2部(2005年1月20日 短い期間の鬱の再来 )
手足が寒くなる 突如として不安になる。今の私です。しかしこのぶり返しはとにもかくにも安易に薬を止めてしまったことの結果だと思います。結論ということではないのですが 車の運転が出来なくなったことに対する副作用として 少し軽く考え 薬を飲むことを止めてしまった事に対する症状の現れです。主治医の先生に診察していただき 運転のときに現れた不快感スピード恐怖感はこの薬の副作用と判明しました。ゆえに運転はとくに高速道路での運転は厳禁になりました。


親友が「風邪薬のように鬱病は薬を飲むことが大切だね」と話していました。本当に心の底から納得しました。(これが、大間違いだったのです。)以前に彼から上手く付き合って欲しいと言われましたが その通りです。
私が1部で書いていることを良くなったといってやってしまった行為の結果です。
仕事も去年の秋ごろからいろいろありまた子供達が手を離れることに対しての 開放感から入り込んでしまったのかもしれません。継がせることへの難しさにも悩んでいたり歯科医師会の県への執行のこともあるのでしょう。今は許される限り休むことも大切と思っています。
2部はこんな鬱に入り込んでいる心境を伝え始まります。


体力の低下:ゴルフで必要以上の体力を消耗したのだろう。夕飯後何かを考えるのがとてつもなく嫌になり布団にもぐり込んだ。120パーセントのエネルギーを使い果たしたそんな感じだった。汗は掻く。しかし身体は冷える。冬のスポーツはよくそうなるがそういう体温の調節に脳が一生懸命働いている。焦っても仕方がないので身を任している。それにエネルギーがどんどん消耗していくのがわかる。今の自分では9ホールが充分のようだ。2,3週間前には歩きで
1,5ラウンドしても少しもへこたれなかったのに。アドレナリンが分泌されないのだろう。脳が汗を掻く。良い意味でも大切なことだ。それが鬱の状態になると脳の機能が上手く働かないため 脳が汗を掻かない。そして身体の疲労は激しい。飛べないハードルを一生懸命飛ぶ感じと例えられるがそうなのだろう。身体の休息を充分に行う。身体の声を聞くことが大切なのだろう。身体からの声。それを無視をし活動すると どんどん鬱の症状はひどくなる。また元気になってから やればいい そんな気持ちになるべき。元気になってまたやればいいと思い直すことだ。淡々と風邪薬のように 処方された薬を飲みながら。


今回の診察で SSRI-ルボックスとリーマスが処方された。リーマスは気分の波をとるため昔からのお薬だ。確かに思い返せば 暮からの1ヶ月間年末の仕事の忙しさ、様々な宴会、ある先輩とのぎくしゃくした関係と多くのことが動いていた。その上に 車を運転するときの恐怖心を自分で考えルボックスを止めてしまったのだから・・・。
この1月に現れた症状はいたし方ないのだろう。



仕事のペースの大幅の見直し正月明け早々一人の若いスタッフの戦列からの離脱があり その後2週間は 新しいスタッフの募集をしたり、しかし仕事のペースは相も変わらず忙殺されるペースだった。そして最も信頼するスタッフが残ったのだが 彼女たちへの気兼ねも段々苦しくなってしまった。また若いスタッフに1年余り教えたことが いとも簡単に崩れ去る現実に
心の傷が過剰にうずいていたのだろう。私の仕事はスタッフ一人一人のウエートの重さは大きい。ここ数年はここ20年間で最も仕事の出来るスタッフが揃っていた。ただあと一人役割として衛生士か受付を任せる人を望んでいた。私の仕事の受付は司令塔だ。私たち治療の現場はその受付の予約で1日が始まり そして終わる。ゆえに治療の現場である程度補佐が出来私の仕事への理解度が深くないと無謀の予約になり 一日が大いに狂ってしまう。そして医療人として患者さんに好かれる人間性と慈悲のこころが先天的に持っていて欲しい。心の篭った会話を身に着けるように教えることはむずかしい。家庭環境 友人関係でその人間の育った
環境で出来上がってしまっていることが多い。辞めるスタッフはその資質は充分ある人だったが。


