2006年 7月〜12月
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12月18日〔月)
昨日はトンボ公園の忘年会であった。2人の幹事さんの 欠席のみでほぼ全員集合した。
一年はあっという間だったが いろいろなことが各自あった。しかし作業幹事会を中心に
一つにまとまり頑張ったと思う。


「黄色い涙」私の原点でもある永嶋慎二先生の作品が 来春映画となりロードショウされる。
先生の奥様から 復刻になった「黄色い涙」の本頂き その情報を教えて頂いた。
復刻になったこの本のあとがきに森本レオさんの話や 当時銀河テレビドラマの脚本を書いた
市川森さんの話も載っている。そして今回の映画の脚本もその市川森さんが 書かれている。
とてもとても素敵なクリスマスプレゼントだった。


来年から不定期にLOVE BONEが寄居に出来た「オリオン」で演奏する。今回はピアノも入ってもらいまたこの間お世話になったブルースハープの加藤さんにもお願いしたいと考えている。T BONEの曲やらマディとオーティス・スパンの曲も演奏して行きたい。是非、お出かけください。



12月6日(水)

今年の トンボ公園の活動     事務局 鳥塚和弘

今年も 一年が終わろうとしている。トンボ公園の活動を振り返ると 春に代表の仮屋さんが九州に転勤が決まり 幹事会を経て新しい代表に 石川光男さんが 引き受けてくださった。幹事の諸先輩は とても心優しく 皆の協力の下 動き出した。事務局を長くやっているが何事においても 自分達の役割り分担がしっかり出来ている当会は 誇らしい。俺が 俺がという人がいないのである。

 

,,3月と折原トンボ公園の入口の補修工事 末野のトンボ公園モデル地区の木道修理を行った。集まった人たちは プロのように動き 見る間に補修工事は 終了した。

4月には自然館のオープン。当番も殆ど空くことなく埋まった。中でも病気でたおられた工藤さんの復帰はとても嬉しかった。

総会では 東屋を男衾に建てようと 平三さんの発案で 訪れる人の休憩所 皆が暑い日の草刈の休憩所として利用してもらおうということになった。

この12月に具体的な設計図が出来上がり 来年1月から自然館で角材、丸太などが運ばれ始まる。

夏には恒例の牟礼地区有志の方々との 草刈作業。その後のバーベキュー 広い男衾トンボの里公園の殆どを刈る事が出来た。

秋には 恒例の音楽祭を行うべく用意をしていたのだが 秋の長雨になり 中止になってしまった。各新聞にも載せ多くの方々の参加を 期待して居たのだが・・雨には勝てない。しかし音楽祭のために準備していただいた出演者の皆さんの気持ちを考え 打ち上げの場所でミニ音楽祭を行った。 楽しかった。。

10月には 構想をもってすすめた男衾のシンボルになるはずだったテントを 朽ちてしまった部分が多くなったので 撤去した。

とても感慨深いものがあったなあ。

そして今月に自然館の大掃除、この会報発送作業を行って今年の活動も終わる。今年は7月に体調を崩し 2ヶ月間清水くんに事務局をやっていただき本当に助かった。この場を借りて改めて感謝します。

来年 幹事さんもまた一年歳をとります。若い人の参加を希望し トンボ公園の未来を皆とともに一日一生で過していきたい。会員の方々の暖かい心とともに頑張ってやります。

皆さまの来年のご健勝をお祈りします。

以上トンボ公園会報への寄稿より



11月25日(土)
一昨日歯科医院の52年めのささやかなお祝いを 家族だけで山の上ホテルにて行った。
私になってから20年だが 父の働いた分と同じの後10年は 頑張って行きたいと思う。
来年より医療法人化し「恒歯会」を立ち上げようと準備している。


最近大根の収穫が終わり カブもほぼ食べつくした。数量しか出来ないので 残念だが まずまずの味だったと思う。12月になり 白菜 辛味大根の収穫となり 後は来年の春の収穫を待つ。3月頃から 春野菜 夏野菜の種まきが始まる。狭い畑だが作植え表を作り 丁寧に
作って行きたい。


