちゃんの治療をした。類まれなる舌の感覚を持っている彼の口腔内の神経は他の人とは違っていた。しっかり治してあげたいと思う。帰り際「トリさん、お礼にハープの個人指導をしてあげるよ」と言われた。私の好きな楽器なので、とても嬉しかった。スキルアップしたい。


mixyのつぶやきがとても面白い。私は好きなことを勝手に無責任につぶやいている。


BOBDYLAN SAMCOOK OTISREDDING JAMESBROWN MUDDYWATERS
RAYCHARLES アレサフランクリン BBKING ROBERTJOHNSON・・・・
Ipadで聞きまくっている。実に楽しい。今日は海にも持っていく。機械は実にタフなので大丈夫です。


人に相談して指導を受けて・・。精神科のカンセラーよりはるかに優れている。精神科はその上薬を処方する。薬を切る時期は、まるで分かっていない。困ったものだね。私は鬱の薬は自分で断ち切った。これからは、決して薬に頼らず生きていきたいと思う。明るいこと明るい人に出会っていきたい。沢山出会いたい。導いてくれた柴崎さんに感謝しています。



7月24日(土)
昨日は本当に暑かった。連日体温より暑い日が続いている。昨夜はLOVE BONEのリハ。
橋井スタジオでした。このスタジオは中学の同級生の人から紹介してもらった。ものすごいスタジオでした.わがバンドは人数が7人から8人ほどになってしまうので、今までお世話になった奥村スタジオではとても入りきらなくなってしまったからだ。橋井スタジオはとても心地良い空間だった。これからも音づくりを目指し直していくという。使う人は機材について精通していることが、大切。


躁病について。躁病は誇大妄想、眠らない、活動の激しさなどの症状を現す。実現出来ないことも吹聴するなどもある。
この点について今の私を考えてみる。まず、しっかりと熟睡していること。5時間~6時間。そして仕事に関しては明らかにスキルアップしている。この点が私を判断する時最も重要だ。患者さんを昨日は受付の子が心配するほど午前午後も多かった。時間のかかる難症例の
人たちも多かった。最近他の歯科医院からも私への転院が多い。これは実際に私への治療の期待感と私の技術が浸透してきたことがある。この点については私は28年間本当に勉強した。そして一人ひとりの患者さんから学んだ。その蓄積が病気になってから開花したように思う。スタッフも私の成長に驚いている。訪問診療でも状況難しい環境で次から次へと義歯を作っている。時には診療室でも難しい患者さんにも出会う。しかし私は作っていく。これが躁病なら口先ばかりで何も進まない。私は診療スタイルは寡黙だと思う。患者さんのために出来ることはやっていく。


今日コテツちゃんから連絡があり東京から通うという。今日は痛みがあるためその処置になるが、今 日本で輝くプレヤーの口腔内をしっかり治してあげたい。何故こんな遠くまでいらっしゃるのだろうか?6月に寄居でライブを演奏をしにコテツちゃんは来たのだがその時クリーニングしてあげた。その時の感じが彼の琴線に触れたのだと思う。東京から患者さんが増えることを私は望んでいる。実際東京で治された患者さんの口腔内を拝見したが首をかしげることも多かった。泊まりがけで来ることもコテツちゃんの場合は多くなると思う。


バンドに関しても明らかにスキルアップした。昨日のリハはリズム隊と3人だったが何も心配なかった。たっちゃんの顔もまっちゃんの顔も安心してプレーしていた。これが躁病だと風呂敷ばかり広げ音がからしきだめと言うことになってしまう。ハーモニカもギターの手を休め吹いた。
ベースラインを聞くだけでいい。ドラムスが歌っていればそれに合わさればいい。グルーブも生まれ温かいサウンドにもなる。とにかく結果が出来てなければ何も始まらない世界だ。
病気を治し元気になりすぎていると人は言うが元気なだけではだめだ。形になっていなければ。まだまだ いろいろ検証出来るが、太極拳の指導に行くのでこの辺で止めておきますが、一つ大事なのは手が気を発するのが、大切で毎日そのために錬功していることが、成長を確かなものにしている。これからは実績をあげてこのことをみんなに教えてあげたい。


7月23日(金)
あっという間に10日間もこの思うことに書きこむのが過ぎてしまった。ツイッターに横尾忠則氏のように書きこんだらめんどくさくなってしまったのも事実だが、このコンテンツを楽しみにしている方もいらっしゃるので書こうと思う。
18日にsangamでリアル君のバンドイケメンブラザーズのライブが行われ観に出かけた。素晴らしい夜だった。これは体験してみなくては分からない。上質の音楽と品質さも感じられるステージだった。サンバナイトと題されたライブだったがサンバの踊り手の人たちも素晴らしかった。またsangamのマスターのパーカッションも素晴らしかった。技術は日本でも有数の人なのが
納得した。sangamは熱い!!
翌日は 高崎観音山のふもとにある護国寺でピアニストのまあチャンに太極拳を指導。飲み込みが早く寄居で教えていることをすぐに覚えた。彼女は早く手から気を出し素晴らしいピアニストになることと思う。そしてふたりで観音山の裏側にある「洞窟観音」を訪れた。言葉を失った。山徳さんと呼ばれる人が一人で50年間を費やし造られた世界だ。霊気もたっぷり感じられ足がすくんでしばしば動けなくもなった。今、思い出しても震えがくる。


高崎が実に面白い。友達がたくさんいる。ギターリストの浅見ちゃんとホリケンさんで高崎で輝くBARリッスンでセッションした。5時間が楽しくてあっという間に過ぎた。浅見ちゃんも歩くことが大好きで碓井峠も歩いて登ってしまう。私も歩くことが大好きなのでふたりで「お、遍路」というユニットを結成した。面白いなあ。


21日22日は娘の旦那さんの両親と家内で日光の湯の湖にヒメマスを釣りに出かけた。素晴らしい自然だった。男体山は霊峰と言われるくらい神々しかった。そして早朝一人で湯滝に出かけ嬉しかった。といのもここは国立公園の中にあり植物が活き活きとしていたからだ。泊まった宿も「休暇村」というグループが全国に展開していてこんな世界もあるのだと知ることが出来た。是非ホームページがありますので、休暇村で検索してください。


7月13日(火)
昨日から朝の太極拳で瞑想を指導始めた。これは重要なる内容です。体操ばかり追い求めていても仕方がないのです。仏陀の調息法をベースにときにはヨガの呼吸法も用います。


新しく来た車は信じがたい動きをする。小回りの操作性も抜群だ。


7月9日(金)
北海道から帰ってきました。あちらも蒸し暑かったですがこちらに比べれば清々しっかたですね。2日間で2ラウンドのゴルフ。全部歩きました。少し疲れましたけど太極拳をやりながら疲れを消して歩きました。苫小牧のある寿司屋さんで皆で飲んだり食べたりしましたがその美味しいこと。北海道地場の御馳走を堪能しました。若い奥さまと二人で経営なさっています。
鯖ずし絶品でした。


朝は千歳神社にお参りをしました。素晴らしい神社で私は嬉しっくって堪りませんでした。
北海道を守る神様がいらっしゃいます。これから何度も訪れる予感がします。


12月23日にJIROKICHIで正木五郎ちゃんリアル、アツコ、私でSHOWを御見せすることが決まりました。私としてはこのバンドでツアーをしたいと考えています。私もどんどん行きますぜ。


7月6日(火)
この日々思うことも週1回のペースになってしまった。いろいろなところに風のように出かけている。とにもかくにも私の拠点は朝の岩崎公園にて太極拳を行うことより始まる。公園の木から私を浄化してもらう。このことは私にとって大切なことだ。明日より北海道にゴルフに行くがどこかの公園に立ち寄り木を見つけ太極拳をしたい。


日曜日新しくバンドのメンバーになったリアル君が主催するセッションに、高崎に出かけた。
お店は「サンガム」住宅街にあるため音が漏れることを心配したが いらぬ心配だった。各自が漏れないように演奏するのである。ヴォーカルもウイスパーの状態だ。それがそれがグルーブするのである。リアル君がこの状況ならボリュームが小さいのは仕方がないです。でもその音に全身全霊が傾けなければいけないと思う」と話していた。まさにその通りですね。
集まった若者はリズム隊はJIROKICHIのレギュラーだという。凄い腕だった。私が演奏前に曲の構成を 伝えただけで完璧だった。9月からいつも行きたいと思う。


会社を起こそうと思って動き出した。その会社で重要なスタッフになる子を引き抜いた。



6月29日(火)
私の行動があまりにも広がり書くことまとめることが追いつかない。手帳も急な約束は入るのであちこっちにいってしまう。さてさて先週を振り返ると月曜日から公園で太極拳の指導が始まった。数人がくるだけだが、これから多くの人が来る予感がする。そのためにも寄居町の健康学習として太極拳を取り上げてもらうことを考えている。福島県の喜多見市は町興しの
一環で太極拳を市全体で行っていて朝から夜まで市民が太極拳づくしだ。昨日市の担当の方とお話をしたが頑張っている印象を感じた。ちかぢか喜多見市を訪れたいと思う。
太極拳パワースポットで行うと凄いのなんのって。身体にエネルギーを充満することが出来る。


先週の土曜日リアル君とのギグは素晴らしかった。あのレヴェル人と音を合わせたのも初めてだ。私は、全身からエネルギーを放出しづけた。彼は日本でもトップクラスいや世界でも有数なミュージシャンなのには間違いない。人柄も素晴らしいしまだ27歳。またやりたい:JIROKICHIには私のバンドに参加する。そして彼とのGIGも考えている。




6月23日(水)
今朝も生温かい。いやな気温だ。これも梅雨。紫陽花が実に綺麗だ。
30キロ痩せて私の身体はその層が気に置き換えられた気がする。太極拳をやっているとよく分かる。今週は素晴らしいミュージシャンと出会う。心が躍る。
房さんCHARポンタ氏の演奏をYOUTUBEで観る。司会者が「神々の饗宴」と言う。そうなんだなと思う。演奏はゆったりとしている。



6月22日(火)
先週は和倉会の旅行で新潟に出かけた。バスの中、中学校卒業以来の仲間にも沢山会え不思議な気持ちになった。楽しかった。それだけでだ。念願の弥彦神社もお参り出来たし幸せでした。お神楽には東京から来た人たちが本格的な舞台を献納していた。一番上の御老人に会ったが素晴らしい方でした。寺泊での買い物も心弾んだ。昼食でも宴会。朝も宴会・・・。海の幸も震えるほど美味しかったしとにもかくにも雰囲気がとにかく良かった。中学で一番仲の良い友酒井康ちゃんとの再会は嬉しかった。語った語った。彼は大企業日立の総務部の部長さんだ。大出世なのだが淡々としていて素晴らしい。定年後は寄居においでよと何度も誘って。彼が来れば私の人生もより輝く。


太極拳も昨日より始まった。これから増えるだろう。朝の大気に浄化されること。幸せだ。私の目的は太極拳で内臓脂肪を落とすことを みんなの目標にしてもらい指導していきたい。
本庄の石川さん今日から来るだろうか。



6月16日(水)
いろんなことに興味が沸いている。ただ諌めるところは諌めなければ。
足の裏の感触がすっかり変った。これだけ歩いているのだから変わるのだろう。贅肉がすっかりとれ(そうなんです。足の裏手のひらにも脂肪は太っているとしっかりついています)甲が薄くなり足の指の先が大地を踏みしめる形になってきた。歩くための筋肉もついてきた。高崎の友達に「歩くと太ももの後ろの筋肉がついてくるね」って言われ私の足もそのようになってきた。
最近は散歩中時には走ることがあるが、苦にならなくなってきた。んんん凄いなぁ。


LOVEBONEの活動も再開する。木曜日に奥ちゃんのスタジオでデモCDを制作する。オリジナルを吹き込みそれをメンバーに渡すためだ。曲も沢山出来上がった。リアル君との音合わせも非常に興味がある。待ち遠しい。


風のように歩きたい。


6月14日(月)
とても楽しい2日間だった。ホトケさんコテツちゃん秀ちゃんとどっぷり時間を共有し大満足。
演奏もじっくり観られたし私にとって有意義でした。いろいろ書くことがありますが、ホトケさんの私に対する思いやりに改めて感謝しました。今、活動的に動いていますが 身体は節制し頑張っていきたいと思っています。まだまだやることは一杯ありますゆえ。