そして 鬱の症状がいきなりやって来た。脳が動かなくなってしまった。その日は私自身が幹事ををするコンペと新年会だったが 朝出かける時は気分が異常に重く出かけるのが辛かった。ただ気の許せる仲間だったので会っている時は楽しい会話をしていたが なぜが冷たい風が自分に吹き始めていた。鬱の症状が出てきたのだ。翌日は近くの福祉センターでの仕事が午後にあり 帰ってから数人の患者さんを診察する予定だったが 電話をしお断りをした。そして翌日からペースを落とすが仕事は休まないようにした。これは7年前からの教訓である。丸一日休んでしまうと本当に落ち込んでしまいこの病気を私は悪化させてしまったことがあるからだ。2回目というのは初めてと違い対処を自分なりに考えているものだ。そして薬を戻し主治医に予約を取り再び鬱を受け入れ治療が始まった。


会話:人と会話しているとき ふと別なことを考えることはよくある。これは誰にでもあることだろう。しかし鬱に陥っている時は 「何だか空しいな。何故この人はこういう難しいことをいうのだろう」「どうしてこんなに 我が儘なことばかり言うのか」とつめたい空気が少しづつ吹いてくる。
自分に余裕が無くなって来ているため 普段なら聞き流せる言葉も重く感じてしまう。そして段々人と会うのが 億劫になっていく。まして普段から高圧的な人に感じられる人には会いたくなくなる。そして一人の世界に入っていく。。

今回の薬について:ルボックスを 飲みだして10日 リーマスを飲みだして3日なかなか上手く症状が消えていかない。今回特にひどい症状は身体の疲れだ。尋常でない。気分が向いたときに動くという原則を守っているが 物凄い身体の疲れが 少しの運動でも襲ってくる。人間の持つ恒常的な機能と脳からの指令が空回りするため ガス欠状態で空ぶかししながら走っているようなのだ。5キロ先にたどり着くのに大量の燃費を吹かしているように・・。 運動は アドレナリンが分泌されないと 身体はとても動かない。鬱の時にはセロトニンがなかなか神経節で上手くくっついていないのだから アドレナリンが筋肉に上手く作用できないのも 身体で実感できる。アドレナリンが出てない状態の運動は 無理なのだろう。
リーマス も最近認可された薬だ。欧米に比べ日本の厚生省の認可は遅れている。何故日本の厚生省の認可は遅いのだろうか?一時試薬としてシオノギ製薬が新聞紙上でモニターすなわち鬱の薬の体験をしていただくモニターを募集したことがあった。最近は見かけないが その時の広告のメインキャラクターをしていたのは やはり欝で苦しんだ「木の実ナナ」さんだった。彼女の著書「キラッ!と女ざかり」で彼女の鬱病との話が書かれている。


昔NHKで「夢の薬」ということで SSRIの薬が 放映されたことがある。アメリカでは2000万人の人が飲んでいる。もちろん夢の薬すなわち万能薬ではない。一粒で見違えるように元気になるなんていうことは言い切れない。ただ人によっては合うことも多い。鬱病の 成り立ちは本当に複雑なゆえ効く人も効かない人もいる。これが脳の複雑さと言うのだろう。
薬は匙かげんと言う言葉があるように薬は飲み続けながら試行錯誤していくのが 精神科の先生のやり方だ。「これで貴方は全て治りますよ」なんて言い切る医者がいたら注意したほうがいい。 何時(いつ)薬が効きだすかはいろんな本を読んでも ばらばらに書いてある。2週間くらいとも書いてある。一ヶ月とも書いていある。ただ今回は私は 今まで合っていた薬を戻したということなので 幸いにも それほど焦ってはいない。焦れば焦るほど深みに入ってしまうということを7年前体験した。その経験から比較的今回はのんびり構えていることをモットーにしている。


