薬害について
私は、何年もの間、薬を信用しました。そして、自ら選び、漢方薬も飲み続けました。

処方された薬 そして漢方薬の副作用は計り知れないものでした。断薬して1年半で 本当に健康になったなと思います。また自ら模索した気の体操として「新体・時空体操」を多くの人たちに、広めていきたいと思っています。2015年6月

下の内容は、副作用で戦っている自分の姿です。今、私は、
訪問歯科治療をやっています。多くの施設に入っている人たち、自宅で介護を受けている人たち。いつも驚くのは、処方されている薬の多さと、その内容です。主治医に勧告するのは、いけないのでしょうか・それは、様々な体験をした私の役目のような気がします。身を切って進むしかないのでしょう。


病気との共生
治るまでとても長い時間がかかりそうだ。自分の症状と治療を日記風に書いていきたい.

参考になる人は是非取り入れてください。
O月×日
主治医に余りにも身体の違和感が出ているので 相談する。主治医「電線が10本あるうち3本が切れたのだから今は残りの7本で繋がろうとしている。ゆえ様々な症状が出る」
軽いストレッチを静にやっていくしかないみたいだ。整体師の先生に教えてもらった足の裏に
吐く息を通す呼吸を 今はやっている。しかし身体がギブスを嵌められたようだ。重い。昨日梗塞した場所を はっきりMRIで確認した。

・月・・日
梗塞した部位の場所は死んでしまったのだから 今、私に齎(もたら)している症状が今までどんな働きをしていた部位が死んだために 起こっているのか判明したい。感情を含めて。
梅雨寒に身体が反応している。いつもなら暑がりでこのくらいの気温なら汗を流しているのに昨日などは梅雨寒に 長袖のシャツを出す変わり様。
・月・・日
とんでもない力で身体心が ばらばらになりそうだ。
へたばって 寝てばかりいる。
/月・・日
自分の足元が照らされてきた。肩に力が入って嘆いていても何も始まらない。溜息一つついてみる。「脳梗塞のリスクファクターの塊みたいな君が・・その程度に済み神に感謝ですよ」と
友達の医師に言われた。確かにその通りである。夜半、しみじみと実感し頭を垂れた。1歩前に。しかし、むかつく。
・月・日
少しずつ良くなってきた。まず味が分かってきたのが嬉しい。身体もまだまだ左側が重いが
運動に対し気が向いてきた。
・月・日
暑い。リンパマッサージというものを受けた。痛くて悲鳴を上げてしまった。老廃物の箇所が痛いのですと言われても全身だった。仙台へのバスでの旅は身体の箇所に疲れをもたらした。新幹線で行くべきだったか。体重を落とすことが気に病んで仕方がない食事はカロリー制限しているが動かすことが出来ない。一進一退だ。
・月・日
この病気は段々進行していくことが特徴だ。運動していなければ筋肉は落ちていくし記憶力も退化していく。母を見ているとあれほど動けた母は今は何もしようとしない。これは病院の体制が3ヶ月でリハビリを打ち切ってしまうからだ。ゆえ高齢であることも加わり動けなくなることは加速度を増して進行する。介護5ゆえ施設ですごさざるを得ない母だが、どうにもならない。
・月・日
なるべく自分の出来ることは自分でやらないと前へ行かない。気持ちが特に大切だ。毎日のストレッチ プールで歩くこと食事など気をつけなければならない。安定期が待ち遠しい。
/月・日
私の病気の再発を抑えていくのに まずストレス、過度の仕事のようだ。リハビリの体操を含め
自分のペースでやっていくことが大切。1年過ぎ左側の重さが治るのは自然体で治るのを待つ
日々だ。


10月30日
ようやく症状が安定してきた。といって患部が治ったわけではない。安定期とは症状に慣れてきたことと言ってもいいが 安定期にならないとリハビリに対し症状が重くてやる気が中々起こらない。私は半年掛かって症状が安定期に入った。現在の医療では3ヶ月で病院を転院させられる。この期間の短さは 酷だ。しかしその耐え難い症状を克服して行うことが大切と分かっているが。ようやくプールでのリハビリの面白さが分かりその効果も自らの身体で確かめられる。しかし耐えながらやれっと言われても出来ないし出来なかったのが本当だ。また悪い時には 焦ってしまう。そして安定期に入り 身体が動かされるようになれば 仕事への復帰も可能だ。しかしそれは最初の程度の状態による。今でもわたしの場合痺れ冷えなど患部に症状が残っている。しかし前へ行こうという気力が出てきたゆえ 仕事にも戻れてきた。なってみないと分からないことでもある。
多くの本も読んだ。しかし本の内容が頭の中に入って来なかった。今は再発防止のための自分なりのことを2年間何もなければまたここに書けると思う。喉もと過ぎれば暑さ忘れずなんていうものではないほど骨身に滲みたゆえ。



2010年5月 散歩や運動で30キロ痩せた。鬱の薬もかなり少なくなったためか、気持ちが和らぐ。眠ることが少し分からなくなったが1昨日は薬なしで眠れた。
脳梗塞の再発になる危険リスクをかなり減らしてきたと思う。「希望は心の太陽である」
家族も新しい家族レン君によってまとまって来た。それがとにかく嬉しい。臨床心理士の資格を
取ろうと思うため大宮校の資料を取り寄せのメールを送った。数日後に届くだろう・・・・・・・・


2015年」1月現在 不逞症状すべてなし。耳鳴りは少し残る。難聴は治癒。左手の小指が、少し違和感。しかし運動機能など完全回復。そして飲んでいる薬は、全くなし。