散歩は今日も雨の中歩きましたが日曜日の3時間にわたる散策は楽しかった。泊った高崎ビューホテルから高崎観音山への小ハイキング。護国寺も清々しく素晴らしかった。また私の気功の先生の事務所を訪ねたが当時の場所には、なかった。しかしその代わりに近くに先生がいるお店だと直感した。人間の修理というお店。先生らしいなぁと思った。今度昼間訪ねたいと思います。


私の声も大変貌した。みんな驚いていた。ギタープレーをお見せできなかったのが残念。。
この2日間の出会いはたくさんあったが高崎でリアル君という若者に会い嬉しかった。彼はコンサートの企画自らのピアノプレー(これもコテツちゃん折り紙つきのプレー)そして北関東ニューオリンズ計画を実行していて素晴らしい!!私のバンドにも参加してくれるとのこと。JIROKICHIは彼と一緒にえんそうすることも決まった。音楽界でマルチの若者にあったことは私の人生も大きくステップします。


6月11日(金)
いよいよBluesParadiseも明日になった。ホトケさんから到着時間のメールが携帯に入った。わくわくする。2日間どっぷりとホトケさんKOTEZちゃん秀ちゃんとお付き合いをさせていただく。寄居でのチケットは完売。おかげさまです。高崎はまだ若干あります。


6月8日(火)
先週の週末は楽しいことばかりでした。土曜日はさち庵で第2回小学校の同窓会の打ち合わせ。
私の原点である小学校の友達。久しぶりに会い笑い声の飛び交う時間でした。来年2月11日に決まりました。


日曜日:午前に孫たち家内と晴翔君の誕生日プレゼントを買いに熊谷へ。トイザラス、オーソルティスポーツへ。楽しかった。オーソルティスポーツ最高!!短パンを買いました。熊谷「やじま」の蕎麦を堪能。帰り途中でYANASEへ。試走しましたベンツ。もう最高!!やはりいいですね。夕方奥ちゃんスタジオで荒川団の人たちとリハ。楽しい時間でした。彼らの繰り広げる世界は素晴らしい。夕食にみんなで金太郎へ。そこで決まりました.JIROKICHIへの出演。10月10日です。JIROKICHⅠのブッキングマネージャーたかちゃん快諾。嬉しいですね。
3回目のJIROKICHIでの演奏です。横浜のみんな来てね!!寄居からも来てくれると嬉しいな。楽しまなくっちゃ!!



6月5日(土)
昨日は仕事を終え家内と孫の晴翔を幼稚園までお迎えに行った。孫は3人いるのですが、可愛くて仕方がない。眼の中に入れても痛くない。娘の子も昼間は我が家で遊んでいる。昨日は
私の部屋で遊び本を片っ端らからいたずらをした。でも可愛くって怒れない。一緒に生活している幸せを病気をした今噛みしめている。家族は多いほうが楽しい。
さて晴君と彼のシューズのお買いもの。彼は運動神経がとてもよく野球、サッカーなど ちらちら才能を見せている。先日はゴルフ練習場にも付き合ってくれた。専用のクラブを息子が作ってくれたので、彼もその5番アイアンを持って勇壮に歩いていた。その彼が幼稚園で駈けっこをして負けたのだそうだ。ママに黄色いシューズを買ってと強請っていたので私が買うことに。
何故黄色いシューズかというと早い子がその靴を履いていたのだそうだ。おかしくって家族で
笑ってしまった。


帰り道、礼服を買いに大型店へ。太っていた時にはまるで縁のなかったお店でしたが、今では
サイズがあり気軽に買い物が出来る。夏、冬用で20000円割引。最近は軽い服を何故だか好む。眼鏡も軽くした。篭原にある田口眼鏡店は、店主は高校時代からの友達だが腕が本当にいい。ぼやけていた焦点もきちんと矯正してくれ快適な生活を送っている。眼は本当に大事だ。お勧めですー田口眼鏡店(熊谷市美土里町です)


iPadを購入して1週間が過ぎた。このPCは本当に優れモノだ。私のPCからダウンロードをして様々な情報を取り入れている。Window7も軽快でとてもいいがiPadは小さいながらも
パワー十分です。8000曲をなんなくダウンロード出来た。備品も少しずつ集めている。画面保護のシール、イヤホン、ドッグ(この呼び方が気に入っている)持ち運び専用の鞄。そして専用のペン。北海道、高知の旅行を控えているがいいお供になってくれるだろう。



6月4日(金)
昨日は何年かぶりに寄居CCの競技に参加した。寄居CCに行く前に篭原練習場で新しいドライバーをチェックをしてから臨んだ。最初のホールで左に引っ掛けロストを心配をして暫定球。
結局見つからず5打目を 右に。そのホールはロストを含め10。同伴者にだめ押しをされた。
この雰囲気が競技なのだね。その後は トリペースで。8,9とボギーを取り・・・。OKなしは面白い。パットはそれなりにいい感じだった。お昼ごろになると初めて会った同伴者とも親しくなりいろんな話をする。みんな真剣だ。とくに川越のUさんはロストになって打った場所に戻り
そのあとワンオンしワンパット。ボギーで上がるという素晴らしいプレーを見せてくれた。友達の根津ちゃんは寄居でシングル7.さすがのプレーを繰り返し43・42それでも不満足。
練馬から来たUさんも真剣でAクラスの近いプレーを見せてくれた。んん、私は競技の時のタフさが毎朝の散歩で培われて来ているがゴルフのアスリートの練習方法は24時間その生活にならないといけないことを思い知らされた。一合一会の人との触れ合い。私は楽しくやるのが
モットーなので雰囲気をつくることばかり行ってしまうが。礼に始まり礼に終わるのがこのスポーツの醍醐味だな。私も2年かけてAクラスに行くぞ!!!



6月3日(木)
6月はなぜかわくわくする。記憶をひも解くと1995年6月17日の日比谷野音のコンサートをプロデュースした思いがフィードバックするからだろう。他にもあるのかな。


月曜日は行田に出かけた。秋吉敏子さんのソロコンサートを観に行ったのです。きつねにつまれた気分だったです。いまでもそうです。始めてみる秋吉さんは、温かいピアノの響き力強い意志が伝わり「ほかほか」になりました。今でもあの秋吉さんのライブを観たんだと信じられません。柴崎さんありがとうございました。


今週は、午後は2軒の訪問診療をしました。総義歯を作ることになりわくわくします。ここでもわくわくかぁ。


今日は久しぶりのゴルフの競技です。これは どうなることやら・・。


6月1日(火)
今日から6月だ。今月もいろいろ予定がありわくわくしている。5月は本当に楽しかった。
即実行これに尽きる。天使は前髪に現れる。んんそうですね。すばやく行動ですね。


29日大宮での同窓会。楽しかった。みんな学生時代に戻って大騒ぎだった。2次会でギター弾き語りのお店に入りマスターに断ってからギターを借りて唄った。
翌日は朝 氷川神社への散歩。氷川神社は神々しく浄化されるようだった。こんなにすごい神社だったとは・・散歩の効力ですね。歩いた歩いた。家内と9時半に待ち合わせて六本木のTHE NATIONAL ART CENTERへ。オルセー美術館展2010「ポスト印象派」良かった。
建物は設計は黒川紀章氏。すごく感動した。ゴッホ、ゴーギャン、・・・・。ゴッホの自画像に吸い込まれた。家内はゴッホは何を言っているのだろうかと立ちすくんでいた。ゴーギャンの内に秘めたパワーは強烈!!絵も素晴らしい。お土産にモネの「睡蓮の花・緑のハーモニー」と
ゴッホの「星降る夜」を買った。入り口のところにあるシ・・名前を忘れてしまった。もう一度行こう。


家内とゆっくり素敵な北京料理のお店で。さりげなく東京はこういうお店がある。感動。早めに日比谷野音へ。公園の中をゆっくり歩くためだったが公園内に入るといきなり大音量。ドイツフェスタが開催していて楽しかった。ビールもクリーミーでとても美味しかった。ドイツの女の人も
沢山いて美人でパワフルでした。そのあと松本楼でコーヒー。庭にある巨木のイチョウの木に感動。小学生が手を翳していた。誰に教えてもらったのだろう。いい光景でした。


そしてBlues&SoulCARNIVAL。幸いにもお天気にも恵まれ堪能しました。ホトケさんはかっこよかったしホトケさんのスライド 始めてみましたがいいですねえ。そのあとホトケさんと売店のところでしばし歓談しました。私の健康をいつも心配していただいたのでお礼の言葉もありません。ソロモンバーグはアメリカからそのままステージに移動したようでパワフルな身体から発する声はやさしく素晴らしかった。構成も良かったです。


さあ今月はいかなることになるやら。


5月29日(土)
昨日は 清々しい一日だった。朝の散歩も毎日楽しみとして歩いている。昨日は家内と一緒に
寄居町の正喜橋で日の出を拝んだ。朝の太陽は冷たい温度のなかにすわっと入りこんだ例えようのない世界だ。素晴らしい。病気を乗り越えて本当によかったという実感を持てる瞬間だ。


今日は 大学の埼玉県支部の同級生の会(彩9会)の集まりが大宮で行われる。集まるメンバーは共に同じ釜の飯を食べた朋友だがとにかく仲がいい。1年に2,3回と集まるのだがその日を心待ちしている。20年くらいお互い仕事、子育てと忙しかったがある同級生の死が急速に我々を集めさせてくれ心おきなく会話をしお酒を飲み涙を流す。この仕事は 体力的にも精神的にもタフでなければならずスポーツ趣味などそれぞれが研賛している。



5月26日(水)
ツイッター、mixyが面白いのでそちらに顔を出して楽しんでいる。寄居町もITで若い人たちの
活気が感じられ嬉しい。1年を通しての寄居町の四季も感じられる。
私の活動するフィールドも大きく様変わりするので、このHP宜しくお願いします。人との縁というもの素晴らしいパワーを生み出す。私を救ってくれた愛車ジムちゃんに感謝をしながら私の
大切な足として野山を駈け巡っている。どういうふうに助けてくれのかというと薬で朦朧状態に
なってこの冬釜伏山を走っているとき谷底に落ちるのを小さな事故で私を目覚まし、車の破損だけで済んだことだ。



5月23日(日)
昨夜のホンキートンクのライブはトテモ良かった。地元出身のハシケン。そしてちえちゃん
ハシケンさんは秩父農工出身でお団子屋さんの息子とまあちゃんから教えてもらった。素晴らしい才能を十分感じられた。プロから愛されているのもよく理解できる。うずうずするなぁ。


ちえちゃん 性格もとてもいい子で、着実に階段を登っていて少しずつ開花されている。嬉しかった。
         君に咲く花   詩・曲 空の魚*ちえ

          数えきれぬ出会いと 別れを くり返し
         それぞれの道を歩み 君は今 ここにいる


          時は流れ過ぎ行き 痛みと孤独を覚え
          心を引きずり歩く そんな夜もあるけれど


          思い出して 君のことを
           変わらずそのままで
           背中を押してくれるから
          言葉が 笑顔が 心があるから


               大丈夫
          君の中には沢山の絆が
         君の中には沢山の笑顔が咲いている



5月22日(土)
暑かった。ふうう。今日から例年並みに落ち着くとのこと。


白鵬が完璧な相撲で優勝した。素晴らしい。心技体を充実させ白鵬は謙虚に努力するだろう。
日本の相撲道を確実に捉えていると思う。


朝の有り余る時間。贅沢な時間です。早起きは素晴らしい。主治医に勧められた昼寝を一休みと捉えられることにより身体も覚えてきて夜がぐっすり眠られるようになった。6時間はしっかり寝ている。有り余るパワーを秘めた人は言葉 声がやさしい。


5月20日(木)
天気が本当におかしい。最低気温は例年並みなのだけど最高気温、湿度が高かったり蒸したりと・・。春を満喫出来ないうちに梅雨に入ってしまうのだろうか。


相撲は幼い時から好きだったが今場所も時間があればテレビで観戦する。白鷗は他の相撲取りと雰囲気がまるで違っている。彼がどこまでの目標を持っているか分からないが一日一日の
相撲の質が実に高く感じられる。相撲は状況により技は変化する。品格も備わりこれから益々
強くなると私は思う。朝青龍も好きな力士だったが、品格が欠けていたのが残念だった


今日は栗原さんと奥秩父にイワナを釣りに出かけた。朝5時に私の家に来てもらい私の車で
秩父を目指した。途中雨が降っていたが現地に着くと雨は上がってくれた。渓流用の長靴を履き川に降りた。川の上流に向かい釣り歩いたが、結果は二人とも全くあたりがなくイワナを拝むことは出来なかった。数年ぶりの渓流釣りっだので私はまず感を取り戻すことが目標だったので釣れる釣れないは気にしなかった。普段の歩きとまったく違い渓流釣りの厳しさはやはり
辛かった。手には竿、仕掛けの上は木々が覆いかぶさりいろんなことに気を配りながら歩く。
そして水の冷たさは私の脳梗塞の部分を襲い久しぶりに病気だったことを思い知らされた。
もう少し慣れてくればてきぱきと行動出来るだろう。目の前には御巣鷹山がそびえ立っていた。


5月18日(火)
昨日は、暑かった。診療室にはクーラーを使い始めた。一定の温度にしないと、セメントなどの固まりが難しくなる。ツイッターが熱い。私のところに浜田幸一氏のつぶやきが入ってくる。
また横尾忠則さんのも入って来る。海外からもフレンドリーの要請が。あ、というまに世界中と
通信している。寄居町のYORIITARも熱い!!