2部は鬱病を抱えても仕事が出来る ということが書きたかったが今回の再発で今のことばかり書くようになってしまっている。鬱病は一生で一回だけ患う人もいる。しかし多くの人は何年後に再び再発している。5年後とか私の場合は7年後にやってきてしまった。1部で述べた 谷沢永一先生は 一冊の著書を書き上げるたびに 起きてしまうと話されている。また新しい本に取り組むため多くの資料を集めいざ書き出そうとするときに鬱に襲われ 真っ白な頭に戻ってしまったとも言う。そしてその都度病院に通い 治療を受けている。何回も襲ってくる鬱病は本当に苦しい。しんどい。しかし諦めることなく治療に専念することが大切だ。脳の体力が谷沢先生自ら弱いと話されている。でも谷沢先生の著作の内容、量とも驚くばかりだ。昔このような状態の時書かれた「紙つぶて」は今でも新鮮だ。そして再び襲ってくる鬱にたいして常に思うことはトンネルはいつか抜ける朝の来ない夜はない。気休めの言葉みたいだが やっぱり真実なのだ。そして薬と休養が何より大切だ。2014年私は、ある人に「あなたは、病気ではなく薬に負けている と言われた。このことが、私の復活になった。


病名:隠すことはない。
鬱病を隠(かく)すと言うことが 病気に対する偏見とともに病気を悪化させてしまう。始めにこの病気になったとき相談した人が ほとんどの人が声を潜(ひそ)めた。それゆえ私自身もとんでもない病気になってしまったのだと思い込んでしまった。まして病気の最中である。自分の判断力は低下しているのだから・・人がそのように接してくると陥ってしまうのも当然だ。。
その人達全てが隠(かく)すようにと。今振り返って この判断は責めることは出来ない。私自身この病気に罹らなかったら同じような受け答えをしただろう。しかしこの結果は 症状を確実に悪化させた。何でこんな病気になってしまったのか?と。鬱病の特有の症状に自己責任の念がある。この症状が隠すことにより自己責任の念が倍加された。


ひそむ様に病院に行きひそむ様に耐える。再発した今は 隠(かく)さない。隠さない明るい世界で治していく気持ちを持っている。胃の悪い人、高血圧の人、糖尿病の人達と同じように 明るく病院に通い治している。この覚悟を持つことでほぼ治る方向に向いていく。つい先だっても 歯科医師会の先輩と話した時 歯科医師会の役を辞する時 この病名を喋ってもいいのかいと心配された。大丈夫ですと答えた。真面目すぎるゆえ脳の分泌が足らなくなっただけです。と 。40歳過ぎの鬱病は誰にでも起き得る。日頃明るい人も突然に起きる病気だからだ。
この病気に陥っている人も隠さないで 明るくとまでいかなくても神経科に行って薬を貰い休養して治して欲しい。本当に願う。鬱ゆえカビが生えるような暗さはとにかくいけない。そして
一番わかってくれる人は神経科の先生だからだ。これが、大きな間違いだった。医者の処方される薬に、私は廃人にさせられるように、なっていた。医者は自ら私に処方した薬を飲んでほしいとまで思った。西洋医学に携わる医師よ!目覚めなさい!!


こんな日常でも何とか情報を切らないでいると 自分の最も好きな人達からの情報をもらえる。今日はLEOさんからウエストロードの日比谷野音でのコンサート(ジャパンブルースカーニバル)を知った。心が躍った。仕事以外にも趣味を多く持っていると そちらが救ってくれることもある。どん底のときは 何もかもがシャットアウトされてしまうが 何とか耐えていると自分にとって繋がって行けることが出来る。無理は禁物だが希望が持てる。
昨日も親友が心配して電話をくれたが 希望を与えてくれる。友、趣味日頃から大切にして行きたい。 −2部終了ー いろいろ悩んでいる方 FAXで私の体験とともに医療人として
お答えします。FAX 048-580-2788 


2部終了にあたり 現在薬が効きだし以前のように落ち着いている。薬とも新たなお付き合いが始まった。リーマスは眠気が強いので中止した。苦労していたと涙が出ます(2015年現在)