久しぶりに
野山を駆け巡るスポーツを再開したので 友達先輩と再会している。私の友人のA君は月に6回もう今年は70回以上ラウンドしたと言う。私は競技を主体に3,4回そして釣りは寒バヤを狙いに川を巡りたい。またFryフィッシングの腕を上げたいと思う。
母の食欲が落ちているのが 気に掛かる。


11月17日(金)
ホトケさんのHPの日記に この間のライブが書かれている。〔11月3日4日)また写真まで。誠とのツーショットで。いやあ、顔が大きいな。是非クリックしてください。ホトケさんのHP

12月2日に熊谷のライブハウスに久しぶりに呼ばれ、薫ちゃんスケちゃん加藤さんとともにLOVEBONEが演奏することになった。タッチャンが久しぶりにドラムを叩く。わくわくするなあ。
当日はBluesの日でトリはアルバート寄木。初めて見る人だが 名前から誰を信奉しているか わかるものだ。


野菜つくりは 順調でホウレンソウも大分大きくなった。小松菜 スナックエンドウ ソラマメも
植えた。この時期は中々植えるものがなく 収穫が始まったカブ、大根の後は 春まで土を休める予定だ。しかし白菜もどんどん大きくなり 中心の虫を手で摘んでいる。
また今年は一ヶ月ほど気温の高さが残っているので カブの種をもう一度撒いた。どうなることやら?液肥だけの野菜は実に旨い。




11月8日(水)
怒涛のようなホトケさんとの高崎、寄居のツアーが終わった。各所盛況で何よりだった。
特に高崎では ゲストとして呼ばれ2曲唄った。浅見君と言う素晴らしいギターリストとの演奏は何よりだった。ホトケさんも多いに乗り秀ちゃんとの演奏も素晴らしかった。ホトケさんが言うようにこの高崎市は 美しい。街路樹も山々の背景も大好きだ。
寄居では主催者だったので、準備等が大変だったが 自分のバンドのリハが出来なかったのが残念。しかし共演した「荒川団」とてもいい連中で、演奏も素晴らしかった。リーダーのマコチャンといろいろ話をしたが 分かり合える人で 今後も お付き合いが続くだろう。葡萄館の頃、顔を知っていたが話すことはなかった。踊り狂った素敵な伯父さんもいた。


畑が昨日の強風で マルチシートが剥がれてしまったが 野菜は元気に根を張っている。
とても美味しいカブが出来たし 大根ももうすぐ収穫だ。3日に「たまねぎ」「小松菜」「ソラマメ」を植えた。たまねぎは苗を定植しその他は種を撒いた。来年春まで収穫は出来ないが 実に楽しみだ。この収穫までの長さがいい。とにかくいい。野菜とともに生きていける気持ちが持てる。今年はいろいろな事があり 別れもあり辛い日々もあった。それゆえ野菜つくりは癒される。



釣りは 海に気が向いているため 少し休んでいる。明日は小山川か利根川で釣りでもしようかな。熊が出没した裏手の川で良く釣っていた。八高線を渡ったとのことだが。熊が寄居の山東秩父の山にいるのは 確かだ。釣りをしていると背後のざわめきが ふと母熊がいるのかと
思って笑ってしまう。



10月18日〔水)
最近 気になることがある。髪の毛が少なくなって来た事だ。家内に言わせればてっぺんも。
鳥塚家の叔父達も白髪の人と剥げの人がいらっしゃるが、断然白髪派が多いのに・・。
日曜日伯母の一周忌で 仙台に行ってきた。伯父は矍鑠としていて嬉しかった。お墓参りお昼と伯父と二人でタクシーに乗り いろいろな話を聞かせてもらった。伯父は82歳であるが 今もって研究をしている。今 アインシュタインの検証を弟子の東北大学の研究室と行っている。
伯父のアイデアを基に 進められている。伯父は発想は頭で考えるのではなく 沸いてくると言う。そしてそれが数式として出てくるとの事。いやはや何とも。近いうちに家内を連れ また仙台に行く予定。