診療室にアロマセラピーを導入した。患者さんの反応はどうかとわくわくしている。思い立ったら即行動だな。医療系は柑橘系がいいと言われているのでグレープフルーツの匂いにした。
私はヒノキも気に入っている。


先週の土曜日の飲み会はとても有意義だった。久しぶりにパワーのある歯科医にあった。秩父で小児歯科医として活躍されている。上町吉田歯科医院。
娘の大学時代の剣道部の監督だった人だ。素晴らしい。秩父の歯科医師会は私のお気に入りの小池先生が会長になったし年功序列を吹き飛ばす改革を行っている。



5月17日(月)
昨日は、爆睡でした。最近眠剤を飲まなくても自然にまかせ眠ることが出来るようになった。考えれば身体を適度に動かせば心地よい眠りが出来る。眠剤の代わりに1合のお酒ワインでも
飲めばころりと眠ってしまう。


体重を30キロ落とした。決して無理をすることなく体重は減っていった。朝の1時間の散歩と
家でのお酒を控えるだけを心に決めた。休みの日は 好きなゴルフにいそいそと励むと階段を
ゆっくりと降りるように減っていった。出来る限り「歩くこと」これに尽きるように思う。
そして減量したことによる日常生活の変化。これには驚くばかりだ。素晴らしい世界だ。極端に
太った人を見るとこの人の病気はなんだろうと思いを馳せるときがある。今までその世界にいたのに。胃も腹八分目に心がけると胃も慣れてくる。惰性で食べるのだけではなく、その日食事をゆっくりと楽しむことも大切。家内そして友人たちと共にする時間は格別だ。先輩たちともまた後輩たちとも。


おしゃれも手ごろに楽しむことが出来るようになったこと。これも最大な喜びだ。今までサイズの合う服を探す苦労は大変だった。ビッグサイズ専門店をインターネットで探し注文すれば経済的にも高くつく。それが気軽にお店でのショッピングが楽しめる。鬱は身の回りがお構いなしになる。今までⅠⅴで決めた友も鬱にかかりすっかり変わってしまった。医者も安易に薬を出しすぎる。失恋したら落ち込むのも当然だ。職場に問題があれば気苦労を重ねるのも当然だ。
そのことを薬を処方せず精神面のカンセラーをする大切さ。薬は人をどうにもさせる。振り回す。話が飛んでしまったけど薬で鬱を悪化させているのも事実。
自分を変えることは「明朗愛和」「肉体は精神の象徴、病気は生活の赤信号」丸山敏雄先生はおしゃっている。真理だ。
「苦難は幸福の門」そして「今日は最良の一日、今は無二の好機」「夫婦は一対の反射鏡」
「運命は自らまねき、境遇は自ら造る」万人幸福の栞から引用しましたが この言葉を噛みしめるとその素晴らしさに頭を垂れるしかない。17条あるのだけどどれも素晴らしい!!


早起きこの行動は何よりもいいことだと思う。ゆえ私は毎朝歩く。歩く。生の大地の気をいただきながら。みなさんも早起きをしましょう。そして日の出(太陽)の光を浴びましょう。

5月16日(日)
昨日は深谷の「花の湯温泉」に行った。12歳以下は入場できないため大人の隠れ家としてリピーターの多い温泉だ。ゆっくりと時間を過ごした。ああいい気持だった。
昨日の朝の散歩は何となく鐘撞堂山に登りたくなり鐘撞堂山~八幡山と歩いた。鐘撞堂山頂上からの眺めと朝陽から素晴らしい気を貰った。八幡山の頂上は小学校以来だった。我々
桜小学校の仲間は八幡山の巣から出て~の校歌のように今は日本、世界にと住んでいる。


今日はトンボ公園の総会と作業だった。作業は久しぶりの草刈り。機械もメインテナンスが良いためすこぶる快調だった。総会も無事終了。今年も作業、イベントと目白押しだ。作業は本当に何て気持のいいのだろうか・・。痩せたため今まで眺めていた作業服が着られるようになり嬉しかった。今年の大イベントは全国トンボサミットを9月に行うことだ。事務局を務める浩ちゃんが商工会青年部の方々と着々と進んでいる。


午後は熊高の恩師生物の高橋重雄先生の講演を聞きに家内と中央公民館に出かけた。
題は「寄居町の植物」朝の散歩で植物が愛おしくてたまらないので、先生の久しぶりの講演は
嬉しかった。先生がお帰りになられる時、寄居町の桜沢の鳥塚です。と伝えたら「はい覚えていますよ」と仰り驚いた。先生も80歳。少しも変わっていない。植物を研究するために沢山
歩いていらっしゃるからだろう。何て幸せな人生だと思う。いつまでもお元気で。今度先生のハイキングに参加したいと思います。



5月14日(金)
おはようございます。昨日は私が初めてメンバーになった高山GCに家内とスタッフでプレイしました。何年振りかなぁ。コースもすっかり様変わりしていました。気になるのはあの輝きを
失っていること。お年寄りの方ばかりで、若い人たちはいませんでした。平日昼食付きで6800円なのに。


夕方は和勇さんと小、中、高校の時一緒だった朋のお父さんのお通夜に行きました。彼は現在アメリカで会社を作り在住です。お母さんの入院で帰国しアメリカに戻ったとき、
お父さんの逝去の連絡を受け再度日本にとんぼ返り。そして彼の言葉の柔らかさ。行って良かった。和勇さんありがとう。


5月12日(水)
おはようございます。昨日はワインを少し頂きぐっすり眠りました。だいたい5時間~6時間ですね。愛犬レオ君が我が家に来てから孫たちも一生懸命に世話をしています。犬も家族の一人ですね。旅行もレンを連れての旅行になりそうです。


HORIKENさんがCDを初めて出しました。彼は私より少し上。Bluesデビューです。彼は私がホトケさんを紹介して即座にOK。彼のお店DeForeでのホトケさんの初めてのライブのとき涙を流していました。それから数年ホトケさんからいつもCDを出すことを勧められ友人たちが出資しこの五月に出来上がりました。最高の音です。参加ミュージシャンが豪華です。ホトケさんKOTEZちゃん八木ノブオさん高橋ゲタオさん・・・・・
通販かDeForeで販売しています。このCDを欲しい方私のメールkazutori@proof.ocn.ne.jp
まで申し込んで頂いてもかまいません。HORIKENワールドを堪能してください。


5月11日(火)
PCを交換したため少しお休みをしていました。元気です。
先週の土、日と家内の兄弟と鹿教湯温泉に行ってきました。素晴らしい湯で兄たちも姉も喜んでいました。旅館ごとに成分が違うそうです。私たちが泊った旅館は老舗で「つるや旅館」といいます。日曜日には松本市に行きました。松本城は外からしか眺めるだけでしたが、この日は
城内に入り天守閣まで階段を上がりました。私が1番早く上がり そのくらい毎朝の散歩で足の力がついてきたと実感し嬉しかった。




5月7日(金)
今朝の散歩で昨日から行方不明の息子さんを探している人に尋ねられました。高田さんといいます。左側が不自由で黒い杖を使っています。心当たりの方は048-581-3733高田さんまで連絡してください。私の方でも構いません。一晩中探していたそうです。


5月6日(木)
今日は家内の誕生日。孫達とお祝いしました。ありがとう。


ゴールデンウイークも終わった。何年かぶりか、いや、初めてだ。充実した休みだった。ゴルフに2回家内の実家に行ったり私の太っていた服をまとめたり・・。病気に感謝をする気持ちに包まれた。太陽の陽射しを一杯浴びて。


今日から、仕事です。患者様に謙虚と慈しみを持って接したいと思います。



5月4日(祝)
今朝は岩崎公園ー大谷家のお墓から荒川に降りる道(40年ぶりかなあ)-東上線の高架下
ー正喜橋ー浄福寺(墓参り)-本家ー橋(また名前を忘れました)-自宅 家内と一緒(このところ毎日です。家内は寄居は素晴らしいと感動していました。だいたい1時間半


昨日は昼に猛さんと食事その時娘さんの本を頂きました。感謝です。その後滑川町のレストラン「ひより」で大学の友達、そして妹さんに会いましたー素敵なお店です。
「ひより」比企郡滑川町月輪1634-5Tel0493-53-6026是非お出かけ下さい。(水曜日定休)営業時間11:30~15:00 17:30~21:30
夕方はトンボ公園の仲間と鈴へ。家内も連れて行きました。楽しかった!!行き帰りは歩きました。



5月3日(祝)
中々ポスターが載せられなくてあああ・・・・。

ゴルフの疲れも無く今日もこれから朝の散歩と。楽しみます。




5月2日(日)
今日は家内と息子の3人で私のリハビリを兼ねて寄居カントリーでゴルフをしました。6:50分
スタートという早い時間でそれもスルー。息子の気遣いが心に滲みました。もちろん家内も。
寄居カントリーのキャディーの人売店の人皆が復帰を喜んでくれました。嬉しい限りです。
午後石川遼君の物凄いプレーに感動しました。本当に大した人です。両親の愛に育まれて態度も別格です。これからアメリカをターゲットにするでしょうけど、多いに活躍して欲しいですね。


昨夜は6月13日(日)のポスターを貼って頂くために、寄居町を廻りました。さち庵、喜楽、リビング大谷、恒木床屋、大谷豆腐店、金太郎各お店も好意的に引き受けていただきました。奥村さんのポスターは本当に素敵です。


5月1日(土)
今朝の散歩は 岩崎公園ー玉淀駅ー荒川沿いー正喜橋(太陽と荒川を)-大子様(聖徳太子さまの塔が建っているー元田中本屋さんの横を通りー寄居駅ー横浜やー角を曲がりー秩父線東上線八高線を渡りー本村ー飯島家ー家 家内と3日続けて歩いた。八重桜、山吹などの名前を教わりのんびりとした散歩 約1時間


昨日は午後も仕事をした。懐かしい患者さんといろいろな話をしあっという間に夕方になった。
昼寝を止めたゆえまだ夕方になると眠くなる。でも仕事が出来る喜びはかけがえのない喜びだ。明日からは連休。いろいろ予定で埋まった。のんびり過そうと思う。



4月30日(金)
気温の差が激しすぎる。これでは風邪を引くのは仕方がない。孫も2人が鼻をたらしている。
6月13日(日)のフライヤー(チラシ)が出来上がった。奥村さんが作ってくれた。感謝です。
とてもかっこいい。いずれここにも掲載します。


昨日は朝の散歩は家内とのんびり本村ー寄居中学ー桜沢小学校ー八幡大神社ー上組公会堂
ー本村ー自宅のコース正味1時間 花の名前をいろいろ教わった。ボタンの花がきれいだった。連休中に家内と用土のお寺(名前を忘れてしまいました)を訪れたい。午後は鍼治療。私の不快な場所を的確に田端先生は打ってくれる。置鍼(ちしん)鍼を15分から20分刺したまま置くことなのだが気持ちが良かった。昨日から連休の会社も多いだろう。遠出の人は気を付けてください。私は地元で旧友に会ったりし楽しみます。


長いトンネルから這い出し自らを奮いただし多くの人と会話を始めた。頑なな「こころ」をゆっくりと揉み解し前1歩1歩進んでいる感がしている。見えてくる景色見えない気配を楽しみながら。家内の好きなことも私も好きなので一緒に出来る喜び。かけがえのないもの。


