2008年4月29日未明 突然と脳梗塞が私を襲いました。
4月はヨガ、導引体操等楽しく真剣に行い、仕事も今の医療制度の中で出来る事はやるという覚悟で 励んでいました。
発病した4月28日の午後の診療中 突然床が浮き上がったような眩暈を感じ(実際この時点で病院に行けばよかったかもしれません)何とか診療を終え夕食をとり夜中身体の異変を感じ起きました。


左側がしびれるのです。急いで家内のPCからこの症状を検索し近くの病院を探し自分でその病院に電話をし 家内の車で入院しました。夜半は当直医も研修医で何となく不安を感じましたが CTを撮り(実際はこの時点では私の場合は判明不能でした)しかし訴える症状から 点滴の処置を受け始めました。点滴は梗塞の広がりを防ぐものと脳の浮腫を防ぐ目的です。絶食をし翌日はMRIの検査。ここで梗塞箇所が判明しました。脳幹の橋部の梗塞でした。(脳幹部は呼吸中枢もあり即死もあります)自分でも麻痺が出ないか手足を毎日動かしていました。絶食が数日その後全粥5分粥3部粥となり普通食になり点滴が一応終了したので 1週間程で退院しました。(振り返るとこの退院はその後襲う後遺症にとって早すぎたとも思います)退院後、左側が重く感じられだしました。6月〜9月は最悪でした。
今現在も左側の違和感重たさは 気候の変動などで重さが変わり私を苦しめます。


思い返すとあの日(4月28日)に診療室の血圧計で 直ぐ測ったら130台でした。この時に梗塞が始まったと考えられます。なぜなら普段は仕事中は160前後ですので 血圧が下がったとき梗塞は出きたのです。幸いにも 私はヨガ、導引体操、毎日のラジオ体操を行っていたので軽く済んだとも 整体師の先生に言われました。しかしこの時は 私自身自分に何が起こったのかまるで分からなかったのです。

発病後 湯治や病院通いで2ヶ月余り仕事から離れ 私の脳梗塞の後遺症と向き合うことが始まったのです。気力は萎えていきました。あれほど動いた身体も今ではとてもしんどく思うようになってしまっては悲しくもなります。



現在脳卒中は救命処置で命を失うことは 殆どなくなりましたが 梗塞・出血がもたらす後遺症で悩んでいる方が大勢います。。私は早く治そうと焦りました。鹿教湯温泉を求めたのもそれゆえです。 ここの湯は脳梗塞後の後遺症に対して効能があると謳われる日本では数少ない温泉です。ゆえ日本全国から多くの後遺症に苦しんでいる人たちが集まる温泉です。私がこの地で目にしたのは この温泉地にある三才山鹿教湯温泉病院の患者さんと泊り客の方がたの私以上の症状の重さでした。鹿教湯温泉地区はこの病院を中心にクワハウス(温泉と温泉プールまた数は少ないですが運動器具などを備えている)があり ここのプールと湯は単純泉で滑らかで40度ほどのゆったりとした湯です。林間には歩くコースもあります。朝9時には薬師堂前で体操も行われています。温泉療法士さんもいて温泉の入り方なども教えてくれます。ただ旅館の宿泊費は少し高く 1週間になると考えてしまいます。

そして脳神経の先生にも通っていますが この病気は成人病と言われているものが主だった原因だと言われています。。すなわち危険リスクの高血圧 コレステロール 喫煙 ストレス 肥満などが挙げられます。遺伝もあります。母もこの病気で現在施設に入っていますが(ちなみに発病した日は母の誕生日でした)母の発症は夜半に梗塞が起こり朝、異変を発見され(この時私は旅行中でした。)私を見送ってくれた母の 「気をつけて行ってきなさい」という言葉を最後に今現在も一言も言葉を喋りません。そして右側に重症の後遺症を患ってしまいました。その母の血液検査では異常は全くなかったのですが 起きてしまいました。今になっては水分の補給不足や遠方へのお見舞いの疲れなど思い当たりますが・・・・・・。


受け入れること何故こうなってしまったのかとネガティブに捉えては 何も始まりません。
しかし症状が襲ってくるたびに落ち込みます。

&現在(6月22日)の私の身体の症状
1、左足で片足立ちが出来ない
2、左側の重さしいては身体全体の重さに繋がります。
3、左足が歩行中躓く
4、食事後の膨満感(少しの量でも空気が入ったように膨れ上がるーまるで蛙ですね)
&治っていった症状
1、食事の時の味の違和感
&現在行っている治療法
1、歩くこと
2、減量
3、プールでのリハビリ
(自らの意思を強く持って行動する分野)
1、抗血小板剤服用
2、漢方薬服用(北里大学東洋医学漢方科より)
3、整体と鍼治療
4、温熱療法(蒟蒻を使用)
(2008年6月24日現在行っていること)


手足の麻痺はおこらないことを 確認してから 私は1歩前に進んでいます。これが起こると再発ですので 症状はもっと重い症状になると思います。
どうしても身体が重く感じられる日が続き、苦しみました。例えれば プールから上った時、身体が重くなる感覚が続いている感覚です。「いったいどうしてこんなに重いのか?筋肉のバランスを崩したからか?」いろいろ考えを廻らせていました。何かが滞ってしまったのか?そう言えば 最近、私には 抗鬱剤の副作用で便秘がありました。就寝時に下剤を服用しますと便が出る感覚が起こりトイレに入ります。便は出ましたが しかし出る感覚がないのです。これには 驚きました。排出する感覚がない・・・・でも出たことにより身体がすうっと軽くはなります。便秘にも症状として個人差が大きいと鍼灸の先生に言われました。
毎日が新しい身体になったようで 様々なことを体験していきます。後遺症ってこういうものかと。

そしてほっとして洗面所の鏡で手を洗いながら 自分の顔を見ました。左目じりの下が緊張しているのです。口蓋(口の中の上のところ)の感覚麻痺は 退院した時からその違和感は感じていたのですが顔は表面にでていないだろうと高をくくっていてよく点検していませんでした。しかし詳しく観察すると非対称なところが小さいですが確認出来ました。口蓋の違和感は食事をしていると味が左右で違うのです。これは しばらくしたら収まってきましたが


寫すること。東洋医学の言葉ですが 出すことです。この単純なる行為。入れて出す事。この普通に行っていることが 歯車が狂うとどれだけ身体に影響を及ぼすか身に染みました。そしてふらつきは腰がそのアンバラスの身体を支えきれないのです。腹筋も始めました。


症状が様々な形で出ています。昨日(6月24日)トンボ公園の会の用事で出かけました。しかし途中で眩暈もしまだ外での活動の範囲を自分で把握しないといけないと思い知らされました。それに 身体が急に重くなったり軽くなったりする事には、閉口です。梗塞する前の普段の感じを求めすぎるのもいけないのだろう。共生なのだから抜け切ってやると思ってもそうは行かないと病気が言うようです。痛し痒しだなあ。


痺れについて医師に質問すると 「それだけですんで良かったのですよ。しびれは取れにくいものです」という言葉が多いです。そう言われると んんと言葉が詰まってしまいます。それはそうかも知れません。実際もっと麻痺を起こし戦っている人も多いのは分かっています。しかし比べるのではなく個人にとっては誰しも今までと違う症状が現れれば不安だし苦しいものです。脳梗塞の後遺症は本当に複雑な症状で手強いと思います。そしてこの症状が安定期に入ることを待つのみです。<next第6部へ>