10月13日(金)
一昨夜は久しぶりのドーギー嶋村さんとの再会の夜だった。彼のモンゴルでの仕事は 順調でアルバイトの人も雇っているとのこと。一本確実に芯が通っている彼の姿 言葉に元気を貰われる。さて昨日は右手の親指の付け根を傷めていたので 予定を変更し3時間ばかりだが
「水坂沼」に行った。本当に久しぶりだ。平日のため釣り場は空いていて いそいそと準備をし
浅場で釣り始めようとしたら 餌の軽量カップがないではないか?ま、しかしどうにでもなるのでオールマイティーにバラケマッハをボソタッチで練りこみ始めた。ハリスが短い感じがしたが
徐々にヘラは集まり始めた。気温が上がったため食いは良いようだ。しかしカラツンが多く10投目くらいで 一枚目を釣り上げた。その後 夏を餌に入れ重たくし ヘラを下に集めようとしたのが正解で 30センチ級が20枚ほど釣れた。とにかく凄い引きである。手の感覚は 忘れていなかった。この「水坂沼」は日曜日は多くのヘラ師が集まる。午前3時には車が集まり場所取りをした後 仮眠をし日の出とともに釣り始めるのだ。東京千葉からも来ている。
11月までは秋の「棚をつれ」の言葉のように工夫次第で 釣果は期待できる。
竹竿でのしなり30センチ級の重たさ 醍醐味である。
今日の反省:ハリスをもう少し短くするべきだった。25センチ30センチがよかったのだろう。
来週は早朝に行く予定。




10月9日〔月)
8日9日と千葉の御宿に家族で行ってきた。息子はサーフィン私は釣り。本当に風が凄く大変な天気だった。息子もこの場所しか出来ないと言ったけど。私の 釣りは散々だった。
釣れたのはサビキ仕掛けでの釣りだけで 釣れたのは 何と河豚。アジは、メジナは・・・これでは荒川でのオランダ釣りに何か同じだなぁ、。海には「魚は・・・」いないのかと叫んでしまった次第。小指ほどの河豚。釣ったとたんいきなりプックと膨らみ始めありゃまだよ。泊まった宿は 一人素泊まりで3500円。朝飯つき4300円。ふうんんこんな世界もあるのだなと家内と 思いました。サーファーの世界だよ。夕飯はそこでは出ないのでちかくの葵に。なめろうとさんが料理もろもろ 堪能しました。
しかし漁船転覆というのが 本心から分かるほどヒドイ海でした。



10月3日(火)
今日から10月。老人医療の窓口も大きく変わる。今までの患者さんの1割負担から 収入により2割負担3割負担となる。これは、国の医療費削減だが 私は75歳以上の人たちに対しこの取り決めは反対だ。日本人の70歳における残っている歯の本数は10本を切る。アメリカ 韓国などは平均で 20本歯を残している。ゆえに健康を大きな口腔内に対し 諦めていく患者さんも増えてくるだろうと予測する。歯周炎は命にも関わる病気ゆえ50歳以上の人達を救うことを 私は念頭においている。そして義歯との咬合のバランスを定期健診で 細やかに診る必要がある。70歳でも80歳でも噛む歓びは 大切だ。


歯科医が過剰と言われている昨今 定期健診を行うとまだまだ不足なのに 余り浸透していない。しかし国の歯科医に対する方針は 定期健診をやればやるほどマイナスの保険点数になる。この4月の保険改正は改悪であり 歯科医師自身の治療に大きな足かせと大きな収入減に繋がった。これから新規開業の若い歯科医は 本当に苦しいだろう。そしてこの10月に少しは改正されるのかと思ったら かえって 患者さん自身の負担が増え 定期検診を無視をし
真面目に取り組む歯科医師のやる気を本当に失わせている。


私の父の30年間歯科医師側も その場のことばかりやっていて 定期健診予防にまったく手をつけず思い上がった世界だった事も 否めない。



日曜日 小雨降る中、荒川に行った。いやになるほど釣れない。餌を地元の釣具屋で購入したのだが古いのか色が違う。思わず賞味期限を確かめてしまった。いやはや釣れない。リールで遠くに投げ込んだ。そこから静に引いてくるのだが 中りがない。隣で鯉を狙うおっちゃんがいたが3本の竿でぶっこみで狙っている。しかし私が見た所では釣果はないと思う。冷たい雨の中、合羽を着てやったが熱くなり裸になり直に来て釣った。興奮すると熱くなってしまうのだ。今月から ヘラブナに挑戦するが 今週末家族で海へ行き 何とかアジ、めじな カサゴ イカを釣って 孫に見せびらかしたいものだ。台風は来ないで欲しいな。