4月29日(木)
昨日は早朝秩父の社団法人寄居・秩父倫理法人会のモーニングセミナーがあった。秩父が会場で元会長さんの柴崎さんに連れて行って頂いた。冠婚葬儀の会社を営まれている岩崎氏の
話は前日映画「おくりびと」を家内と見たのでその映画を思い出しながら聴いた。「おくりびと」
はしみじみとした映画でとても良かった。死人を最後の化粧で蘇得る仕事。天才本木がクールに演じ広末さんもとても成長した人になっていた。山崎勉氏はさすがの演技で呼吸も柔らかく
声がしっかり通った演技だった。


雨が強い午前中だったが、午前の仕事は自転車の人は来られなかったが午後は佳代子とスタッフでグルームホームの人たちの治療をしに訪問した。今回は4人の方の治療にあたり娘と
分けあたって仕事をした。私は義歯の方々。月1回ここに訪れる。訪問診療を当医院では行っていますので、歯科医院に来られず困った方は連絡を待っています。


夕方は歯科医師会のボーリング部の打ち上げに参加した。和気藹々とした楽しい時間だった。行きは歩いて喜楽に行った。毎週火曜日の夜にやっているとのこと。夕食を食べて皆が出かけるとの事なので私も少しずつ参加しようと思います。



4月28日(水)
昨日の朝の散歩は、初めて家内も一緒に歩いた。岩崎公園ー玉淀駅ー正喜橋ー寄居駅ー
寄居町庁舎ーよろし市場(休業中)-本村ー自宅
花の名前を家内に聴いたり楽しかった。


午後は母の所へ。28日が誕生日で81歳になった。今日が午後は訪問診療なので伺えないため。母の目から一筋の涙が垂れていた。そして家内の手を握り締め離さなかった。母と家内は本当の親子に間違えられたこともある。その後家内の実家へ。義母が元気になったのでほっとした。義父は本当に面白い。いつも笑っている。皆に愛されるお二人だ。


4月27日(火)
朝の散歩も楽しんでやっている。気のむくままにコースを変え日曜日は、玉淀駅ー正喜橋ー
浄福寺(父の墓参り)-橋(名前を忘れちゃった)-中小前田ー自宅の1時間半のコース。
昨日は 本村ー寄居中学ーベイシアー八幡大神社ー上組公会堂ー140号バイパスを渡りー
自宅。さて、これから今日はどのコース(笑


レン君が風邪を引いてしまった。興奮しすぎで体力が弱り菌が入ったとの事。2週間はハウスから出さないようにしてくださいとペットショップに言われてしまった。家族全員がっかり。


仕事は午前中は木曜日を除く毎日ですが、午後も月と金曜日に敬先生と共に仕事を始めました。どうぞ宜しくお願いします。



4月25日(日)
我が家に新しい家族がやって来た。「レン」君・トイプードルです。孫は興奮していつもは2階に行きっぱなしだったのが、1階の居間の側を離れない。可愛い。本当に人間の赤ちゃんのように大切にゆっくり私も育てていきたい。


昨日は 夕方社団法人寄居・秩父倫理法人会主催の倫理経営講演会に出席した。講師は
近田雄一氏。「希望は心の太陽である」とてもいい話だった。明るさ、謙虚さの大切を当歯科
医院も取り入れ即実行して行きたい。後援に埼玉県・寄居町教育委員会なのには少し驚いた。希望、私も大好きな言葉だ。我がバンド「LOVEBONE」に新しく入る予定の奥村さんが倫理法人会の会長を務めている。



4月24日(土)
寒いですね。いったい4月も後半なのに2月の温度とは。いったい何故この時期に寒気が降りてくるんだろう。今日明日みなさんも体調管理にご注意を。
昨夜は大学の時の友達のお父さんのお通夜で伊勢崎市へ。明るいとても良いお父さんでした。合掌。


4月22日(木)
昨日とはうって変わって冷たい雨。春の気分を今年は味わえたかなあ。今日は仕事場の駐車場の整備。雨の中職人さんたちが淡々と仕事をこなし少し広くなった。昨日か一昨日か待望の
5月30日のソロモンバークが出演するJAPAN SOUL&BLUES CARNIVALのチケットが届いた。共演にホトケさんのバンド・ブルースブッチャーも演奏する。ワクワクしている。



4月21日(水)
今日は新型インフルエンザで世間が騒いでいたこと、そしてプールの後風呂に入り帰り道寒くなったため遠のいていた水中ウオーキングを久しぶり行った。昼寝を我慢し夜寝るための目的も含めて。水の中はすごく気持ちが良かった。1時間半歩いたり泳いだりした。
眠剤は依存症は無いというが、親友が言っていたが「眠らされる」と言う感覚があり睡眠とは何なのか私は最近思っていた。酒を飲みいつのまにか寝ていた期間が長かったため今の
酒を家ではほとんど飲まなくなって夜が長く眠剤を処方されている。んんん難しい。


朝はのんびりと荒川の匂いを浴びながら、散り行く桜の木をいとおしく思いそんな散歩でした。



4月20日(火)
昨日から散歩を開始。今まで悴んでいた手も大分緩む。


4月18日(日)
今日は半年振りにトンボ公園の作業に出かけた。木道の杭を抜く作業と新たに階段を作る作業だった。いやあ凄くて私にはとても無理だった。仲間は本当に凄く次々と直径20センチもある杭を抜いていった。私は記録写真の役に回りみんなの作業姿を撮影した。男衾トンボの里公園が息を吹き返したようだった。その後会報の発送作業。家に帰り爆睡。


音楽活動が再開した。まずは6月にホトケさんのこちらでのライブの調整。6月13日にさち庵で行うことが決まった。泊まりは我が家。久しぶりに夜を共に出来る。私自身の活動も始まった。まずはホンキーブラザーズの再開。メンバーはG/Vo Tori G/バンジョー・バイオリンまあちゃんPer/たっちゃん来月12日より練習を始める。LOVENONEも練習場所を確保してからGにおくちゃんが入ってくれそのうち始まる。良い風が本当に久しぶりに吹きだした感じ。


4月17日(土)
昨夜は井上陽水の40thDVDを堪能した。本当に凄い声で若い頃より太い声になってとてもよかった。高校時代から陽水の曲は、唄っていたが夕べは早速ギターを取り出し何曲か唄ってみた。唄うことはいいリハビリなるからね。


昼間は脳の定期健診でMRIを撮った。結果は後日。髪も短くした。その床屋さんで「ばんのう酵母くん」を貰った。胃腸にも良いらしく家に帰りアルカリ水に入れて飲み始めた。床屋さん
美容院にて全国で販売されている。PCで検索するとお店がたくさん出てきた。どうぞ検索してみてください。



4月15日(木)
昨日は、病気のため2年ぶりに仕事の会の総会に出席した。2年という月日は仲間の年を重ねたことを(もちろん自分自身も含め)感じた。厳しい状況のこの世界。どの世界も厳しい時代だが、我々の世界も帝国バンクの調査で倒産している医院も増えつつある。勝ち組負け組み(嫌いな言葉)だがそうなって来ていることを物語っている。個々の努力が必要だ。誰かにしてもらうのではなく自分で考え足元を見つめ努力するしかない。若い人たちの考えも取り上げまた他種の人たちとの交流も大切だ。素直さを自らももう一度取り戻し頑なにならずやっていくことも必要だ。


4月13日(火)
今日の午前中の仕事は忙しかった。時間というものは、仕事の時はあっという間に過ぎる。
しかしこういう時間だけでは、病気も再発してしまう。午後は鍼治療と友達の医院での自らの
治療。振り返れば午前中の仕事も途切れずこなしている。私に会いに来て頂く患者さんにも
その気持ちに答えられるように今はなってきた。


Beatlesの新たに修正されたCD(box)を聴いている。やはり凄い。


4月12日(月)
吐き出したい!!2年間もじっとしていたのだから。可憐な野の花をそっとつんで旅に出たい。
夢をもう一度追いかけたい。音楽でもいい。表現できるものなら何でもいい。
溜めるって大切何だね。ちょろちょろ小出しに出すのもいいけど、耐えて耐えているのも大切さ。エネルギーって何かと繋がりまた戻ってくるんだな。呼吸をするように弱く時には強く吐き出すんだ。


4月11日(日)
書くことは一杯あったけど、気が重くなり休んでいました。桜も満開な日々。音楽も遠ざかり2年かぁ。身体がいろいろな症状が出ていくつもの病院に行っている。お酒もたまに飲むことが出来るようになったけど、カロリーに気をつけていると以前のようには、いかないなあ。
耳鳴りが一昨日より出てきて日曜日なのに田端先生の治療を受けさせて貰いました。キーンというような音が右の耳から聞こえ気持ちの悪いことっていったら。でも今日の治療で大分軽減しました。  またぼちぼちと書いて行きます。


3月8日(月)
最近身体も暖かくなって来たため、動きやすくなってきた。昨日は寒い日でこれからは三寒四温の日々が続くだろうけどリハビリ、散歩、週一の鍼治療で過している毎日だ。法事、結婚式など3月から出向くことが多くなるけど、肩に力をいれず足を全体によく揉み丹田に気を集め毎日を過して行こうと頑張らないけど頑張ってやって行く。


6日の日のホンキートンク。友部正人氏と三宅伸治氏のライブは本当に良かった。友部さんの
ライブを観たのは34年前からだが三宅伸治氏が友部さんの音楽に対し深い愛情を持っているのが 良く分かり二人の言葉は 確実に心を捉え、ギターもグルーブしてDeepなサウンドに
変貌し驚いた。フォークだけではなくRockしていて気持ちが大きく揺さぶられた一日だった。
友部氏の声は60歳を5月に迎えるのだが、以前よりパワフルになった気がする。三宅氏のことを友部氏は「家族」と紹介していたがとても気があった二人だった。少しDeepの世界にいた自分が深海の中に光が差し込みいろんな事が偶然に始まるのだなと感じた。ホンキーのまあちゃんありがとう。


ホンキートンクも30年を半ばに入った。ぼちぼちどころかこの3月4月は目白押しのライブが続く。今年は数を増やして観にいきたい。大変なこともあるけどこの年月続いているのも大したものだ。身体に気をつけてぼちぼち続けてください。
私のHPにリンクしているホンキートンクhttp://www.chichibu.ne.jp/~honky/の歴史を覗いてい見てください。

2月23日(火)
2日と続けて散歩を始めた。やはり気持ちのいいものだ。一人でいろいろなことを思う。
今日は陽射しが出てきた。心が晴れる。


2月21日(日)
今日は久しぶりに暖かい日に。トンボ公園では 仲間がも木道を手直しに掛かっている。私は
脳梗塞で強張る左手がこの冬の寒さでぶりかえし、かつ右肩も付け根に痛みが走り今日は
休んでしまった。来月には何とか治し参加したい。
去年の12月中旬毎朝歩いていたのだが 腰に痛みが走って中断しエアーポケットに入ったようにリハビリに取り組むことが心も萎縮してリハビリをしなくなってしまった。主治医にももっと気楽にリハビリをするように言われたりしたが自分の心の中は闇の中には入ってしまい日常の生活もマイナスナ事ばかり考えるようになってしまい余分に薬を飲んだりして 闇は深くなっていった。そこから這いだしたのも家内の懸命な助言と介護だった。また息子達の言葉と行動に励まされ闇は薄くなり明かりが見え仕事にも、午前中だけだが復帰出来るようになった。家族には本当に迷惑を掛けてしまった。治そうと思い焦り薬に依存してしまい悪化してしまった。今振り返れば最後の局面を選択しようとしたことやその時考えていたのは、まだ自分の現実を受け入れられない焦りなのだろう。新たな世界を見つけていくことが大切と友達に言われたことを噛み締めている。


母が部屋を移ったので昨日は会いに行ったが一回り小さくなって仕舞った気がした。栄養は胃
ろうで充分足りているので大丈夫なのだろうが、口から食べられないことにより口に周りの筋肉が落ちてしまったので顔が小さくなったからだろう。私の作った義歯はもう入らないだろうし
何とかそのことを積極的にしてあげたいと考えている。肺炎を一度起こしてから(施設では母だけだった)から誤嚥性肺炎を起こしてしまったのだろう。娘がこの勉強をしているので、一緒にやってみたい。



2月15日(土)
土曜日は雪の振る中LOWLOWSを観にホンキートンクに出かけた。3人でここまでグループしたソウルナンバーに圧倒された。高知から来ているベースのジュリアンさんもこの雪の景色には驚いていたが、クンチョウーさんのギターとヴォーカル、五朗ちゃんの腰に来るドラム、そしてうねるようなジュリアンさんのベース荒川団のみんなが踊っていた。俺もこの身体でなければ踊るのに・・。




2月10日(火)
久しぶりの日記だ。自暴自棄になりかねない2ヶ月だった。脳梗塞をおこすとその部分が鬱症状を出すと主治医に言われいろんな症状が自分を襲った。薬も症状に合わせて随分変わった。酷な病気だ。午前は仕事をするが午後は休む。この時間が辛い。無理をしたら2度と立てない身体になってしまうかもしれないという心配が心を突き刺す。しかしこの寒さでは如何ともしがたい。今日は集まりの日だったが寒さに怯えお休みをもらった。仕方がない。


1月30日(土)
2月13日(土)にクンチョウさん五朗ちゃんジュリアンさんのLowlowsがホンキートンクに来ます。一級河川荒川団 ねこちゃずけの友達のバンドも出演します。詳しくはホンキートンクをクリックしてください。

1月6日(水)
謹賀新年
ほぼ1ヶ月振りの思うことです。何しろいろいろあり体調もまた崩し少しばかりの入院もしました。今年も宜しくお願いする次第です。



12月2日(水)
朝の散歩も時間を考えないと真っ暗の中での散歩になってしまいます。今日は朝6時を過ぎ家を出た。途中で太陽が昇り始め気持ちも清々しいこころに包まれた。
薬も今週は何故か分からないけど気分が重くなってしまった。医師の指示通りに飲んでいるのだけど。お歳暮が贈られ多くの人の顔を思い浮かべた。1年も後一月。・・。健康で仕事が出来ることを毎日願っています。


11月25日(水)
雨上がりの散歩でした。少し筋肉痛なのでゆっくりと歩きました。歩きながらいろんなことを考えます。そんなものなのだろうなと思います。永井荷風氏を特集になっている雑誌「東京人」
と昨日は安岡正篤氏vs中村天風氏の特集になっている「BOSS」を読みました。雑誌なので
深く掘り下げていませんが。


農林公園でみかんの木を買いました。大きくなることを願いながら植栽しました。


11月23日(祭)
先週の土曜日は大宮で甥っ子の結婚式でした。彼は仕事熱心で返事、挨拶など素晴らしい受け答えが出来る青年です。私の良く知っているT工務店に勤務していて社長さん、専務さんも
列席していただき彼の仕事振りを話して頂き感謝の気持ちに包まれました。義兄夫婦もさぞかし安心したと思います。また彼の尊敬する人が義母と案内文に書かれていて嬉しい気持ちにもなりました。


散歩も毎日行っています。昨日今日はちょっと遠出をし、たっぷり1時間歩きました。アスファルトの道はなるべく避けたいのですが、1時間歩いても全体を通して舗装されていない道は数メートルしかありません。今日は農林公園の芝生の上でもゆっくり歩きます。


11月19日(木)
家内と家内の両親と4人で長野県の鹿教湯温泉に行ってきました。寒さも厳しくなおさら温泉は格別な気分をもたらしてくれました。高齢の義父は時には車椅子を使いのんびりと散策をしました。これまで本当にお世話になった義両親。旅館も湯治の目的で来ているので過度なサービスもなくまた湯もバリアフリーも徹していたため良かったです。
家内と私は町で行われる朝の健康体操。そして日中はプールでの水中エアロビに参加しました。対象を脳梗塞のリハビリに合わせた体操でしたので、ゆっくりとした時間に身を委ねました。外に出ると三才山は雪でうっすら覆われていて冬の到来を感じました。帰りは別府温泉の
北向き観音にお参りし2泊3日の旅も無事終えることが出来ました。
去年脳梗塞を起こした直後から今の自分の変化に改めて日々の努力が大切と一人で思った
旅行でもありました。


11月16日(月)
昨日は本当に暖かい日曜日だった。朝はゆっくり起き9:00am~男衾のトンボの里公園の作業に出かけた。今回の作業は、この公園の象徴だったアーチの撤去と草刈りだった。私はアーチの撤去作業に加わり屋根のトタンを一枚一枚外し作業隊長のS君が電動ノコギリでアーチを寸断してそれを幹事さんの畑に運び終了した。いったい何故こんなことに・・・?


幸い目も家内の買ってきてくれた目薬で霞が取れ安堵しています。年を重ねていく50代半ばに向かって身体は確実に衰えていきます。行動の無理けっしてしないことを自戒しています。
気持ちが若いと思いがちですが、加齢における変化は確実にありますね。そうだ土曜日夕焼けに誘われて初めて夕方の散歩をしました。本当に表現が出来ないほど見事な夕焼けでした。しかし夕方の散歩は段々暗くなることが淋しい気持ちになり、また次々に灯る赤提灯に溜息が出てくるので今回限りとしようと自分に言い聞かせましたよ。1年前まで何回暖簾をくぐったことか。


11月14日(土)
朝起きたら左目が痛い。家内に見てもらったら赤くなっているという。抗菌剤の目薬(結膜炎)
を注して仕事。仕事は差し支えなかったが午後になると霞んできた。何なんだろう。薬の副作用か?目だけに少し不安になる。木曜日に久しぶりのゴルフ。一年以上経っている。皆に痩せたと言われお酒を止めているからとしか答えがない。実際炭水化物は注意している。腹7分目か。天気が雨かと思えば陽射しが出たりまた雨になったり。今は夕日が沈んでいる。散歩も出来なかった。明日はまた散歩をしてトンボ公園の作業に出かける予定。目が治っていればいいのだけど。



11月9日(月)
今日の朝の散歩:本村ー寄居中学校1周ー中小前田ー本村ーカインズホームー帰宅
だいたい1時間のコースだった。朝5:30am家を出たのでまだ真っ暗だった。寒さは緩んでいた。薬に身体があって来たような気もする。仕事前少し足が痛かっけど。
土曜日の日は自分自身がふわふわしていて、また緊張もしていたのか汗が出たり寒くなったり
体温調整が大変だった。さち庵のさっちゃんのお茶で暖まったりかといえば演奏中は冷たい水を飲んだ。みんな同窓生が心配してくれ何とか皆も楽しんで貰ったようだ。奥村さんと演奏したのだが、とても気配りの良い方で本当に助かった。久しぶりの陽水も同窓生もマイクで歌ってくれ楽しんでくれ、またそれが私の心を暖かくして貰い嬉しかった。演奏が終わり皆より先に帰ったが、11時を過ぎるまで飲んだり話しをしたりしたそうだ。人のための演奏は昔よくやっていた。そのことを思い出しそのことが好きだったことも再発見した。


日曜日は完全休養と決め午前中は部屋でゆっくりしていた。午後もふらふらするのが止まったので母の施設に行ってすぐ戻った。そしていろいろ私のために動いてくれたS君に忘れ物を
届けて頂き感謝。夜は9時にはベッドに入り眠った。薬への不安は少しずつ遠のいていくようだ。今日は午前中担当の患者さんは無事終了した。ふう~。



11月5日(木)
&柴崎慎一さんのバンドを中心としたコンサートは11月8日。大勢の方いらっしゃってくださいhttp://homepage3.nifty.com/tokoya/(詳細はここをクリックしてください。)



荒川団のLIVEも表紙のコンテンツ・LIVEスケジュールをクリックして見てください。
気持ちの良いバンドです。是非、いらっしゃってください。


寒さが堪える。急に来たためか身体が対応できない。また減量したことにより余計感じるのかも。7日は同窓会で唄を歌う。奥村さんに手伝ってもらって15曲ほど。今日は仕事が休みなのでみんなにも一緒に歌ってもらう歌詞をコピーする予定。フォークを30年ぶりに奥村さんと演奏する。声が出るだろうか・・。清志郎、陽水の唄など。


11月4日(水)
昨日は朝の散歩と薬が変わったため疲れてしまいました。毎日のリハビリは時にはしんどくなります。


昨日の散歩 本村ー寄居中学ー桜沢小学校ーベイシアー本村ー帰宅
今日の散歩本村ーカインズホームー本村公会堂ー帰宅


2日のGWANさん佐久間順平さんとてもよかった。心に染み入りました。荒川団のみんなも平日ですので大変だったでしょう。久しぶりに会えて嬉しかった。



11月2日(月)
今日はよろし市場で仲間の荒川団そして敬愛するGWANさんのコンサートです。引越しをなされたGWANさんも久しぶりの寄居でのライブです。それにあの名手佐久間順平さんもご一緒。必見です!!18;00pm開演ですが遅れると思います。


歯科の国家試験の夢を時々まだ見ます。うなされています。卒業試験は
合格率は25年前(私の卒業時)80%~90%でした。仲間も15人くらい落ちました。卒業試験は50%くらいでした。25年経ってもまだ見るのは当時そうとうなプレッシャーがあったと思います。今は歯科医過剰問題から国家試験の合格率が60パーセントです。ゆえに入学者が定員割れをしています。みなさんも気づくでしょう。いかにいろんな市、町に歯科医院が多いか。今の新卒者の給料は20万を切ります。なのに学費の高さ。これでは親として国立しか入られません。
ちなみに私は卒業試験国家試験とも1回で合格しましたが、落ちた仲間は会うといまだに悔しさを話します。夢をときどき見ますがは落ちた夢を見るのです。何故?


今日の散歩:桜沢ホテルー大島歯科医院ー曲がってーヤオコーよろし市場ー中央公民館ー商工会ー岩崎の旧通りー岩崎公園ー帰宅 40分


柴崎シンチャンが率いるコンサートが、8日に寄居町「かわせみ荘」で行われます。
11月8日の詳細は下記を参照下さい。
http://homepage3.nifty.com/tokoya/ここをクリックしてくださいね。


10月31日(土)
今日の目覚めは良かった。薬を戻して正解だったな。脳の薬は分からないことだらけ。医者も
合う薬を探すのは難しいのだろう。

今朝の散歩
本村ー線路を渡りガードをくぐり左に曲がり[ガスト]の裏の道ー旧140号沿いを歩きー岩崎公園ー大谷家のお墓ー玉淀駅
玉淀駅を降りて行きー水天宮ー正喜橋ー駅に向かい野原医院の前を通りー寄居駅ー役場ー安藤動物病院ーよろし市場ー桜沢郵便局の通りをー帰宅  1時間半



10月30日(金)
昨日は忙しく動き回った。まず散歩は止め自転車で寄居市街地を走る。原口自転車で自転車のベルと鍵を新調する。家内と熊谷へ。楽器屋でギターケースとストラップ購入。11月7日に
唄うため。そして病院に診察券を出し(3時間後と言われる)家内の実家へ。時間を潰し
病院へ。薬が大幅に変わる。不安がよぎる。次に母の施設に。帰宅。


薬 最悪。倦怠感がものすごく凄く強い。眠気も酷い。下痢になる。


今日の散歩  カインズホームー天沼通りー志村先生に会い立ち話ー大谷家の墓の掃除(3回目)-岩崎公園ー自宅
眠気が凄かったが意を決して歩く。


BEATLESのリメークされたCDを聴く。ベースラインがはっきり聴こえる。凄い技術に喜ぶ。





10月29日(木)
昨日は鍼に行きました。道中の眠いこと眠いこと。途中で「睡眠打破」と言うドリンクを飲みガムを噛み 治療中もぐっすり寝てしまいました。
昼寝の時間の車の運転は気をつけないと。
別バージョンの日々思うことも書いています。ニュヨークに住むsさんメール下さい。
教えます。見たい方はkazutori@proof.ocn.ne.jpまで。
今嵌まっているYouTubeデイドリームビリバー


You Tube貼り付けられたらいいのですが。




10月28日
「無用の用」孔子の言葉です。民主党はこれに悩んでいる。自民党のやってきたことを全部否定してもなぁ


今日の散歩は岩崎公園ー玉淀駅ー河原沿いー正喜橋ー寄居駅ー役場ーampm帰宅


10月27日(火)
昨日は雨で散歩は中止。
今日は本村ー八幡様ー上組ーあしたば園ー天沼通りー帰宅
プールで1時間半リハビリ体操。暖かい日でした。


10月23日(金)
昨日は、お休みなので朝の散歩は玉淀駅に向かいそして川沿いへ下り鈴ね雀のみやを曲がり正喜橋通りを通って寄居駅へ。北口から南口への通路を渡り、役場へ。そして天沼川に沿って歩きカインズホームを通過し戻りました。1時間ちょっとのコースでした。午後は岡部(深谷市)の「湯かっこ」で
1時間プールで歩いたり泳いだり。そしてここの特徴である温泉に入りました。