9月28日〔木)
今日は 荒川で オランダ釣りの納めとして?八高線下の河原に行った。釣果は4匹。
いつも加藤建設のところから川に下りるのだが 対岸は絶壁だ。しかし今日始めて対岸に
Fryの釣り人がいた。いったいどこから降りたのだろう。その人は移動してもう岩盤ぎりぎりのところに更に立っていた。いやはや執念というか。Fryなら いったい何を求めていたのかなぁ。サクラ鱒なら玉淀湖の上流からだ。でも潔い釣りをしていた。こちとらは オランダ釣りで4匹
夕食の美味しいオカズになりました。


鍼治療で最近右腹が何となくちくちくしているので 田端先生に治療をして頂いた。
酒を飲むので 肝臓がと思ったけど 目は黄疸はないし良く分からなかったので 先生に治療をお願いした。何番目の背骨だろうか そのところを先生に押されると思わず「そこそこです」
と唸ってしまった。入念にその箇所から治療をしていただき 今はすっかり痛みが取れた。


先生の治療は とにもかくにも凄い。2年前先生は癌を宣告され 入院までに自ら自分に針治療をし 病院で入院前の再検査をしたら 癌が消えていたことを主治医から話された。主治医も困惑したそうである。70歳を過ぎた 本物の鍼師は健在である。先生はいつも「患者さんから学ぶ」と言っている。


9月28日(木)
昨晩 新蕎麦を「ろ」で食した。いやあ 最高だった。家族も大喜び。家内が喜びすぎて 呑みすぎ
絡まれたのには 閉口。晴翔も実に静にしていた。



9月27日〔水)
減量も まずまず成功している。畑仕事は思ったより 重労働だ。堆肥を入れるのにバケツで
何往復もするし 草取りもこれまたいい労働だ。汗を一杯かく。
昨日からの雨で 発芽した芽が 負けないかと布団の中で心配しているが こんなんで負けては芽もだらしがない。と自分を励ましている。
私の血圧は 精神面の苛立ちからの上昇が悪いと良く分かった。義理の兄に相談し薬もばっちり合ってきた。


釣りの失敗は多い。勇んで行っても 餌を忘れたりと何かを忘れることは実に多い。早く釣り場に行きたくて上の空になっている自分がいるのである。井伏鱒二氏の本で 釣りの話も可笑しい。
ある日川で釣りをしていると 二人連れがやってきて 著者は親切に穴場などを講釈しながら教えていたらその二人組み糸を忘れていた。そしてウイスキーも飲みながら準備していたので
その忘れたことを気づいた時には 大分酩酊状態。そこで著者の髪の毛に目を向け 突然著者を一人が羽交い絞めにし こともあろうことにもう一人が氏の髪の毛を抜くのである。30本は 抜かれたと著者は憤慨し嘆くのである。抵抗したら川に転落ゆえその気分の悪さを井伏氏はユーモラスに本気に怒って嘆いている。
先日荒川で ハヤを釣っていたらテンガロハットの男が リュックを背負って現れたのだがそのリュックからヘラブナ一式の道具が出てきて 目を見張った。椅子が出て来た時 よくもまあこれだけコンパクトに入れたものだと感心した。釣果は・・・


9月26日(火)
沢渡温泉に家内と行ってきた。本当に静かな温泉だ。森林のマイナスイオンが旅館を包む。
川に糸を垂れたが まるで中りがなかった。来年3月この沢を登って ヤマメを釣ってみたい。
家内は側で石拾いをしていた。


今、裏庭に畑を作り楽しんでいる。永田さんという農家が推薦する液体肥料を用い
 土から取り組みやっている。以前はもっと広いところでそして遠くで作ったが やはり手近がいい。
冬野菜として 大根 かぶ 白菜 ほうれん草 イチゴを植えた。そのほかにラディッシュ春菊
・・・。この日記も釣り、畑、音楽と多彩になるだろう。発芽し今間引きをしている。大根は2ヵ月後突然と太く長くなる。楽しみ楽しみ・・。