日の出と朝の挨拶は本当に気持ちのいいものです。昼間になると挨拶はしないでしょう。この朝の時間がそうさせているのだとつくづく思います。職場でもスタッフが2人入り活気が戻り挨拶もしっかり出来るようになりました。嬉しいことです。


10月20日(火)
毎日の散歩とプール。体力がついたのか 眠りが朝くなってしまった。
夜の10時に寝て ぱっと起きたら5時と言うのが理想なのだが。


ただ からだの調子はいい。仕事も疲れなくなった(午前中だけだし・・)


25キロ痩せて寒さに弱くなるかなと思ったが、体力がついてきているので
今のところは寒さは感じない。 夕方は感じるけどたいしたことはない。

服に困っている。サイズが全然合わなくなった。買い物に行くけど
価格の安さには 驚いている。


加藤和彦さんが自死してしまった。鬱病と公表されている。
もうこれ以上新しい音楽を創ることが出来ないと遺書に書かれて
いたそうだが、この言葉は自己を責める鬱病の典型的な
症状だ。木村カエラ嬢を入れたサデスティッックミカバンドは
本当にかっこよかったyou tubeで見て欲しい。

映画バッチギの音楽も良かった。冥福を祈ります。


10月18日(日)
昨日は昔一緒に遊んだ後輩から電話があった。懐かしかった。メール下さいね。分からなかったら教えた携帯にもう一度電話を。NYに住む友達も今は何をしているのだろうか。


坐骨神経は手強い。しかし今日もゆっくりと朝の散歩をした。朝陽が素晴らしかった。始めはオレンジ色をしていて段々黄色に変わっていった。気持ちがいいぜ。腰は痛くはならなかった。昨日は季節型インフルエンザのワクチンを受けた。もうしばらくすると持病を持つ私は 次は 新型インフルエンザワクチンだ。いつになるかはわからないが・・。しかし死亡者も出ているこのインフルエンザ。特に子供達が亡くなっている。対応が国は遅すぎる。高校生も掛かった子は多いそうだ。


車の中でRCサクセションを聞いている。とてもいい。自分でもギターを取り出し久しぶりに家で
唄っている。自分のために。オリジナルも作っていきたい。


10月14日(水)
病気になる前の身体には  いったいどのくらい戻れるのか?朝起きる時足がもつれる。倒れそうになる。これはいつまで立っても変わらない。細心の注意をし起き出す。それからゆっくり散歩。自分の与えられた可能性の中で、動き、考え行動する。これが大切なようだという気がしてきた。嗚呼元に戻れることは難しいのだな。焦らずやって行き、何よりも大切なのは   気が負けてはいけない。
いずれそこに「道」が開かれるだろう。


10月10日(土)
今日は今までの体育の日だ。暦の名前も随分変わりましたね。子供達は本当に休みが多い。私の頃は学校が(小学校)一番楽しかったなぁ。


のんびりとした朝の散歩をしてこの地域の変わりようにも驚いている。やはり道路ができたことは大きな変貌を遂げている。
車の匂いを嗅ぐより草花の匂いを嗅ぎ愛でる散歩が楽しい。昔遊んだ天沼もあるのだが入れないようにしてある。あそこでザリガニ釣りをしたり土手を滑り台代わりにしたりしたものだ。
便利さばかり追いかけると 昔の良さがすべてなくなってしまう。


10月4日(日)
今日は朝4時に起きたので散歩をする時間まで待とうかなと思ったけど 思い切って着替え
1時間半歩いてきました。散歩は確かに健康にいいけど 歩き方などを気をつけないと 膝、腰を痛めてしまうなあと思いました。犬を連れて散歩している方を見かけるけど犬のペースだと大変です。可愛さはたまらないですけど。


以前は良く通った吉祥寺の「のろ」が今月で閉店になるとHPから読み淋しい気持ちになりました。永井ホトケさんのバンドを何回も観たしそこで沢山の可愛い子にも出会いました。10年以上昔ですが。ぐぁらん堂の匂いを残し「のろ」では酔いつぶれた高田渡さんにもあったし当時を懐かしく思います。マスターも諸事情で決断したのでしょうね。


散歩にしろプールにしろ楽しくなければと思っています。身体への声を聞きまたいろいろなことが動き出せるためにも続けたいと思っています。この「声」これを聞くのも楽しいものです。



9月26日
長い連休もそれなりに楽しんだ。20日は日高総合広場での野外コンサート。仲の良い荒川団
たちが出演したからだ。演奏は4曲と短かったのが残念だったが、メンバーに会うとほっとする。天気も良く散策したそしてその足で航空公園へ。ここも広くて堪能。ホトケさんは12日出演すると聞く。


毎朝歩いている。始めは気持ちも重い気分だが 歩いているとどんどん気持ちが良くなってくる。行き先は風の向くまま。だいたい40分から1時間歩く。1時間の時は歩き始めて最初だったので疲れが残ったが午後にプールでリハビリをし身体も元に戻った。水泳はエネルギーを燃やすにはもってこいだが 水中を捻りながら歩いたり水圧で腕を動かすと後遺症の痺れにもいい感じだ。「本気になりやること」このことをモットーに焦らず続けて行きたい。



夢を見るのは悪いことじゃない
コトをあせり過ぎちゃダメさ
ちょっとだけ時間(とき)の流れが
きみをじらしているだけだ

気分を出してその気になって
コトに立ち向かうしかないぜ
大丈夫さ うまくやるさ
すべては始まったばかりさ

すべてはALLRIGHT YA BABY
すべてはALLRIGHT YA  BABY
すべてはALLRIGHT YA BABY
すべてはALLRIGHT YA BABY  by 忌野清志朗





9月16日(水)
今日はプールである人に久しぶりにお会いした。その人は左足を膝から切断されているのだが背泳、クロール何回でも往復する。身体のバランスを練習で掴んだろうな。プールから出ると旦那さんと思われる人が松葉杖をその人に渡しプールから出て行く。私も頑張ろうと勇気付けられるお二人だ。  


明日は月曜日に撮影したMRIの結果を聞きに行く日だ。私はこの先生は
ユーモラスがあり好感をもつ。私の仕事も私に 会いたい人そして治療してもらいたい人も多い。患者さんはその医師に会うため 通うことがが多い。しかし若いドクターへの移行も上手く行っている様だ。いろいろあるけどね。金曜日の夕方田端鍼灸師の先生のところにいく。
この人は私にとってONLY ONEだ。


9月12日(土)
最近良く眠れる。午前中は仕事に出て、午後リハビリで公園を歩いたり温泉つきのプールで歩いている。午後仕事の疲れも水の中に這入ると不思議にとれてしまう。
頑張ることを自分に決めて(覚悟)やっている。プールや公園までの間好きな音楽を聞くのも気持ちが晴れる様だ。



9月6日(日)
一昨日ホトケさんから「ROCKIN’with Monsieyr」というCDが送られてきた。これはblues.the-butcher-590213とムッシュカマヤツしとで演奏しだCDだ。ホトケさんのムッシュしへの敬愛は深い。p-vineから発売されているので是非聴いて欲しい。

気持ちに張を持たせるためにも自分のためにも午前中仕事場に出るようにした。昨日は院長と往診に寄居、長瀞と回った。大変疲れたが有意義の一日だった。自分の中の何かが変わろうとしている。


スタッフが一人退職するので募集したところ15人くらいの応募があった。若いドクターが面接をし2人採用ということになった。20数年スタッフの関係もちろん仕事振りはこの小さな世界ではとてつもなく大きい。



8月30日(日)
今日は選挙だ。先週の日曜日 期日前投票に行ったので 今日はのんびりだ。一週間マニュフェストや新聞など観ていたが、結果はマスコミなどのようになるだろう。しかし「小沢一郎」
この男の動向が気になる。


五十肩までなってしまいそれが親指の筋まで張ってしまった。これも治るには大分時間が掛かると医師に言われ嫌になる。


最近美味しいパン屋さんを見つけパン中毒になりそうなので 控えている。断酒してからお酒を止めると甘いものが好きになると人に言われたが本当だ。朝に無農薬のマーガリン野菜ウエストも80センチ台になりあとは軽い運動だ。


8月24日(月)
朝晩はだいぶ涼しくなってきた。
大分減量してきたが 身体の重さは全く変わらない。これが脳梗塞の症状なのだろう。
高校時代、走ったあの感覚は 戻らない。


8月21日(金)
病気の症状は 少しロ呂律が回らなく足がふらふらする程度で四肢麻痺はなかった。お盆中は中はひっきりなしにお客さんが来てくれ対応に追われた


8月12日(水)
昨日病院に行き2度目の新しい梗塞が見つかった。


最近呂律が回らないし 転倒し足の運びもおかしかったゆえ検査ををした。ショックだった。


良く生きていたなと思ったリ複雑な思いだった。病院というところは不可解ところで?そのまま


入院でなく「ここに梗塞がありますね一月後大きさの確認をしましょう」と言うだけだった。薬も出なかった(後日お盆休み明けの他の病院で先日行った病院から報告書が来ていて結局 今の薬と変わらなかった・・)
その期間は嫌な気持ちで長かったが。。


数ヶ月で20キロの減量をし軽い運動(暑さのため)もしていた矢先だった。仕事は子供達


が引き継いでくれたのでまあ一安心だが、この年で病気と向き合い続けるのものも厄介だし働


かないで時間を眺めているのも孤独だ。


しかしここは自暴自棄をおかさず淡々と節制をし生活するつもりだ。





7月9日(木)
午前中調子が今ひとつだ。思い余って散歩に出かける。薬を飲むために食事をするのか悩んでしまう。昨日は室内用のシューズを買った。まず足の筋肉をつけなければ。


7月1日(水)
今日も1歩踏み出して深谷市の場所を孫達と散策した。時空は生きている限り変容する。
出来ごとも良しも悪しも起こる。引きながら生きていると祈ることばかりになり参ってしまう。
カレンダーもようやくめくる。元気になりたい。


6月30日(火)
午後家内と近くにある城址公園を30分散策した。谷があったり上り坂があったり 私にはかなりきつかった。家内が言うには右足のふくらはぎがぴくぴくと動いていたとのこと。今まで筋肉だったところがなくなってしまったからだろう。この一年「内なる嵐」が私のなかで時々暴れた。今回の入院もその一つだろう。薬も無謀に飲めば凶器になる。今回の入院で食事面生活のペースを学びこの「内なる嵐」を静め「新しい世界」に挑戦していくことの大切さを歩きながら思った。まして私には一緒に付き合ってくれるパートナーがいるのだから。


6月27日(土)
毎日の気温の調整に閉口している。


6月23日(火)
5月の末から体調を崩し2週間余りの入院。現在は自宅療養中です。いろいろありましたが普段の生活に戻れるよう体力をゆっくりとつけてと思っています。


5月30日(土)
もう5月も終わりだ。この間半年余り一体何をしたのだろうか。ぐじぐじと後遺症でずっこけるし気分も毎日飲んでいる薬で落ちはしないが上りもしないし楽しいことも友達と旅行くらい全くといいほど何もなかった。パワーが落ちていた。
ライブハウスーオリオンが3月に閉館し音楽も楽しめる場がなくなってしまったことは淋しい。バンドが出来なくなってしまった。最近には清志朗の出来事もあったしな。好きな本好きな音楽がないとテンションが落ちてしまう。後遺症はやはり厳しいリハビリをしなければ回復しないのかなあ。普段の生活には多少違和感があるけどそれほど差し支えないが仕事で立っているのがしんどいが。ま、ゆっくり考えるかなあ。清志朗はいつも聴いていたわけではなかったけどあの生き方に刺激されたまらなくなることも多かった。何で天は連れて行ってしまったのか。60歳になっても唄って欲しかった。

やっぱ清志朗とチャボ
そして西岡恭蔵さんの映像を見つけた。これ以上なにを・・・このHPyouyubeがダイレクトに画像が載せられるといいのだが、クリックしてご覧下さい。素晴らしいです!!・


5月22日(金)
ホトケさんのバンドblues,the-butcherの2枚目がもうすぐ発売される。メンバーの自信作だ。
私はまだ音を聴いていないがP-VINEで大きく宣伝されている。

Big News!!!
☆いよいよ6/3に我が「blues.the-butcher-590213」(ブルーズ・ザ・ブッチャー)のセカンド・アルバム『MOJO BOOGIE』がPヴァイン・レコードよりリリースされます。渾身の全13曲!!!いまトラッドなブルーズという音楽をこんな風に新しく、自然に演奏できるのは自分たちしかいないとメンバー全員絶対の自信を持っています。是非、聴いてください。

永井“ホトケ”隆×沼澤尚×中條卓×KOTEZによるスーパー・ブルーズ・バンド、待望のセカンド・アルバムが遂に登場。さらにパワーアップしたBTBが王道にして斬新なブルーズ・サウンドを再び響かせる!

ブルーズ・ザ・ブッチャー/モージョ・ブギ   ブルーズ・ザ・ブッチャー/モージョ・ブギ
PCD-27002 定価\2,835(税抜価格\2,700)
紙ジャケット仕様 2009.6.3 発売

【収録曲】
01. I Don't Want No Woman
02. Mojo Boogie
03. Baby,Scratch My Back
04. Beautician Blues
05. One Way Out
06. Don't Throw Your Love On Me So Strong
07. Crazy Mixed-up World
08. Party Girl
09. All Of Your Love
10. I Feel So Good
11. Blues With A Feeling
12. Rip It Up
13. Off The Wall


☆そして、ムッシュからはこんな嬉しいコメントをいただきました→『このバンドが日本にいるのが嬉しい!』――ムッシュかまやつ
☆また、OKIさんからは→「このバンドはいさぎよくもオリジナル曲なんてこだわりを捨て去った。 もうすでに名曲は出そろっている。絶対に越えることができないはずの先人たちの軌跡にむかって疾走する4人の男たち、あの時代を知る者にはブルーズ衝動を再び、知らない世代にはブルーズのでかい扉を開けて待ってるぜ」―― OKI (DUB AINU BAND)
☆そして、そしておフランスの方からはこういうコメントも→「ブルースの世界ではどう解釈するかが全て。その点この4人はエキスパートであり、ブルース・マスターたちをただ猿真似する気などない。自身のフィーリングをどう表現するかよく理解しているミュージシャン同士の相互作用、その上で成り立つバンドの結束力に全てが委ねられている、彼らはそんなブルースを聴かせてくれる」―― ニコラ・トゥルニエ(フランス『Soul Bag』誌編集)

■07年1stアルバム発売日にギターの浅野祥之が他界するという悲運に見舞われたザ・ブルーズパワーの永井ホトケ隆(v&g)と沼澤尚(drs)が亡き浅野氏のブルーズへの熱い意志を受 け継ぐべく、中條卓(b)とKOTEZ(harp)新たに結成したblues.the-butcher-590213(通称:ブルーズ・ザ・ブッチャー)。大好評の08年ファースト『スプーンフル』に続き、さらに骨太になったバンド・サウンドを聴かせるセカンドが遂に完成だ!
■ファースト発売以降も高円寺JIROKICHIでのマンスリー・ライヴを中心に精力的に全国各地をツアーを行い、ムッシュかまやつ、LEYONA、近藤房之助、鮎川誠らをゲストに迎えたコラボ・ライヴも好評、フジロックでも観客を熱狂させるなど、各地で新たなファンを拡大してきた。その1年の集大成がこの『モージョ・ブギ』となる。
■軽快なシャッフルの「I Don't Want No Woman」とヘヴィなスロー「All Of Your Love」はマジック・サム曲。JBルノアーの「Mojo Boogie」&「Feel So Good」はバンド一丸で突き進み、スリム・ハーポ 「Baby, Scratch My Back」ではゆったりとグルーヴの波に乗る。リトル・ウォルター「Crazy Mixed-up World」&「Off The Wall」ではコテツの歌とハープが大活躍だ。 他にも、B.B.キング「Beautician Blues」、Tボーン・ウォーカー「Party Girl」、アルバート・キング「Don't Throw Your Love On Me So Strong」など珠玉の名曲が彼らによって新 たな生命を吹き込まれた。
■ブルーズ・リズムの表現力を極める沼澤のドラムに中條がウッド&エレクトリック・ベースで重厚なグルーヴを敷き、そこに永井の歌うギターとディープなヴォーカル、KOTEZのハープの激烈なブロウが混ざり合う。これがブルーズ・バンド・サウンドの神髄だ。この4人のヴェテラン&トップ・プレイヤーたちがリスペクトとチャレンジ魂を込めて王道ブルーズに真正面から向かいあった本作、存分に味わって欲しい。
■前作同様、録音は渡辺省二郎、マスタリングは前田康二がエンジニアを務めた。ヴィンテージ機材にこだわりアナログなサウンドを目指した結果、50年代チェス録音を思わせるサウンドを実現。
■写真とアートワークは世界的に活躍する写真家、菅原一剛氏が担当。前作同様、氏の写真を生かした紙ジャケット・ダブル仕様でパッケージ。
●録音:2009年2月 グリーンバード・スタジオ/エンジニア:渡辺省二郎
●マスタリング:バーニー・グランドマン・マスタリング/エンジニア:前田康二
●写真&アートワーク:菅原一剛 http://www.ichigosugawara.com/

member
永井“ホトケ”隆(vocals & guitar)
70年代初期に伝説の〈ウエストロード・ブルーズバンド〉を結成。以後、吾妻光良と〈ブルー・へヴン〉、小島良喜と〈トリック・バッグ〉やソロでも活動、過去B.B.の他アルバート・キングやロバート・クレイなど海外ミュージシャンとの共演も多い。著書も多数、『俺と悪魔のブルーズ』の監修も。常に日本のブルーズ・シーンを牽引し続けている。
公式サイト:http://www.hotoke-blues.com/

沼澤 尚(drums)
LAでチャカ・カーン、ボビー・ウーマック、シーラE.などと活動、〈13CATS〉で4枚のアルバムを発表、日本ツアーも行なう。国内ではスガシカオ、井上陽水奥田民生、椎名林檎など多くの録音/ツアーを行う。現在はb.t.b.、OKI DUB AINU BAND、iLL、シアターブルックを中心に、マルコス・スザーノ、Leyona、安藤裕子、EXPE、勝井祐二/迫田悠などと活動中。日本屈指のドラマー。
公式サイト:http://www.numazawatakashi.com/

中條卓 (bass)
96年にシアターブルックに加入し沼澤尚とリズム隊を結成、ザ・ブルーズパワーへのゲスト参加を経てb.t.bに合流した。エレクトリックもウッドも使いこなす実力派。
公式サイト:http://www.nakajoweb.com/

KOTEZ (harmonica & vocals)
〈コテツ&ヤンシー〉で01年にアルバム・デビュー。ドクター・ジョン、バディ・ガイらのオープニングや鮎川誠、木村充輝との共演、ムッシュかまやつ、パリスマッチ他多数の録音にも参加。ファンキー&メロディアスなハープ、ソウルフルなハイトーン・ヴォーカルに定評がある。
公式サイト:http://www.kotez.com/


2009年5月15日(金)



5月17日(日)
先週は大阪での葬儀に駆け足のように行ってきたが 叔母にも会うことが出来行って良かった。葬儀は500人を越える弔問の人たちが集った。叔母の1週間前に撮影した遺影が美しかった。孫達はいったい祖母に何が起きたのか分からない様子で叔母の側を離れなかったのが痛々しかった。


さすがにこの私の身体ではハードルが高かったが とにもかくにも参列できほっとした。
享年64歳早すぎる死だった。合掌。今でも私を呼びかける叔母の声がする。


blogなどで傷つけ会っっても何もうまれない。私は1年前から脳梗塞におかされ左半身が以前のように動かない。致し方ないが突然鬱に心が捕らわれる。


5月12日(火)
明日は大阪での叔母の葬儀。時間にゆとりを持って行かなければ。もう叔母の笑顔には会えない。


5月10日
突然の訃報が!!可愛がってくれた叔母さんが交通事故で亡くなってしまった。笑顔の可愛い素敵な叔母さんだった。合掌。こうまで続くと自分の居場所がなくなる。


清志郎とチャボ

夢を見るのは 悪いことじゃない
コトをあせり過ぎちゃダメさ
ちょっとだけ 時間の流れが
きみをじらしてるだけさ
すべてはALRIGHT YA BABY
すべてはALRIGHT YA BABY
すべてはALRIGHT YA BABY
すべてはALRIGHT YA BABY
 --『すべては ALRIGHT (YA BABY)』
by清志郎

親父が亡くなったのも享年58歳だった。親父は腎臓癌から腰に転移し亡くなるまで一年だった。そしてその痛み苦しみは異常なほどだった。モルヒネを使った。とても耐えられない痛さだったと思う。現在の医療は癌の痛み対し進歩していると信じたい。清志郎もあの痛みからは
逃れてあげたと信じたい。ストイックに病気に対するだけでなく現在は多様性もあるからだ。


5月9日(土)
生命の因子が生まれ変わろうとしている。いつまでも現状維持で変わらないこと。そういうわけには行かないのだ。自分の過去は過去だし今ではない。死は必ず誰でも起きる。淘汰され新しい命が生まれる。毎日が病気と共生し疲れ果ててしまう自分いつもいる。葛藤から1歩進めば嫌なことも多かりしだ。


5月3日(日)
清志朗が逝ってしまった。とてつもない喪失感に包まれた。大きい。ロックの魂の第一人者だった。BluesもSoulも彼は愛し続けた。NY(ニューヨーク)に済む友達と話したい。



5月1日(金)
身体と心の調整が中々上手く行かない。昨日は浅い眠りで朝、疲れが残ってしまった。
折り合いをつけいくしかないのだろうな。

4月30日(木)
いやあ、良く寝ました。疲れが出たのか2日間寝ていました。食事もせずに。気が張っていたのか何なのか・・。


4月25日(土)
今日は天気が荒れ模様。明日は晴れるとの事なのでほっと安心。今日は何年かぶりの大学の
集まりが伊豆であります。転ばないようにしなければ。


4月19日(日)
私大の歯学部が定員割れをしているというニュースを読んだ。これは歯科界の現状を示している。私はHPに書いたが「儲かる」という尺度からいうのならこの現状は数年前から感じている。歯科医院の過剰、保険治療の削減・・マイナス要素ばかりだからだ。
根本的な考えの変革が必要だ。仕事への生きがい すなわち口からの健康を生きがいと感じ毎日の患者さんそして待っている患者さんに対し最大現の努力をし信頼から得る喜びを糧とし
仕事をしていくしかないと思う。若い歯科医師達と共に行く先を考えていきたい。


4月17日(金)
昨日とうって変わって寒い日だ。ストーブを仕舞わなくて良かった。午後の治療も無事に済んでいる。末永昭氏の本を読んでいる。日記だが毎日書かれた時代の集大成だ。この人の作る
雑誌からアラーキさんも知ったし今はパチスロの雑誌も手がけている。(私はパチスロはやらないが)この人は10年の節目にいろんな出来事にあっている。周期なのだろう。



4月11日(土)
口の中が苦く感じられ不快なきもちになってしまう。薬の副作用で起きる事もある。毎日の仕事に没頭しているときのみ忘れられる。体重は大分落ちた。しかし後遺症は続いている。


超後期高齢者という言葉も歯科医の間で使われている。これからの高齢化社会を踏まえ生まれてきた言葉だと思う。65歳以上で介護支援を要する病気は1、脳血管疾患2、認知症3、パーキンソン病である。我々歯科医がどこまでこの支援に携われることが出来るか。もちろんそうならないように予防していくことへの参画も大切だ。理学療法士看護師の人たちとの連携を1歯科医師で何処まで出来るか?実際に近くの病院で歯科医が参加する現場があるのだろうか。私にとってこれからの仕事への大きな課題だ。午前の仕事を終えそんな感想を持った。


4月10日(金)
昨日は、鍼治療で群馬県へ一旦家に戻り午後は熊谷の病院と長い距離を車で走った。
一旦家に戻った時娘と孫が帰ってきていた。ほやほやの湯気が立つようだった。


病院では薬についていろいろ質問した。しかし何となくすっきりしない。長い間飲んでいる薬ゆえ、いったいいつまで飲むのか、その副作用はと不安な気持ちになることがある。眠剤も眠れれば飲まなくてもいいと思うが急に止めればどうなるか不安な気持ちが頭を持ち上げる心配がある。主治医の話では自分で量を調整して良いといわれた。不眠症に陥ると仕事にも影響しかねない。
脳外科の病院のポスターに「寝る前のお酒より眠剤を上手に使用しましょう」と貼られている
お酒も度を越すと反って眠れなくなることは体験上知っている。今はカロリーのこと肝機能の少しの悪化からお酒は断っているが、眠剤は処方されているので飲んでいる。眠剤については多くの方が悩んでいると思う。



4月8日(水)
私は、仕事を今週から夕方5時まで診ている。若いDrたちがその後を頑張ってくれている。
根気私の仕事で大切な一つ。緩やかに高まっていくことを感じている。
明日は娘が退院。赤ちゃんと一緒に我が家に住む。



4月5日(日)
娘が3日の日に無事出産し3人目の孫がこの世に生まれた。昨日可愛い孫を娘が母親として接しているのを見て感慨深かった。担当の先生は友達なので「かなり気を使ったよ」と話していた。というのも9ヶ月まで逆子であり田端先生にお灸の箇所を教えに貰いに行かせたりしたおかげで逆子も治りいろいろ心配だったことがあったようだ。有難う、池田先生!!