釣りはようやく涼しくなったので へらぶなに戻る。今年は夏は 時間があれば川に入っていた。ハヤ(クキ)ばかり釣っていたが 中々面白かった。荒川は中々釣れなかったが オランダ釣りや鮎の餌釣りなど〔友釣りのところは この釣り方は禁止されている)水泳パンツを穿いて
腰まで入り 餌箱をつけている姿は 滑稽だが涼しくて何よりいい。
鮎が間違って釣れないものかと淡い期待をしている。
釣り道具は 物置に押しやられ 淋しいものだが タオルに針がついていて家内に怒られては
仕方がない。仕掛け作りで 針でも畳に落ちていたら それこそ。昔、父の鮎釣りの仕掛けで
いつも針を手にひっかけた想い出がある。


9月17日(日)
今日の音楽祭は 天気の不安定に振り回され 結局中止になりました。
出演者に連絡を取ったり 当日のスケジュールを清水浩ちゃんが念入りにやっていただき 何ともはや お疲れさんでした。慰労を兼ねてまた出演者の皆さまには日頃のリハーサルの労もねぎらい「さち庵」で16:00pmからパーティーをすることに。。


大崎紀夫 井伏鱒二 山村聡 釣りに関する本には名文が多い。開高健の文書は ゴージャスで世界紀行の作品ばかりで 余りしみじみと読めない。鬱の極限から 開高も旅に出て釣り歩くのだが。。山村聡は俳優だったが 文章がしみじみとして素晴らしい。


9月2日(土)
すっかり秋めいてきた。朝晩川に吹く風は 清々しい。
最近荒川のある場所で 「オランダ釣り」をしている。釣果がすこぶる良い。深瀬の場所でするのだが ハヤを10匹以上は釣れる。この荒川(玉淀ダム下)は鮎釣りの人たちに迷惑をかけないように 釣るのには深瀬がいい。まず鮎師の方々は チャラ瀬浅瀬しかいない。
街中の釣具屋さんが8月一杯閉めていた。もう開かないのかと心配していたら先日開いていた。親父さんが入院していたとのこと。危なかったとも言っていたが顔色もよくなりほっとしている。


井伏鱒二氏の「川釣り」:この本は大変面白い。一編がエッセイー風でもあるが短編作品のようでもあり、ユーモラスな著者の心がしみじみと伝わってい来る。




8月21日(月)
先週の木曜日 午後荒川に出かけた。雷が鳴る不安定な天気で 途中車の中で休んだりしていたが 鮎釣り師は じっと竿を流していた。玉淀湖下の河原 なかなか釣れないのだろう。
日頃の何かを置いてきて 釣り師は川に沼にと出かける。私自身もそうなのだろうな。


四万十川に行ってきた。その前に高知に1泊し よさこい祭りで五郎ちゃんジュリアンさん青山さんに会い 彼らのグループ「市民憲章」の演奏を堪能した。このお祭りに踊り子として参加するのに多額な費用が必要にもなる。まして3日間参加だと・・。ジュリアンさんたちの趣旨は誰もが自由に無料で参加するという素晴らしい志だ。それにこのバンドの後で踊るのだから かっこいい。来年は踊り子になり1日付いて回りたい。五郎ちゃんえらくかっこよかった。


南風に乗り中村駅へ。中村市は四万十市に合併後名称が変わった。
ホテルで荷物を紐解きさっそく歩いて赤橋へ。水量がとても少なく川まで行くのが大変だった。ようやく準備をしたら 雷。ありゃまで退散。水量の少なさが気になる・・。
夕方から3日間お世話になった四万十料理屋「常連」へ。本当に美味しかった。
翌日は遊々バスで上流へ。高瀬沈下橋での釣り。海水パンツをはき足元の石を剥がし川虫を取りながら釣る。風景に酔いしれる。途中で泳ぐ。沈下橋から子供達が何人も飛び込んでいる。釣りどころではないなあ。ルアーを遠くに投げたがそれは 無理ということが川の状況で分かる。漁師さんが投網を放つのだから、素人では無理な話。
午後3時に戻り自転車で散策。釣具屋で明日の河口の釣りの話を聞く。結局何を釣るのかの
目的が曖昧なため向こうも戸惑ってしまった。
翌日 中村駅前にある予約したレンタカーを借り ナビ(とても便利)で四万十川癒しの館へ。ここには中医学研究所がありここを訪れるのも今回の旅の目的だった。血圧について再度勉強するため。 それから土佐清水市へ。港内でのんびりする。そして海岸線をのんびり走り下田へ戻り「癒しの湯」でのんびり骨休みをする。明日は従兄弟の葬儀があるので タクシーで高知龍馬空港に行くことになり 早めに切り上げる。従兄弟の想いを共にした旅だった。