一昨日一年ぶりに一日の仕事をした。午後の患者さんの数を前もって少なくしたため私の身体への負担も少なく無事終えることが出来た。今週からは夕方5時まで診療する予定にしている。


4月2日(木)
中学校の同窓会のコミュニーテーサイトが昨日から準備期間を経て昨日から公開された。
顔を思い出さない人も居るがテーマは「100歳まで続けようというテーマだ」。んんん。持病持つ私には後48年生きることは難しいだろう。しかしとにかく活発なのだ。日記のコンテンツを読み返してみると毎日何人も書き込んでいて驚くばかり。私は 自分のペースで書こうと思っている。んんんん・・・・。


憂歌団解散コンサートU-Tube発見!!
どうぞ憂歌団解散コンサートクリックして観て!!



3月31日(火)
新緑前の山々が笑っている。この季節になると少しエネルギーが満ちてくる。家のリフォームが終わりほっとした。何しろ食事は電気プレートのみで 今から考えると笑ってしまうけど。
喜んでいるのは孫達。くっついて食べていたからなぁ。しかし家内はもう直ぐの娘の出産に向けいろいろ精力的に動いていた。側で驚くばかりだった。女の人はとにもかくにも凄い。
集めた本、CD、DVDなどがいろいろな場所に変わってしまった。私の仕事はその整理です。


秩父地方では今朝も遅霜。金曜日くらいから暖かくなるらしい。嬉しい。



3月30日(月)
土曜日はコンサート会場で転倒してしまった。とても寒かったので左側の足が硬直し足元に
あった火鉢に下がりながら躓いてしまった。階段も3段しかないのに怖いと思っておそるおそる
降りたりした矢先だった。後ろ向きで倒れたので何が起きたのかしばらくは呆然としてしまった。頭を打たないで良かったが会場の「かぐや」さんにはご迷惑を掛けてしまった。


早く暖かくならないかなぁ。


3月28日(土)
今日は誕生日。昨夜家族からお祝いされ照れくさかったが。「夢」最近は自分の病気やら周りにいろいろな出来事があり 考えることもなかった。しかし「夢」を持たないとやはり顔も歪む。
52歳になりこれからどのくらい生きられるか分からないけど「夢」を持って生きて行きたい。


今日はこれから佐藤GWAN博さん&佐久間順平さんのライブ。大人の時間と名づけられている。30年以上前吉祥寺のぐぁらん堂でお二人の演奏は観ている。楽しみだ。


3月27日(金)
今日は精密検査の結果を聞きに病院に。予想通りの結果。節制をしていかなければ。
サクラが7分咲き。そっと見上げる。今日も冷え込みがきつかった。


3月26日(木)
亡くなった同じ釜の飯をたべた朋の夢を毎晩みている。親族の悲しみは深い。


寒い。お彼岸を過ぎて寒さが戻ってきた。



3月25日(水)
今朝は病院で血液検査の日だった。17日の火曜日に救急病院に行ってから本気で節制をしている。
しかし医療費も毎回高額だ。薬も月に2万円近くになっている。健康にならなければ。


先週大学の朋が亡くなった。その連絡などで疲れたが同期で4人も亡くなってしまい落ち込む。


介護保険が変わり家族への負担もかなり重くなった。家内が私の代わりに施設に奔走してくれている。本当に感謝している。母は車椅子にも乗れなくなってしまった。


3月19日(木)
火曜日の夜に左側がいつもより重いので救急病院に行ってきた。手足の麻痺が起きていないので大丈夫ということで点滴を受け帰ってきた。全く嫌になる。春めいてきて身体は少しずつ
動きやすくなってきた矢先だった。病気にはほとほと手を焼く。


気持ちもトンネルからようやく出ようとしている。友達にも連絡を取り来月は旅行に行く手配も取れる自分に成ってきた。少しまだしんどいが。悲しみも苦しみも良くなってくると忘れてくる。消え去るということではない。今は処方された薬を飲み身体を作っていきたいと思う。。この1,2月は本当に何も出来ず仕事以外は 引きこもっていた。そして何かに耐えていた。鬱も酷かった。


自分に今何が出来るのかゆっくり考えたい。考えてみると火曜日左側が重くなったのも 午前中仕事でトラブルがあり懸命になったからだ。だからまだ仕事は早いと引き込むことをしてしまうとだめだ。
午前中の仕事に制限しているのだから、ゆっくり仕事をしながら前へ進んでいかなければと思う。必ず新しい道があると思っている。



3月17日(火)
毎朝夢をみる。閉館する「オリオン」の夢もみる。あそこまで機材などが充実していて 客席も
広くなり残念で仕方がない。自分の身体がその事にたいし動こうと思っても相も変わらず後遺症が残っていて忸怩たる思いだ。


日曜日トンボ公園の作業に出かけた。何回か使用した大きなハウスの撤去。皆といることが
幸せなので 足手まといにならないように汗を流した。新しいトンボ公園が出来ることも可能になり本当に嬉しい。20年を越えた会だが仲間の動きは変わらないし頼もしい。


3月12日(木)
嫁のお祖母ちゃんの逝去で川崎に一泊で出かけてきた。行きは息子と帰りは家内の車で行ってきた。内孫ゆえ嫁を大変可愛がってくれたお祖母ちゃんだった。生前自分で遺影を選んでいたという写真はピースをしていていて愛くるしい人柄を偲ばせた。。


川崎は大きく変わり以前鶴身に長いこと通っていたが変貌に驚いた。告別式に出かける途中
構内で若者に体当たりをされた。私は飛ぶような軟な身体ではないが彼の目を見た時、異常であった。ひっ捕まえて殴ろうと思ったが逃げ足が速くそれには追いつけないので諦めた。しかし何だあの目は。謝ろうともせず怯えるようで。


告別式の帰り一旦家に戻り家内と母の病院に出かけた。これ以上病院では口からの栄養は取れないので施設に行くことになった。血液検査を見せてもらったが全て衰えて来ていた。
正月の肺炎はどうにもいけなかったようだ。施設では母のみ 掛かって仕舞った。加齢も加わり
徐々に衰えていくようで悲しい。PEGのみで元気になればいいのだが。


3月5日(木)
今日は親父の命日。家族で墓参りに出かけた。


3月4日(火)
10数年可愛がっていた愛犬花子死んだ。 合掌。


3月2日(月)
昨日は久しぶりに 外に出かけた。春が近づいている。


2月27日(金)
ようやく復旧しました。のんびり書いて行こうと思います。よろしくお願いします。
寒さがぶり返り身体の硬直が出てしまっている。焦らずいかないと。。。















































2月6日(金)
昨日は整体を受けに東京の世田谷に行ってきた。行きの車は家内が運転をしてくれたので
ほとんど眠ってしまった。しかし金ちゃんに会いたいので心は向かっていた。治療が終わり頭もすっきりし家内と世田谷通りを散策した。松蔭通りという場所があるが活気があり商店街は
人で賑わっている。もちろん車を置けるスペースなどはない。近くの24時間パーキングに置いて歩くのだが魚屋さんスーパー、薬やさんなど活気がありまた応対がものすごく丁寧だ。それだけでも気持ちがいい。昼食も賑わっていた長崎チャンポンのお店に入り私はチャンポン家内は皿うどんを分け合って食べ美味しかった。常連客も多いのだろう。ここでも応対など素晴らしかった。もとろんまだ食べ物は沢山ある。次回は何処に行こうかな。ここには不況などは感じられなかった。そうそうパン屋さんもおばあちゃんが一人でやっていて天然酵母の焼きたてのパンをお土産に買ったのだが 家に帰りちびちゃんと余りにも美味しくて2人で4枚も食べてしまい夕飯は食べられなかった。このお店も清潔感があり帰り際「気をつけてお帰り下さい」と言われ元気を貰った。


2月4日(水)
いろいろなことがあったが 意欲が少しずつ出てきた。身体の変調はなってみて分かることが多い。生理的に起きる病気 ただ心配してくれる人の気持ちは良く分かります。感謝しています。


血圧がこのところ半年以上、正常値の範囲にある。緊張しながら続けた仕事を緩めたことが一番良い結果になっていると思う。ゆえにまた忙しくする自信は出てこない。焦らないことだ。


今日は鬼平と剣客指南の文庫本を買ってきた。今までDVDで観つづけて居たのだが原作を読むことにしてみる。


1月22日(木)
長いトンネルに入ったようで 中々光が見えてきませんでした。この時期どうもいけない。風邪を伴うと鬱の症状が長く出てしまう。塞ぎこむ気持ちはじっと晴れていくのを待つ。本当に辛い。この身体がどこまで復帰するのか家内と話しこんでみた。背骨も支えるのが大変で少しの動作に疲れが出てしまう。



1月14日(水)
今年は気分も塞ぎこむ感じだったので年賀状を整理してみた。届いた年賀状は300枚を越えていただろう。それを友人、お世話になった人、親戚、仕事関係と区分けしてみた。来年は半分位で済みそうである。インターネットもあるからそれを利用しても良いと思うからだ。ただ母への年賀状は苦慮する。母の現時点での報告となるのだが筆が重い。母は年末体調を崩したが転院先の病院で懸命にしていただき回復に向かっている。その報告でいいのだが母は年賀状を本当に大切に扱っていた。そのことを考えたりすると・・・。


blogも盛んである。中学校のサイトもS君のの尽力で立ち上がった。ここにはこれから顔を出したいと思っている。



1月13日(火)
ようやく風邪も抜け体調も戻り仕事が始まった。やっぱり仕事はいい。いろいろなことをシンプルに考え今年はやっていこうと思う。


1月5日(月)
去年の暮から重たい気分がとれない。冬になると毎年落ちてしまう。昨年は1,2月我慢をし
それが限界を超え入院してしまった。今年も仕事は一人一人の患者さんを大切にしやっていくしかない。約束事は控えめにし身体を労わりやっていく。


1月2日(金)
さっき見た夢が初夢?えらい夢だった。ステージのアンプによじ登るのだ。ただ身体が思うように行かず(重すぎ?)皆が手を貸してくれて上へ上へ登っていく夢だった。思わず飛び起きふ~と一息そして水を一杯。昨日は真澄の樽酒をを飲みえらい目にあった。口当たりは良く・・・・しかし飲めなくなった。息子達が夕飯にビールを飲んでいたが側で飯をもりもり。酒は沢山だ。弱くなったし飲みたいと思うのは運動して汗を流した時のビール。一缶で充分。これは上手い。あとは芋焼酎の水割りか・・。


節目なんて感じたくないという気持ちで年を越した。くだらないテレビは ギャーギャー騒いでいる。無視だ。旅に行きたい。ホトケさんのツアーに付いて行こうかな。あの天才ドラマー沼澤氏を観ていたい欲求が体の中心にある。とにかくいい。素晴らしい。8日に行って今月後半のツアーには行こうかな。
家族も若いものがしっかりやってくれるので仕事も大丈夫だろう。若い頭脳で活路を切り開け!


賀正

本年も宜しくお願いします。

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