8月7日(月)
茹だるような暑さだ。38度を越す暑さに 日本中が茹で上がっている。
減量が着実に進んでいる。今回は厳しい制限はそれほど引かないようにして 全体のカロリーを抑えている。運動は歩くとか決めていないが 体操は必ずやっている。ヨガも含め。
今週からは水泳だ。


先月OTIS CLAYを日比谷野音で観た。25年前とまったく変わっていないステージで 白いスーツのクレイはキリリとステージに立ち 誠実な人柄が
びしびし伝わってくる。後半には堪らなくなりステージの側に走りより声を出した。OTISCLAYがまたまして日比谷野音で観られるとは 思いもしなかった。至福だった。


荒川で4匹のバスを釣り上げた。本当はクキを狙ったのだが・・。川本の明戸河原だ。
昨日は石の水切りおじさんの撮影をしていたな。
相変わらず上手いものだ。
ここ明戸河原でヘラを狙っているのだが テトラポットを渡って行くので 面倒になる。遠近用のメガネだと 誠に足元がおぼつか無い。道具がへらはとにかく多い。
来週からは利根川小山川に行く予定。そして四万十川にまた行く。




7月18日(火)
吐き出さないと 本当にだめになってしまう。理不尽なことを貯めすぎるとだ。この間の入院は数日だったが 自分にとって1月のようでもあった。もう走れないという思いでぱんぱんだった。母の入院から始まり 家族のことやら精一杯だった。ある患者さんから 「どうしたのよ、太りすぎよ」と言われ苦笑いをしてしまった。それだけ何でも話せる仕事場になっているし、歯医者だからといって偉くもない。ただプロとしてやり続けたいだけだ。そのプロとしての過酷さはある。日々緊張感は保っている。事故に陥らないためにもだ。22年も続けているが一回も 妥協したことはない。出来ないものは出来ないと言い切るまでは時間がかかったが。


お陰さまで 薬が合い車の運転が少しずつ出来るようになった。そこで先日水坂沼に行って ヘラ釣りに没頭した。朝7時に打ち出したのだが 気づくと午後の4時近くになっていた。面白かった。大型のヘラも何枚も釣り上げた。頭が空っぽになる。陽射しが気持ちが良い。しかしヘラ釣りは動かない。運動量なんてないなあ。
最近 荒川(明戸河原)に出かけている。ぼっとしている時もあるが ヘラ竿を出したり、リールを投げたりしている。お気に入りだった花園の河原は 侵入禁止になっていた。何故だろう?
憩いの場所として最高だったのに。行政がしたのは間違いないが。その明戸河原も地元の人なのか? 車を止めたら ここは俺達の場所だから止めてくれるな。と言われ料簡の狭さに ヘキヘキした。馬鹿なんだろうな。確かに自分だけのポイントは教えられ難いが それでも聞かれれば答えるようにしている。荒川でようやくヘラ釣り場を見つけたのだが。ま、広いからいいけどさ。川はいい。水際が大好きだ。



7月17日(月)
この書き込みも 久しぶりです。7月の始め入院しました。高血圧脳症という病名でした。
運転中ブレーキかアクセルかと分からなくなり スピードが30キロくらいにしか出せなくなり
多分ブレーキを頻繁にふんでいたのでしょう。後ろに何台もの車が連なっていました。そして
側道に止め家内に電話をし(携帯のありがたさですね)そのまま病院に行き入院とのことになりました。減量と運動そしてストレスに対処する薬(これは後日他の病院)。今はこれしかありません。30年維持していた100キロ台を68キロまで落とす・・。未知の世界です。
ま、無理なく必ず痩せます。
ホトケさんを始め友人先輩方に多くのお見舞いのお言葉を頂き ありがとうございました。
入院中手紙を大切な人に書きました。頭が入院中はしっかりしていなかったですが 心を込めて書きました。いいものですね。それにしても事故にいたらなかったのが不幸中の幸いです。

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